第107話 習慣

ゴブリン襲撃を防いだその晩、長の家でささやかな歓迎会を受けていた。

森の恵を受けて生活しているので、どことなく質素で野性味溢れる料理が並んでいる。

里の長が簡単に挨拶を済ませ、食事が始まったのである。


「それにしても驚きましたな。

普通の少女が牛鬼を撃退するとは。

どのようなお方なのですかな?」


長が質問すると周りも興味の目を向けてくる。

恐れなどは感じられず、興味本意なのだろう。


「こちらは先の戦争で魔物の大軍団をも殲滅させたタルト様です。

何度も我が国を救い、数々の奇跡の偉業から人々は聖女と呼ぶようになりました」

「オスワルドさん、ちょっと恥ずかしいですよぉっ!」

「その噂はこの里にも伝わっております。

その聖女様が様々な人種が住む街を造られたと」

「人種差別を失くされたのも聖女様の導きです。

私も考えを改めたのですよ」

「そうですか、タルト様は女神様のようなお方ですな」

「そういえばヨストさん。

ここの長って事は女神様について詳しいんですか?」

「そうですねぇ…かなり昔の事ですから伝わっている事だけですが」

「このペンダントってご存知ですか?」

「それはっ!?

…間違いなく女神様の紋章を型どったものです。

これを何処で?」

「それがいつの間にか身に付けていて。

しかもこれ外れないんですよー」

「そのお考え、人間離れした能力、そしてそのペンダント、何か女神様と関係があるのかもしれませんね」

「やっぱり詳しくは分からないですか…」

「何か分かればお伝えしますね」


この後も歓迎会は夜が更けるまで続いた。


翌日の朝、準備を終えて外に出ると部屋の前に一人の人物が立っていた。

その顔には見覚えがあり、最初に案内をしてくれた青年である。


「あれ?あなたは案内してくれた人ですよね?」


青年はタルトを一目見るなり土下座して懇願する。


「お願いだ!聖女と呼ばれる貴女なら妹を救えるはずだ!

頼む、妹を助けてくれ!」

「ちょっ、ちょっと頭を上げてくださいっ!

取り敢えず話をお聞きしますので」

「分かった…少し、付いてきてくれるか?」

「はぁ…、分かりました。

みんなで話をお聞きしましょう」


オスワルドとティートも呼んで、全員で青年についていく。


「そういえばお名前聞いても良いですか?」

「そう…だったな、俺の名はザイツだ」

「ザイツさん、どうして急にお願いを?

昨日はそんな雰囲気ではなかったような」

「先日の戦いを見て、聞いていた聖女の噂を信じられると思ったのだ。

このままでは妹ともう会えなくなってしまう…」

「もう会えなくなるって…」

「それは…もう着いた。

詳しくは中に入ってから説明しよう」

「お邪魔しまーす!」


タルト達が借りている部屋と同じくらいの大きさと思われる一軒の家。

部屋にはいると物は少なく小綺麗な居間に少女が一人座っている。

タルトより少し年上だろう少女はドアの音に気付き、こちらに振り向いたが目の焦点が合っていないようだ。


「兄さん、お帰りなさい。

お客様ですか?」

「ああ、こちらは新しい領主と聖女様だ」

「それはようこそお出でくださいました。

今、お茶の準備をしますね」

「それは俺がやるからじっとしていろ。

こちらが妹のモーラで目が不自由なんだ」

「皆様、モーラといいます。

五名もいらっしゃるなんて。

狭い部屋ですいません」

「えっ!?

何で人数が分かったんですか?

目が見えないのに…足音とかですか?」

「モーラは魂や精霊の光が見えるらしい」

「はい、私は生まれつき目が見えませんが精霊の光が見えるので不自由はしておりません。

全てのものに微弱ながら精霊が宿っており、物の形が分かるんです。

それと同じように人の精霊の属性や魂の光の強さなどで判別が出来ます。

貴女が聖女様ですね?」


焦点が合わない目でタルトを見る。


「どうして分かったんですか?

私、変な色してるとか…?」

「その…初めて見る不思議な光で。

魂の光は今まで見た誰よりも強く輝いています。

そして、光属性の白い大きな輝き。

更に水属性の青色も見えます。

最後に…こんな色始めてみます…微弱ですが七色に光っています」


『マスター、間違いなくこの少女は精霊の光が見えています。

白は私で青がウンディーネの分身でしょう。

七色とは一体…?』

(もしかしてこのペンダントかな?

