第102話 聖女の憂鬱

平穏な日常。

外は穏やかな風が吹き、真っ青な空が広がっている。

街には良い意味での喧騒があり、商売が活況なのが分かる。

それとは対照的で神殿内の執務室は静寂に包まれており、紙をめくるのとペンを走らせる音が聞こえるのであった。

タルトとシトリーが黙々と書類に目を通し、時折、署名をしている。


「シトリーさん、ちょっと良いですか?」

「どうされマシタ、タルト様?」

「何で私はここでこんな事をしてるんですか?」

「それがタルト様の仕事だからデスワ」


再び、静寂。


「えーっと、シトリーさん?」

「まだ何かありマスカ?」

「これって私の仕事なんですか?」

「上に立つものの当然の責務デスワ」

「そ、そう…ですか…」


更に再び、静寂。


「あの…これってオスワルドさんの仕事では…?」

「オスワルドなどタルト様の配下の一人に過ぎまセンワ。

この街の政に関しての最終決定者はタルト様でございマス。

最近、街は更に大きくなり、判断頂く案件が増えておりマシテ。

確かに政治的な役割を担う組織もないのは問題デスワネ」


静かに机に向かっていたタルトの不満が遂に爆発した。

手足をバタバタさせ、駄々をこねている。


「こんなのもうヤダヤダぁーーーー!!

外に行きたいーーーー!!

いつ最終決定者になったんですか?

私はもっと自由に生きたいんですぅーー!

学校に行って友達も作りたいし!」

「タルト様がご自分で造られた学校で学ぶ事はないデショウ…」

「学校は勉強以外でも学ぶ事はたくさんあるもん。

放課後におしゃべりしたり、部活に励んだり、帰りに買い食いしたりー。

毎日、書類読んで署名なんてつまんない!」


そのまま窓から逃避するタルト。

残されたシトリーはため息をついている。

そこに音を聞き付けたノルンが様子を見に来た。


「何かタルトが荒れてるようだが、どうしたんだ?」

「困りマシタワ、事務仕事がお嫌いのようデスノ」

「まあ、タルトはまだ子供だからな。

やはり行政の者を国から派遣してもらうか」

「デスガ、この街は普通とは違いますから、通常の役人では対応策出来まセンワ」


アルマール周辺の村も含め、国は干渉せずタルトの自由に発展を進めている。

半ば自治区のような場所で状況を王都から時々、見に来るくらいであった。

街の住人もタルトを信仰し、良い方向に導いてくれると信じており、その政策に文句を言うものは一人もいない。


タルトは空を飛びながら、これからどうしようか考えていた。


「うぅーーん、思わず飛び出しちゃったけど、これからどうしよう…?

戻ったらまた捕まっちゃうし。

そもそも自分達の街の事なんだから、自分達で勝手に決めればいいのに。

さっきのだって村の畑に新しい用水路を作りたいって知らないよ、そんなの!

必要なら勝手に作ればいいじゃないっ!」

『マスター、街にも予算がありますし他にも要望は沢山来ております。

それを公平に優先順位を付けて対応していかなくては』

「それを私が決めるの!?

予算なんて誰が作ってるの?

子供に任せるってどうなのよ?」

『子供といってもマスターは聖女として認識されてますから。

信仰の対象であり、神のような存在に近いのです』

「神様が用水路を作って良いかなんて決めるもんなの…?

あ~ぁ、何か良い方法ないかなぁー。

そうだっ!

皆で決めてもらうのが良い!

一応、王さまにも許可貰っとこうかな、善は急げだね、王都へ向けてGo!」


タルトは一人なので久々に全力で飛行してみた。


「あばばばばばばばばばばっ!?

ちょ、ちょ、ちょっと、ストーーップ!

速すぎ!目がつぶれそうだし、風圧で顔が凄いことになってるよ!」

『マスターの魔力が上がった分、速度も増してます。

今なら音速を越えられるかもしれません』

「いや、死んじゃうって!

