第101話 幕間 スクールメモリアル

アルマールにある学校には様々な人種、年齢、身分が違う子供達が通っている。

学校内でその違いは全てなく平等に接するのがルールとなっていた。

文字、算術、農業、歴史、地理、文化、経済、医術、道徳、格闘技、剣術、調理、建築など段々と科目が増えてきている。

しかし、科学など危険なものについては進歩させないようタルトの胸の中に留めたままだった。

いずれ誰かが気付き発展するかもしれないが、人為的にわざと時計の針を進めたくないのだ。

今の科目だけでも、この世界の最先端に近い知識を得る事が出来るため、少しずつであるが様々な国から通うようになった。

最近では短期留学制度も作り期間限定でも受け入れている。

今日も新しい生徒が来たようである。


「トレーシー子爵の嫡子、ヘンリーだ。

短い間だが宜しく頼む」


パチパチパチと拍手が教室に鳴り響く。

新しい生徒は如何にも貴族の息子らしく尊大な態度とお洒落な出で立ちである。


(本当に色んな人種がいるな。

この前まで奴隷だった者と同じ授業を受けるなんて)


この生徒はディアラからの短期留学で来ており、奴隷制度が盛んな国からでは抵抗がある。

小さい時から特権階級の中で暮らし、底辺である奴隷は動物と同じように見ていた。

それが急に制度が廃止されたのだ。

人の価値観はそう簡単には変わらないものである。


(まあ、人間も多いし付き合う奴を選べばいいか)


そんな風に気軽に考えていたが、その思惑は脆くも崩れ去る。

短期留学の生徒には必ずバディと呼ばれる生徒が行動を共にする制度があった。

基本的に違う人種と組ませ、協力しながら学ぶことで意識改革を目指している。

これにはなるべく経験豊富な生徒が選ばれた。

勿論、ヘンリーにもバディが付く。


「はじめましてなのです、なまえはミミなのです」


(おいおい、こんな小さいガキがバディだと!

しかも、見たことない珍しい種類の獣人のハーフだな。

尻尾がやたらとでけえし)


「ああ、宜しく頼む」

「なんでもわからないことがあれば、きいてほしいのです」

「用があれば頼むことにするよ」


少年のそっけない態度も特に気にしていない様子のミミ。

ヘンリーを連れて、最初に学校の中を案内する。

施設の数も多く来たばかりの生徒は迷う者もいるくらい広いのだ。

一通り案内すると授業開始の予鈴がなったので、教室に戻り席についた。

ここまでヘンリーは大人しくミミに付いて様子を伺っている。


(設備はかなり金が掛かってるな。

こんな立派な学校を貧民にはタダで通わせてるだと。

貴族向けにすれば儲かるのに聖女とは何を考えているんだ?)


「ほら、じゅぎょうがはじまるのです。

さいしょはさんじゅつですよ」

「ああ、これだな」


(算術だと?

高等教育を受けた俺が覚えるものがあるのか?)


だが、ヘンリーが目の当たりにしたのは見たこともない数式ばかりである。


「何だ、この式は?

不思議な記号が沢山あるぞ!」

「むずかしいですか?

けいけんがあるときいたのでじょういのクラスをえらんだのです」


(こんな小さいガキに理解できてるんだ!

俺が出来ないわけがない!)


一時間後、すっかりヘンリーは意気消沈していた。

練習問題も一問も正解しなかったのだ。


「ごめんなさいなのです…。

つぎはもうちょっとかんたんなじゅぎょうをえらぶのです」


ここでは望むレベルに合わせた授業を行っており、生活に必要な最低限から学者向けの上級者まである。

ミミは優秀な成績で科目によっては上級者の仲間入りしているのだ。


「…いや、次だ。

今のは少し苦手だっただけだ。

どんどん次に行くぞ!」

「よかったのです、つぎはがんばってほしいのです!」


次の農業、更にその次の経済も知らない知識ばっかりだった。


「何なんだ…ここは?」

「は、はじめてはとまどいもあるのですっ!

タルトさまのちしきだからしょうがないのですよ。

さあ、おひるをたべましょう!」


すっかり元気のないヘンリーを連れて食堂へ向かう。

すでに沢山の生徒で賑わっていた。

ここも無料で利用できるのだ。

ミミが適当にメニューをチョイスして席に座る。


「何だこれは?

黄色く丸い形をしているな」

「タルトさまこうあんのオムライスなのです」

「オム…ライス?

どれ…モグモグ…う、上手い…。

凄い上手いぞ!