女神様の力が宿ってるなら七色でも不思議じゃないよね)


「モーラさん、凄いですね!

どんな光なんだろう、見てみたいなー」

「里の一族は代々、精霊の加護を強く受けている。

中でもモーラは人より精霊の加護が強いようでな。

だが、今の話からすると聖女様はとても強い加護を受けているから見えるようになるかもな」

「さすが聖女様です!

強力な精霊の加護に光属性とは。

人間で光属性が宿ることは希有なのですよ」

「そうなんですか、オスワルドさん?

不思議なこともありますねぇ…。

そういえばお願いって何でしたっけ?」


ウルの事は内緒にしているので誤魔化すタルト。


「実はこのモーラの事だ。

神獣の事は昨日話したな。

この里では遥か昔より伝わる習慣があってな。

五十年に一度、神獣へ若い娘を生け贄として捧げられるんだ。

丁度、今年がそれに当たりモーラが生け贄に選ばれたんだ…」

「生け贄って…。

神獣なんですよね?

そんな酷いことするなんて…」

「所詮、神獣といっても獣なんだろう。

そこで聖女様に神獣を討伐して貰えないだろうか?」

「兄さん、それは…。

もしそんなことをすれば、ここにいられなくなります…」

「ああ、分かっている…。

信仰の対象である神獣を殺せば、ただでは済まないだろう。

だから、モーラの今後の世話もお願いできないだろうか?」

「ザイツさんはどうするんですか?」

「俺は…誰かが責任を取らねばなるまい…。

ここに残り神獣殺しの罰を受けよう」

「駄目です、兄さん!

それじゃ兄さんが殺されちゃいます」

「しょうがないのだ…。

モーラを救い、今後も誰も生け贄として犠牲になるものはいなくなるだろう。

頼む、聖女様!

俺に出来ることは何でもやる!

だから、モーラだけは助けてやってくれ!」


再び土下座をして懇願するザイツ。

オスワルドが横から助言する。


「どうされますか、聖女様。

信仰の対象である神獣を殺しては、この里と良き関係を築くのは出来ないでしょう」


オスワルドの言う通り、今回の目的は良好な関係を築き可能であれば議会への参加も依頼したいのだ。

政治的に考えれば見捨ててもやむを得ない場合もある。

そんなとき、じっと聞いていたアリスがタルトに話しかける。


「あの…私には政治の事はよく分かりませんが、何とかこの兄妹を救うことは出来ないでしょうか?

私からもお願いします」

「アリスさん…私もどちらか一人だけ犠牲になんて出来ません。

ザイツさん、あなたもアルマールで保護します。

生け贄なんて習慣は壊しちゃいましょう!」

「それでは里の者が納得出来ないだろうから、俺が責任を…」

「うるさあぁーーい!」


バチンッと良い音と共に吹っ飛ぶザイツ。

タルトのビンタが綺麗に炸裂したのだった。


「良いですか、ザイツさん。

あなたがモーラさんを想うように、モーラさんもザイツさんを想っているんです!

それにはどちらか欠けちゃ駄目なんです!」


熱く語るタルトだったが、当のザイツは白目を向いて気絶していた。

治癒も含めて目が覚めるのに少し時間が掛かってしまった。


「ごめんなさぃ…」

「いや…俺も悪かった…。

モーラの気持ちを考えなきゃいけなかったんだな」

「それで聖女様、どうなさるおつもりですか?

二人を救うのであれば神獣を倒して、人々から反感を買うかもしれません」

「オスワルドさんの言う通りだと思います。

だけど、神獣というくらいだしこっちも強さを見せれば襲ってくるのをやめるんじゃないかな?

それで生け贄は駄目なのを理解させるか、餌を定期的にあげれば大丈夫とか。

ティート君、どう思う?」

「俺ですか…?

そう…ですね、普通の獣であれば自分より強い相手には従うと思います」


急なキラーパスで戸惑うティートだったが、獣人としての意見であった。


「じゃあ、やれるだけやってみよう!

もし里のみんなに謝ることがあれば、私も一緒に謝罪します。

取り敢えず神獣がどんな相手か見に行ってみましょう!」


方針も決定し早速出発した一向。

神獣が棲んでいる森林の奥へと。

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