息が出来ないし重力で潰れちゃうよっ!」

『では、前方に風の壁と重力操作で快適な飛行を目指しましょう』

「出来るなら最初っからやってよぉ…」


もう一度、高速飛行を試したが、対策により無事に王都までたどり着いた。


ゼノンは執務室で忙しく仕事に励んでいた。

一国の大臣にもなると業務の量はとても多い。

この日も一人で部屋に籠り、激務をこなしていると目の前の窓に人影が現れた。

コンコンと窓を叩く音が聞こえ、顔をあげるとフワフワと浮いているタルトが笑顔で手を振っている。


「聖女様!?

どうしてこちらに?」

「突然、すいません。

ちょっとご相談がありまして」

「まずはお入りください、すぐに部屋を用意させます」

「お邪魔しますー」


ゼノンに連れられ、応接の間に通される。

すぐにお茶とお菓子が出てきて、待っていると王を連れてゼノンが戻ってきた。


「これは聖女様、お急ぎのご用ですかな? 」

「すいません、急に押し掛けて。

実は…」


タルトは先程、思い付いた案を説明した。

王もゼノンも興味深く聞いている。


「…ということをしたくて。

一応、王さまに許可をもらった方が良いかなあと思いまして…」

「ふぉっふぉっふぉっ、聖女様は事務仕事がお嫌いのようですな。

それでゼノンはどう思う?」

「そうですね…これが聖女様以外であれば国家の根幹を揺るがす事態かと。

あくまでもオスワルド子爵の領地に限り、聖女様の正式な自治区として認めては如何でしょう?

子細は後で詰めますが、多少の法は自治区の特例ということで」

「そうじゃのう、ワシも反対はない。

聖女様のなされたい通りにしてくだされ。

後はゼノンよ、任せるぞ」

「はっ、承知しました。

では、聖女様。

詳細はオスワルド殿も含めて話しましょう」

「じゃあ、ちょっと行って連れてきますね」

「ははは…聖女様は自由奔放でございますね。

お戻りになるまで準備してお待ちしております」


今度はアルマールに向けて高速飛行するタルト。

飛行しながら誰に声をかけるか悩んでいた。


「オスワルドさんは当然として…。

シトリーさんとノルンさんは声を掛けようかな。

重要なことだし、もう少しいた方が良いかな?

そうすると…色々しってそうなティアナさんとジルさんかな。

ジルさんも本当は飛べるんだろうなぁ、龍人だし…。

そうだ、人間代表としてエグバートさんも呼んだ方が良いよね」


アルマールに着くなりエグバートの店による。


「はあ!?今から王都で会議だとお!?

よく見ろ!嬢ちゃんが店を大きくしたお陰でそんな暇ねえよっ!!」

「ですよねー」


あっさりと断られてしまった。

次に目に入ったモニカに狙いを定める。


「えっ、なあにタルトちゃん?

会議に参加して欲しいの?

でも、お客さんが多いんだよね。

まあ、子供たちもだいぶ慣れてきたし今日は人数が多いんだけど。

まだ。ちょっと心配なのよね」


そこで丁度、お昼を食べに来てたミミが会話に入ってくる。


「きょうだけならミミにまかせてください。

こどものめんどうもみるのです」

「まあ、ミミちゃんならしっかりしてるし任せても大丈夫かな。

で、タルトちゃん、何か準備いる?

大丈夫なの?すぐ帰ってくるって?」


そのあと残りのメンバーにも声を掛けた。

人数の都合上、ジルには自分で飛んでもらう。

モニカはよく分からないまま、タルトに抱えられている。


「タルトちゃん、抱えて貰ってなんだけど…絶対、手を離さないでね!

この高さから落ちたら死んじゃうよ!」

「大丈夫ですよー、それよりもちょっと体重が…」

「何か言った、タルトちゃん…?」


タルトの第六感が続きを言ってはいけないと告げていたので貝のように口をつぐむ。

こうして、二時間も掛からず王都へとんぼ返りしたのであった。

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