第26話 40光年

「ではいきます。ハイチーズ!」



 プロメが言うと同時に体に強い衝撃が走った。


「グオッ!ゴホッ!」

 咳き込むと同時に手すりに体を強く打ちつけた。

「キャッ!」

「イタ!」

 テルルもマリーも声を上げた。


「皆さん、しっかり掴まってください!」

 プロメの指示が聞こえる。


「アーム展開!」少佐が叫んだ。

「逆進最大!」プロメが叫んだ。


 体に掛かる重さが減った。


「いよっと、キャッチ成功」


ガコーン、船体に衝撃が響いた。体が勢いよく宙に浮いて、手すりに必死で捕まった。


 そして船内が静かになった。俺は目をつぶっていることに気が付いた。恐る恐る目を開くと目の前には銀色の手すりがあった。


 大きな壁のモニターを見ると、後方に大きなボロンが映っていた。プロメと少佐の手が忙しく動いている。

 よく見ると、こちらの船のアームがボロンを掴んでいるように見える。


「もういいのか?」

「まだ少しの間、揺れが続きますので注意してください」


「プラセオ回収するよ」

「お願いします」


 少佐は2本のアームを動かし、後ろの巨大なボロンから何か小さいものを外し、こちらに持ってきた。船の一部が開き、それを中に入れた。


「プラセオって何だっけ?」

「素粒子通信機よ」

 テルルが答えてくれた。

「同時なんだっけな」

「その通りよ。やっと覚えたわね」

「なんとなくな」


「軍曹も頭がよくなってきたか?」

「いや、変わらん」

 少佐とプロメは両手を忙しく動かして、何やら操作を続けている。外のアームが動くたびに体が揺れた。


「プロメ、分解で回収でいいんだろ?」

「はい。始めちゃってください」

「了解だ」

「ボロンのロック外します」


 画面に映る後ろのボロンが、真ん中で2つに割れた。隙間が少しできた。さらに2つに割れ、さらに割れる。


「船体を反転させます。掴まっていてください」


 グオンと体が斜め下に引っ張られ、床に足が付いた。


「反転停止します」


 体がフワッと浮いて無重力に戻った。

 カメラがぐるっと回り、宇宙空間に浮かぶバラバラのボロンを映し出した。

 アームがそのボロンのパーツブロックを掴んで、こちらの船に入れていく。スカッシウムだ。


「しばらく揺れるぜ」

 船体がグイン、グインと揺れた。試しに手を放してみると、体は空中に浮いて揺れは感じなかった。壁が遠ざかったり近づいたりするたびに風が顔に当たった。ちょっと酔いそうだった。

 俺が調子に乗ってフワフワしていると、壁がグン!と近づいて来て顔を強く打ちつけた。


「バカ!」テルルが言った。



「ボロンを食べてるのか?」俺はしっかり手すりに掴まりながら少佐に聞いてみた。

「まあ、そうだな」

「もう使わないのか?」

「使わない。もうカートリッジもほとんど空だしな」


「船を作るのに全部使ったのか?」

「まあ、そうだな」

「あれはこの船を作ったボロンか?」

「誰か軍曹に詳しい説明をしてくれー」


 少佐は忙しそうだった。



「トミー」マリーが言った。「私たちはスキャンされた瞬間に喉が痛かったよな」

「ああ、咳き込んだな」

「それって?」

「それってって何だ?」

「前に喉が痛くなったスキャンはいつだ?」

「前?」


 俺は揺れる体を支えながら記憶をたどった。


「前はマリーの研究室で、その時は裸で、目の前にマリーが倒れてて、後ろで少佐がボロボロで失敗したって言って・・・」

「そうだな」

「俺はまた作られた?」

「正解だ。正確には船ごと全部だな」


「元の俺は?」

「元の私たちは、シャトルでトランの地上に戻って、子守りの私の所にみんなで帰る」


「そして、いつかナーヌに移住するための計画を練るの」テルルが言った。

「前に聞いたな」

「それでこの俺は?」

「ここは太陽系よ」

「地球のある?」

「そうよ」

「もう地球に着いたのか?」


「着いたわけではなく、作ったんだ。太陽系で」

「太陽系に飛ばしたボロンでね」

「何を?」

「私たちを」

「ごめん、難しい・・・」


「私たちはね、地球のあなたをスキャンしたフラッシウムと小さいプラセオのセットの探査機を飛ばした後、衛星軌道上にあった超大型ボロンとプラセオもセットにして飛ばしたのよ」