この赤い色したご飯が良い!」

「タルトさまはりょうりのちしきもほうふなのです。

あたらしいちょうみりょうもいっぱいつくられたのです」

「一流のレストランより上手いかもしれない…。

それがタダで食べれるのか…」


軽いカルチャーショックで尊大な態度はすっかり消え去っていた。

見るもの触るものが新しく興味の方が勝っているのだ。


午後は戦闘の実技があり、張り切っていた。

子爵の跡取りとして戦に出る可能性もあり、小さい頃から鍛えられている。

午前中の不甲斐なさを挽回するチャンスだと思っていたのだ。


「格闘技なら自信があるぜ。

これは日々の鍛練が大事だからな。

先生、強そうな相手を選んでくれよ」


老兵上がりの講師はちょっと困った顔をしたが、離れたところにいた獣人を連れてきた。

年齢としてはヘンリーと同じくらいだろう。

早速、実践に近い組手を行って実力をみることとなった。


「では、宜しくお願いします!」

「ふん、丁寧な挨拶をする奴だな。

怪我をしないよう手加減はしてやろう」


相手が獣人とはいえ自信はあった。

身体能力は人間よりあるが、技術の面で勝っていれば勝てると思っていた。

お互いに構えをとり、ヘンリーが仕掛ける。

左にフェイントを掛けつつ、右フックを放つ。

相手の獣人はフェイントに惑わされる事もなく、右フックを受け流しつつ、その力を利用しヘンリーを投げた。

受け身が取れずに地面に叩きつけられるヘンリー。


「ぐぅ…」

「あっ、すいませんっ!やり過ぎました!

良いフックだったので、つい力が入りすぎました。

立てますか?」


差し出された手を払いのけ、根性で立ち上がる。


「くっ、まだ負けてない!来い!」

「ハンデが足りませんでしたね。

もう少し増やしますね」

「ハ、ハンデだと!?

何のことだ?」

「それは…この腕と足に付けてる重しです。

いざというときまで外さないようタルト様に教わったんです。

持ってみますか?」


重しを一個受けとるとずしっと両手に重さを感じる。

ヘンリーでは両手両足につけたら動けない重量だろう。


(こんな重しを付けて闘ってただと…)


ショックを受けたヘンリーはその場を走りだした。

今まで積み上げたプライドがズタズタになっていたのだ。

気づけば少し丘のような場所におり、大きな木が一本立っている。


「ちくしょう…何なんだ、ここは…」

「だいじょうぶなのですか…?」


後ろには心配そうに見ているミミが立っていた。


「兄上はがっこうでもいちばんつよいのです。

そんなにおちこむことはないのですよ」

「アイツはお前の兄貴か?

ふん、俺がやられるのを見て、せいせいしただろ?

人間に奴隷として虐げられてきたんだ。

そりゃ当然だろうな 」

「そんなことはないのです!

ミミはほんとうにしんぱいしたのですよ」

「嘘を言うな!

特にハーフのお前はどちらの勢力からも忌み嫌われてきたんだ。

恨んでいるのは分かってるんだぞ!

本当は出来の悪い俺を心の中では笑ってるくせに!」

「…むかしはあったかもしれないのです。

でも、タルトさまにであってしあわせのいみがわかったのです。

うらんでもなにもよくならないのです!」

「ふん、口では何とでも言える…。

いざという時、本性が見えるもんだ」

「とりあえず、がっこうにもどるです。

ここはけっかいのそとでまものがでてあぶないのです」

「お前一人で帰れば良いだろう?

おれは暫く、ここに残る!」


テコでも動きそうにないのを見て、横に座るミミ。


「ミミもすこしかぜにあたるのです」

「…かってにしろ」

「そういえば、このおおきなきはでんせつがあるのです」

「伝説?」

「タルトさまがいうには、このきのしたでおもいをつたえるとかのうらしいのです」

「馬鹿馬鹿しい、こんな木が何をしてくれるんだ?」

「ミミはともだちがたくさんほしいのです。

じんしゅかんけいなく、たくさんの」

「勝手に頑張れ、俺には関係ない…」

「かんけいなくないのです。

だって…」


その時、森の中からゴブリンの群れが現れた。

更にその奥には一際大きなゴブリンが。


「アイツはゴブリンキングだ…。

まずい囲まれている」

「たたかえるですか?」

「はっ、ふざけるな。

ガキに守られるなんて真っ平だ」

「では、いくのです!」


ヘンリーは剣を抜いてゴブリンに斬りかかる。

初実践だが不思議と緊張せず、自然体で戦えてる。


「きつねび!」


ミミは尻尾を振ると炎が立ち上がり、ゴブリンを燃やす。

ヘンリーとミミは背中合わせに立つ。


(ちっ、いつの間にかコイツに背中を預けている)


二人は次々とゴブリンを倒していく。

ついにゴブリンキングが動きだし、ヘンリーに襲い掛かる。

その巨体に似合わず素早く、ヘンリーは剣で受け止めるのが精一杯であった。

だが、受け止めきれず吹き飛ばされた。

受け身が取りきれず足を痛めた。


「くっ、これでは逃げることも出来ねえ。

お前は一人で逃げろ!」

「ミミはにげないです!

