第64話 迫り来る絶望

場所は変わりアルマール。

こちらでも第四城壁まで後退し、戦いは熾烈を極めていた。

ここまで予想よりも早く突破されており、兵士にも疲労の色が見える。

魔物の数も減ってはいるが、疲れを知らないのか勢いが衰えることはなかった。

そして、タルト軍では魔物が投げてくる岩等で怪我を負う者もいた。

怪我人は担架や馬車で救護テントに運ばれ、応急処置が行われる。

どう見ても魔物側が優勢に思われた。

だが、この状況でもオスワルドは兵士達を鼓舞しようと必死であった。


「あともう少しだ!

ここまで我が軍には死んだものはいない!

残された力を振り絞って、守り抜こうではないか!!」

「「「「オオオオオオオオ!!!」」」」


兵士達は体力の限界を感じながらも、必死に弓を引き、火計を仕掛けていく。

疲れもあり狙いの精度が落ちてきていた。

それでも、誰も諦めずに戦いを続ける。


「みぎがわのへいしさんがげんかいなのです!

もう、もたないのです!」

「ひだりはあとすこし、だいじょうぶそうです!」

「中央は大丈夫…」

「やはり体力の限界が来ておるか。

鎖は一番弱い環で強度が決まると言われておるが、この城壁も同様じゃ。

右翼が落ちれば、ここを放棄せざるを得ぬな」


ジルニトラはオスワルドへ第五城壁への後退を進言する。

これには、流石のオスワルドも動揺が隠しきれない。


「くっ、ここも放棄せねばならないのか!

もう少し時間があれば、体力面でも鍛練が出来ていたのに…」

「皆は良く戦っておられます。

敵の方が予想を上回る戦力を持っていたのじゃ。

ここで引かねば取り返しがつかぬほど、被害が出てしまいますぞ」

「それは分かっているのですが…。

やむを得ません、後退します!」


オスワルドは一瞬、躊躇いを見せたが、直ぐに気持ちを切り替え指示を出す。


「皆、良く聞け!!

この城壁は放棄する!!

速やかに第五城壁へ後退せよ!

まだ、通信班は陥落の合図を上げよ!」


通信班は合図の花火を上げた。

そして、速やかに後退をしていく。

後退の足取りは重く、第二城壁の時と違い時間が掛かっていた。



その合図はタルト達にも届いた。

戦闘が始まったばかりで、相手の力量を見極める為の様子見な攻防が行われていた。


「はっはっはっ!

この音は城壁が落ちた合図だったな。

これであと一枚になったわけだ。

もう諦めるがいい!」

「ふざけるなあ!!

手前をすぐに倒せばいいだけじゃねえかあ!!」

「桜華よ、お前では俺には勝てぬ、

今までも一度も勝てた事がないではないか」

「昔の話だろお!

いつまでも同じと思うなよ!」


桜華と藜は鍛練として、小さい頃から何回も手合わせをしている。

勿論、子供の頃は年齢の差もあったが、成長した後でも桜華がいつも負けていた。

経験、力、技の全てにおいて、勝てる要素がなかったのである。

時間がないという焦りも重なり、実力が出しきれていなかった。



オスワルドは素早く第五城壁へたどり着き、この状況について考えていた。

そこへ殿しんがりをしていたシトリーやノルン達が到着した。


「オスワルド殿、これは予想よりも後退が早いようだな。

このままでは、ここも落とされるだろう」

「ノルン様のおっしゃる通りです…。

残念ながら、この状況を打破できる案を私は持ち合わせてはいません…」

「このままではタルト様に会わせる顔がありまセンワ。

殲滅戦なら負けませんノニ!」

「シトリーよ、今回は被害を最小限に抑えるのが、目的だ」

「分かってイマスワ!

兵士達は体力の限界ですから、学校まで距離があり、次の後退時に追い付かれマスワネ」

「私も同感だな。

この状態で追撃を受ければ、被害が甚大だぞ」

「どなたか良い案はありますでしょうか?

領主として不甲斐ない私に知恵を授けて頂きたい」


だが、他に者もこの状況を打破できる妙案は出てこなかった。

その時、遠くでこの話し合いを見守っていた老兵の代表が、声を掛けてきた。


「ちと、宜しいですかな?」

「おお、ご老人!良い案でもお持ちか?」

「この城壁の防衛はワシらに任せてくれんかのう。

領主様は皆を率いて、学校に最終防衛の陣を準備くだされ」

「それは…言ってることの意味を理解されているのか?

ここを防衛するという事は、貴方達は一人も生きて帰る事は出来ませんよ!」

「ほっほっほっ。

死ぬなら未来を担う若者ではなく、ワシらのような老いぼれで十分じゃ。

もう長いこと生きてきたわい!」

「オスワルド殿。

老兵達はこの戦に参加した時点で、既に死ぬ覚悟はしていた。

確かにここを防衛するものがいれば、残りの者が後退する時間を十分に稼げる。

この状況で誰も死者を出さないのは不可能であろう。

指揮官は時に非情な判断を下さなければならないときもある。

時間はないがゆっくり考えて決めてくれ」


オスワルドもノルンがいう事は頭では理解していた。

死者数も兵を分けた方が少なく、多くの若者が助かることになるのだ。

だが、とても納得できるものではなく強い嫌悪感を感じていた。


「くそっ!くそっ!くそっ!

