第29話 バカ
「それでは地球に出発します。ハイチーズ!」
体にビリっと電気が走った。
「はい、終了です」
「お?」
「戻るぞみんな」
少佐が振り向いて言った。
「俺たちは地球に行かない?」
「正解だ軍曹」
「わかってきたなトミー」
「やっとね」
みんなで乗ってきたエレベーターに乗って上まで戻った。
「地球に行く俺たちは、どうするって言ってたっけ」
「どうするって?」
「まだ行かないけど行きますか、みたいなことを言っていたような・・・」
プロメがそんなことを言っていた。
「地球に行く組が出発するまでには、まだまだ時間があります。この船が地球に最接近するタイミングの、少し前になりますね」
「まだ先なのか」
「一番飛行時間の少ないタイミングで飛ばしますから」
プロメが説明してくれた。
「うーん、その時が来たら、まっ黒ホットドッグと俺たちをボロンで作って、地球に飛ばすんだろ?」
「そうです」
「なんで出発前にスキャンしないで、今スキャンしたんだ?」
「この後、私が少し忙しくなりますので」
「忙しくなる?」
「軍曹、あたしとプロメは色々とやることがあるからな、少しのんびりしててくれ」
少佐とプロメは管制室に歩いて行った。
「トミ、食堂に行きましょう。マリーも」
「ああ、荷物を部屋に置いてからな」
俺たちは使わなかった地球行き用の荷物を部屋に置き、しばらくのんびりと過ごした。
「ねえプロメ、プロメのラボの隣の部屋って、使っていいの?」
ある時テルルが、食堂の壁に貼ってある居住区画の見取り図を見ながら言った。食事が終わってみんなでまったりしているときだった。
プロメのラボの隣には、プロメのラボと同じ、少し大きめな部屋が3つ並んでいた。
「かまいません。2つ使っていいので、テルルさんとマリーさんのラボとして使用してください」
「私にもくれるのか?」
「はい。ケガなどをした場合の医療室としての機能を持たせてください」
「了解だ!」
マリーの作る医療室なら、何でも治ってしまうだろう。
「トミサワさんは・・・」
「いらないよ。研究するものが無いからな」
「ですね」
「トミ、私たちの部屋を作るの手伝ってくれる?」
「了解した」
「悪いなトミー」
テルルとマリーは、下の大きなボロンで機械やディスプレイを何個も作り、俺は台車にそれを乗せて、新しいラボとの間を何回も往復した。
マリーの部屋は、高度な機械が並ぶ保健室になった。保健室と呼ぶにはあまりにも高性能だが。
テルルの部屋は、宇宙を観測する部屋になった。トランのプロメがいた天文台と、プラセオで繋がった。
テルルの部屋のディスプレイには、テルルが飛ばした探査衛星のデータや画像が送られてきた。
2人はしばらく新しい自分のラボに入り浸り、俺は一人で暇な時間を過ごした。
「トミ、今呼びに行こうかと思ってたのよ」
ある時管制室に行くと、4人がそろって何やら難しい顔をしていた。
「どうした?」
「トミ、前にフラッシウムとプラセオをセットにした探査機を飛ばしたの覚えてる?」
「大きな石に見えるやつを作って飛ばしました」
「ああ、大きな石な。俺が太い蛍光灯をセットしたな」
「それを、あたしが地球にぶん投げたな」
「そうだったな」
「あれがもうすぐ地球の大気圏に突入するんだけどね」
管制室のモニターには地球と探査機の位置が表示されていた。探査機を表すオレンジの点は、ほぼ地球にくっついていた。
「それで?」
「日本人って、コンビニが無いと不安?」
「何だって?」
「大衆心理よ」
「うん?」
「トミの時って、私がプラモデルの格好をして会ったじゃない?」
「そうだったな」
「その後、すぐに食堂に行ったけど、もしも食堂がコンビニだったら、もっと安心した?」
「へ?」
「どう?」
「あのラウンジが、もしもコンビニだったらか・・・」
「そう」
「もしもコンビニだったら、あそこから離れたくなくなって、旅になんて出たくないって言ってたかもな」
「そんなにコンビニが好き?」
「いや、別に好きじゃないが・・・」
「安心する?」
「安心感はあるかもな」
「そうなのね」