ともだちはおいていけないのです!」

「誰が友達だっ!

どうせゴブリンキングには勝てねえ。

お前一人でも助かるなら、それで良い。

癪だが俺が囮になってやる」

「ヘンリーさんをおいていくなんてできないのです…」


ミミは果敢にゴブリンキングに攻撃を仕掛ける。

その素早さで相手の攻撃を躱しながら、爪や炎で攻めるがダメージを与えられない。

ゴブリンキングの恐ろしい腕力から繰り出される一撃がミミを掠めた。

少し触れただけだが、小さく軽い身体が吹き飛んだ。


「あうっ!」


それでも、力なく立ち上がりヘンリーの前に構える。


「もう諦めろ!

お前じゃ勝てない!」

「まだ…なのです。

タルトさまのようにひとびとをまもるのです」


だが、ミミは膝から崩れ落ちる。

先程の攻撃がじわじわと効いてきたのだ。

ヘンリーは見かねて、ミミの前に出る。


「だめなのです…。

ヘンリーさんはあしをいためてうごけないのです」

「お前も一緒だろ。

ちっ、俺も感化されちまったか。

まさか、ハーフを守るようになるとはな…」


動けない二人にゴブリンキングはゆっくりと近づく。

ヘンリーとミミもじわじわと後ずさるが、動けない身体では遅く距離が段々と近づく。


「もう、ここまでか…。

悪かったな、あの時、お前の忠告を聞いておけば」

「まだ、あきらめちゃだめなのです…」

「ふっ、友達か…。

俺には命を懸けてくれる友なんていなかったな」


いよいよゴブリンキングに追い付かれ、その驚異の一撃が目の前に迫る。

ヘンリーはミミを守るように、防御の構えをとった。

二人に狙いを定め、卑しい笑みを浮かべているようだった。


「……キィィィィィィィィイイイイイイイ―ーーーーック!!!」


ヘンリーは見た。

あの巨大なゴブリンキングを一瞬で蹴り飛ばす可憐な少女を。

そして、ふわっと浮いたままゆっくりと地面に降り立つ。


「ミミちゃん、大丈夫?」

「タルトざまぁーー」


ミミは泣きながらタルトに抱きつく。


「怖かったんだねー。

もう大丈夫だよ」

「おい、まだ敵は残ってるぞ!」

「もう終わってるゼ」


パタパタと黒い羽の生えた少女がゴブリンキングの死体を放り投げながら答えた。


「お疲れさまー、カルンちゃん」

「全くダゼ。

ミミがこっちに走って行ったって聞いて来てみれば、ゴブリンに襲われてるトハナー」

「おい、ミミ、離れろ!

そいつは悪魔の仲間だぞ!」

「何だコイツ、殺されたいノカ?」

「だめなのです!

このひとはがっこうのともだちでヘンリーさん。

ヘンリーさん、こちらがせいじょのタルトさまとあくまのカルンさまなのです」

「こいつ…いや、この人が聖女…様?」

「ミミちゃん、駄目だよー。

この辺はまだ危ないから来ちゃだめでしょ」

「ごめんなさいなのです…」

「いや、ミミは悪くない。

全部、俺のせいだ…」


それを聞いてタルトは嬉しそうな顔をしている。


「そっかぁーーー。

うんうん、しょうがないから二人には罰を与えます。

ミミちゃんはヘンリー君に肩を貸して医務室に連れていってあげなさい。

ヘンリー君はミミちゃんの親友になってあげること」

「しょうがねえな、聖女様の命令じゃしょうがねえ」


恥ずかしそうな照れた顔をしたヘンリーに肩を貸すミミ。

ゆっくりと学校の方に歩いていく。


「タルト姉が治してあげれば良かったんじゃネエカ?」

「あれで良いんだよ、カルンちゃん」

「そんなもんカネエ」


あっという間にヘンリーの留学期間が過ぎていく。

元々、勤勉な方なのでメキメキと才能を伸ばした。

そうして最終日を迎え、迎えの馬車に荷物を積めていた。


「いつでもあそびにきていいのですよ」

「ミミか、お前も良ければディアラに遊びに来い。

あの国は差別がまだ残ってるが、悪く言うやつがいれば俺が殴ってやる」

「ぼうりょくはよくないのですよ。

でも、そのきもちはうれしいのです」

「当然だろ、ダチだからな」

「ふふ、ずっとともだちなのですよ」


こうして無事にヘンリーの留学は終わったのだった。

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