第27話 ホットドッグ

 少しして、管制室に全員集合との放送が流れた。管制室とは、初めてこの船に乗った時に激しい揺れに耐えた部屋のことだ。


 行ってみると、プロメと少佐がシートに座ってモニターを睨んでいた。


「みなさん、これから少し揺れますので、シートに座ってシートベルトを着けてください」


 プロメの前の大きなモニターに船外の宇宙の映像が映っていた。俺たちは双子の後ろに並んだシートに座り、ベルトをした。

 大きなモニターの中では、手前からアームが2本伸び、その2本の腕で小さい石を掴んでいるのが見える。プロメがボロンで作った3メートルほどの大きな石だ。


「何が始まるんだ?」

「軍曹、これからな、これを投げる」

「どこに?」

「地球に決まってるだろ」

「決まってるのか・・・」


「みなさん、回転を上げますので遠心重力に注意してください」


 プロメが言うと、グォンと斜め下に体が引っ張られた。シートに座った俺たちは右に強く引っ張られた。シートベルトが体に食い込むほどの力だ。それがどんどん強くなっていく。

 首に斜め上から強い力が加わる。一般人は首の筋肉なんて鍛えてねえんだよ!と叫びたいが叫ぶこともできない。


「まだなのか!?」


 マリーが叫んだ。かなり限界に近かった。


「いっくぞー!」


 少佐が叫ぶと、モニターの中の2本のアームが大きくブォンと動いて画面から見えなくなった。


「制動かけます」


 プロメの言葉と共に、体が逆側に引っ張られ徐々に体が軽くなった。


「終わりか?」

「はい。お疲れさまでした」


 重力が元に戻っていた。



「しばらくしたら地球行きの船を作ります。見学しますか?」

「どこで作るんだ?」

「下の製造空間です」

「外側の宇宙空間じゃないのか?」

「内側で作ります」

「面白そうね、みんなで行きましょうよ」


 テルルがはしゃいで言った。

 俺とマリーは頷いた。


「準備が出来たら呼びますので、少し暇つぶししててください」


 俺たちはプロメの準備が終わるまで、食堂で時間を潰すことにした。


「地球のテレビって、ここだと見られないのかな」

「地球は近いけどね、この船は電波通信の設備が無いのよ」

「電波通信ってパラボラアンテナみたいなやつか?」

「そんなものね」

「電波通信の設備が無いって、宇宙船なのに?」


「トランとの通信はプラセオだし、地球に今プラセオを投げたけど、到着するまでまだ少し時間がかかるわね。それにアレは別の目的でほとんど使っちゃう予定なの」

「トランでテレビを受信してたやつは?」

「あれは私の研究室にあるけど、もうそろそろ残量が無くなる頃ね」

「前に、残り10パーセントって言ってたっけ」

「もうほとんど残ってないはずよ」

「そうなのか」



「みんな暇そうだな!」


 食堂に少佐が入ってきた。


 少佐は自販機から飲み物や軽い食べ物を出し、俺たちと同じテーブルに座ってパクパクと食べた。


「しょうがない、あたしのコレクションを入れておくから好きなのを見ていいぞ」


 少佐が大きなモニターを指さした。

 モニターに何かの一覧が表示された。よく見るとアメリカの映画が並んでいた。


「あとで全部見られるようにしとく、とりあえずこれだけな」

「すごいコレクションだな」

「地球だと怒られそうだけどな、ここは地球じゃないからな!」少佐は笑って言った。



 俺たちは少佐がオススメだと言った、荒廃した世界が舞台の映画を見て時間を潰した。


 映画の中では、太った女たちの胸に搾乳機が付けられ、悪の軍団が牛乳の代わりに母乳を飲んでいた。牛がいないのだろう。

 巨大な金庫の中に入れられていた美人たちが、大きなトレーラーで逃げ出す話だったが、荒れ果てた無秩序の世界では、美人は金庫の中のほうが安全な気がした。


