第91話 魔物討伐依頼

会議当日の夜。

ディアラ王はドゥムノニア王と酒を酌み交わしていた。


「ドゥムノニア王よ、あの小娘の好きにさせておくのか?」

「今日、分かったのは世間知らずの夢見ている小娘ということだ。

だが、その戦力と叡知は事実なのだろうから、有益に利用するのが良いだろう。

それに比べたら奴隷などくれてやれば良い」

「最愛なる妻を殺した魔物と仲良くなど出来るものかっ!!」

「ディアラ王よ、私怨と国益を比べるが良かろう。

何も自国に闇の眷属を置けという訳ではない。

全てバーニシアに背負わせて成り行きを見守ろうではないか。

それよりも明日の準備は出来ているのか?」

「ああ…提供いただいたギガンテスは既に放つ準備は出来ておる。

だが、本当に大丈夫なのであろうな?

我が国に被害は出したくないぞ」

「それについては心配ない。

仮に聖女が倒せなくても、我が精鋭が処理しよう。

ふん、小娘のお手並み拝見させて貰おう」

「それなら良いが…本当にあんな少女が怪物を倒すだけの力を持っているとは信じられん」

「それを試すための策ではないか。

実際は配下の悪魔や天使が強いだけかもしれんがな」

タルトの知らないところで思惑が渦巻いている。

こうして夜は更けていった。


朝になり魔物討伐の出発準備が進んでいた。


「いい、リーシャちゃん達は危険な事をしちゃ駄目だからね。

ノルンさんとティアナさんと一緒に見てるんだよ」


今日はタルト一人で戦う事になっていた。

それで聖女たる証明に少しでもなればと、ディアラの提案を受け入れたのだ。

ノルンとティアナもタルトが負けるとは思ってないし、もし少しでも危険を感じたら飛び出すつもりでいた。

リーシャ達も連れていくので、その護衛役を買ってでたのだった。

オスワルドはタルトに万が一がないように直ぐ傍で見守るつもりだ。


出発時間が近づくと今回の見学目的である各国の魔術師や学者が出てきた。

一人だけ騎士風の好青年がおり、真っ直ぐ向かってきてタルトの前で跪いた。

そして、タルトの右手をとり手の甲に軽い口づけをした。


「えっ?えっ?えっ?えっ?」


突然、手にキスをされてテンパるタルト。


「お初にお目にかかります、聖女様。

私はドゥムノニアの騎士、セルデンと申します。

本日は同行し素晴らしい手腕を拝見させて頂きます」


セルデンは女性と見間違えるほど、美少年というか青年でキスまでの一連の流れが自然すぎて抵抗も出来なかった。

欧米のような文化に疎いタルトにとって、手とはいえキスをされて顔が真っ赤になっていた。

貴族では良くある挨拶のようで周囲の人も受け流していた。


「は、はい!

えーと…た、タルトです!

今日は宜しくお願いします!」


唯一、反応を示した人物が一人。


「聖女様の守護騎士を任命されているオスワルドと申します。

セルデン殿のお噂はよく耳に致します」

「噂など尾ひれが付いたに過ぎません。

まだまだ若輩者でございます」


このセルデンという青年、ドゥムノニアで最強の名を冠した騎士である。

剣技も天賦の才があり、風と地という二属性を宿した稀な存在である。

天才だが努力も惜しまず、メキメキと頭角を現したのであった。

しかも、その容姿で国民からも人気が高く七国内で有名人なのである。

今回も王より討伐に同行し、タルトの実力を見極めるように厳命されていた。

今回の討伐内容も聞いており、ディアラ国の大臣マレーと協力するよう命令されていた。

もし、タルトが倒せなかった場合の処理も含めて。


「それでは準備が整いましたので出発致します。

用意された馬車へお乗りください」


マレーが全体の取り纏めとして号令をかけた。

一路、ギガンテスが配置された廃村に向かって出発するのである。

しかし、ディアラとドゥムノニア以外はその企みは知らされていないのであった。


街道を進んでいくが人の往来は全くなかった。

事前に魔物の出現が通知され、人払いがされたいたのである。

あと一時間もすれば目的の村へ着く頃に異変は起きた。

進行方向から小さな魔物が逃げるように向かってきた。

警備兵達は警戒体制を取るが魔物達は見向きもせず通りすぎていく。


「何だったんでしょう、今の?」


タルトは外を覗きながら考えていたが、探知に先程より大きな反応を感じて馬車から飛び出した。


「森から多数の反応を感じます!

このまま警戒を解かないでください!」


兵士達もタルトの真剣な表情に緊張感を感じ、武器を握る手に力が込められた。

その時、森から多数のガルムが現れた。

ガルムはフォレストウルフより大型で、大きさによらず俊敏で凶暴性も高い危険な相手であった。

しかも、何故か気が高ぶっているようで興奮してるのが明らかである。

セルデンも聞いていた段取りと違うことに違和感を覚えながら、迎え撃つために馬車を飛び出た。


「セルデンさん、皆さんの護衛をお願いします!

迎撃は約束通り私が行います!」


一瞬、呆気に取られたセルデン。

段取りを知っているのは、この場では自分とマレーだけなので悟られないよう話を合わせる。


「承知しました、聖女様。

お気を付けて!」


周囲を確認するが三十匹程の群れだ。

セルデンにとってガルムは負けるような相手ではないが、一人で全員を守りながらこれだけの数を相手にするのは至難の技だった。

だからこそタルトがどのような戦いを見せるのか非常に興味があった。


タルトは戦闘フォームに変身し、ガルムの群れと馬車の間に陣取った。

見た目に俊敏そうな相手でバラけられると厄介だと思ったので、一瞬で勝負を決めにいく。


「いっくよー、凍てつく牢獄アイス・ロック!!」


群れの周囲を円形に囲むように氷の壁が出現する。

あっという間に氷は成長し、ドーム上になり閉じ込められたガルムは逃げる間もなく凍りついた。

地属性でこれだけの広範囲に壁を作り、俊敏なガルムを閉じ込めるような真似は出来ないと思うセルデン。

魔法も不得手ではないが、冷静に自分との差を分析し魔力量も精密さも勝てないと判断した。


「お見事です、聖女様。

あのガルムの群れを一瞬で片付けるとは聞きしに勝る手腕ですね」

「あははは…魔法だけが取り柄ですので。

セルデンさんが皆さんを護衛してくれていたので安心して戦えました」

「お褒めいただき恐縮です」

「この魔物が討伐対象だったんでしょうか?」

「それが目撃情報は大型ですので、これでは…」


セルデンが言いかけたとき、遠くから地響きが聞こえた。

ドシンッドシンッと近づくにつれ地面が揺れるようであった。

木々がなぎ倒されながらギガンテスが現れた。


「ふあああ、でかい…。

見上げると首が疲れちゃうよー」

「おそらく、これが対象の魔物です、聖女様。

お一人で大丈夫でしょうか?」


タルトの知識は有意義と思われているので、負けそうなら手助けするように指示を受けていた。


「うぅーん、これなら大丈夫ですよ。

じゃあ、ちょっと行ってきますねー」


ちょっとコンビニに行くような気軽な感じで返事をするタルト。

その返事に拍子抜けしたセルデンであった。

ギガンテスといえば大抵の人間では敵わず、英雄と称えられるような一部の限られた者のみである。

セルデンでも気を抜けない相手であるのに、ゴブリン相手のようなノリに内心驚いていた。


そんな事も露知らずギガンテスに向けて飛び出すタルトであった。

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