「なんだって?」

「超大型ボロンは2つあったんだ。その1つを飛ばした」


「スイングバイとレーザーブーストか」

「覚えてきたわね」


「プロメ、モニターひとつ使っていい?」

 テルルがそう言うと、近くの壁が黒くなってモニターになった。

「これを見て」

 モニターに白い点がいっぱい表示された。左端でオレンジの点がクルクルした。

 オレンジの点は、クルクルした後、ジグザグに白い点の中を走り、最後にV字にグインと曲がって止まった。移動した軌跡が点線で表示された。


「これは何だ?」


「ここまでボロンを飛ばした軌道」

「一直線にビューンじゃないのか?」


「宇宙空間にはね、大きなガス惑星とか小さなブラックホールとかがビュンビュン飛んでるのね」

「はあ・・・」

「遊星っていうんだけど、はぐれた星よね。どこかの星系の恒星が爆発したり、大きな恒星が近くを通過して弾き飛ばされたり、いろいろ理由はあるけどね」

「太陽の周りを回ってない星か」

「そう。そういうのが何個も飛び回ってて、それもスイングバイに使えるのよ」

「テルルはスイングバイの天才なんだっけな」


「その通りだ!」マリーが言った。


「そんなこともないけど・・・。それでね、この最後の急旋回あるでしょ」

 テルルはV字の軌道を指さした。


「これは小さいブラックホールね」

「吸い込まれるやつか?」

「吸い込まれないようにしたわよ、もちろん」

「そうなのか」

「ブラックホールの進行方向が減速に仕えたから、減速スイングバイして速度を落としたの」

「はあ・・・」

「このV字減速が終わった後じゃないとダメだったんだけどね」

「なんで?」

「Gが強すぎて体が耐えられない」

「なるほど・・・」


「話をまとめるとだ、45年ぐらい前に地球に大きなボロンを飛ばして、45年かけて太陽系まで来たボロンで俺たちを丸ごと作ったってことか」

「そうね、プラセオを使えばデータは45年かからずに一瞬で着くからね」


「マリーの所だと裸だったのに、何で裸じゃなくていいんだ?」

「私の所のは古いからな」

「裸じゃなくても大丈夫だけどね」

「危険回避にこしたことはない」

「そうなのか」


「でも俺が操作しないと、人は作れないんじゃなかったか?」


「私はこの体に戻って多少の禁止されている作業を出来るようになったので、バージョンアップに成功しました」プロメが言った。

「作れるようになったってことか?」

「私だけです。超大型のような、私にだけ制御が許されているボロンで可能になりました。誰でも作れてしまったら困りますので」

「そりゃそうか」


「ですので、40光年離れたここに来れました」

「よくわからんが、じゃあ俺たちは一瞬で40光年を移動したってことでいいのか?」

「見方によってはワープです」

「オリジナルはあっちに残ってるけどね」

「頭がこんがらがるな・・・」

「そんな難しくないぞ」

「そうなのか・・・」


 いつの間にかプロメと少佐が話に参加していた。作業は終わったらしい。船も揺れなくなっていた。


「遠心力を作りますので、みなさん掴まってください。地面はこっちです」


 プロメが何か操作をすると、体が斜め下にグイっと引っ張られ、体が斜めの床についた。すぐに斜め方向の力が消え、まっすぐに立てるようになった。


「はい、オッケーです」


 直径800メートルぐらいの細いペンライトが宇宙空間でゆっくりと回転を始めた。

 少し体が重くなった気がするが、無重力からの変化に慣れていないだけだろう。


「食堂に移動します。そこで説明します」プロメが言った。



 食堂は6人が座れるテーブルが2つあり、左右の壁にはラウンジにあったようなボタン付きの自販機が並んでいた。奥の壁には大きなモニターが付いていた。

 みんなで食事タイムになった。


 食堂のボロンから食事を出してテーブルに座ると、プロメが壁のモニターにペンライトのような細長い宇宙船の内部構造が分かる図を表示させた。


「この宇宙船は、左から、スカッシウム、元素カートリッジ、居住ユニット、製造空間、ボロン、外側のボロンです」


 元素カートリッジがこの船の大半を占めていた。


「元素カートリッジって大きいんだな」

「これは船の燃料や電気の役割もしていますので、これが空になると私たちは死にます」

「そりゃ大切に使わないとな」


「でも作ります」プロメが言った。「内側のボロンで作ったものは製造空間に作られますが、この空間以上の物を作ろうとすると、居住ユニットが破壊されますので注意してください」


 そんな大きなものを作ろうとするのはプロメだけだろうと思ったが、言わないでおいた。


「次に居住ユニットの中です」


 壁に丸い円が表示された。居住区画だ。

 円の中は細かく升目に分かれていた。丸の直径は80メートル近くあり、中には様々な部屋があり、スポーツ施設や娯楽施設など、小さいが色々揃っていた。プロメの説明によれば、何か必要なものがあったら後からボロンで作って追加できるらしい。


