第126話 フィアー・マンション

その夜は蒸し暑く寝苦しかったという。

夕方に神殿の会議室に集まったのはタルト、オスワルド、リリス、ティアナの四人であった。


「本日、お集まり頂いたのは住民から調査依頼が来た件についてです。

この街の外れの森深くに大きな屋敷があるのはご存知ですか?」

「そんなのがあるんですね。

初耳ですけど誰が住んでるんですか?」

「聖女様はご存知ではないかもしれませんが、先日のフランク王国が健在の時はアルマールも結構、栄えていたそうです。

当時はフランク王国の領地のお陰で闇の勢力との境界線も遠く、街道の宿場となっていました。

その為、領主の別荘が建てられたのが依頼の屋敷であり、今は誰も住んでおりません」

「その話はワタシがこの土地の歴史を調べたときも聞いたことがあるな。

その後、フランク王国が滅び街道の通るものもいなくなり寒村になったそうだ」

「へぇー、ティアナさん勉強が本当に好きなんですね」

「これくらいエルフでは普通なのだがな。

それで屋敷に問題でもあったのか?」


するとオスワルドは先程より真剣な面持ちになり、声も半トーン落として話し出した。


「実は…寒村になって以来、誰も住んでいない寂れた屋敷に人影が目撃されてるんです。

目撃した者の証言では女性の姿であり、時には空を浮いていたとか…」

「それってシトリーさんを見ただけとか…?」


心霊が苦手ですっかり怯えているタルトであった。


「いえ、天使や悪魔のように翼、羽はなかったそうです。

あの屋敷には昔から同様の目撃証言が多いのです。

噂では領主に捨てられた小間使いの女があの屋敷で自殺し、恨みを晴らすべくさ迷っているとか…」

「イテテテテテッ!!

タルト痛えッテ!

腕を握るのは良いけど骨が折れるくらい強過ぎダ!」


いつの間にかリリスの腕を握っていたタルトだが、怖さのあまり握りしめていた。


「ごっ、ごめん、リリスちゃん!

だぁってー…怖い話は苦手なんだもん…」

「何だタルトは幽霊が苦手なのカ」

「そ、そうだ。

聖女なんだからしっかりしなくてな!」


そういうティアナの持つカップが小刻みに震えており顔も何処か青ざめている。


「何だティアナも苦手なのカ!?

エルフのくせに怖がりダナー」

「う、うるさい!

死んだあとに魂だけ現れたり死体が動くなど理に反するだろう!

そんなありえない事象、怖いに決まってるだろう!」

「アハハ!幽霊なんている訳ねえダロ!」


リリスも含め悪魔が幽霊など信じる訳が無い。

怨みなど信じてたら人間を殺すことなんてしないだろう。


「二人とも落ち着いてください。

私としても幽霊は信じておりませんが、魔物が潜んでいるかもしれませんので領主としては放ってはおけないのです。

それで調査に同行頂けないかと」


嫌がるタルトとティアナを連れて四人は夕暮れの中、屋敷と向かう。

途中、学校の帰りなのかミミが一人で歩いていたので声を掛けた。


「ミミちゃん、良いところに!

今から古い屋敷の調査に行くから一緒に来てー!

大勢で行った方が怖くないし」


コクンと頷いたミミを加え五人は噂の屋敷へ辿り着いた。

既に日は落ちさっきまでの蒸し暑さが嘘のように消えて、冷気のようなものを感じる気がした。

屋敷は想像していたよりも大きく、今にも崩れそうな程に時間が経過し廃墟と化していた。

周囲の森の暗闇も合わさって不気味さが増していた。


「無理無理無理無理無理無理っ!!

