第58話 聖女のわがまま

その日の夕方、町の中央広場には人々が詰めかけていた。

魔物の襲撃について、タルトから説明があると宣伝したからだ。

前日の状態を知っているだけに心配や不安の声が広がっている。

指定された時刻が近づき、喧騒も落ち着き広場に面した聖タルト神殿の方に注目が集まっていた。

そして、二階のバルコニーに待ちに待っていた人影が現れた。

いつも通りの魔法少女姿で、満面の笑顔でタルトが出てくると大歓声が上がった。

バルコニーの中央で立ち止まり、深々とお辞儀をする。


「まず最初に昨日は情けない姿を見せて、みんなに心配かけちゃって本当にごめんなさい!」


タルトの声は魔法で増幅し響かせており、広場中によく届いた。


「そして、ご存じの通り魔物の大部隊が、この町を襲撃するために集結をしています。

偵察の情報では襲撃まであと二週間ほどだと思われます。

主力はゴブリンキング、サイクロプス、牛鬼、ギガンテスなど強力な魔物で構成されています。

敵の目的は町の破壊とここにいる桜華さんの奪還です。

中には桜華さんを引き渡して交渉するという意見もあるでしょう…。

でも、もう私は誰も失いたくないんです!

誰かを犠牲にするなんてしたくありません!

これは私のわがままです…。

私一人の力ではこの町を守りきることは出来ないでしょう…。

ですから、みなさんの力を貸してください!

昔の偉人にこんな言葉があります。

ワンフォーオール・オールフォーワン。

一人は皆の為に、皆は一人の為にという意味です。

この戦いに絶対に勝てるという保証はありません…。

この町から避難していただいても、構いません。

ですが、町長さんの守ったこの町を、私は守り抜きたい!

不甲斐ない私ですが、もし良ければご協力して欲しいんです、宜しくお願いします!!!」


最後にもう一度深々とお辞儀した。

広場は静まりかえり、人々はお互いに顔を見合っている。

この静けさを破るものがいた。

エグバートである。


「何、当たり前な事を聞いてるんだ、嬢ちゃんは!

ここは俺たちの町だぜえ、嬢ちゃん一人に任せる訳にはいかねえだろお。

それに、これは町長の弔い合戦でもある。

そんなこと気にしねえで、いつも通り何をすればいいか、指示してくれえ!

なあ、みんなぁーーーー!!!」


エグバートをきっかけにあちこちで声があがる。


「そうだ、聖女様に頼りっきりじゃなくて、俺たちで守るんだ!」

「町長にはいっぱいお世話になったんだ。

絶対に俺は参加するぞ!」

「戦えない私でも、出来ることはあるでしょうか?」


人々の目には希望が溢れている。

誰一人としてこの場を去るものはいなかった。


「みんな……ありがどぅ……」


感極まったタルトの目からは涙が溢れる。


「おいおい、嬢ちゃん、相変わらず泣き虫だなあ!

俺たちが面倒見てあげねえとなあ!!」

「エグバートざん…目にゴミが入っただけですもん…」


タルトの様子を見て、オスワルドが前に出た。


「私はオスワルド・カートレット子爵だ!

聖女様に代わり作戦の概要を説明する」


オスワルドは会議で決定した作戦の大まかな内容を説明した。

弩弓のモデルにて試射を行って、その性能を見せた。

数百メートル先の的に当たったときは歓声が上がった。


「ーーー作戦は以上だ!

ここは私達の領地であり、私は領主として聖女様に従う所存だ!

このような素晴らしい作戦と武器を授けてくださったのだ!

後は我らがその期待に応えようではないか!

私の意見に賛成のものはときをあげるがいい!!」

「「「「「オオオオオオオオオーー!!」」」」」

「声が小さいぞ!!

そんなんじゃ天国の町長へ届かんぞおお!!!!」

「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」」

「聖女様、士気は十分高まっております」

「オスワルドさん、ちょっと格好良かったですよ!」

「そのお言葉だけで生きていて良かったと思います!

これからも粉骨砕身、尽くさせて頂きます!」


やっと落ち着いたタルトが再び、話し始める。


「皆さん、協力ありがとうございます!

