第17話 青葉雪は、可愛い後輩からの言葉に気合を入れ直す
教室から桜木ちろるが見つめる中、球技大会の初戦が始まろうとしていた。ぞろぞろと男子生徒たちが校庭の中央に集まり、試合の始まるホイッスルの音が鳴った。
“ピッーーーーー!”
最初から全力でボールを追いかける者、一応は参加するふりだけの者、端の方で気だるそうにつったっている者、球技大会へのモチベーションは三者三様である。しかし一番多いのは、クラスの女子にいいところを見せようと、必死な男子が大多数だ。
試合開始とともにボールには人が密集し、団子状態になっていた。その様子を青葉雪は、少し距離をとって眺めていた。
野球部らしい坊主頭のクラスメイトが、この団子状態を打破しようと、いい場所でフリーになっている青葉へとパスをだした。想い人にボールが渡り、ちろるの目は俄然と釘付けになる。
“あっ、雪ちゃん先輩にパスが渡った。わぁぁ、ドリブルしてる! かっこいい~。よしっ、一人抜いた。さすが先輩!”
サッカー部らしい洗練された青葉のボールさばきに感動しながらも、ちろるは青葉のプレーに対してあきらかな違和感を感じた。
”――あれっ? いつもより切れが悪いような……。相手が初心者の人だから、少し手加減してるのかな。あっ、いつもならシュート打ちに行くのに、チームの他の子にパスだした! うぅ……せっかくなら思い切りシュートしたらいいのに!”
「――次の文を、桜木……おい、桜木!」
「えっ!? あっ、はい!?」
その後も青葉は、ボール回しやパスの中継役に徹し、一応はサッカー部としてそれなりの活躍はしていたが、どこか気の抜けた様子で試合の前半は0対0のままで終了した。
授業の終わりのチャイムが鳴った瞬間、ちろるは教室を跳びだしてグランドに向かった。
「こらっ、廊下を走るな桜木!」
「すみませーん!!」
階段を勢いよくかけおり、グランドへ通じる通用口へ向かう。通用口を抜けると、グランドの端の水道で、水を飲んでいる青葉の姿を見つけた。
「――ちょっと先輩! 何してんですかっ!?」
「おぉ……ちろるじゃないかっ。水飲んでるんだけど。」
「そうじゃなくてっ!」
「えっ、なんで怒ってんの?」
「さっきの試合なんですか!? ずっと見てましたけど絶対手を抜いてるでしょ。」
「えっ……そりゃ、サッカー部が初心者の人相手に本気出すのはよくないだろ……。っていうか、お前授業中だったろ。ちゃんと授業受けろよ。」
「ぐぬ……、そんなことはいいんです! 本気で……全力でプレーしてくださいよっ!」
いきなり現れた後輩に、「全力を出せ」と言われ、青葉は困惑した表情になった。
「いや、別にクラスに貢献したいとか思わないし、交流目的の球技大会で、初心者相手に本気出してケガとかさせたくないしなぁ……。」
クラスには貢献しろよと思いつつ、それでも確かな正論である。自分が言っていることは、ただ好きな人が頑張っている姿を見たいという、我がままかもしれない。
ちろるは思わず黙って下を向いた。その様子を青葉は困ったように眺めた。
「……先輩のカッコいいところ、もっと見たいんです。」
ちろるは俯いたまま、小さな声でそういった。その台詞は言う方も恥ずかしいが、聞いてる方も恥ずかしく、二人は思わず顔を赤く染めた。
「なんか……言ってくださいよ。恥ずかしいじゃないですか!」
ちろるはだんまりの青葉に、半泣きになって顔をあげた。
「――そうだな。まぁ、可愛い後輩が応援してくれてるからってことなら……本気でやってもいい……かも。」
「……えっ! ほんとうですか!?」
ちろるは嬉しそうに目を輝かせた。あまりに嬉しそうなちろるを見て、青葉もまた笑みを浮かべる。
「あぁ。でも、ちゃんと授業受けなよ?」
「ふふっ! 先輩がちゃんとプレーしてくれるならいいですよ!」
休み時間終了の合図であるチャイムの音が鳴り、ちろるは「あっ!」と短い声を発した。
「うわぁ……。次の授業は音楽の移動教室だった……。先輩の試合見れないじゃないですかっ!」
「いや、俺に言われてもなぁ……。この試合が終わった後もまだ何試合もあるから、また休み時間にでも観においでよ。」
「はい、頑張ってくださいね!」
「おう!」
石段を二段飛ばしで登っていく後輩の姿を見送り、青葉は気合を入れ直した。授業そっちのけで応援してくれる人がいる。その子にいいところを見せるためなら、多少大人げないと言われても、本気を出す理由にはなる。
「よしっ、いくか。」
頬をぱちんと叩き、青葉雪は気合を入れ直した。そして第一試合の後半戦が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます