第90話 聖女の要求

「私がお願いしたいのは、奴隷制の廃止です。

種族同士で仲良くなるなら、差別は無くさないと駄目なんです」


この発言に反応は様々であった。

国によって違うが闇の眷属に対する恨みなどの感情や奴隷の労働力に頼ってる部分も大きいのだ。

基本的に奴隷であれば賃金は不要で、粗末な食事だけ与えてる場合が多い。

それが廃止されれば大なり小なり影響はあるだろう。

ケント王は落ち着いた様子でタルトに問う。


「ケントでは農地の開拓や維持に少しばかりの奴隷がおります。

国境は闇の土地と接しておりませんから、国民感情はそれほど悪くありません。

これらは解放せよとの事でしょうか?

その場合、恨みをもって復讐を考える者もいるでしょうから簡単には解放は難しいと考えますが」

「良ければアルマールで保護します。

そこで争う必要がないこと、過去の因縁は捨て去るように教え込みます。

そして、コミュニティを作って自由に暮らせるようにします。

なんて、王様の許可なく勝手に決めちゃって良かったですか…?」


タルトは気まずそうにバーニシア王を見る。

もし、奴隷が反乱を起こせば真っ先に被害が出るのが、バーニシアだ。

アルマールもバーニシアの一部であるから、勝手に決めた事に後ろめたさを感じたのだ。


「聖女様の御心のままにお進めくだされ。

ワシは信じておりますし、出来る限りの協力は惜しまないつもりじゃ」


バーニシア王は優しい笑みを浮かべて語りかける。


「なるほどのお。

バーニシア王よ、そなたが言うのであればそうなのだろう。

アルマールでは生命力の強い作物があり、収穫量も遥かに増えたと聞く。

その技術の方が奴隷より価値があるであろう。

それによって国民も幸せになるなら、ケントは条件を受け入れようぞ」


この後、レッジド、ポーウィス、ゴドディンも条件受け入れを表明した。

この三国はケント同様で奴隷がそれほどいないのだ。

レッジドは奴隷商売もしていたが、タルトが授ける知識の方が価値があり、商売になるだろうと踏んでいた。

残り二国だが…。


「ドゥムノニアとしては、弩弓のような武器に関する知識を要望する。

防衛ラインを維持できているのは我が国の武力あればこそだからな」


この要望については、タルトは躊躇いがあった。

弩弓でさえ世に広めたくなかったのである。

心配したノルンがタルトに耳打ちをする。


「タルト殿、どうするのだ?

あれ以上の武器があるのかは知らないが、本意ではないのではないか?」

「うぅ…そうなんですけど…。

でも、昨日みたいな悲劇を無くしたいんです」


タルトは何とか折衷案が見つけられないか探ることにした。


「弩弓の作り方は各国へ教えます。

他に考えたものも共有しますが、これを人間同士の争いに使わないでください。

おそらく凄惨な結果になるでしょう…。

それに魔物の襲撃について、手に余る場合はアルマールから討伐部隊を派遣します」

「ほう…自軍を消耗しないのは有難い。

だが、伝令を出してから数週間も掛かっては意味がないぞ?」

「それはアルマールで採用している飛行型の魔物を使った伝令手段もお教えします。

連絡を受けたら飛行できるメンバで急げば2、3日で着けるのでそれまで耐えてください」

「それは面白い。

情報は鮮度が重要だ!

そのような伝達手段があるとはな!

よかろう、ドゥムノニアも条件を受け入れようぞ」


残るはディアラだけだったが、王は思った筋書きにならずに苦虫を潰したような顔をしている。

ディアラだけ条件を受け入れず、取り残されるのは避けたかった。

だが、奴隷を最も用いており、労働力低下は避けたい事態だ。

両方を天秤にかけ思案する。

バーニシアに接しているので防衛時の支援について、最も恩恵を受けられるはずだ。

小国としては魔物の襲撃が一番のリスクであるから、最優先事項なのは間違いない。

それに最近、バーニシアが商業が盛んになり国益が潤っているらしい。

ここで条件を受け入れないのは、デメリットの方が多いだろう。


「まだ信頼したわけではないが、ディアラも条件を受け入れよう。

奴隷に代わる労働力を用意するまでの猶予は頂こう」

「分かりました、その間も待遇を良くしてあげてください。

食糧などの支援はしますので」

「ふん、良かろう。

ところで聖女の力を確認したいと思うが如何だろう?

ディアラの王都から東に向かった場所に大型の魔物の目撃情報があり、襲われたと報告がいくつかの村や商人から上がっている。

討伐隊の派遣を検討していたが、聖女の力量を試す良い機会ではないだろうか?」


タルトとノルンは目配せして意思を確認する。


「勿論、お受けします。

困っている人がいるなら助けたいですし」

「ほう、面白いな。

多数の魔物を殲滅させたお手並みを拝見させて頂こうではないか。

ドゥムノニアより一人同行させて貰うぞ」


ドゥムノニア王の提案により、希望があれば一人同行させることが出来るようになった。

タルト一行と大臣マレー、各国の同行者が向かうことで決まった。

出発は翌日となり、タルトはここで会議から退席した。

この後はいつも通り情報共有や問題の相談など定例事項だけだったからである。

残っても良いと言われたが、そんな難しい話を聞かされたら途中から夢へダイブしてしまう。

昔から校長の長い話や授業中によく昼寝をしていたものだ。

さすがに聖女と呼ばれているのに寝るなんて有り得ない。

退席しても良いと言われてほっとしたタルトであった。


部屋を出て廊下を歩いていると素朴そうな青年に声をかけられた。

着ているものからは貴族なのは分かるが、優しそうな風貌で畑にいるほうが似合いそうだ。


「突然、失礼しますが聖女様でしょうか?」

「はい?

あ、えっと、そうですが…どちら様でしょうか?」

「私はディアラ王の息子、サンオルクと申します。

あの…父は不愉快な発言や無理難題を押し付けはしなかったでしょうか…?」


どこか先程見たディアラ王の面影を感じる。

王様から毒気を抜いて若くすればこんな感じかもしれない。


「いえ、特にはー…なかったかな?

何か気になることでもありました?」

「昔からディアラとバーニシアは仲が良くないのですが、父は特に毛嫌いをしていまして…。

それに魔物に私の母を殺されて恨みを抱いているのです。

ですから、聖女様の方針には反対をしていまして…」

「サンオルクさんは反対じゃないんですか?」

「私は…争い事が好きでは無いんです…。

もし戦争がない世界が訪れるなら、協力したいと思っています」

「それはありがとうございます!

一人でも賛同してくれるだけで嬉しいです」

「父が聖女様に危害を加えないか心配なのです…。

もし、何か情報があればすぐにお伝えしますね」

「あはは…まあ、考えの違いは争いのもとですからね。

なるべく警戒するようにしますね」

流石に来る途中で誰かが魔物が襲撃するように仕向けたとは言えなかった。

おそらく、心優しいこの青年は心を痛めるであろう。

その後、少し話した後、別れたのであった。


自室に戻りティアナとオスワルドへ会議の内容を説明した。

ティアナ曰く、この会議は概ね勝利したと言えるらしい。

思った以上に各国の思惑はバラバラでディアラの筋書き通りには進まなかったのだ。

また、ディアラもサンオルクのように異なる考えを持った者もいるのが分かったのは収穫だった。

今までの努力を分かってくれているのが嬉しかったのである。

翌日の魔物討伐もしっかりとこなし、住民に良い感情を持って貰えると幸いだが…。

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