第28話 地球
「そろそろ地球に行きますか?」
食事をしているときにプロメが言った。
「出発はまだまだ先だって言ってなかった?」
テルルが言った。確かに出発はまだまだ先だって言っていた気がする。まだそれほどの時間は経っていない。しかしここで出発の時を待つのは少し退屈だった。
「出発はまだ先なんですが、みなさん少し飽きてきてるみたいなので」
「いつでもいいぞ、何か準備するものはあるのか?」
マリーがやる気満々で言った。
「服は地球ぽいのがいいわよね?」
テルルがファッションを気にした。
トラン人の髪は真っ赤だから、どんな服を着ても逆に変ではない気がした。全てモデルや美容師やデザイナーやコスプレイヤーと言えば、地球人は納得しそうだった。きっと美人なら何でも許されるのだ。
「俺は財布を作っておくか」
中身は3万3千円しかないが、キャッシュカードとクレジットカードが・・・と思ったところで気が付いた。
「もしかして、俺の貯金って下ろしちゃダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃない、オリジナルのあなたが管理してるわ」
「俺の貯金じゃなくなったのか・・・」
「カードや身分証は廃棄してください。いえ、私がやっておきます」
プロメが天井を見ながら何かを考えていた。私がやっておきますという発言はたぶん、カードや身分証を偽造する算段を考えてあるんだろう。
「やっておきますって?」テルルが聞いた。
「あとで皆さんのバッグの中に、身分証とお金を入れておきますので、地球に着いたら確認してください。まあ、私も行きますので、また言いますけど」
やっぱりな。おれは心の中でそっと思った。
「何をどうするのか全然わからんが、他に注意事項は?」
「いえ、特には無いです。装備品はモコソだけでいいです。体調の悪い方は?」
手を上げる者はいなかった。
出発はまだまだ先だが地球に出発するという。まったく、俺の頭が悪いのかみんなの頭が良すぎるのか・・・
たぶんみんなの頭が良すぎるのだろう。天才だらけだもんな。俺はそう思うことにした。
「では、モコソと身の回りの物を少しだけ持ってエレベーターに移動しましょう。トイレだけ行っておいてください」
俺たちは身の回りの物を入れたバッグを持って、エレベーター前に集合した。
「下に行きましょう」
プロメの指示に従って俺たちはエレベーターに乗り、ボロンの製造空間に下りた。
「天井から何かが下りてきたな」
天井からウィンウィンとモーター音をさせながら、照明のようなものを持ったアームが下りてきた。
「フラッシウムだな、あれで俺たちはスキャンされるからな」少佐が言った。
「トミサワさん、これをバッグに入れておいてください」
プロメが大きな黒くて四角い物を出した。それはプロメのラボで見た携帯型ボロンだった。
「なんで俺が持つんだ?」
「みんな持ってますので。くれぐれも、扱いには注意してください」
「手が無くなるんだっけな」
「その通りです」
みんなに渡した携帯型ボロンを俺にもくれるという事は、多少はプロメにも信用されるようになったらしい。
「じゃあみんな、ここに並んでくれ」
少佐の指示で、俺とマリーが横に並び、俺の後ろにテルルが立った。
そして俺とマリーの前に、プロメとストルン少佐が立った。2,2,1の隊列で俺たちは整列した。
「今回は、スキャンされた瞬間にトミサワさんとマリーさんは2歩前へ出てください」
「軍曹、忘れるなよ。咳き込みながら2歩前だ」
「了解した」
「では、行くか!」
「それでは地球へ出発します。ハイチーズ!」
体に強い衝撃が走った。
「ゴホゴホ!」
「2歩前に!」
俺は言われるがままに2歩前に出た。背中に何かがぶつかって俺は押されてさらに前に1歩出た。
前のプロメにぶつかった。後ろを振り返るとテルルが咳き込んでいた。
テルルの後ろには、大きなボロンの黒い壁があった。
俺たちは狭い部屋にいた。
少佐が俺たちの手に飴を握らせた。
「舐めて」
俺たちは飴を素直に口に入れた。喉がラクになった。
『生きてるかー』
どこかのスピーカーから少佐の声が聞こえた。
「問題ない。成功だ!」
こちらの少佐が答えた。
『シートは?』
「まだだ、少し待ってくれ」
「下からシートが出てきますので、その四角を踏まないでください」
プロメが床を指さして言った。床には四角い枠が6個白く書かれていて、俺たちはそれを避けて立った。
床の四角がグンと上昇し、硬そうなイスに変形した。横にシートベルトが垂れ下がっている。
「そこに座ってシートベルトをお願いします」
俺たちは座ってシートベルトをカチッと締めた。
『プラセオ積むぞー』
「了解だー」
遠くでゴーンという音が聞こえた。ガクンガクンという音が近づいて来て、最後に足元でゴーンという音と振動が響いた。
『どうだ?』
「問題無しだー」
『投げていいか?』
「いいぞ、プロメは?」
「大丈夫です、やってください」
『みんな歯を食いしばれ、いくぞ』
体にグォーンとすごい強い力が加わった。部屋がミシーと鳴った。投げていいかってことは、俺たちは宇宙船のアームに掴まれて投げられたらしいってことが体にかかる強い力で理解した。
俺たちは前に見た石のように投げられたわけだ。まっ黒なホットドッグが投げられる光景を想像しながら俺はその遠心力に耐えた。
