第244話 葛藤

タルトがアスモデウスの村を訪れている時にアルマールでも小さな事件が起きていた。

昔は寒村だった場所だが人々が集まり産業が活発になった昨今では拡張が進み王都並に大きくなっている。

働き口は無数にあり生活は豊かになっていき貧しかった時より犯罪は激減していた。

だが、最近になって盗難被害が少しずつ増えている。


「ノルン様!

ご報告があります」


ノルンは兵の鍛練指導を行っているとオスワルドが駆け寄り報告を始める。

タルトとシトリーが不在の今、緊急時はノルンが監督役を担っていたのだ。


「どうした?

手に負えない魔物でも現れたか?」

「いえ、それが…街で殺傷事件が発生しまして」

「殺傷事件だと?」

「はい、報告では店舗へ金銭を奪いに入り店員に怪我をさせたようです。

怪我は重症で医療部隊が全力で対応していますが…」

「金銭を求めるとは理由が分からんな。

仕事はいくらでもあるのだぞ?」


この街では働き口はいくらでもあり不自由なく暮らせるくらいは問題ないのだ。

それに働けない者の保護施設もあり泥棒や強盗などほぼ発生しないのである。


「犯人は捕縛していますので理由をこれから聴取致します」

「ああ、頼む。

後で詳しく教えてくれ」


オスワルドは再び走って戻っていく。

兵の訓練へと意識を切り替えたが、この事件が心の何処かに引っ掛かっているのであった。


「今日はここまでだ!

ゆっくり休んで明日の鍛練に備えるように」


鍛練の指導を終えたノルンは空へと舞い上がり神殿へ向けて飛び立つ。

街を上空から見下ろしていると人が集まって騒いでいる光景を見かけた。

何か事件かと思い地上に降り立つと治安部隊が集まっている。


「何が起こっている?」

「これはノルン様!

武器を持った犯人が人質をとって立て籠っています!」

「私が対応しよう」


ゆっくりと建物に近づき戸を開け中へ入ると女性に武器を向けた男がこっちに気付く。


「天使が何のようだ!?

武器を置いてこっから出ていけ!」

「やれやれ。

落ち着け。

武器を床に置いてやる」


腰から剣を外した時、魔法が発動し部屋は光に満たされ犯人は視界を奪われた。

それと同時に一気に間合いを詰め回し蹴りを喰らわせる。


「ぐはっ!!」


手加減したとはいえ壁まで吹き飛んでいった。


「さて、何故こんな事をしたのか聞こうか」


敵わない相手だと知り諦めた男はぼそぼそと話し始めた。

要約すると賭け事にハマり借金を背負ってしまい強盗をしたらしい。

犯人を治安部隊に引き渡し神殿の自室へと戻った。


「ノルン様、少し宜しいですか?」

「ああ、問題ない」


入ってきたのはオスワルドだ。


「昼に報告した殺傷事件ですが原因が賭け事による借金でした」

「何だと!

さっき捕まえた男も同じことを言っていたな。

タルトの指示で賭け事は禁止になったのではないのか?」

「それが非公式な賭場があるようです…」


自分でゲームとして広めたものがギャンブルとして破滅する人が現れそうだったことから全面禁止にした経緯がある。

予感が的中し大きな借金を背負う人が増えていた。


「すぐに賭場の場所を特定するんだ。

元を断たねば更に増加するぞ」

「現在、秘密裏に調査を進めています」


非公式な賭場、つまり裏カジノはいつも同じ場所ではなく転々と移動式で行われ特定に時間を要した。

遂に次回の開催場所の情報を掴んだのである。


「気取られないように接近し一網打尽にするぞ!

