第25話 懐中電灯

「体を固定しているベルトはまだ外さないでくださいね」


 プロメは操縦席で宇宙船を操作し、それと同時にパシュッ!パシュッ!と船内に音が響いた。その度に体が左右に大きく揺れた。


「すごかったわね」


 横のテルルを見ると、汗に濡れた髪の毛が空中で踊っていた。

 少佐がガチャガチャとベルトを外し、フワフワと浮く体を俺たちの横の壁まで滑らせた。壁の収納扉に着くと、扉をひとつ開けた。中には白い帽子が入っていた。


「これを被ってくれ、髪の毛が機械に悪戯する危険性を減らすからな。みんなボサボサだぞ」

 少佐が笑いながら白い帽子をみんなに向かって飛ばした。帽子はクルクルと空中を滑った。



「ベルトを外していいです。でも手すりにつかまって慎重に動いてくださいね」


 プロメからの許しが出て、俺たちはベルトを外した。体が宙に浮いた。


「おお、無重力だ!」


 俺はフワフワする体に感動しながら手すりにつかまった。


「地球人って、いえ、違うわね、日本語って、この状態を無重力って言うわよね」

 テルルが手すりにつかまりながら俺に言ってきた。


「無重力だろ?」

「これって、重力が無いわけではないのよね」

「無いだろ?」

「今の私達って、すっごい速さでトランをグルグル周ってる軌道にいるわけ」

「はあ・・・」

「逆噴射して減速したら落ちちゃうわけ」

「はあ・・・」


「下方向に引っ張る重力と上方向に行こうとする遠心力が釣り合いが取れている状態なわけよ」

「全然わからん」

「無重力に変わる言葉って無いのかしら」


「英語だとゼログラビティーかウエイトレスネスかな?」少佐が口を挟んだ。


「ゼログラビティーっていいわね」テルルが手すりを放して手を叩いた。テルルの体がゆっくりと後ろに回転を始めて、あわててテルルは手すりを掴んだ。

「無とゼロの違いが分からん」

「ゼログラビティーには、プラスの力とマイナスの力はあるけど、プラマイゼロで重力が相殺されてるって意味が含まれているわ」

「やっぱり違いが分からん」

「無ではないってことよ」



「見えてきましたよ」プロメが言った。


 窓の外を見ると、真っ暗な星空の中に白っぽい何かが浮かんでいるのが見えた。

 白と灰色で出来た、横に細長い何か小さいのが浮かんでいた。それがほんの少しづつ大きくなっているような気がした。


「あの小さいのは何だ?」

「軍曹、あれはな、小さくないんだ」

「ずいぶんと小さく見えるが・・・」


「宇宙空間では空気が無いからな、物がくっきりと見えるんだ。距離に関係なく、くっきりと見える」

「遠いのか?」

「そうだ。遠いから小さく見える」

「俺にはアレが、懐中電灯に見えるんだが・・・」

「あはははは」少佐が大声で笑った。


 白っぽい宇宙空間に浮かぶそれは、太陽の光を反射して白く見えているだけだった。徐々に近づいてみると、ガンメタリックのような暗めの灰色をしていた。

 形は、アメリカのドラマなどで軍隊や警察が持っている、柄の長いライトのような形だった。片側が大きく膨らみ、反対側が小さく膨らみ、真ん中のグリップとの間に深めの溝があり、グリップ部分には横線のような出っ張りが何本も見えた。最近よく見るようになったかっこいい懐中電灯だ。