パッと体にかかった強い力がなくなって体がふわっと浮いた。その瞬間、ゴゴゴゴーと遠くで振動が響いた。
グググっと体が強く後ろに押し付けられた。どうやら更に加速しているらしい。
「燃焼終了!」
少佐がそう言うと、音が止まり体が無重力に浮いた。
「激しいな」
俺は息を整えながら言った。
「ハードね」
テルルが隣でぐったりしながら言った。
前を見るとプロメは空中で手を忙しく動かし、何かを操作していた。
「無重力だと何かと不便なので、少しだけ安定加速します」
体が無重力から解放され、床に足が付いた。
「床に足が着くってことは、上方向に加速しているってことね?」
テルルがプロメに聞いた。プロメがコクリと頷いた。
「シートベルトを外していいです。ここで9時間ほど過ごします」
プロメと少佐のシートの前には大きなディスプレイがあって、様々なデータが表示されていた。
「よし、映画タイムだな」
少佐がにこやかに言った。
ディスプレイの表示が変わり、少佐のオススメの映画が流れ始めた。
俺たちは肩の力を抜き、リラックスモードになった。
「ここは、トラックの中でいいのか?」
「そうだ、トラックの荷台の中だな」
「今は真っ黒なホットドッグの中ってことか?」
「その通りだ、わかってるな軍曹」
映画が映し出されるディスプレイの左右には、壁に小さめの扉があった。
「その扉は何だ?」
「左はトラックの運転席と繋がってる。右はトイレだ」
「トイレ?」
「無重力の間は使えないからな、今なら大丈夫だ」
「左はトラックの運転席なのか?」
「そうだ」
「大型トラックって、荷台と運転席には隙間があるだろ?」
「だからあ、プロメがトラックっぽく作ったオリジナルの車なんだって」
「ああ、そうだった。忘れてた」
少佐のおすすめ映画の中では、火星に一人で取り残された植物学者がジャガイモを作って何とか生き延びていた。
なかなか面白かったが、最後に宇宙遊泳する描写があり、それがすごくウソっぽかった。
続いて少佐のおすすめアニメを見た。
アニメの中では地球の衛星軌道上に浮かぶゴミを、主人公たちが拾っていた。未来にはそんな職業も存在するだろう。彼らは訓練によって宇宙服に装備された腕のスラスターで、体の重心を上手に射抜いて無重力の空間を移動していた。
「俺たちは宇宙服を着なくてもいいのか?」
「軍曹、想像してみろ。この船がもしもバラバラになって、あたしたちが宇宙空間に投げ出されたとする。宇宙服を着ていて宇宙でしばらく生きてたとしても、誰も助けに来ないからな」
「そうか」
「諦めて死んだほうがいい」
「そりゃそうだ」
アニメを見ている途中で時間が来た。大気圏突入の時間だ。
「モニターを外部カメラに切り替えますね」
プロメがそう言うと。モニターに青い地球が映し出された。
「それではみなさん、シートベルトをしてください」
「大気圏突入準備、いくぜー!」
「トミは久しぶりの地球ね」
「そうだな」
「トミー、楽しいか?」
「少しワクワクするな」
「突入します!」
俺たちの乗るステルス型まっ黒こげホットドッグは、地球の大気圏に突入した。
船はしばらく激しく揺れ、体に激しい下向きの力が加わった。地球の大気に突っ込んで減速しているのだ。
その激しい揺れと下向きの力が消えそうになって、少し静かになったと思ったらゴゴゴーと激しく逆噴射し、ホットドッグは海に落ちた。
大気圏で外側のパンの部分はボロボロになり、ホットドッグはパンを捨てた。中身の真っ黒こげソーセージならぬ黒い潜水艦で太平洋の海の中を移動した。
「これからどうするんだ?」
「太平洋側の、千葉から宮城県までの海岸沿いで、人のほとんどいない漁港から日本に上陸します」プロメが答えた。
「潜水艦で?」
「上陸地点は船で探します。そして船を乗り上げてトラックになります」
「バラバラ作戦か」
ボロンの製造空間で試作品を作った時に見た、船を脱皮させるようにバラバラにしていく作戦だろう。
「それからどうする?」
「状況次第だけどね、出来れば私たちで神アプリを作ってしまって、地球人が変な道に行かないように、私たちが影から少しだけコントロールしたいのよ」
「トランやナーヌと同じ道を辿らないようにか?」
「そうね、人は愚かだから。私たちが地球人を救えるなんて思ってないけど、出来ることなら救いたいのよ」
「ああ、分かってる。俺には何も出来ないけど、みんなは何でも出来そうだもんな」
潜水艦はしばらく水中を進み、日本に近づくと浮上して黒い潜水艦を脱ぎ捨てて白いクルーザーになった。
夜の太平洋岸を進み、津波の跡がそのまま残る街灯もついてない小さな漁村を見つけた。
夜明け前の時間に、その漁村にあった船用のコンクリートで出来たスロープに乗り上げ、船を捨ててトラックになって日本に上陸した。
俺たち5人はトラックから降りて地球の大地を踏んだ。
この日本には、何も知らずに生きているオリジナルの俺がいて、赤い髪の4人は異星人だけど、5人で地球を救ってみるという。
おもしろい!映画みたいだ!
水平線から朝日が昇った。
それは、トラン人が初めて見る朝日だった。
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