もう帰りたいよぉ…」

「ホラ、大丈夫だから行くゼ、タルト。

引っ張っていってやるカラナ」

「いーーやぁーーー!!」


既に半べそ状態のタルトとからかうリリス。

嫌がるタルトを引きずりながら屋敷に入っていく。


「皆様、何が潜んでいるか分かりませんので警戒は怠らないでください」


剣に手をかけゆっくりと歩くオスワルド。

その後ろをリリスがフワフワ浮いており、更に後方にタルト、ティアナ、ミミがいる。

タルトとティアナは手を握りあい腰が引けている。

そのタルトの服をミミがしっかりと握っていた。

静まり返った屋敷の中は別世界のようで、風や床の軋む音が響き渡る。


「玄関も鍵掛かってたし帰りましょうよぉ…」

「魔物なら何処からでも侵入するかもしれません。

一応、一廻りは確認を…おや?」


オスワルドは何かに気付きランプを前方へと向けた。

何と床には大量の血が飛び散っており、ランプの明かりで奇怪さが増している。


「これは…まだ新しい…」


オスワルドが指で血を触ると、まだ完全に乾いてないようである。


「ほらほらぁー、こんなところにいたら幽霊に殺されちゃいますってぇーーー!!」


今にも泣き出しそうなタルトは必死に訴える。


「でもヨー、これが魔物の仕業なら誰か襲われたって事ダロ?

一応、見てきた方が良いと思うゼ。

これは間違いなく人間の血ダゼ」

「では、聖女様はこちらでお待ちください。

私とリリス様で少し見てきますので」


さすがに血痕がある場所は必死に拒絶して大きなロビーのソファに座って三人で待つことにした。

ふとあることに気付くタルト。

オスワルドとリリスがいなく、怯える二人と幼いミミの三人でいるほうが不安である事に。


「あのぉ…ティアナさん。

何かあったら頼りにしてますよ」

「いや…タルトこそ聖女なんだから。いざという時は頼むよ」

「いえいえ、ここは年長者のティアナさんが」

「エルフと人間で年齢を引き合いにだされてもなぁ…。

幽霊を倒せる魔法くらいあるだろう?」

「そんなものないですよぉ!

相手は幽霊ですよー。

そんなもの効くわけ…」


ここでタルトは物音が気になった。

ロビー中央の階段を上った2階の辺りからミシッと音が聞こえたので上を見上げる。

そこには暗闇の中にうっすらと赤い服を着た女性が立っていた。


「「いいいーーーっやぁーーーーーーー!!!」」


タルトとティアナは悲鳴をあげ廊下へと走り出す。

タルトはミミを抱え全力で逃げながら、少し空いていたドアを見つけ飛び込む。

急いでドアを締め、大きな机を見つけその下に隠れる。


「おい、狭いぞタルト!

もうちょっとそっちにいけないのか?」

「三人もいるんですからしょうがないじゃないですか!」


小声で言い合うタルトとティアナ。


「さっきの見たか?」

「見ましたよー、赤い服着た女の人でした…」

「いや…あれは赤い服ではなかった…」

「えっ?どういう事ですか…?」

「あれは…白い服が血で赤く染まったものだ…」

「や、やめてくださいよぉ…」

「しっ!静かに…足音が近づいて来る…」


ミシッ、ミシッと廊下の方からゆっくりと近づいてくる音が聞こえる。

タルト達は息を潜め通り過ぎるのを待つ。

だが、その音は部屋の前で止まりギィッと扉が開いていく。

タルトがミミをぎゅっと抱きしめ、青ざめて震えているティアナと見つめ合った。


ミシッ

ミシッ


遂にその足音は部屋の中へと入ってきた。

泣きたいのを必死に抑え机の下でじっと過ぎ去るのを待っている。


ミシッ

ミシッ


ゆっくりと部屋を歩き続けるナニか。

やがてタルト達のいる机へと近づいて来る。


ミシッ

ミシッ


机は引き出しと板で入り口側からはタルト達が見えないようになっているが、その音は明らかに部屋の奥へと向かっている。


ミシッ

ミシッ


遂にナニかが机に辿り着き足元だけが見えた。

この世のものとは思えないほど白く透き通った足で血に染まったスカートを履いている。

下からでは上半身が見えないが、その白く綺麗な足にも血が付いているのが分かる。

恐怖の絶頂に達している二人はお互いに手を握りながら必死に堪えている。


ミシッ

ミシッ


何とその足音は目の前を通り過ぎていく。

お互いに見つめあいながら音を立てないように溜め息をつく。


「みーつけた…」


ふと声の方を見ると上から覗き込む顔があった。


「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」」


絶叫と共に隠れていた机を吹っ飛ばし部屋の隅へと逃げる。


「悪霊退散っ!なんまいだーなんまいだー!!

