第246話 伏兵

タルトが光の神殿に到着する頃、主力部隊でも違和感を覚えていた。

予定通り多くの天使が集まっているが周囲を取り囲み全く動きを見せない。


「なんだアイツ等、全然攻撃して来ないゾ」


最前線にいるカルンは肩透かしを喰らった気分だった。

中央にいるシトリーもこの事態に違和感を感じ思考をめぐらせている。


「何故、動かないのデスノ…?

時間稼ぎが目的ですからこのままなら理想的ですが不気味デスワネ」


大天使の姿は見えないが指揮官と思われる天使は複数確認されている。

この動きには何か意味があるはずなのだ。


「警戒は怠らず動きがあればすぐに指示通りに動きナサイ!

乱戦になっても陣形は崩さず小隊ごとに行動を取るのデスワ!」


シトリーの指示はすぐに伝達係にて全体に伝わる。

だが、待てども動きはなく膠着状態が続くのであった。


その頃、タルト達は光の神殿の前にいた。

撤退するか悩んでいるとなんと巨大な正門が開いていく。


「おい、どうするよお。

これって絶対、罠にしか見えねえよなあ」

「ああ、私もそう思う…。

どうするのだ、タルト?」

「行きましょう…。

どっちにしてもミカエルと闘うのは避けれない訳ですし」


ゆっくりと門をくぐり中へと進んでいく。

この静けさは警戒心をより書き立てていた。

真っ直ぐ進んでいくと大きな広場のような場所に辿り着く。


「待っていたぞ、聖女よ。

ここでお前達に裁きを下そう」


正面の階段の上に一人の天使が立っていた。

若く美しい顔立ちで女性とも思われる美男子である。


「気を付けろ!

あれがミカエルだ!」


ノルンがすかさず戦闘体勢を取る。

その額には冷や汗が見えた。


「ノルンか。

私は悲しいぞ。

お前は見所のある戦士だったと思っていたのだ」

「私は常に自分が正しいと思える道を進んでいるだけだ。

平和な世を作るにはタルトを手助けするのが正しいと思っただけだ」

「平和な世か。

確かに永劫に続く戦いで皆、疲弊している。

それをその娘が終わらせると言うのか?」

「ああ、そうだ。

争いでは何も解決しない。

種族を超えて共存することが出来るとタルトは実証してみせた」

「報告の通りのようだな。

世界を変えるには相応の実力が必要だ。

聖女にそれだけの力量があるか見極めてやろう」

「やっぱり会話じゃ説得が難しそうですね。

予定通り相手は一人です。

みんなで出来るだけやってみましょう!」


タルトの言葉にミカエルが不敵な笑みを浮かべる。


「誰が一人だと言ったのだ?

動きが読まれると感じただろう。

その程度は期待ほどではないな」


その言葉を合図に上空から巨大な男が降ってきた。

そう降ってくるという表現が正しい。

その男は天使でありながら重力に引かれるように落ちてきて地面に激しく激突したのだ。

固い地面はひび割れ何事もなかったかのように腕を組み仁王立ちしている。


「馬鹿な!?

何故、ウリエルがここにいるんだ!?」


タルトでは見上げるほどの巨体で発達した筋肉に覆われた姿は天使とはほど遠い。

筋骨隆々でスキンヘッドの姿はボディービルダーにしか見えない。


「我ら二人も倒せぬようでは世界を変えるなんて不可能だぞ。

さあ、お前達の実力を見せてみよ」

「うははははは!!

久々に強者との闘いに血が滾るわ!

それにその方は羅刹の娘というではないか!

奴とは幾度も拳を交えたがいまだ勝負がついておらぬ!

良き闘いを期待しているぞ!」


ミカエルだけでも勝ち目が薄いのに更に大天使が増えては退くのでさえ不可能に思われた。


「どうみても馬鹿親父と同じ筋肉馬鹿みてえだなあ。

残念だが伏兵をしてたのはそっちだけじゃねえんだぜ」


桜華は追い込まれた状況なのに妙に落ち着いていた。


「桜華さん、何か秘策があるんですか?」

「行く前に書いたものが効果あったみたいでな。

あまり会いたくねえ奴が来たみたいだぜ」


その視線の先には先程通ってきた通路があるのだが、そこを堂々と歩いてくる人物がいる。

忘れるはずもないその人物はかつて死闘を行った羅刹であった。


「本当に助けに来てくれるとは思わなかったぜえ。

どういう風の吹き回しだい、馬鹿親父?」

「ふん、ただ強者との出会いを求めただけよ。

まさかウリエルがいようとはな」

「わははははははは!!

それはこちらの台詞よ!

こんな場所でお主と出会うと思わなかったぞ!」

「桜華よ。

ウリエルの相手をしてやるからミカエルを倒してみせよ」

「ああ、頼んだぜ!」


一気に逆転とはいかないが相手の策を潰したのは間違いない。

あとは予定通りミカエル一人を相手すれば良いのだ。


「あのウリエルさんって羅刹さんくらい強いんですか?」

「ああ、あの腕にはめている小さな盾は全ての魔法を跳ね返し、魔力を破壊力に変換した一撃は全てを破壊すると聞く。

過去、幾度も互角の勝負をしたらしいぞ」


羅刹の実力はタルトは嫌というほど思い知った。

だからこそウリエルの実力もすぐに理解する。


「そんな強い人が二人も相手だったら本当にヤバかったですね…。

さすが桜華さんです!」

「ミカエルはウリエルを超える実力者らしいからな。

来てくれるか分からねえが手紙で呼び出してみたんだよ」

「だが、それによって救われたのは事実だ。

これで五分五分とは言えないがミカエルを我らで倒さねばな」


羅刹の出現はミカエルも驚いていたようだ。

事の成り行きを見守っている。


「まさか、あの羅刹を味方につけるとはな…。

これは予想以上だ。

ふむ…これは確かに見極めねばならないようだ」


ミカエルはタルト達を忘れたかのように何かを考え込んでいた。

そして、おもむろに剣を抜き放つ。


「良いだろう。

私が確かめてやろう」


ふっと浮かび上がったかと思ったら一瞬でタルトの目の前まで移動し剣撃を放つ。

だが、タルトも未来予知にて対応する為、その速度についていけた。

剣とステッキの激しい衝突音が響き渡る。


「これについてこれるとは実力は本物のようだな。

だが、その武器はなんだ?

殺傷能力が皆無ではないか」

「別に傷つけるのが目的じゃありません!

これは守るためにあって魔法少女の標準装備なんです!」

「守るためとは甘いな。

きっちり殺さねば復讐されるぞ」

「ちゃんと分かり合うことだって出来ますもん!」


少し離れた場所ではウリエルと羅刹が防御無視の殴り合いをしている。


「ふははははははは!!

心地よい痛みだな、強敵ともよ!!」

「この程度か、ウリエル!!

これならタルトの方が強かったぞ!」

「まだまだ、これからよ!!」


激しい攻防が二ヶ所で同時に行われておりノルンと桜華はこの世界の最高峰にいる者達の闘いを食い入るように観察する。


「すごいな…」

「ああ…。

どっちも手を出せねえくらいのレベルだぜ」


いつ終わるとも分からない闘いが始まったのだった。

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