私にもっと力があればっ!!

誰かを犠牲に助かるなんて…では、皆は後退させますが私も一緒に残ります!」

「それは駄目じゃ。

領主様はこれからも聖女様を助けなければいけませんぞ。

少し前のお主は余り好きでは無かったが、最近は良い男になったと思いますのう。

ですから、今後もこの町に必要なお人じゃ」

「私はどうしたら…」


落ち込むオスワルドに誰も声を掛けられるものはいない。

タルトが指揮官に任命し、判断を求めれる時がきたのだ。

少し時間が必要だろうと思い、老兵は話題を変える事にした。


「ノルン様、シトリー様にお願いがあるのだが、宜しいかの?」

「何でも言ってくれ。

私に出来る事は何でも協力しよう」

「ワシらの奮戦の姿を見届けて、後ほど聖女様に伝えて頂けますかの。

生き残れなかった謝罪と合わせてお願いしますじゃ」

「その願い聞き届けマスワ。

貴方たちの活躍はちゃんとタルト様にお話しするので安心シナサイ」

「あぁ、最後に聖女様にもう一度お会いしたかったのう。

あの笑顔が見れないのが心残りじゃ」


その時、オスワルドはノルンとシトリーの目の前で土下座をした。


「そこに私もお加え頂きたい!

無理を承知でお願いしますが、その後に学校まで運んで頂けないでしょうか?」

「頭をあげてくれ、オスワルド殿。

貴殿の熱意に根負けしたよ。

ご老人も私が責任を持って、オスワルド殿を守るので宜しいか?」

「それなら仕方がありませんな。

一緒にワシらの最後の勇姿を見届けてくだされ」

「ありがとうございます!!」


オスワルドの目にはやる気が満ち溢れ、みなへ後退の指示を速やかに出す。


「よーーし!!

皆のものよく聞いてくれ!

この城壁をご老人達に任せて、学校まで後退し最終防衛の準備を行う!

勇気ある彼らの名前と活躍は後世に伝えていこうではないか!

それでは、稼いでくれた貴重な時間を無駄にしないように、速やかに撤退の準備を行え!」


兵士達は疲れていたが、出来る限り早く行動するよう努力した。

同じ町で暮らし、小さいときには世話になったものも多いのだ。

自分自身もこの戦いで命を落とす覚悟でいたので、彼らの気持ちは痛いほど分かるのである。

だからこそ、彼らが死ぬのを分かっているのに撤退するのは後ろ髪を引かれる思いだった。

彼らの気持ちに応えるように速く撤退をしなければ、ならなかったのだ。

ティート率いる獣人隊が後退の指揮を執っており、残されたのは老兵達とオスワルド、ノルン、シトリー、リリス、カルン、リーシャ、ミミ、リリー、ジルニトラだけとなった。

リリーが学校でパチンコの撃ち方を教えてくれた老人に近寄る。


「ほれ、お嬢ちゃんも危ないから避難しなさい」

「じいじは…?」

「ワシらはここで最後まで戦うのじゃよ。

もっと色んな事を教えてあげたかったのだけど、すまんのう」

「一緒戦う…」

「それは駄目じゃ。

相手はパチンコなんかで勝てる相手ではない。

カルン様と一緒に先に避難しなさい」

「守る…約束…」

「リリーといったかの。

お嬢ちゃんは良い子じゃな。

約束よりも、リリーが生きてくれる方が嬉しいぞ。

大きくなった花嫁姿が見てみたかったの…」

「リリーちゃん、むりいっちゃだめだよ」

「タルトさまもたたかうのをだめって、いってたのです」


困っている老人にリーシャとミミも助けに入る。


「もう…会えない…?」

「すまんのお…こればかりはお願いを聞けないのじゃ」

「おおーい、そろそろ配置に着くぞお!

聖女様の為に、最後の戦いだ」


老兵達はゆっくりと配置に着き始める。


「あの世で聖女様に叱られるのお」

「では、ジョンの元に行くとするか。

奴に道連れにした魔物の数を自慢話しないとな」

「そろそろお別れじゃ…。

お嬢ちゃん、元気に暮らすのだぞ…」


老兵は微笑みながら、ゆっくりと立ち上がった。

リリーは何かを決心したようにジルニトラの方へ向かう。

ジルニトラも察したように溜め息をつく。


「これ、リリー、何をするつもりじゃ?」

「ジル…私…戦う…」

「困った子じゃ、一回だけだぞ」

「ん…」


第四城壁が音を立てて崩れようとしていた。

もう残された時間はほとんど残っていない。

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