細かい分担は追って伝えますが、最後に大切な事を伝えます。

どんなことがあっても生きる事を最優先にしてください。

私のためにと言って、命を投げ出すのは禁止です。

そんなことをしても、少しも嬉しくありません。

いいですか、町とは人です!

皆さんが町そのものなんです!

どんなに破壊されても、生きていれば家も畑も作り直すことが出来るんです!

絶対に約束してくださいね!

約束を破ったら…メイド喫茶はもうやりませんから!」

「「「「「えええええええええぇぇ」」」」」


男性陣から落胆の声が聞こえた。

勿論、女性陣からはそんな男性陣に呆れた声が聞こえたのだった。


「聖女様…それはあまりにも…私の癒しが…」


オスワルドが相当、凹んでいた。


「はぁ、しょうがないですね…。

もし、死者ゼロならメイド喫茶で何か特別なサービスを考えますよ」

「おおおっ!

聞いたか、皆のもの!!

聖女様のサービスを目指し、絶対に生き抜くぞお!!」

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」


今日一番の歓声が上がった。


「何だかなぁ…」

「また、あれをやるのか…。

タルト殿、私のキャラを変えて貰えないだろうか…」

「タルト様のご指示なら、何でもこなして見せマスワ」

「姫様、何の話をしているのですか?」


タルト達の反応も様々であった。

だが、この演説により町に一気に活気が戻った。

オスワルドの兵士より翌日の役割が言い渡されて、本日は解散となった。


タルト達は連日の疲れを取るために、皆で銭湯に来ていた。


「ふう、何回やっても大勢の前で話すのは緊張しますねー」

「堂々とされた姿は素敵デシタワ!」

「相変わらず、泣き虫だったけどなあ!」

「あれは目にゴミが入っただけですもんっ!」

「タルトちゃん、泣きたくなったら、いつでもお姉さんの胸で泣いて良いんだからね」


モニカがタルトをぎゅっと抱き締める。

タルトの顔は大きな柔らかい膨らみに包まれた。


「むぎゅっ、く、苦しい…。

ぷはー…モニカさんの胸は危険すぎますよ!」


周りを見るとモニカだけではなくノルン、シトリー、カルン、桜華と巨乳率が高い。


「く、四面楚歌だったとは…。

世の中は理不尽だらけだよ…」

「ひ、姫様、こういう場所は慣れてなく…。

何か気恥ずかしいです…」

「何言ってるんだあ?

裸の付き合いはいいぜえ!

ほら遅いから脱がしてやるよ」


へこむタルトの耳に雪恋の声が聞こえた。

記憶では雪恋はスレンダーな体型だったはずだ。

タルトは雪恋に思い切り抱きついた。


「雪恋さんは味方だよーー!

助けてください、周りは敵ばか…うぷ」


抱きついた瞬間、ポヨンと柔らかいクッションに顔が埋まる。


「な…な…そんな兵器を…一体どこに…」

「ああ…雪恋は常にさらしを巻いてるからなあ。

着痩せして、胸の大きさが分からねえんだよ」

「あまり見られると恥ずかしいです…。

動きやすいようにさらしを使ってるだけで」

「こ、これで、勝ったと思うなよーーー!」


タルトは浴場に逃げていった。


「えっと、これは…」

「いつもの事だから、気にするな。

それにしても、また大きくなったんじゃねえか?

おお、これは揉みがいがあるなあ!」

「ひ、姫様、お止めください!」

「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」

「全く破廉恥だな」


ノルンがため息をついて見ている。


「ああ?

ノルンも良いもの持ってるじゃねえか!」

「こ、こら、止めろ!」

「へえ、天使様のおっぱいはすげえ、柔らけえなあ」


脱衣所で盛り上がってる横で、タルトはお湯に浸かり最近の事を思い返していた。


「まだ、げんきがでないのですか?」

「ミミちゃん…元気は出たけど、色々あったなあと思い出してただけだよ」

「しょ、しょうがないから、きょうはねるときにしっぽをモフモフしてもいいのです…」

「ミミちゃん…心配してくれてありがとう!

良い子だからぎゅっとしてあげる!」

「うわっ!

どこ、さわってるのですか…く、くすぐったいのです…」

「ああ…ミミちゃんの胸は小さくて可愛いねえ…心の友よー」

「ミミはこれからおおきくなるのです!」


今日も浴場は騒がしいまま、夜は更けていくのであった。

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