第108話 神獣

里の人には秘密裏に出発することにした。

下手に話すと止められられないからだ。

ザイツを先頭に大森林の最奥部へと進んでいく。


「神獣ってどんな魔物か分からないんですよね?」

「ああ、ここに立ち入る事はないので見たものはいない。

伝承のみで女神様の寵愛を受けていたくらいしか情報はない」

「私で勝てれば良いんですけど…」

「聖女様で勝てなければ人間では到底敵う相手ではないと諦めもつく」

「モーラさんの為に頑張りましょう!

それにしても何だか薄暗いですね」


里の付近でも太陽の光は木々に遮られていたが、進むにつれてより薄暗さが増していく。

木々も巨大化しており、幹の周囲をタルトが両手を広げた状態で10人いても足りなさそうだ。

まるで日暮れのような暗い森を進んでいくと異変に気付くタルト。


「おや…この奥に強い魔力が…。

こちらに気付いたんでしょうか?

少しずつ近付いてきます」


指差す前方から濃霧が這うように近付いてくる。

気付けばすっかり霧に囲まれ、周囲の景色が全く見えない状態になっていた。


「みんなじっとしてください。

今、霧を吹き飛ばします!

風よ、巻き上がれ!」


一瞬で戦闘フォームに変身し、ステッキを高々と掲げる。

タルトを中心に激しい上昇気流が発生し、霧を一気に上空へと吹き飛ばしていく。

風が収まると目の前に大きな獣が佇んでいた。

その姿は銀色の毛並みで美しく、背後には無数の尻尾が揺らめいている。

冷たい紅い瞳がタルトを見つめている。


「九尾の狐…。

オスワルドさんはアリスさんを。

ティート君はミミちゃん、

ザイツさんも後ろに下がってください」


言われた通り後方へゆっくりと下がる5人。

残されたタルトはじっと九尾の狐を見つめたまま警戒を維持している。

その巨体は一軒家くらいの大きさだろうか。

まずは様子見するため、ステッキに魔力を込める。


魔力弾マジックバレット!」


自分と同じくらいの大きさの弾を高速で放ったが、九尾の狐は一歩も動かず尻尾を払って掻き消した。

そのまま揺らめく尻尾から業火が立ち上がりタルトを襲う。


「うそっ!?

ウンディーネさん、守って!

聖女の碧壁ホーリーアクアウォール!!」


大量の水が壁となり業火を相殺する。

蒸発した水が湯気となり視界を奪われ、その巨体を見失う。

相手の魔力を辿り、魔法を叩き込む。


「このぉーよくもやったなー!

疾風の槍ウィンドウスピア!!」


無数の長い槍状の風が湯気を切り裂きながら、九尾の狐に向かっていく。

だが、届く前に咆哮だけで掻き消された。


「強い…手加減した攻撃じゃ全く通用しない…。

少し本気で行くよぉー!

氷柱の大嵐アイシクルストーム!!」


大きな木々を揺らすほどの竜巻が発生し、その中を鋭い氷柱つららが目に見えぬ速度で飛び交っている。

その暴風の壁が少しずつ狭まってきて逃げ場を塞いでいく。


「ちょっと怪我させちゃうかもだけど、後で治してあげるからねー。

これでどうだぁーーー!!」


竜巻が一気に圧縮され、その内部にある物体に無数の氷柱が襲い掛かり、ドドドドッと氷柱が何かとぶつかり合う音が響き渡った。


「どう…かな?」


ちょっとやりすぎかなっと思いながら様子を伺っていたタルトは、風がおさまり状況を把握して驚愕する。

土で出来たドーム状の壁に氷柱が突き刺さっており、九尾の狐は全くの無傷であったのだ。


「土属性も持ってるの…?

むむむむむ…じゃあ、接近戦で!!」


タルトは真っ直ぐ飛行しながら突っ込んでいくと、右前足の鋭い爪が振り下ろされる。

それを回転しながら回避し、魔力を込めたステッキを脳天めがけて振り下ろす。


「ちょっと気絶しててねーーーー!!」


完全に捉えたと思ったが、するりとすり抜けていく。


「残像っ!?いつの間に?」


背後に巨大な気配を感じた瞬間、横から巨大な爪が襲い掛かる。

タルトは回避せずその勢いを利用し、その襲い掛かる足を掴んで背負い投げた。

だが、ひらりと体勢を空中で立て直し地面に着地された。


「なんてこと…そんなことが…」


手に残る感触を思い出しながら驚愕するタルト。


『そうしたんですか、マスター?

特に変な点はなかったと思いますけど』

(分からなかったの、ウル?)

『特には…。

もしかして何か凄い秘密に気付かれたとか?』

(違うよ!

分からないの?

あのモフモフ感が!

ああ…こんなモフモフが存在してるなんて…あの尻尾に抱き付いたら、どんだけ幸せだろう…)

『マスター、ふざけてる場合ですか!!

戦闘中ですよ!』

(すっごい真剣だよ!

モフモフだよ!

モフモフなんだよ!

モッフモフなんだよ!)

『そんな三段活用されても…』

(あんなモッフモフの毛並みを傷付けるなんて出来ない…一体、どうしたら…?

ん?何か声が聞こえる…)


突然、頭の中に声が響く。

低いような高いような不思議な声である。


(…聞こえるか?)

(誰?何処にいるの?)

(そなたの目の前におる)

(目の前って…もしかして九尾の狐さん!?)

(そうじゃ、妾の言葉が理解できるようじゃの)

(どうして分かるんだろう?

それに話せたなんてびっくりだよー)

(それはそなたが精霊を宿しているからじゃ。

妾は人間の言葉を発することが出来ぬ。

こうして精霊を通して会話が出来ておる)


思いがけぬ展開にすっかり戦闘の意志が失くなったタルトであった。

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