第125話 吸血鬼

悪魔達は雪恋をあっさりと飛び越え、城壁へ迫っている。


「ヒャッハァー!

凄い数の人間が住んでいやガルゼ!!」

「久々の人間狩りダ!」


勢いよく城壁を越え街へと侵入しようとしたとき、城壁の上にいた人影に気付く。

いつからいたのか、先程までは確かに誰もいなかったはずだ。

異様な気配に悪魔達は少し距離をとり上空で停止する。


「あれは誰だ?

逃げ遅れた住人なら不味いな!」


城壁へと全力で疾走しながら戻る雪恋もその人物を視認した。

綺麗な銀髪が月の光に照らされ輝いている。

その瞳も金色をしており暗闇のなか不気味に浮かび上がるようだ。

その人物の輪郭がぼやけたかと思ったらうっすらと消えていく。


「どこ行きやがっタ!」

「オイ、後ろダ!!」


先頭にいた悪魔の背後にいつの間にか浮かんでおり、その首もとに牙を突き立てる。

筋肉質の立派な体格だった悪魔が、みるみるうちに骨と皮だけのミイラになっていく。


「まっず。

やっぱり食事は女の子に限るわね」

「あれは精気吸収エナジードレイン!!

噂の吸血鬼ヴァンパイアかっ!」


城壁前まで辿り着いた雪恋は上空で起きている出来事を下から見て分析する。

過去に書物で読んだヴァンパイアの特徴と一致しており、相手の精気を吸い尽くした事で確信へと変わった。


「ここはタルト姉様の大切な場所。

それを壊そうとするものは妹分である私が許しません」

「何だコイツ!?

こんな奴の情報はなかったゾ!」

「だが相手は一人ダ、バラバラに散ればどうにも出来ねえハズダ!」


散り散りに別方向へと飛び出そうとする悪魔達。


「逃がしませんわ、真夜中の悲鳴ナイトスクリーム


セリーンから発せられる超音波が悪魔達の脳へと直接、響き渡る。


「グアアアァァ、頭が…割れル!」


抵抗力のない者が地面と落ちていく。

その超音波は指向性があるのか地面にいる雪恋には何も聞こえておらず平然としていた。

何が起きたか分からないが急に悪魔が苦しみだし落ちてきたように見えているのだ。


「何が起きたか分からないが好機!

地面にいるものは任せて貰おう、秘剣 雪走りゆばしり


まるで氷の上を滑るように落ちてきた悪魔達の間をすり抜けながら斬っていく。

タルトが見たらアイススケートを想像していたかもしれないようであった。


「では、こちらも」


セリーンも動きが止まった悪魔を次々と襲っていく。

一人、また一人とミイラへ変わっていくのを見て、さすがの悪魔達も恐怖を感じた。


「この化物ガァッ!!!」


何とか恐怖で動けない体に命令し、仲間の精気を吸っているセリーンに剣で襲い掛かる。

その切っ先はセリーンの背から腹部に掛けて突き刺さった。


「ヤった…ヤったゾ!

ざまあみやガレ!」


攻撃が届いたことで喜ぶ悪魔。

だが、それも一瞬で恐怖に塗りつぶされる。

剣が刺さってるにも関わらず、笑みを浮かべて振り返ったセリーンを見て剣から手を離す悪魔。

何事もないように剣を引き抜くと傷口は綺麗に消えていた。


「順番だから少しくらい待てないかな?」

「化物ダ…お前は…何なのダ…?」

「私?私はタルト姉様の可愛い可愛い妹のセリーンだよ」

「駄目だ…逃げロ!!」


残っていた数名の悪魔達が一斉に街の逆方向へと逃げていく。


「逃がすわけないじゃない」


セリーンが片手を挙げると空中に無数の深紅の槍のようなモノが現れた。


鮮血の串刺しブラッディ・スキュアード!」


放たれた無数の深紅の槍が逃げていく悪魔達を貫いていく。

残りがいないことを確認して、雪恋の元へ降りてくるセリーン。


「君は新しく来たというヴァンパイアだな?

聞いていた話だともっと幼いと思っていたのだが」

「貴女は…雪恋さんですね?