「コンビニを作るのか?」
「コンビニって何でもあるのよね?」
「何でもじゃないが、だいたいあるな」
テルルは腕組みをして天井を見ながら考えていた。みんなはそれを見守った。
「うーん、私が一番コンビニに行ってみたいって思ってるのかもしれないわね」
「私もコンビニに行ってみたいぞ!」
「あたしもー!」
後ろでプロメも手を上げていた。コンビニはトラン人の憧れらしい。大人気だな。
「俺は話の趣旨が、良く分かっていないんだが・・・」
「あーもう時間が無い!」
「プロメ、ルート変更。微修正できる範囲でコンビニをピックアップ!」
プロメの手が空中で、パラパラを踊っているみたいに動いた。モコソゴーグルにチカチカと何かが激しく点滅している。
「落下するまでにスキャン可能な回数は6回か7回なの。色々な候補があるんだけど、悩んでたのよ」テルルが説明した。
「スキャン可能なコンビニは3つ」
「それ全部スキャンして」
「了解。残りでマンション、繁華街、スーパー、ホームセンターが可能」
「可能な範囲でよろしく」
「失敗する可能性もありますので」
「わかってる」
「大気圏突入開始!」プロメが叫んだ。
「姿勢制御中!」少佐が両手を広げて何かを操作している。「フラッシウム展開!」
「スキャン!1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・6・・着水しました」
プロメが言い、管制室が静かになった。
「地球に落ちたのか?」
モニターには何かのデータが表示されているだけで俺には何も分からない。
「そうです。ちゃんと海に落ちました」プロメがデータを見ながら言う。「これから適当な岩場を探して、波打ち際の目立たない岩になります」
「岩の形だったな」
「不確定粒子の残量は少ないですが、残りで地球のデータを受信します」
「ネットとかか?」
地球のテレビも見られるんだろうか。だが残量が少ないってことは、きっと少佐のコレクションが少し増えるんだ。
「これからスキャンした膨大なデータを整理します」
「コンビニどうだった?」
「1回目は失敗、2回目は成功で人間5、3回目は成功で人間2。マンションは成功ですがデータ処理中、スーパーは成功ですが人間はゼロ、ホームセンターは半分成功かもで人間はゼロ」
「ゼロって何?」
「日本は朝4時ですね」
「営業してないのね」
「膨大なデータをこれから処理しないといけないんですが、とりあえず休憩しましょう」プロメが言った。「疲れました・・・」
俺たち5人は食堂でゆっくりとお茶を飲んだ。
「ねえ、私たちはこれから新しい惑星を目指すの」
「惑星?」
「前にプロメの所で見た7つの青い星を覚えてる?」
「ああ」
「大陸には緑の自然があって、色々な動物がいて、海には魚もいる」
「前にそう聞いたな」
「結構な時間がかかるけど、この宇宙船の中で子供を増やして、新し星で新しい人類をスタートさせたいの」
「俺には話が大きすぎて・・・」
なぜ俺はこのメンバーに含まれているんだろうか。天才たちの中で俺は頭もよくないし、俺には何もない。
「俺には良く分からないから、みんなの好きにしていいぜ」
「ただ、男がトミーだけだとな、遺伝子的にダメなんだ」マリーが言った。
「全員が兄弟ってことか」
「そうね、だから地球人をスカウトしたいのよ」
「スカウトって?」
「さっきスキャンしたでしょ?」
「ああ、コンビニとマンションか」
「そうね、地球人をスキャンした」
「俺みたいに作るのか?」
「そう」
「それで、新しい星に連れて行くのか?」
「そう」
「どうなんだろうなあ・・・」
俺は腕組みして考えた。考えたが、良く分からなかった。
倫理的にとか人権的にとか、難しいことを言うやつはいるんだろうが、トランという星に行って気が付いたことは、俺が今まで常識だと思って生きてきたことなんてものは、宇宙の中の砂粒みたいなもんで、地球人ってのは、そんな小さな世界で、外の世界があることなんて考えもしないで生きてるんだなってことだ。
今この瞬間にも、地球では地球人が、その小さな人生を必死に生きてるんだろうと思う。
「もちろん、嫌だっていう人を、無理やり連れていったりしないわ」
「それって作ってから聞くんだろ?」
「無理なら残念ながらスカッシムってことになる」
「うーん・・・」
ゴミ箱行きとは言わないんだなと心の中で思った。
「私たちのすることが、日本の法律に違反しているのかどうかは分からないけど」
「俺にも分からん」
「トミはそういうの気にする?」
「いや、そんなに気にしない。ここは日本じゃなくて宇宙だし、この船はトランの船だし、俺たち全員、作られた人間だしな」
「そうね」
「日本から連れてくるんじゃなくて、コピーを作るんだしな」
「そうね」
「それで、俺は何をすればいい?」
「地球人を説得してもらいたいの」
「説得って、どうやって?」
「話して」
「何を話す?」
「全てを、トミの体験したすべてを」
「長くなるぜ?」
「全てを話して、ここで子供を作って新しい星を目指すって計画に同意してくれる人だけ連れて行く」
「わかった。やってみよう!」
子種の提供以外にも、俺に役割が出来たらしい。
難しいことは分からないが、小さな地球にウンザリしてる人間ぐらい、いくらでもいそうな気がする。
何とかなるだろうさ。
「そういう訳で、俺はここに座って話してるんだけど」
皆がじっと俺を見ていた。
今の話で、自分たちも作られたコピーだってことは理解できたはずだ。
地球にはオリジナルの自分たちがいて、何も知らずに地球で生活している。
ここは宇宙船の中で、自分たちはトラン人にボロンで作られた。
「イヤならそう言ってくれてかまわないんだ。岩崎君、穴澤さん、藤野君、森君、佐々木さん、どうだろう、俺たちと一緒に行くかい?」
長い長い沈黙の時間が流れた。
「元気がないぞみんな!」
暗闇からストルン少佐が現れた。
「一緒に行ってもらえませんか?」
続いてプロメが現れた。
「君たちの子種が欲しいんだがな!」
最後にマリーが現れた。
「あー、ストルン少佐に、天才科学者のプロメに、天才医師のマリーに、テルルはスイングバイの天才だったっけ」
男たちは俺の予想通り、赤い髪の美人たちに口をポカンとさせて固まった。
「すっげー美人」
「思わず見とれちゃうね・・・」
「に、2次元から嫁が出てきた・・・」
「日本人でも、アメリカでもヨーロッパでもない、何だこの人たち・・・」
「トラン人だからな!」
マリーが言った。
「あ、あの、僕、行きます」モーリーが手を挙げた。「未練はログインボーナスもらえないって事だけです。そんなのに縛られる自分がイヤになってたところでした!」
「俺も行くぜ!」藤野が手を挙げた。「このまま植木屋になる未来にウンザリしてたところだぜ!」
「僕も行きますよ。ホーキングもびっくりな話だ、コンビニの深夜のバイトじゃ将来なんて何も無いですしね」
オタクのモーリーとヤンキーの藤野とコンビニバイトの岩崎が手を挙げた。
「穴澤社長はどうする?」
「会社は、オリジナルの僕がやってくれてるんだよな?」
「そうなる」
「僕はもう、社長やらなくていいんだよな?」
「そうだね」
「俺もう、自由なのかあ」
社長はアスファルトに寝転がって天井を見た。目から涙が流れていた。よほどのプレッシャーの中で生きていたのかもしれない。社長ってのは大変だな。
「どうだろうか」
「冒険は好きだ。行ってみるよ」
穴澤社長は起き上がって言った。
「あとは佐々木さんだけだけど・・・」
あとは佐々木香織ちゃんだけだったが、別に女性が要らないわけじゃない。男性も女性も、遺伝子の多様性のためには何人でも必要だ。
香織ちゃんを見ると、下を向いて小さな肩をブルブルと震わせていた。
「あ、すまない。本当に行きたくないならそう言ってもらってかまわないんだ。声優になりたいんだっけ?」
俺は肩をブルブルと震わす女の子に少しオロオロした。
ドンッ! 香織ちゃんがいきなり立ち上がって机を叩いた。
「私は・・・私は・・・」
ドンドンッ! 香織ちゃんがまた机を叩いた。
「私の顔はいじってないのよ! 天然物100パーセントなのよ!」
香織ちゃんはトラン人たちを睨み、そして男性陣を睨んで叫んだ。
