第114話 それぞれの過ごし方

決戦前夜のディアラ夜営地。

一際、立派な天幕にディアラ王と大臣マレーの姿があった。


「マレーよ、明日の準備は順調であろうな?」

「勿論でございます、陛下。

先頭には一万を超す獣人奴隷を突貫させます。

既に人質の噂も流しておりますので、聖女の性格から攻撃は出来ないでしょう。

その困惑したところに魔法使いの部隊と弩兵による一斉射撃で動きを封じます。

それで倒せれば良しですし、隙をついて騎馬隊が機動力を活かして一気に駆け抜けます」

「小娘め、自分で考案した武器で苦しむがいい。

それとワシの護衛は完璧であろうな?」

「優れた防御力を誇る重騎兵を始め、一万もの部隊がお守り致します」

「聖女ともてはやされているが、所詮は一人の人間だ。

五万もの軍隊を前にたった一人の人間を守り抜くことなど出来ぬわ!」

「全くその通りでございます。

しかも、人を殺せない甘い性格で戦争に出てくるなど常識がないようですね」

「よし、マレーよ。

少し早いが前祝いをしようではないか」

「はっ、上等な酒を用意させております」


すっかり勝利した気分でいるディアラ陣営。

それぞれの思惑を胸に夜は更けていく。


翌日の朝は雲ひとつない晴天であった。

草原には心地よい風が吹き抜け、これからこの場所で戦争が始まるとは思えないのどかな雰囲気だ。

だが、ディアラ陣営では朝の炊き出しが始まり、具足の準備と開戦前のピリピリとした空気が流れている。

対照的にバーニシア陣営ではいつもと同じゆるっとした朝を迎えた。

眠くて半開きの目のまま、天幕から出て朝食のパンを食べるタルト。


「おはようございマス、タルト様」

「ふああぁ…おはようございます、シトリーさん」

「眠そうでございマスワネ。

調子は大丈夫でございマスカ?」

「リーシャちゃん達がいなくて一人で寝ると寝付きが良くなくて…。

でも、体調はバッチリですよ」

「そうでしたカ…戦争で危険だからと連れて来ませんでしたが、一人は連れて来なくてはいけまセンネ」

「なんだあ、タルトはその歳で一人で寝れねえのか?」

「あっ、おはようございます、桜華さん。

違いますよぉー、一人でも寝れますけど、いつもある温もりがないと何となく寂しいだけですー」

「まあ、そういうことにしといてやる!

それにしても決戦前に緊張感のないやつだなあ」

「緊張はしてますよー。

でも、やれることを頑張るしかないですから!」

「うちらの事は気負いせず頑張れよ。

タルトの気持ちは嬉しいが闇の眷属だったのは事実だしなあ。

よく思われてないのは慣れてるぜ」

「家族を馬鹿にされて殴ったのは私のワガママです。

それに今でも奴隷扱いしてる王様にはお灸が必要なんですよ!」

「そうか…まあ、タルトの好きなようにやってくれ。

どんな結果になろうとも付いていくぜ」

「桜華さん…」

「そうですトモ。

タルト様が悪の魔王になると言われてもお供シマスワ」

「いや、魔王になんてなりませんからっ!」


楽しいひとときはあっという間に過ぎ、開戦の刻限が近付く。


太陽が高く上り開戦の準備が着々と進んでいる。

バーニシア陣営はそもそも王とタルトだけなので、後方に観覧出来るような客席を準備していた。

それとは対照的に物々しい雰囲気のディアラ陣営。

五万もの兵士が隊列を組んでおり、広く感じた大草原を埋めつくし狭くさえ感じさせる。

血の気の多い兵士達が待ちきれずに怒号を上げており、異様な光景だ。

最前列にいる獣人達の士気は低いが家族を守るため、覚悟を決めた顔をしている。

いよいよ刻限間近になり、バーニシア陣営に王とタルトが現れた。


「あれが聖女か、ただの少女ではないか」

「あんな小さいからだで何が出来るというのだ?」

「この大軍勢相手にたった一人とは舐められらものだな」


ディアラ兵は初めてタルトを見るものも多く、小さな少女の姿に拍子抜けしてしまった。

それと違う印象を受けたのは獣人だ。


「聖女様、申し訳ございません…。

我らのために奴隷解放を訴えて頂いているのに…」

「恩を仇で返す事になるとは…」


悲痛な想いは表情によく現れていた。

それを見たディアラ兵が鞭で罰を与える。


「貴様ら敵相手に手を抜いたらどうなるか分かってるんだろうな!」


鞭に打たれることよりも家族がどんな酷い目にあうかの方が心配なのだ。

グッとこらえ武器を握る手に力が入る。

遂に両陣営の準備が整い開戦の時刻となった。

大草原を見渡せる中央に高台が築かれ、今回の見届け役であるドゥムノニア王が現れた。


「さあ、刻限となった。

両国の主張は異なり真偽を決定するため、古き取り決めに従い限定的戦争をここに執り行う!

勝者の主張が正しいことが証明され、敗者は勝者の求めに応じる事とする。

ルールは王の捕縛とし王を殺すことは禁ずる。

しかし、兵の生死は問わないので、勝者は敗者にその賠償を求めることも出来る事とする。

この戦争に異議があるものは今、ここに申し出よ!!」


勿論、異議を申し出るものはいなかった。

バーニシア陣営の観覧席にいるティアナが不満を漏らす。


「兵の賠償などこちらはタルト一人じゃないか。

全てにおいて不利なルールだな」

「今回は聖女様が起こした問題が発端となってますからね。

不利な条件を飲まざるを得なかったんですよ…」


ゼノンの言う通り一国の王を殴ったのだから、もっと最悪の事態になっても不思議ではない。

こうして戦争で勝敗を決するのは良い結果だったかもしれないのだ。

この会話が終わる頃、再びドゥムノニア王が話し出した。


「異議もないことから両国が条件を承認したものとする。

それでは、銅鑼の音を合図に開戦せよ!!」


それと同時に大草原に銅鑼の音が響き渡る。

いよいよバーニシアとディアラの戦争が始まったのだ。

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