第三章 球技大会の幕開け
第16話 桜木ちろるは、自分が恋に落ちた思い出にふける。
翌日の球技大会の日、空はからっと晴れた晴天であった。しかし、テニスの試合にも若干の影響を与えそうなくらいの風が吹いており、体感温度はかなり涼し気だ。
球技大会の良い点は、教科書をほぼ何も持ってこなくてもいいということだ。そして登校も普段はジャージ登校は禁止されているが、今日に限りジャージで登校しても構わないことになっている。
開会式での準備体操、体育委員の選手宣誓、実行委員のルール説明が終わり、いよいよ球技大会が始まろうとしていた。
そしてその様子を、校舎の一年生教室の窓から、授業そっちのけで、じっと眺めている少女の姿がある。一つの下の後輩であり、サッカー部マネジの桜木ちろるである。
“早く休み時間にならないかな……。先輩の試合近くでみたいなぁ。”
青葉たち二年生の球技大会の様子を、一年教室の窓から桜木ちろるは眺めていた。
教壇では、現代文の授業が行われているが、無論全く耳に入らず、ちろるの視線は現在片思い中の青葉一人へと釘付けになっていた。
気だるそうに準備体操をする想い人――青葉雪を眺めながら、ちろるは彼と出会った頃の思い出にふけった。
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初めて出会ったのは、小学校の五年生の時だった。いや、それより前から出会ってはいたのかもしれないけど、初めて会話をしたのがこの時だ。
休み時間に、外で友達と鬼ごっこをしていたとき、突如サッカーボールが飛んできて、私の後頭部にクリーンヒットした。
「いったー!! 誰の仕業っ!?」
ボールのぶつかったところを手で押さえながら振り向くと、自分と同じくらいの背の男子が立っていた。
「ごめん。大丈夫?」
見慣れない顔、うちの学年の男子じゃない。ということは、上級生だろうか。
「…………。」
「大丈夫? どこあたった?」
その男の子は、私の頭に手をそっとあて、「痛いとこないか?」とさすってくれた。
「っだ、っ大丈夫ですよっ!……この下手くそ!///」
「えぇ! 蹴ったの俺じゃないんだけどっ!」
男の子に頭をなでられた恥ずかしさに耐え切れず、私は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
”あの男の子、いつもサッカーしてるなぁ……”
休み時間に、よくサッカーをしている姿を見かけるものの、それ以来、その男の子との接点はなかった。
彼が一つ学年が上の生徒だと知ったのは、六年生の卒業式に、在校生代表として出席した時に顔を見たからだ。卒業式の日、彼は髪型をばっちり七三に整えられていて、子供用スーツを着せられているのが少し不格好で可愛かった。
それから一年の月日が流れ、私は小学校を卒業し、地元の中学に入学した。中学では軟式テニス部に入部し、しばらくは素振りと走り込み、球ひろいなどの雑用をする日々が続いていた。
「ちろるん! 今日からコートの端っこでだったら、ボール打ってもいいってさ! 一緒にやろう!」
私と同じくテニス初心者の友達と、対面でラリーをすることになった。お互いボールを打つのは、これがほぼ初めてだ。
「いくよ~!」
初心者同士でのラリーなんて、そう上手くは続かない。だいたいネットにかかるか、ホームランを打ってしまうかのどちらかである。
「いくよ~! あっ、ごめ~ん!!」
「ちょっと、どこ打ってるの!?」
テニス部の練習コートは、他の部活の迷惑にならないよう緑色の防球ネットで囲われている。しかし、相手の子が打った球は防球ネットを大きく超えて、すぐ傍で練習しているサッカー部のところへと跳んでいった。
「あっ、そこの人! あぶな~い!」
私の呼びかけむなしく、空高く上がったテニスボールは、サッカー部らしき男の人の頭に“パコーンッ”と見事な音をたてて命中した。
「いっててて……。」
「すみません! 大丈夫ですか!?」
「あぁ……、多分大丈夫。」
男の人は、私が少し見上げるくらいに大きかった。
“あれ……? 少し声が低いけど、どこか懐かしいような、聞いたことのある声だ。”
「なにぼーっとしてんの? ほら……。」
男の人は、地面に転がるテニスボールを拾って手渡してきた。その人の顔を見て、私は思わず驚きの声をあげてしまった。
「――あっ!?」
テニスボールをぶつけられた相手は、私が小学五年生の時、休み時間にサッカーボールをぶつけられた、その男の子だった。
「ん……? どうした?」
「えっ……! いやっ! 何でもないです!」
動揺を隠しきれず、私は慌てて男の人からテニスボールを受け取った。
「そうか。ここまで飛ばしてくるとか、さては、テニス下手くそだな。」
「はぁっ!? 打ったの私じゃないですよ!」
「そっか。ははっ、ごめん、ごめん。まぁお互いがんばろうな。」
その時の笑顔が目に焼き付いて、しばらくは頭から離れなかった。
あれ以来、ボールを取りに行く際のちょっとした会話が嬉しかった。気づいたら、あの人の横顔を追っていた。
いつから好きになっていたかなんてわからない。好きになった理由が何って聞かれても、きっとこれが理由なんだって言いきれるようなものはない。そんな簡単に言葉で言いきれる程度の気持ちじゃないのだ。
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