第24話 携帯型

 俺たちは天文台のダイニングや自室や、プロメの研究ラボで時間を潰した。


 プロメはあまりダイニングには上がってこなかった。ずっとラボで忙しそうに何かの作業をしていた。


 俺たちはプロメのラボの片隅にあるリビング風空間が気に入っていて、その時も大きなソファーに座ってみんなで地球のテレビを見ていた。

 ダラダラとクイズ番組を見ていると、プロメが長四角の黒い物を持ってきた。

 モコソでそれを見ると、表面にオレンジの枠が表示されている。


「それは何だ?」

「新作です」


 プロメはその黒い四角いのを、2つのソファーの真ん中にある低いテーブルの上に置いた。

 長方形の黒いそれは、折りたためる木でできた将棋盤のような大きさで、けっこう大きく厚みがあった。

 プロメはそれを立ててテーブルに置いた。


「携帯型ボロンです」

「ボロン?」


 確かにオレンジの枠はボロンでよく見る枠と同じ表示だった。


「ボロンって、後ろの隠れている部分がでっかくて重いって誰かに聞いた気がするんだが」

「通常はそうです。それにスカッシウムと繋がっていなければいけません」

「電気もすごい使うんじゃなかったっけ?」

「ですので、少ししか作れません」

「それで、どうやって使うんだ?」

「少し危険なので近づかないでくださいね」


 プロメはその黒い将棋盤を折りたたんだようなそれを、パカッと開いて置いた。黒いのは正方形になって机の上に開かれた状態になった。


 開かれたその表面は真っ黒い膜みたいなのがヌルっと光っている。外側はプラスチックみたいなのに、内側は何か不気味な光沢だった。


「絶対に触らないでくださいね」プロメは手で俺たちを制止した。


「ここに元素があります」


 プロメはポケットがいっぱい付いた上着を着ていた。その上着のポケットからゴロゴロとアルミ缶やスチール缶や色とりどりの石を何個も取り出した。


「元素なのか?」

「そしてこれを、ここに入れます」


 プロメは石をひとつ取り上げ、黒い膜の上に落とした。すると石は、まるで底なし沼に沈むようにゆっくりと黒い膜に吸い込まれていった。

「主要な物質構成元素を入れていきます」

 プロメは次々と石や缶をそのぬめっとした光沢の膜に落としていった。


「この面に手を触れると手が無くなりますので注意してくださいね」

「マジか」

「本当です」プロメが真剣に言った。「そして、これで閉めます」

 プロメは慎重に、開いた将棋盤みたいな黒いのを閉めた。


「入れた元素の分だけ重くなりました」


 俺はその将棋盤を恐る恐る持ち上げてみた。ずっしりと重かった。


「トミサワさんのモコソにデータが入っている物を作ってみてください。なるべく小さくて軽いものです」


 昔、「俺のバッグ」と言ってリュックを作ったのを思い出した。

 俺は今でもその時に作ったリュックに自分の物を入れて持ち歩いている。リュックの中にはその時に作った小さいカメラも入っている。

 旅をしながら何枚も写真を撮ったが、まったく整理していないのでデータがもう一杯だしバッテリーも無い。


 俺はモコソのデータからカメラを選び、作成を選んだ。


ビビビー、黒いのから音が鳴った。


「何を作ろうとしました?」

「カメラ」

「重いですか?」

「少しずっしりするかな」

「もう少し軽い物でお願いします」


 俺はリストから財布を選んだ。中身が軽いとかそういう意味ではない。断じてない。


 四角い黒いのの表面からゴロンと俺の財布が吐き出された。


「自分の財布を久しぶりに見たな。なんか財布を落として警察に届けられたのが戻ってきた感じがする。落としてないけど」


「なるほど。日本のお金を見てもいいですか?」


 俺は財布の中から札を取り出して机の上に置いた。万札が3枚と千円札が3枚入っていた。俺にしては入っているほうだ。

 みんなは珍しそうに日本の札を見ていた。


「ではこれを、フラッシウムでスキャンします」

 プロメは6枚の札をキレイにテーブルの上に並べ、黒い長方形のを両手で持ち、大きなカメラを構えるみたいにテーブルに向かって構えた。


パシュ!少し大きめな音がした。


「対象を保存します」プロメは空中で何かの操作をした。


「そして作成します」プロメが言うと、ボロンから3万3千円がヒラヒラと落ちた。


「おいおい、大金持ちだな」俺は少し興奮して言った。


