第245話 侵攻

偽りの幸福に包まれた村から意気揚々と帰還したタルトであったが、賭博に始まる奴隷売買の事件の報告を受け憂鬱な気持ちになっていた。


「私がやってきたことって逆効果だったのかなぁ…」


ベッドで天井を見つめながら独り言を呟く。

すると添い寝しているリーシャがひょいっと起き上がり上から飛び込んでくる。


「そんなことないです!

タルトさまのおかげでリーシャもみんなもすくわれました!」

「リーシャちゃん…」


リーシャの温もりが今はとても嬉しく心から暖かく感じた。

そのまま深い眠りへと落ちていく。


翌朝、目を覚ますと何だか気持ちがすっきりしていた。

横に寝息を立てているリーシャをみて笑みがこぼれる。


(リーシャちゃんにいつも励まされちゃうな)


そもそも自分はまだ子供で完璧を求めるなんて無理だと思い直した。

手が届く範囲を救うのでいっぱいいっぱいである。


「いよーし、今日も頑張るぞい!」


気合いを入れて起き上がり準備を済ませるとみんなを会議室へと集めた。


「何だか心配させちゃいましたが、もう大丈夫です!」


力強い言葉に安堵の表情が広がる。


「集まって貰ったのはケツァールさんからの情報で悪魔に囚われた村人は無事に救出出来ました。

残るもうひとつの情報である遺跡についてです」


遺跡という言葉に空気が変わり緊張が走る。

今までも強大な魔物や影に襲われる事があったが、今回は場所が問題なのだ。


「ノルンさん、天使の国について教えて貰えますか?」


そう、遺跡は天使の本拠地にあるらしいのだ。

明らかに大規模な戦闘が予想される。


「やはり行くのだな…。

私もそれほど詳しくないが知りうる情報を話そう。

まず国というが実際は大きな神殿だ。

通称、光の神殿と呼ばれている。

そこには数多くの天使が守りにつき大天使ミカエルが守護しているのだ。

他の大天使は様々な場所を巡回しているので脅威となるのはミカエルだけだが、他の大天使を凌駕する実力を持っている。

はっきり言って天使の軍団全部よりミカエル一人の方が厄介だ。

そこに侵入するということは戦闘は避けられまい」

「遺跡の場所は分かりますか?」

「断言は出来ないが奥に立ち入る事が許されていない地下への入り口がある。

おそらくそこだろう」

「では、バレないように侵入は難しそうですね。

今回は激戦になると思われます。

でも、この世界を変えるためには必要な事だと思うんです。

精霊を封印したり獣化を広めたりしている死の王の影や、この前の幸福の村も何か秘密があるはずです。

それを明らかにして正しい方向へ変えてvいきますから頼りない私ですけど協力してくれますか?」


相手は光の勢力の最高戦力であるミカエルである。

命や勝利の保証も出来るわけがないのだ。

だから、断られても何の不思議もないはずであったが誰一人目をそらす事なく強い意思をもってタルトを見ている。


「我らは聖女様の臣下です。

どんな状況であろうとお守りする責務があるのです」


代表してオスワルドが答える。


「みんなありがとう!

ノルンさん、敵の兵力や攻め方は分かりますか?」

「基本的に神殿の中はミカエルと少しの警備がいるだけだ。

こちらの主力で敵の大部隊を引き付け、タルトを含めた最大戦力をミカエルにぶつけるのが最善だな。

主力は陽動であり時間稼ぎが目的だ。

タルトは主力が敗退するまでにミカエルを倒し遺跡調査を終える必要がある。

勿論、道案内も含め私はタルトに付いていく。

どちらも死闘になるやもしれん、各々どちらに行くか決めるがのが良いだろう。

それと街の守護も忘れないようにな」


どちらに行くにしても並みの天使以上の実力は必要となる。

それを基準として戦力を振り分けていく。

タルトにはノルン、桜華の少数精鋭。

主力はシトリーを大将としてリリス、カルン、雪恋、ティート率いる獣人軍団だ。

残りは万が一に備えアルマールの守護である。


「それとわがままなんですけど相手を殺さないようにお願いします。

今回はこちらからですし目的は調査だけですから…」

「タルト様のお考えは承知しておりマスワ。

我が軍が危険に陥らない限り命を奪うような気とがしまセンワ」


こうしてすぐに出発の準備を整え光の神殿目指し軍を動かす。

わざとゆっくりと進軍し注目を集めたのだ。

その間にタルト達は隠れながら先に進む。

出発前に桜華が手紙を書いていたのを目撃し気になっていたタルトは質問をぶつけた。


「そういえば珍しく手紙を出してましたよね?

あれって誰宛ですか?」

「ああ、あれな。

保証はねえけど万が一に備えようと思ってな。

うちもこの手は使いたくなかったんだけどなあ」

「?」


良い感じにかわされてしまい結局、何だか教えて貰えなかった。


「みんな大丈夫かなー」

「基本的には陽動と時間稼ぎが目的だから大丈夫だろう。

それに大天使が不在なら被害も少ないと思うぞ」

「ノルンさんが言うことも分かりますが心配なんですよねー」

「おいおい、うちらの方がミカエルを倒さなきゃいけねえんだからこっちの心配しろよなあ」

「あはは、まあそうなんですけどね。

でも、ノルンさんと桜華さんがいてくれたら何とかなりますよー」

「期待には答えたいがミカエルの実力はずば抜けているからな。

勝てなそうならすぐに撤退も考えるのだぞ」

「うん、そうですね!

あれ、そろそろ主力部隊が目的地に着く頃ですね」


今回の主力部隊が主戦場に選んだのは風の洞窟手前にある森林帯だ。

制空権を天使に抑えられてしまうため平地より森林の方が隠れられ木の高さも利用でき互角に戦えると考えたのである。

ここで警備についておる天使の軍団を誘いだし先行しているタルト達から注意をそらすのが目的だった。

すると合図である花火の音が響き渡る。


「おっ、聞こえましたね。

それにいっぱい天使が森の方へ向かっていってますね」


上空を見上げると花火の方向へ飛んでいく天使達の姿が見えた。

ここまでは予定通り作戦が進んでいるようである。


「さて、急ぎましょう!

この先には警備兵はほとんど残ってないはずです」


タルトは上空からは見えないように物陰に隠れながら素早く移動していく。

ノルンが先頭で案内をしているので迷わず進むことが出来た。

やがて、岩山が連なる一帯の中に開けた平地が見えてくる。


「見えてきたぞ。

あそこに見える大きな神殿が目的地だ」


進行方向の先には巨大な白く光輝く神殿が見える。

どういう素材で出来ているか分からないが汚れもなく純白でうっすらと光を放っているのだ。


「綺麗ですねー。

なんかいかにも天使が住んでますって感じです」

「その感覚は分からないが天使は光の眷属だからな。

服も含め白を基調としているのは間違いないな」


タルトとノルンは何気ない会話をしていたが桜華だけは難しい表情をしている。


「何かおかしいぜ。

いくらなんでも警備の気配が全くしないぜ」


三人は進むのもやめ辺りを窺う。


「確かに何の反応もないですねー。

神殿の中からは凄い強い魔力を感じますが」

「確かに異常だ…。

こんなことは今までなかったぞ」

「これは罠に嵌まったのはうちらかもしれねえなあ」


急にこの美しい光景が不気味なものに見えてきた。

最大限の警戒を取るが敵の本拠地にいると考えると撤退も選択肢として脳裏をよぎる。

退くなら被害の少ない今しかないためタルトは選択を迫られているのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る