 その懐中電灯の後ろには、小さな石ころが4個浮いていた。


「あの懐中電灯は、レーザー兵器か何かなのか?」

「あれが世界最大のボロンです」プロメが言った。

「やっぱり小さく見えるが」

「あれの端から端までの長さは、1200メートルです」

「1200・・・1200ミリではなく?」

「1.2キロです」

「まじか・・・」


「あれが懐中電灯だとして、左側のライトの部分、大きいほうの膨らみがボロン。真ん中が元素カートリッジ。右側の小さな膨らみがスカッシウムです」


「全長を言われてもまったく大きく見えない。さっきより少し大きくなったか?」

「近づいて行ってるからな」


 マリーもテルルも、俺と並んで手すりを掴みながら、それを珍しそうに見ていた。


「捕まっててくださいね」


 プロメがそう言うと、シャトルはプシューと長く逆噴射した。俺は前方に引っ張られる体を手すりにつかまって必死に抑えた。

 大きくなり続けていた懐中電灯の巨大化が止まった。


 長い蒸気機関車が100メートルぐらい遠くにある、ぐらいには大きく見えるようになった。


「それで、これからどうするんだ?」


「ストルン、出番です」

 プロメが言い、ストルンが操縦席に座った。


 操縦席に座る2人の帽子モコソがパカパカと数か所開き、中がチカチカと光りはじめた。2人は手を広げ、空中で何かを操作しはじめた。


「アーム展開開始」


 プロメが言うと、懐中電灯のグリップ部分にある横線の出っ張りが胴体から立ち上がった。

 真ん中のグリップ部分から、傘の骨のような細い棒が右に8本、左に8本、ゆっくりと立ち上がった。

 立ち上がったそれは折りたたまれていて、クイックイッとさらに3倍に伸びた。そこに関節が生まれ、長いアームが宇宙空間に長く伸びた。


 懐中電灯の右側には大きな石が4個浮かんでいた。


「小惑星、動かします」

「了解、いつでもいいよ」


 一番近い石が懐中電灯に向かってゆっくり動いた。石には小さな機械の、虫のような足の長いのが張り付いていて、そこから白い霧が吹きだされていた。


 飛んできた石を懐中電灯のアームがキャッチする。

 そのキャッチした石を、アームは懐中電灯の柄の部分に押し込んでいく。押し込まれる部分がスカッシウムなのだろう。底なし沼のような黒い膜があるんだろう。ここからでは膜は見えなかった。


