第115話 タルト vs ディアラ軍

開戦の銅鑼の音が風にのり大草原に響き渡る。

周囲には世紀の一戦を見ようと集まった観衆から大歓声が上がる。


「ではう王様、ちょっと行ってきますね」

「聖女様の御心のままに。

老兵はここで見守っております」


タルトがゆっくりとディアラの大軍に向かって歩きだす。

一人の少女が大軍に立ち向かうなど異様な光景である。

王から少し離れたところでタルトは光輝き魔法少女の姿に変身する。

そのまま上空へ上がり草原が見渡せる高さで停止した。

一連の流れのなかでディアラ軍にも動きがあった。


「良いか、聖女が停止したら弓と魔法の一斉射撃を行うのだ!

それで怯んだ隙に一気にバーニシア王へと騎兵が突っ込み戦いは終了だ!!」


ディアラ王の檄が飛び士気が一気に高まる。


「弩兵隊、狙いを定めろ!!」

「魔法隊、詠唱開始!!」


上空で停止したタルトに狙いを定め構える。


「「放てえぇぇぇーーーーーー!!!!」」


数千本の矢と炎、水、風、土と様々な魔法が襲い掛かる。

タルトは微動だにせず、それを眺めるとステッキをゆっくりと一払いする。

すると弓は巻き起こった風で勢いを失くし、魔法は相反する炎と水、風と土がぶつかりあい相殺された。

左右に展開した騎兵隊は異常な光景を見つつも、役割を全うするため最高速で馬を駆ける。

それを確認しながらタルトがステッキをもう一払いするとバーニシア王とタルトの間に巨大な炎の壁が現れた。

突如、前方に現れた炎の壁が急停止する騎兵隊。


「なんじゃ、あれはっ!!

あれでは通れないではないか!

マレーよ、どうにかせい!!」

「魔法部隊よ、水で相殺せよ!」


魔法を操る部隊から水属性の者が集められ、一斉に詠唱を開始する。


「「「「水の弾丸アクアショット!!」」」」


数百人同時に放たれた水魔法が濁流となって勢いよく襲い掛かる。

炎の壁に衝突し、大量の水蒸気と爆音を立てる。


「やったか…?」


ディアラ王が心配そうに声を漏らす。

霧が晴れると何事もなかったようにそびえ立つ灼熱の壁。


「あれは…壁に到達する前に蒸発したものと思われます…。

我々の魔力量では太刀打ち出来ません…」


魔法部隊を率いる隊長が神妙な面持ちで報告する。


「何だとっ!

それでは作戦が全て無駄ではないかっ!

あの小娘を倒す以外に王に到達出来ぬぞ!」


タルトは無表情のまま空中で静止したままだ。

小さい体から発せられてるとは思えないほどの威圧感を感じる。

ディアラ王は背中に冷たいものを感じた。

手を出してはいけないものを起こしてしまったような。

作戦が無に帰したディアラ軍は戸惑っている。

王は驚愕したままであり、命令系統が止まったままだ。

そして、遂にタルトが動きを見せた。

右手をあげステッキを空高く掲げる。

雲ひとつない晴天だった空に一気に雲が沸いてくる。

やがて真っ黒な雷雲に成長し、雷鳴を響き渡らせた。

それを見たディアラ兵に動揺が走る。


「天候まで操れるのか…」

「やはり聖女様に逆らってはいけなかったんだ…」

「こんなの…勝てる訳がない…」


既に悲壮感が漂っている。

タルトは掲げた手を振り下ろすとディアラ軍の後方に雷鳴が轟く。

落ちた雷によって横一直線にラインが引かれている。

この世界に雷を操る魔法は存在せず、人々の目には神の所業に映った。

ディアラ王も我を忘れて魅入っている。


「あいつは本当に人間なのか…」


つい心の声が出てしまうほどに。

タルトはスーっと浮いたままディアラ軍に近寄り再び停止した。

上空から見下ろしたまま静かに語りだす。

魔法により拡声された声は静かだが大草原全体に響き渡る。


「私の名前はタルト。

聖女と呼ばれ女神の御使いです。

今回の争いはディアラ王が策略により私の家族を陥れたことから始まっています。

更に関係のない獣人の村に魔物を放つなど目に余る非道もありました。

私は慈愛の女神でもあります。

無駄な殺生は好みませんので戦う意思の無いものは、武器を捨て後ろの線より後方へ撤退してください」


不思議と心に響き渡る声。

前列にいる獣人が武器を手放すと後ろにいたディアラ兵が鞭を振り上げる。

その瞬間、光が走ったと思ったら鞭をもった兵に雷が落ちた。


「まだ、私の話は終わっていません。

獣人を傷付ける者、その家族を害した者は自分の家族が同じ目にあうと思いなさい。

それでも戦う意思のあるものはその場に残り、そうでないものは五分以内に下がりなさい」


これを切っ掛けに一斉に後方へ走り出すディアラ兵。

重装備の者は甲冑を脱ぎ捨てて恥も外聞もなく逃げ出す。


バーニシア陣営の観覧席ではいつもとは違うタルトの様子が気になっていた。

ノルンは横にいたティアナに話しかける。


「今日のタルト殿は非情さを感じるな。

台詞も普段と同一人物とは思えないくらいだ」

「ああ、あれか。

あれはワタシが書いた台本だ」

「ティアナ殿が?

一体どういうことだ?」

「タルトからお願いされてな。

相手に恐怖を抱かせるような台詞を考えて欲しいとな」

「なるほど…普段のタルト殿では優しすぎるからな。

圧倒的な力と非情さを見せつけて相手の心を折ることで無駄な戦いを回避した訳か」

「それでしたらワタクシにご相談頂ければ、完璧な台本をお書きシマシタワ」

「いや、シトリーではやり過ぎそうだと思ったのだろう。

だから、ワタシが選ばれたんだ」

「確かに効果覿面のようだ。

ディアラ軍は我先にと逃げ出している。

タルト殿の静かに語りかける口調は、どこか恐怖心を煽るようだ」

「アア、タルト様のあの表情!

ゾクゾクとシマスワ!」


戦い開始から冷静に観戦しており、タルトの敗北など微塵も考えていない。


そんな事は露知らず恐怖心に掻き立てられ逃げ出すディアラ兵。

その混乱に乗じて大臣のマレーも逃げ出そうと後ずさった瞬間、真後ろに雷が落ちた。

タルトが上空からじっと見据えている。


「あなたは当事者ですから逃がしません。

そこで大人しくしててください」


辺りには捨て置かれた武器や防具が散乱していた。

あっという間に残されたのはディアラ王と大臣のマレーだけであった。

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