「落ち着きましたので休みましょう。このへんが個室になってますのでご自由にどうぞ」


 プロメが図を指して言った。


 俺たちは部屋に分かれた。


 用意された部屋はビジネスホテルのような部屋だった。小さなテーブルとイスがあったが、全てが固定されていた。部屋の隅にシャワーとトイレが一体になった狭い部屋があった。入口の扉に「無重力時は使えません」と小さく書いてあった。

 俺はベッドに横になり、ゆっくり眠った。



 ぐっすりと眠って起きると、自分が今どこにいるのか一瞬分からなくなった。宇宙船の中だってことに真実味が持てなかったが、トランにいた時も違う惑星にいるってことを実感するまで時間がかかったのを思い出した。


 ボーっとする頭を抱えたまま起きて部屋の外に出ると、廊下の壁に居住区画の地図が貼られていた。

 地図には管制室や倉庫やプロメのラボや、いろいろな説明書きが書いてあった。


「これってけっこう広いわよね」


 テルルが隣に来て言った。


「何で日本語なんだろう」

「これからの計画の為」

「これからの計画?」


 近くのドアが開いてプロメが出てきた。

「ねえ、ここって端から端まで何メートルだっけ?」

「内側の壁で計算すると76メートルぐらいです」


 俺は数字を聞いてもピンとこなかった。それに聞いたからって何がどうなるものでもなかった。しかしプロメはポケットからペンを出し、地図に76メートルと書き込んだ。


 図をよく見ると、外周の壁にエレベーターがあった。エレベーターは広めの廊下の突き当りだった。


「これは、どこに行くエレベーターなんだ?」

「それは下に行きます」

「下?」

「ボロンと製造空間です」

「なるほど」

「これから作らなければいけないものがありますので、一緒に行きますか?」

「私も行くぞ」

 マリーが起きてきた。


 3人はプロメに続いてエレベーターに向かった。長い廊下を歩いてエレベーターに着くと、けっこう大きいエレベーターだった。大きな工場の倉庫にありそうなやつだった。


 4人でエレベーターに乗ると、エレベーターは下降した。

 ドアが開くと、そこは暗くて広い空間だった、高い天井にはライトがいくつもあったが、黒い床まで光が届いていないようだった。エレベーターの横の壁はザラザラとしていて、石のようにゴツゴツしていた。



「まずはプラセオを作ります」


 テルルの前の床にオレンジの枠が光って、その中から深緑の大きな四角い箱が2つ現れた。プラセオだ。マリーの研究室に運んだ黒いのと同じ大きさだった。

続いてその下から台車が2つ現れ、深緑の箱は台車の上に乗った。


「続いて大きなフラッシウムを作ります」

 床から長い蛍光灯のような白い棒が現れた。2メートルぐらいあって、蛍光灯より少し太い。



「続いて大気圏突入用の船を作ります」

 床から大きな石が出てきた。

 高さ3メートルはありそうな巨大な石だった。表面はゴツゴツしていて、青っぽい灰色をしていた。

「ただの大きな石に見えるな」

「そうね、石ね」



「これを組み立てます」

 石の下のほうがバカっと開いた。中には黒い空間があり、チカチカとライトが光っていた。石の中には機械が入っているようだった。

 石の開いた扉の四角い空間に、プラセオを乗せた台車が1台だけ近づいていって、台車の上の四角いプラセオがその中に吸い込まれ、石の扉は静かに閉まった。


「トミサワさん、フラッシウムを持ち上げてください」


 俺は床に転がってる太めの蛍光灯を持ち上げた。ずっしりと重かった。


「それをあそこに入れてください」


 石の側面が、丸くパカッと開いた。俺はその中に2メートルほどの長い蛍光灯を入れた。


「はい、完成です」


「これをどうするんだ?」


「地球に飛ばします」


「へー」


 天井から大きなアームが降りてきて、その大きな石をどこかに持って行った。

 床には2個セットで作った深緑のプラセオの片方が、台車の上に載っていた。


「では戻りましょう」


 俺たちはエレベーターに乗った。そして台車も一緒にエレベーターに乗った。


「これを倉庫に置いてきてもらえますか?」

「倉庫ってどこだっけ」

「エレベーターを降りてすぐです」

「了解した」


 エレベーターが開くとそこは当然ながら居住区画だった。


「倉庫の中に別のプラセオがありますので、台車ごと隣に置いてください」

「了解した!」

 台車はマリーが運転した。俺もモコソで台車の運転をしてみたかったが、何も言わなかった。


 倉庫の扉はすぐ近くにあった。扉を開けて入ると、暗くて広い空間があった。

 倉庫の隅に、台車に乗ったプラセオが置いてあって、紫と黒のプラセオが台車に乗っていた。

 マリーはその隣に深緑のプラセオを置いた。


「この黒いのが私の研究室にあったやつってことだな」

「この黒いので、あの研究室と連絡できるのか?」

「たぶんそうだ」

「なるほど・・・」


「戻ってご飯食べましょうか」テルルが言った。




 

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