 よく見ると懐中電灯の数か所からも白い気体がシュッシュッと吹き出している。アームが動くたびに気体は吹き出し、懐中電灯の姿勢を保っているようだった。


 石が順番に4つ押し込まれていって、全てが懐中電灯に吸い込まれた。

 石を持っていた虫のような足のある作業機械は、懐中電灯の前に回って4個並んでいた。


「プロメ、全部取り込み終了!」

「了解、カートリッジ問題無し」

「いくか!」

「アーム準備」

「いつでもこい」

「姿勢制御スラスター、前進で全開」


 懐中電灯の後ろの部分から白い気体が吐き出され、懐中電灯は前に動き出した。


「作成開始!」


 懐中電灯の前から何か黒っぽいのが顔を出した。黒いそれは一気にギュン!と吐き出された。


 それは一回り細くて長い懐中電灯だった。


 吐き出されると同時に、大きな懐中電灯は反動で後ろに下がった。と同時に前の長いアームが吐き出されたのをキャッチして力を相殺し、2つの懐中電灯は宇宙空間で停止した。

 スラスターが少しシュパシュパ出た。


 親の懐中電灯が単一電池が2本入りそうな形なら、吐き出された懐中電灯は単三が2本入りそうな細さだった。





 吐き出された細長い懐中電灯は、前後の膨らみが少ししかなかったが、グリップ部分に横線の出っ張りがあった。これもアームになって伸びるのだろう。


 グリップ部分と前後の膨らみの間には深めの溝があった。

 遠くから見ると、細いペンライトのように見えた。


「後ろ開けるよ」少佐が言った。


 ペンライトの後ろが外れ、周りに待機していた作業機械がその外れた部分に取り付いて、上方向に移動させた。


「元素カートリッジ作成開始します」


 大型ボロンから、銀色の何か長いのが吐き出され、ペンライトの中に入って行った。単3電池がペンライトにセットされたようにしか見えなかった。


「続いて居住ユニット作成開始します」


 大型ボロンから、白っぽい丸いボタン電池のような形のものが吐き出され、単3電池に続いて中に入って行った。


「閉めるよ」

「お願いします」


 さっき外れて上に避けてたフタ?を2本のアームが掴み、元の場所に戻した。フタは前後の面が黒くてツルツルとしていた。


「あのフタみたいなのは、ボロンか?」

「そうです。ボロン2枚重ねです」

「2枚重ね?」

「内側用と外側用です」

「ほうほう」

「反対側はスカッシウムです」

「ほうほう」

「スカッシウム側が前です」

「ほうほう」

「前方から来るチリや砂粒はスカッシウムで吸収します」

「ほうほう」

「本当に理解してますか?」

「いや、あんまり・・・」


「宇宙船の完成です」

「あのペンライトみたいな小さい懐中電灯の中に乗るのか」


「だから小さくないんだって軍曹」

「あれの長さは?」

「約800メートルです」

「長いな・・・」


 宇宙空間にガンメタリックの細長いペンライト型懐中電灯、じゃなくて宇宙船が浮かんでいた。後ろには大きめな懐中電灯、じゃなくて世界最大のボロンが浮かんでいた。

 大型ボロンから伸びるアームがペンライトを掴んでいる。


「近づきます。動きますので捕まってくださいね」


 プロメが言うと、船内にプシューという音が響き、体が後ろに引っ張られた。手すりを強く握り、足を出っ張りに引っ掛けて耐えた。

 プシューという音が止まると、体はまた無重力になった。外に見えるペンライトが徐々に大きくなっていっている。


「これから少し複雑に動きますのでシートベルトをお願いします」


 プロメの指示に従って、俺たちはシートに戻ってシートベルトを締めた。無重力だと全ての動作の難易度が上がって時間がかかった。


 窓の向こうのペンライトはどんどん大きくなっていった。どこまで近づいてもぶつからず、大きくなり続けていった。

 やがて窓から見えるものがペンライトの胴体だけになって、ただの壁にしか見えなくなった。

 ペンライトの胴体は、石のようにザラザラとしていて、少しゴツゴツしていた。


 シャトルはペンライトの真ん中ではなく、少し後ろのほうに近づいて行った。そこには小さな深めの凹みがあり、シャトルは姿勢を反転させ、その凹みの中に胴体が入った。

ガコン!とロックされる音が船内に響いた。



「シートベルトを外してください。船内に入ります」


 俺たちはシートベルトを外し、荷物を収納扉の中から出した。


「モコソは着けていいのか?」

「はい。着けてください」


 無重力の中、苦労してバッグの中からモコソを出してゴーグルを掛けた。足を手すりに引っ掛け、体を固定した。


 準備が出来ると、少佐がシャトルの天井のハッチを開けた。ハッチの向こうには細い通路がまっすぐに伸びていた。俺たちはその中を体を滑らせて進んだ。


 10メートルほどで、広い明るい部屋に出た。部屋の壁には太い手すりがいくつも付いていたが、部屋の壁のうち、ひとつだけが手すりが無く、そこが床であると分かった。


 プロメが何か操作すると、床にシートが6個出てきて、壁が大型ディスプレイになった。


「えーとですね・・・」


 プロメは何も映し出されていないモニターを見ながら何かを考えていた。


「下でいいんだからシートでいいだろ?」

「でもすぐに上にグンってなる」

「ああそうか」

「壁の手すりが一番いいかな?」

「そうかもな」


 プロメとストルン少佐が何やら相談し、俺たちはバッグをしっかり持ち、壁の手すりにしがみついていることになった。


「ストルンはアーム準備ね、私は姿勢制御」

「あいよ」


「何が始まるんだ?」

 俺たち3人は、謎の相談をする双子を壁の太い手すりに掴まりながら見守った。


「何が何だか分かってないのは俺だけか?」

「トミーは何も考えなくていい」

「そうかよ」

「すねないでね」

「はいはい」


 モニターに外の映像が映った。船外のカメラから、後ろの大型ボロンを映した映像だった。懐中電灯のライト部分、なのだが、電球は無く、真っ黒いボロンの表面が見えている。

 その大型ボロンの横からチカチカとライトが点滅する大きな何か、デスクスタンドのライトのようなものがアームをクネクネさせて、こちらに蛍光灯のような白い棒を向けている。


「ではみなさん、これからフラッシウムでスキャンします」プロメが言った。「出発です」


「いつでもいいわよ」

「衝撃に備えろトミー」


 隣で同じように手すりに掴まる2人が言った。



「ではいきます。ハイチーズ!」


 体を電流がビリっと走った。




「あれ?」

 体に衝撃は来なかった。


「はい、終了です」

「え?」

「対象を保存して、宇宙船を送信します」

「はい?」


「よし、帰るぞ!」

「なんで?」

「まだ分かってないの?」

「何がだよ!」


「トミー、シャトルに戻るぞ」

「なんでだ」


「マリーと子供の待ってる研究室に戻るって話、覚えてる?」

「ああ」


「この星で未来を繋げるのなら、ナーヌを目指すって覚えてる?」

「ああ」


「キュリウムに会いに戻るぞトミー!」



 俺たちはシャトルで地上に戻った。


 天文台で救急車に乗り換えて、また長い旅をした。


 俺は旅の途中で、みんなから詳しい解説を聞いた。


 俺たちはトランで子供を育てながら、このキリア星系で命を繋げ、隣のナーヌに行く方法と、ジルコンをどうにかする方法を探した。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る