誰一人として逃さないよう注意しろ!」


その日、夕暮れに兵を集めノルンは裏カジノ殲滅に向け作戦を説明していた。

ノルン、カルン、オスワルドが三方向から部隊を率い目的の建物を包囲する。

多くの兵を外に配置し精鋭だけを連れて一気に扉を破り乗り込んでいった。

並みの人間など太刀打ち出来るはずもなくあっという間に裏カジノは制圧されたのである。


「これで終わりではないだろう…。

ここと同じような場所が他にもあるのだろうな」


外の兵も招き入れ中にいた全ての人を捕縛していく。

問題が起こってないか見回っていると、まだ青年くらいの若い男の子が気になり声をかけた。


「お前のような子供が賭け事に夢中になるのか?」

「以前は貧しい村にいたんです…。

この街の噂を聞いて移住したらみるみる豊かになって…。

そうしたら友人に賭け事が出来るって誘われたんです。

最初のうちは勝ってたんですが…負けが続いて気付いたら大きな借金が出来て…。

あの…俺には妹がいるんですが借金が払えず妹を担保にお金をまた借りてしまったんです!

お願いします!

妹を助けてくれませんか!」


ノルンは話を聞き終わるとすぐに裏カジノを仕切っていた男の所に向かっていった。



同時刻、アルマールの外れにある屋敷の地下室。

数人の男が机を挟んで酒を飲み交わしている。

その奥には牢屋があり子供達が怯えながら座っていた。


「聖女様のお陰で一般人でも貧富の差が出てきて新しい奴隷商売が成り立ってきたぜ」

「しかも良い賭博まで授けてくれたから破滅する者が増えて大助かりだぜ」


男達は笑いながら楽しそうに話している。


「親に売られてこの子達も可哀想にな。

まあ、新しいご主人様が可愛がってくれるだろうけどな」

「そりゃ、ちがいねえ!」


大声や笑い声が聞こえる度に子供達は泣き出しそうだ。

ここにいるのは借金を背負い払えなくなり、売られた子供達である。

タルトによって表向きは奴隷が禁止となったが需要があれば供給する悪人が必ず現れるのだ。

しかも、生活が豊かになり一般人でも欲する富裕層が出てきている。

ここにいる子供達は今晩、出荷される予定で男達は前祝いをしていたのだ。


「そろそろ来る頃か、って、地震か!?」


突然、轟音が響き渡り震動が地下室を揺らす。

それはすぐに収まったが男達の酔いはすっかり醒めてしまった。

固唾を飲んで何が起こったかを待っているとドアが開く音と階段を降りる靴音が聞こえる。


「誰だ、お前は!?」


そこへ現れたのは真っ白い翼が暗い地下室でも光を放つ天使ノルンである。


「悪党に名乗る義理はない。

賭場の主からここを聞いて来た。

お前らの企みはもう終わりだ」

「こいつ、聖女のところの天使だ!

やべえ、俺らが敵うわけがねえ!」

「うるさい!

ここで捕まったら終わりだぞ!

今なら一人のようだ、全員で一気に攻めるぞ!」


男達は武器を手にノルンを取り囲み一気に襲いかかる。

ノルンは冷静に柄を握り抜刀する。

次の瞬間、男達は床に倒れこんだ。


「ウワ!

やっちまったカ!」


遅れてカルンが階段を降りてきた。


「凄い剣幕で出ていったから急いできてミタガ。

全員、殺したノカ?」

「私の感情は殺せと命じていたが僅かな理性で止まる事が出来た。

峰打ちだ」

「ちょっとヒヤヒヤしたゼ」

「なあ、カルンよ。

タルトは確かに人々を救い生活を豊かにした。

今までの貧しく魔物に怯えながら暮らしていたのとは雲泥の差だ。

だが、それに満足せずに堕落した者が増えるのは何故なのだ?」

「悪魔としては人間は善も悪も持っているのは常識だと思ってるケドナ。

弱い人間はすぐに悪に染まるノサ。

そこを悪魔につけこまれるんだけドナ」

「平和の弊害だな。

これなら神が示すように文化が発展せずにつつましい生活を送る方が幸せなのではと考えてしまうな…」

「天使は頭が固いナー。

タルト姉だけでは理想は実現出来ねえんダヨ。

アタシ等も全員で協力しねえトナ」

「この件は私からタルトに報告する。

注意喚起も込めてな」


後から追い付いた兵士によって男達は連行されていき、子供達が救出された。

賭場にいた男の妹もおり無事に家に返せたのである。

遠征から戻ったタルトは顛末を聞いてひどく落ち込んでしまったのであった。

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