「ここの4人は、間違いなく金庫の中に入れとかなくちゃいけないレベルだな」

「やめてよ、私だって逃げ出すわ」

「私はこの坊主頭の女がいいな、トレーラーを運転してみたい」

「マリーは確かにトレーラーが似合いそうだな」

「そうだろう」


 俺たちはのんびりと楽しい映画を見て、映画が終わったころにプロメと少佐が現れた。


「本当は少し前に準備できてたんですが、この映画が終わるまで少し待ってました」

「なんで?」

「この映画が好きだからです」

「うん、いい映画だったな!」マリーが言った。「バカなところが実に良い」


「それでは地球行きの宇宙船を作ります。エレベーターで下に行きましょう」

「了解だ」


 俺たちは全員でエレベーターに乗り、ボロンの製造空間に下りた。

 地球に行く船を作るという。いったいどんな船なんだろうか。


 プロメが手を広げると、床の大きなボロンにオレンジの四角が現れ、大きくなったり小さくなったりした。


「どこまで作れるんだ?」

「小さなものから大きなものまで」


 プロメがそう言うと、床のオレンジの枠が10センチぐらいに小さくなってから、はるか遠くまで大きくなった。


「直径76メートルの円形をしていますので、そこまでは作れます。あと高さは9メートルほどですので、それ以上は外のじゃないと作れません」

「なるほど・・・」


 1回広がった四角はゆっくりと縮み、自分たちから20メートルほど離れた所で大きな長方形になって止まった。


「まずは小さい物からいきます」


 オレンジの枠が光り、長い何かが地面から顔を出し、それがニュルっと作成された。

 出てきたそれは、地球の大型トラックだった。後ろに銀色の貨物スペースがある。よく見るとナンバーも付いていて、フロントにはヒノと英語で書いてあった。トラックはちょっと古ぼけていて、使い古された感じがする。


「何を作るんだっけ?」


 俺はトラックを見ながらプロメに聞いた。たしか宇宙船なんじゃなかっただろうか。


「これはスキャンしてコピーしたものではなく、設計図からの自作ですので、トラックに見えますが中身はぜんぜん違います」

「トラックを改造したわけではないのか」

「トラックをスキャン出来ませんので」

「地球には行ったことないものな」

「そうですね」


「続いて船です」


 地面からトラックを囲むように白い壁が出てきた。壁はすっぽりとトラックを覆ってしまった。トラックは地面から持ち上がり、白い船の中に隠れてしまった。普通の海を行く船だった。天井からアームが降りてきて、倒れないように船を固定した。


「上は?」

 おそらく上から見たらトラックが丸見えの状態だ。

「今から作ります」

 少し離れた所に船の甲板と操船するための高めの操縦席が現れた。天井からアームが4本降りてきて、その船のパーツを掴み、トラックの上にフタをした。プラモデルみたいだ。


「大きなクルーザーみたいだな」

「コウシンマルみたいだな」

「なんだっけそれ」


 船の下から船を固定するための台が出た。タイヤが付いている。

 台は船を持ち上げ、ぐるっと回転させた。


「なかなか良い出来じゃない」少佐が言った。


「次に水中用です」


 船の左右にV字に黒い大きいのが作成された。外側が半円の黒い2つのそれは、中が空洞だ。


「これを閉めます」


 白い船の両サイドに出現した半円の物を両側からアームが押した。ガコーンと音が響き、船は黒いのに包まれて見えなくなった。半円が合体して丸になり・・・。


 そこには巨大な長くて太い潜水艦があった。真っ黒な潜水艦に大きなクルーザー船は収納されてしまった。


「この外に宇宙用です」


 さらにV字に何か黒い半円で、潜水艦よりも大きいのが現れ、潜水艦をゆっくりと持ち上げた。


「完成です」


「これは・・・」


 