お願いだから成仏してぇーー!!」


ステッキを振り回すタルトと後ろに隠れるティアナとミミ。


「ここかっ!?

聖女様、ご無事ですかっ!?」


ドアを蹴飛ばして飛び込んでくるオスワルドとリリス。


「怖かったよぉーー!」


オスワルドに抱きつくタルト。


「せ、聖女様!?

おのれ、何者だ?姿を現せ!!」


吹き飛んでひっくり返った机の下からナニかが這い出て来た。


「ワタシがあの世に戻してヤルゼ!!

これでも喰らいナ…って、お前ハ!?」


這い出てきたナニかが起き上がり、攻撃態勢になったリリスと目が合う。


「イテテテテテ…。

何の騒ぎなんですか、これは?」

「お前ハ…セリーンじゃないカ」

「えっ?…セリーンちゃん?」

「全くタルト姉様もひどいですよ。

匂いを辿ってきたら机の下敷きにされるんですから」

「何でセリーンちゃんがここにいるの?

それに何でそんなに血で真っ赤っかなの?」

「あぁー、これは昼間の私がドジだったんですよ。

最近、この屋敷を見つけて住み心地良いから、ちょこちょこお邪魔させてもらってたんです。

今日も血液バンクで貰った血を持ってきたんですが、廊下で転んだんですよ!

勿体無いですよね!

しかも自分で浴びるなんて昼間の私はどこまでドジなんですか!」


自分でやったことなのに他人がやったように怒っている。

それくらい昼と夜は別人各なのだろう。


「夜になって残された血を楽しんでたら、物音や声が聞こえたのでロビーの方に行ってみたらタルト姉様がいたんですよ!

でも、大声だして逃げてくんですもん…。

だから匂いを頼りに探してやっと見つけたら…」

「ということは住民が見たというのはセリーンだった訳カ!

何だしょーもない結末ダナー」

「うぅ…お化けじゃなくてよかったよぉ…」

「ほら幽霊なんているわけないんだ!

もう怖がらないぞ!」

「そうですね、これで安心のようですから街へ帰りましょうか。

皆様、ご協力ありがとうございます」


セリーンも加わり街へと戻る一同。

オスワルドは報告のため自分の別邸へ行くため神殿前で別れた。

神殿に入るとお風呂からあがったばかりのリーシャと出会った。


「あっ!おかえりなさいタルトさま!」

「ただいまリーシャちゃん!

お風呂に入ってたの?」

「はい!ミミちゃんとリリーちゃんもいっしょです」

「えっ……?」


そこにお風呂の方から歩いてくるミミとリリーと出会う。


「おかえりなのです、タルトさま」

「おかえり…」


何よりもミミの姿を見て青ざめるタルト、ティアナ、リリス。


「ミミちゃん…今日、一緒にいたよね…?」

「えっ?タルトさまとあうのはちょうしょくのときがさいごなのです」

「だって…一緒に古い屋敷に…」

「タルトさま、ミミちゃんはリーシャとずっといっしょでした」

「いっしょ…」


リーシャとリリーもミミの証言を擁護する。


「タルト姉様、何の事を言ってるの?

私もミミとは屋敷で会ってませんよ。

机に隠れてたのはタルト姉様とティアナさんの二人だけでしたよ」

「じゃあ…あれは一体…誰だったの…?」


顔を見合わせる三人。


「「「出たああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!」」」


後日に分かった事だが当時の領主が沢山の奴隷を使役し、あの屋敷で殺された奴隷も多かったらしい。

その中には獣人のハーフも多く含まれていたと伝わっている。

それ以来、あの屋敷は立ち入り禁止となった。

また、リリスも幽霊について否定しなくなったという。

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