第116話 悪足掻き
先程までの喧騒が嘘のように静まり返る大平原。
タルトが引いた線より後ろに撤退した兵たちは神にお祈りしてるようだ。
「申し訳ございません…もう二度と逆らいませんのでお許しを…」
それぞれのやり方で祈る兵たち。
タルトはゆっくりと地上に降りて最初に雷に打たれた兵に近寄る。
ステッキを向けると辺り一面が光に包まれた。
死んだと思われた兵の傷が一瞬で癒えて再び動き出した事で周囲から驚愕の声が上がる。
(ふう、良かったよぉ…手加減したのに死んじゃったかと思って焦ったー)
ここ数日、一人で練習していたのは雷の出力と命中の精度だった。
普通に放てば出力が大き過ぎて絶命してしまうので、気絶する程度に抑えているのだ。
それと五万もの兵士のピンポイントに落とす必要があるので精密な命中精度が必要である。
これにより非殺傷で相手の心を折ることに成功したのだ。
(ちょっと悪い神様みたいで私が目指すのと方向がちょっと違うんだけど…。
でも、皆撤退してくれたし作戦成功かな…?)
ここで倒れていた兵士が目覚め目の前のタルトに気付く。
「うわあああぁぁーーーー!!!
ごめんなさい、もうしませんから許してくださいぃーー」
「解れば良いのです、下がりなさい」
「はっ、はいいぃーすぐにーーー」
急いで一目散に走り出すディアラ兵。
(はあぁ…今のちょっと大人っぽくて格好良かったんじゃないかな…。
やっぱり女神様ってこうじゃないと)
表情に出さず必死に堪えながら、内心は心踊るタルトであった。
そして環状を抑えつつ無表情で振り返り、ディアラ王と大臣のマレーを真っ直ぐ見据える。
「お待たせしました。
ですが、これでチェックメイトですね」
「まだだあーー!!
まだワシは負けていないぞ!
聖女よ、ワシと魔法なしで勝負せよ!
こちらも剣術のみで相手をしようではないか。
まさか、勝負から逃げまいな?」
「良いでしょう、私もこのステッキだけでお相手しましょう」
勝った!と王は思う。
魔法がなければお互いに身体強化をしていても剣術の腕も元の腕力が強い自分の方が有利だと考えたのだ。
そのまま腰からタルトの身長くらいある立派な剣を抜き、両手で力強く握る。
ディアラ王は若い王子の時、兵の先頭に立ち様々な戦いに赴いていたのだ。
毎日、鍛練に励み部下からの信頼も厚い良き将であった。
だが、自分が魔物討伐で遠征しており、父母である当時の王と王女が国内巡行中に獣人の襲撃に会い王女が命を落とした。
これを切っ掛けに獣人への深い憎悪の始まりである。
更に妻を失くした王もほどなくして亡くなり王位につくと、奴隷制度を推奨し積極的に獣人の村への襲撃に明け暮れたのだった。
長いときを経て少しは憎悪も減っていたが、またしても自分の妻もまた殺されたのだ。
そこに聖女と呼ばれる少女が現れ獣人を含めた闇の眷属を差別しない町が造られたという情報を聞く。
忘れていた気持ちが内側から涌き出てきて、母と妻を殺した憎き獣人を平等に接するなど耐えられなかった。
その怒りを全て握った剣に込める。
じっとタルトを観察するが両手を下ろしたまま、動く気配がない。
つまり棒立ち状態の隙だらけなのだ。
(舐めているのか?
それとも、剣術は素人なのか?)
判断はつかないが間合いに入り渾身の一撃が繰り出せれば勝てると読み、真っ直ぐに突っ込んでいく。
あと数歩で間合いに入るがタルトは動かない。
(勝った…この距離で回避など出来ぬ。
ましてや、その細腕で受け止めるのは不可能だ!)
若い時と変わらぬ速度で剣を振り下ろす。
タルトを袈裟斬りするように首もとへ鋭い剣先が迫り、誰が見ても勝敗が決まったように見えた。
だが、ディアラ王は理解が出来ない感触を感じる。
振り下ろした剣がピタッと停止し、全く動かなくなったのだ。
驚いてよく見てみるとタルトの細い綺麗な指が剣を掴んでいる。
さっきの衝撃を受け止めたのも驚異だが、両手で力をどれだけ込めても少しも動かす事が出来ないのに驚いた。
(馬鹿な…軽く指で抑えてるだけでワシの全力を超えるのか…。
これが聖女の力か…)
ディアラ王は勘違いをしていた。
基礎となる腕力は明らかに差があるが、身体強化してる魔力量の差が圧倒的なのだ。
更に精霊のウルが魔力を完全にコントロールし、最大限の効率化と効果を得ている。
「終わりですか?」
「馬鹿にしおってっ!!!
うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぎ…」
顔が真っ赤になるほど力を込めてもピクリとも動かせない。
「では、こちからからいきますね」
タルトが指で挟んだ剣をゆっくりと上に持ち上げると、ディアラ王の体が宙に浮く。
そのまま腕を振り回すと王の体ごと大きく回転させる。
遂に耐えきれなくなったディアラ王は剣から両手を離し、勢いよく吹き飛ばされた。
タルトは残された剣をぐにゃっと手で曲げていき、最後には球状まで変形させる。
「これ、返しますね」
球状に変形させた鉄の塊を勢いよくディアラ王の足元に投げた。
「ぶはっ!!」
地面が勢いよく爆発し破片が襲う。
「武器はたくさん落ちてます。
好きなものを拾って好きなだけ攻撃してきてください」
「ま、待てっ!
今回の策は大臣のマレーが考えたのだ!」
勝てないと悟ったディアラ王はマレーに罪を擦り付けようと必死だ。
「お待ちください!
私は王の命に従い、行動しただけです!
聖女様、どうかお許しを!」
元々、戦闘など出来ない文官のマレーも割って入り醜い争いが始まった。
呆れたように見ていたタルトは掌に氷でつららを作り出し息を吹き掛ける。
拳サイズのつららが目に見えぬ速度で二人の足を貫く。
「ぐあああああっ!
待ってくれ…ワシの…敗けじゃ…」
「何を言っているのですか?
勝利条件は王の捕縛ですよ。
敗けを認めるなんて条件に入ってないですよ」
「何を言って…どうするつもりだ…?」
「あなた方のせいで今までどれだけの奴隷の人達が苦しんだと思うんですか?
子供達も多く、中には手や足が不自由になってしまった子もいるんですよ。
これからゆっくりと同じ苦しみを味わって頂いて、最後に腕や足の一本は貰いましょうか」
二人の背筋に冷たいものを感じた。
タルトの冷たい汚物を見るような視線にとても許して貰えるような雰囲気はないのだ。
足を貫かれ動けない状態で少しでも逃げようと必死にもがく二人にゆっくりと近づくタルト。
そこに後方に撤退したディアラ軍から一人の人物が駆け寄り、タルトの前に立ち塞がった。
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