初めましてヴァンパイアのセリーンです」


雪恋が聞いた話だとタルトと同年代だったのだが、目の前にいる人物は自分と同じくらいの年齢に思われた。


「雪恋さんが聞いたのは昼間の私ですね。

ヴァンパイアは昼間、人間と大差ないくらい貧弱なんです。

夜になると体が少し成長した姿になり本来の能力が使えるようになるんです」

「そうなのか、初めて見るが圧倒的だったな。

刺されたところは平気なのか?」

「あはは、夜はほぼ不死に近いから平気です。

それよりもぉー、雪恋さん…良い匂いがするぅ…」


一気に距離を縮めて首もとの匂いを嗅ぎ始めるセリーン。

ゾゾッと背筋に凍るものを感じた雪恋は瞬時に距離をとった。


「私めの血なんて美味しくないぞ!」

「あぁ…残念…。

ちょっとだけ味見を…」

「さあ、警備に戻らなくては!」


雪恋は急いで逃げていく。

その後、急いで戻ってきたタルト達と合流したのだった。


「雪恋さん、大丈夫ですか?

悪魔がいっぱい来たと思うんですけど!」

「ご安心ください、街に被害はありません。

私めだけでは不利でしたがセリーンが…、あれ?セリーンがいなくなってる」

「良かったぁー、もう大丈夫です。

全て片付きました!」

「それは何よりです」

「では…問題も解決して落ち着きましたし最後にオスワルドさん。

目をつぶってください」

「えっ、何故でしょう…?」

「さっき私の裸を見て胸を触りましたね?」


ステッキを構え準備をするタルト。


「いえっ、あれは…。

いや、私も漢です。

精神攻撃に屈したのは事実、甘んじて罰を受けましょう」


覚悟して目をつむるオスワルド。

いつ来るか分からないステッキの一撃を怯えながら待つ。

すると予想外な事が起こった。

痛みではなくほっぺにチュッと柔らかい感触があった。


「聖女様っ!?」


そこには顔を真っ赤にしたタルトがいた。


「必死に耐えて守ってくれた…その…お礼です…ほらっ、もう帰りますよ!」

「ありがとうございます!」


喜びも一瞬の出来事で背後に恐ろしい殺意を感じた。


「貴様ァ…頬とはいえタルト様の口づけヲ…。

燃やし尽くして灰にしてあげマスワ!!!」


シトリーに追い回されるオスワルドの騒動があったが無事に皆で街へと帰って来たのだった。


タルトはリーシャと一緒にお風呂に向かった。

拐われていたので汚れていたリーシャを洗うのと、溜まった疲れを癒す為だ。


「さあ、リーシャちゃんを綺麗にしないと!」


石鹸で泡を作っているタルトの背後に迫る人影。

全く気付かないタルトを後ろから抱き締める。


「ふわああっ!

だ、誰ですかっ!?」

「タルト姉様ぁー、心配したんですよー」

「セリーンちゃん?えっ?えっ?えっ?

何か成長してない?」

「夜だけ少し大人になるんですよ。

それよりも戦いで汚らわしい男に色んな所を触られたって聞きましたー。

セリーンが綺麗にしてあげますね」


抱きついたセリーンの両手がタルトの両胸を鷲掴みし舐めるように触り始める。


「ちょっ…くすぐったい…」


そのままセリーンの右手が下の方へと移動していく。


「えっ!?ちょっ、どこ触って…そこは…」

「ああ、良かったー。

貞操は守れたんですね、やっぱり処女の生き血は甘美な味がするんですよー」

「だめぇ…ふわぁ…あん…」

「姉様、可愛い声が…あぁ…もう我慢できない」


セリーンはタルトの首筋を舐める。


「だめえええぇ!タルトさまをはなしてぇ!」

「おや?あなたがリーシャちゃんね。

とっても可愛くて美味しそう…」


リーシャを見る目が明らかに獲物を見つけたそれであった。

勢いよく言ったリーシャであったが蛇に睨まれた蛙のように怯えている。


「それは本当に駄目ぇー!

もうリーシャちゃんの血を吸っちゃ駄目!

しょうがないから私で我慢しなさい」

「ええ、ええ!お姉様なら喜んで!」

「わわわ!首は嫌ぁっ!腕にしてぇ!」


それから腕に噛みついてお腹一杯までタルトの生き血を堪能したセリーン。

翌日の朝、少女に戻ったセリーンは前日の記憶を思いだし青ざめる。


「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!

夜の私がごめんなさいっ!

うぅ…こんな私なんて太陽の光で焼死すれば良いんです…」


大泣きで謝罪するネガティブセリーンに戸惑うタルトと雪恋。


「これは本当に同一人物何でしょうか…?」

「多分…ねえ、セリーンちゃん。

もう分かったから血でも飲む?」

「えっ?…えっと……はぃ、はむ…ん…ん…ケフッ…美味しぃ」


こうして忙しい日々に一時の休息が訪れたのであった。

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