「なによみんな美人だ美人だって赤い髪に見とれちゃってデレデレしちゃってさ!この人たちはDNAをいじって美人になってるのよ! スタイルがいいのだって、体のお肉の付き方とか自由にいじれるのよ! ウエストが細いのだって胸の形が綺麗なのだって足が細いのだって二の腕が細いのだって、ぜんぜん努力しないで手に入れてるのよ! 私の日々の努力は何なのよ! 自由にいじれるってなにそれ! ズルい! 私だって行くわよ! こんな人たちに負けられないのよ! 私が一番、カワイイんだからああああああ!!!」
みんな香織ちゃんの変貌ぶりにあっけにとられていた。
コンビニの駐車場は、しんと静まり返っていた。
「ねえ、地球人には、トラン人たちが失ってしまった大切なものが残ってるわ」
テルルがコンビニ袋をガサゴソして、太いマジックを取り出した。
「失ったもの?」
テルルはマジックで机の上に大きく「バカ」と書いた。
「バカ?」
「でもね、この「バ」をね、少し伸ばすとね・・・」
テルルは「バ」の右下を少し横に伸ばし、跳ね上げた。
「バカっていうのは、心の力だと思わない?」
「そうなのか?」
「私たちは、バカな行いに対して、イライラしたりムカムカしたりするけれど、彼らは新しいドキドキやワクワクを生み出したりもするでしょ?」
「そうかもしれんが・・・」
「日本のお笑いだって、笑いを生み出すのはバカな振る舞いでしょ?」
「たしかにそうかもしれんが・・・」
「天才を産み出すためには膨大な凡人が必要なんです」プロメが言った。
「DNAを見ても、どこの部分が天才を天才足らしめているのか、どうしても解らなかったんだ」マリーが言った。
「大天才も大馬鹿も、両方とも大衆ではないのよ。その行動は大衆と大きく違っているの。そしてその非凡人性は狙って作れるものではないのよ」テルルが言った。
「バカと天才は紙一重ってやつだな!」少佐が言った。
テーブルの上には大きく「心力」と書かれていた。
「天才だけじゃダメで、俺みたいなバカが必要だってことか?」
「そうだな、バカは世界を面白くするな!」マリーが言った。
「みんな愛されるバカを目指そうぜ!」少佐が言った。
「音の大きいバイクはゴミ箱です。困ったバカにはお仕置きします」プロメが言った。
「俺のバイクをどうすんだ!」
「バイクも車も、この中では必要のないものです」
「僕の車もか?」
「ここではもう、お金にも物にも価値は無いんです。最初に、自分の脳の中の常識という壁を壊して、新しい世界を受け入れることを覚えてください」
「ゆっくり理解していこう、ここはもう日本じゃないんだ」俺はみんなに言った。
人は変化を嫌い、それでも変化を求める。相反する心が共存する生き物だ。
変化を求める心は、冒険心だ。
冒険心を無くしてしまっては、未来は切り開けない。
俺たちは新しい土地を目指して冒険する。
それは、人類がずっと昔から繰り返してきた新天地への冒険だ。
人類は新しい土地を求めて旅をして、そこで子供を増やしてきた。ずっとずっと昔からそうやって繁栄してきた。
もしかしたら地球が生まれる前から、人類は宇宙で新しい星を求めて旅をしていたのかもしれない。
確かにテルルの言う通り、そこには「バカ」を内包する「心の力」が必要なのかもしれない。イライラするからって切り捨ててはいけないバカの力が。未来を切り開くための力が。
俺はみんなの顔を見渡して言った。
「俺の話はこれで終わりだ。じゃあみんな、ご飯を食べに行こう」
俺の話はこれで終わりだが、終わりが始まりって言葉もある。
俺たちの、新たな星に向けての長い長い旅が始まった。
(完)
※最後までお読みいただき有難うございました。
トラニアン(ver.1.2)~トラピストワンとオウムアムア~ 松岡ヒロシ @tukinomisaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
干支の話/松岡ヒロシ
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます