第65話 リリー

第四城壁にはヒビや亀裂が入り、今にも崩れそうであった。

それを見つめながらリリーが城壁から降りようと、真っ直ぐ進んでいく。


「待て、リリー!

危ないから戻レ!

アタシが学校に運んでやるカラ!」

「行っちゃ駄目だぞ、お嬢ちゃん!」


カルンと老兵が止めようとしたが、全く聞く耳を持たず進んでいく。


「ジルニトラ殿も止めるのではなかったのか!?

何故、行かせた?」

「まあ、ワシらを信じてくだされ」


慌てるノルンにジルニトラは落ち着いて答えた。

その間にリリーはぴょんっと壁を飛び降りた。

後を追うようにリーシャとミミも飛び降りる。

更に続いてカルンが追いかけた。

シトリー達も行こうとしたが、ジルニトラに止められた。


「皆さま、身を低くしててくだされ。

あの子らはワシが守るでの。

これから何が起きても危ないので動かないように」


ジルニトラはそう言い残すと壁を降りていった。


リリーは城壁からある程度、離れた所で止まりブツブツと何かを唱え始めた。

その身体がフワリと浮き、炎が生じ渦巻いたかと思ったら、リリーの身体を包み出した。

すっかり姿が見えなくなり、火球となったが、どんどん巨大化していく。

炎の勢いは凄まじく中にいるリリーが生きているとは思えない程だ。

火球は更に巨大化し、城壁の高さを越えていた。

やがて炎の勢いは弱まり、内側が見えてくる。

そこには黄金に輝く鱗に覆われた一体の竜が浮いていた。

黄金竜からは想像を絶する威圧感が発せられ、その肢体からは到底敵うはずもない力強さが感じられる。


「リリーちゃん…なの?」

「これは…なんなのです?

なにがおきたのですか?」


黄金竜はリーシャ達の方を顔を向け


「リーシャたち…そこ危ない…避難…」


リリーと思われる竜の注意に従い、カルンはリーシャとミミを抱えると城壁の上へ退避した。

カルンの本能があの場所に留まる事に最大限の危険信号を発したのだ。

それを確認し黄金竜は第四城壁を見つめた。

そこには壁を破壊し凶悪な魔物の群れが、こちらへ向かおうとしている。


「リリーよ、程ほどにな」


ジルニトラの言葉が合図となり、黄金竜の口に超絶なエネルギーが集束されていく。

それを見たシトリーとノルンが叫んだ。


「「全員、伏せろ・伏せナサイ!!!」」


二人の直感がその危険性を感じ取った。

標的の敵が遠くに離れているとはいえ、ここにいる自分達も危険である事を。



その恐ろしいエネルギー反応を遠く離れたタルトも捉えていた。

急いで上空に飛んで状況を確認しようとする。

水蒸気を集め、水のレンズを重ねる事で望遠鏡の役割を果たせる。

そこに写っていたのは黄金に輝く竜である。


「何…あれ…黄金の竜…?。

向こうで何が起きているの…」


全くの予想外な状況に考えが追い付かなかった。

敵か味方か分からないが、恐ろしい相手であるのは一目でわかる。


『マスター、あの個体の魔力反応はリリーと思われます!

まさか、正体が竜だったとは…』

「あれがリリーちゃん…?」

『間違いありません!

そして、桁違いのエネルギーが集束されています!』



やがて、集束されたエネルギーは眩しいほどの光を発しており小さな太陽のようなものが出来上がった。


破滅の咆哮カタストロフ・ロア…」


その瞬間、世界が光に包まれた。

辛うじて魔物に向かって一閃された一筋の光が見えた。

少し遅れて凄まじい爆音と暴風が襲い掛かる。

シトリー達は城壁に隠れて必死に耐えていた。

爆発の衝撃で第五城壁が壊れるかと思われるほど揺れている。

上空からは吹き飛ばされた石が飛んでくる。

暫くすると静寂が訪れた。

今までずっと聞こえていた魔物の雄叫びも聞こえない。

シトリーとノルンが立ち上がり、その光景に唖然とした。

第一城壁から第四城壁があった場所が焦土と化していた。

地上には何も残っておらず、爆発の高温によって砂がガラス化していた。

そこには生きているものの姿はなく、魔物は全て消滅していたのだった。


「これがいにしえの竜の力…。

リリーは龍人だったのか…」

「何て威力デスノ…。

竜が中立で本当に良かったデスワネ。

味方についた勢力が圧倒的に有利にナリマスワ」

「有利どころか竜の軍隊がいたら地上が吹き飛んでしまうぞ」


ノルンとシトリーは立ち尽くしたまま動けないでいた。

周りの仲間たちも何とか立ち上がり、状況を理解した。

老兵達も衝撃的な出来事に静まり返っていた。

その中で一人の老人が前に出た。


「リリーは龍人様じゃったのか。

死ぬ前に伝説の竜の姿が拝めるとは有り難いことじゃ。

もう、お嬢ちゃんとは呼べんのう」


リリーであった黄金竜の身体が淡いひかりを発して小さくなっていく。

リリーの姿に戻ると城壁の上で戻ってきた。

そして、老兵の前で歩みを止める。


「約束…これで一緒…帰る」

「約束を守ってくれたのじゃな…。

リリー…いや、龍人様」

「いつも通り…良い」

「そうか…では、お嬢ちゃん、ありがとな。

お陰で命拾いをしたわい」

「ん…」


老兵は優しく小さい頭を撫でる。

リリーは嬉しそうに微笑んでいる。

シトリーとノルンはその様子を眺めながら、ジルニトラに近づく。

おそらく、この状況を説明できる唯一の人物であった。


「ジルニトラ殿、説明をして頂けるか?」

「ワタクシも同感デスワ。

竜族はどちらにも属さない中立であり、北の山脈から出て来ないと聞きマシタワ」

「そうじゃのう…。

聖女様が戻られたらお話するとしますか」

「承知した。

タルト殿も先程の爆発を心配してるだろう」

「そうデスワネ。

今は戻られるまで、態勢を維持するのが良さそうデスワ」

「あとお願いじゃが、さっきの件は秘密にしてくださらんか」


オスワルドは静かに状況を見守っていたが、指揮官として指示を出す。


「それでは、伏兵がいる可能性に備えて、この城壁の守備態勢を聖女様が戻られるまで維持します!

現状は敵兵は確認できないので、各自、持ち場にて休憩してください!

尚、この件についてはここにいる者だけの秘密とします!

許可なく話した者には重い罰を与えますので!」


この後、オスワルドはリリスに学校への伝達を依頼した。

傷ついた兵士たちを安心させたかったからだ。

しかし、リリーの事は伏せるようにお願いした。

これで町の防衛は達成したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る