 俺たちはトラック入りのクルーザーが入った潜水艦が挟まれた黒い大きいのを見上げた。


 ヒノのトラックが入った白いクルーザー、そのクルーザーが黒い潜水艦に入っている。さらにその潜水艦を黒い半円の物体が両側から挟んで持ち上げている・・・



「これは、ホットドッグだな」


 パンを半分に切ったような丸い物体に挟まれた潜水艦を見上げて俺は言った。


「そう見えるな」


 となりでマリーが同じように見上げながら言った。


「おい、パンが黒焦げだぞ」

「ソーセージも真っ黒だな」

「焼きすぎだぞ」


「これは、地球降下用宇宙船です。黒いのはステルスです」


 俺たちの突込みにを意に介さずにプロメは説明した。俺たちはもう一度真っ黒なホットドッグを見上げた。


「各部の動作チェックを軽くします」


 ガチャガチャとホットドッグから音が響いた。よく見ると黒いパンの数か所がパカパカと開いた。そしてシュパシュパとその開いた扉から何かが出た。


「問題なさそうなので、フラッシウムで保存します」


パシュ!天井が光って体にビリっと電気が走った。


「宇宙船を保存して、イジェクト機能をチェックします」


 プロメは楽しそうに空中で手を動かし何かの操作を続けている。


 両側から潜水艦を挟んでいた黒いパンが、ゴゴゴゴっと音を立てて左右に分かれ、ガツーンという音と共に潜水艦が床に落ちた。


「次に潜水艦です」


 潜水艦からパキパキと音がして、黒い潜水艦はバラバラになった。そして白いクルーザー船が潜水艦の瓦礫の中に現れた。


「次に船です」


 クルーザーからもパキパキと音がして、船がバラバラになった。その瓦礫の中に大型トラックが斜めに埋もれていた。


「完璧です」プロメが大きく頷いた。


「また組み立てるのか?」

 俺は大量の瓦礫を見ながら言った。


「いいえ、完璧でしたのでこれはゴミ箱です」


ゴロゴロゴロゴロと広い空間に音が響いた。


 暗い製造空間の向こう側の壁がズルズルと横に開き、壁の向こうに黒いヌルっとした壁が現れた。

 壁は開き続け、この空間を囲む丸い壁の半分ぐらいが黒いヌルっとした壁になった。


「スカッシウム?」テルルが言った。


「そうです。これはゴミ箱行きです」


 プロメが空中で瓦礫に風を送るような動作をした。瓦礫は床を滑って壁に飲み込まれてしまった。


「今のを外側で作ります」

「宇宙空間でか?」

「そうです。生命維持機能は付いていますが、ここで作るほうが空気入りで作れるので便利です」

「はあ・・・」

「これを飛ばすのは、まだかなり先です。これを飛ばす時に私たちはトラックの中に入ります」

「なるほどな」


 俺はほとんど何も考えてなかった。よく分からなすぎた。



「あ、プラセオを忘れるところでした。プラセオを作ります」

「この前作ったろ?」

「また別のです。これは地球行きの宇宙船用です」


 足元の床が光って赤いプラセオが2つ、台車付きで出てきた。地球行きの宇宙船用ということは、ホットドッグの中のトラックに乗せるという事だろう。


「ではこの赤いプラセオを持って倉庫に行きましょう」


 俺たちはプラセオと一緒にエレベーターに乗って倉庫まで移動した。


 倉庫の中には、この前ここに置いた深緑と、紫と黒があった。その隣に赤いプラセオを置いた。


「黒と赤は地球に持って行くので、出発の時にさきほどの船に乗せます」


「わざわざ乗せるのか、あれの中に入れといて一緒に作っちゃダメなのか?」


「プラセオは2つセットで作ります。それと、プラセオはフラッシウムでスキャン出来ません」

「なんでだ?」

「中の不確定な素粒子が確定されてしまいます」

「うん・・・」

「そうなのね、知らなかったわ」テルルが言った。

「俺にはプラセオは難しすぎる・・・」


「紫のは、私たちを作成したボロンに搭載されていたものです。この紫はトランの私の研究室にありますので、こことトランの研究室で通信が出来ます」


「俺たちを作成したボロンって言うと・・・」

「45年前に飛ばしたやつよ」

「なるほど・・・」


 紫のはこの船とトランの通信用、赤いのはこの船と地球の通信用、黒いのはトランと地球の通信用ってことらしい。


「深緑は?」

「それは地球に投げたやつです。それはすぐに使い切りますので、もうすぐ終わりです」

「中身を使い切るってことか」

「その通りです」



 地球行きの船に乗るまでゆっくりしてていいという事だったので、俺たちは少佐の映画やアニメのコレクションを見て時間を潰した。


 少佐のおすすめアニメの中では、「鉄の種族」と「銀の種族」のために、「英雄の種族」が激しく闘っていた。とても壮大なアニメだった。ラストで泣いてしまった。


 まったりした時間は続き、その間はみんなで食事を取り、みんなで映画を見て、みんなで運動施設で体を動かし、みんな同じ時間に眠った。




 

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