「これは地球では犯罪です」

「そうだったな」

「この紙には番号が印刷されています」

「そうだった」

「同じ番号しか出せませんので、バレます」

「たしかに」

「使わないように」


 中身が倍になった俺の財布がテーブルの上に置かれた。


「バッテリーの充電はどうするんだ?」俺は聞いてみた。「電力消費がすごいって聞いてたから、充電しなきゃいけないんだろ?」


「スカッシウムで吸い込んだ物質は100パーセントカートリッジには入りません。残りが電気に変換されます」

「バッテリーが無くなったら、何かを入れればいいのか」

「その通りです」プロメがまた黒いボロンをパカッと開いた。「絶対に手を入れないように注意してくださいね」


 俺の倍になった財布が、ゆっくりと黒い底なし沼に沈んだ。


 それから数日、地球のテレビを見ながらダラダラとした日々を過ごした。テレビが身近にあると日にちの感覚が戻ってくる。久しぶりの感覚だが、トラン人の方々は24時間の規則正しい生活には興味が無いようだった。



「そろそろ出発しましょう」プロメが言った。


 どうやら宇宙船の材料になる小惑星が準備できたらしい。


「軍曹、今度の移動は少しだけだ。食料は必要ない」少佐が言った。「水分とおやつ程度でいいぞ」


「そりゃ、ありがたい」


 俺たちは借りていた部屋を片付け、荷造りをした。

 準備を終えてダイニングに集合すると、プロメリの体の3人が見送りに来てくれた。


「俺たちモ、イツカ宇宙に旅にデルつもりだ」

「タンパク質ノ体ハ、スグニ死ぬカラ気をツケロ」

「宇宙だと、トクニナ」


「では皆さん、行ってきます」プロメが少し緊張した顔で言った。



 俺たちは天文台の黒い3人に別れを告げ、駐車場に下りた。


 駐車場には乗ってきた救急車が停まっていたが、俺たちは救急車から普通の車に乗り換えることにした。隣に停めてあった黒い車、テルルと俺が旅したのと同じ車種の車だ。

 俺たちは車の後ろに乗り込み、少佐が運転した。


 車は上ってきたのと同じエレベーターで地下まで下り、来た時と同じトンネルを通って駅前の大通りまで戻った。真空超特急が停まる駅だ。

 駅前の大通りにも相変わらず人の気配は無かった。


 車は大通りを少し走り、別の交差点を曲がって別のトンネルに入った。

 トンネルは緩やかに右に左にカーブしながら続いていた。車はかなりの時間その中を進んだ。


「宇宙ってのは、打ち上げロケットで行くのか?」

 昔テレビで見たスペースシャトルの打ち上げを思い出しながら聞いてみた。


「地球のとは少し違うな」少佐がハンドルを握りながら答えた。「ギューンって登るんだよ」


「私たちが今向かっているのは、このトランで一番高い山脈です」

「天文台があったさっきの山よりも高いのか?」

「一番高い山の山頂は、ほぼ空気がありません」

「酸素が無いんじゃなくて、空気が無いのか?」

「そうです。酸素ではなく空気がありません」


「標高を聞いてもいいか?」

「8万メートルぐらいです。大昔に作られた巨大クレーターの縁です」

「クレーター?」

「遠い昔に巨大隕石の衝撃で、岩盤がほぼ直立し、そのまま固まったとされています」

「岩盤って岩盤浴の岩盤の岩盤か?」

「何を言ってるのか良く分かりませんが、その岩盤の中を地下から斜めに上昇して宇宙へ出ます」

「こっちも何言ってるか良く分からん・・・」


「ついたぞ」少佐が言った。



 車の前を見ると見慣れたゲートがあった。緑とオレンジのライトが点灯している。車はそのゲートを通過した。

 ゲートの中には、天井の高い真っすぐな道が続き、その両脇に10階建てぐらいの高さの大きなレンガの壁が続いていた。

 車はそのレンガの壁に挟まれた道をしばらく進んだ。

 巨大なレンガの壁には窓は無く、100メートル置きぐらいに小さな入口の扉があった。その小さな入口は、レンガの壁の巨大さに目が錯覚しているだけで、実際には大型トラックが楽に通れるぐらいの大きさがあった。


 ストルン少佐はハンドルを切り、車はその入口のひとつからレンガの壁の中に入った。

 入口にはトラン語で大きく何かが書かれていた。おそらく数字だ。



 レンガの壁の中に入ると、薄暗い照明に照らされた広大な空間に、薄い水色の巨大な飛行機が1機だけ置かれていた。

 ジャンボジェットのように大きく、形はスペースシャトルを少しスリムにしたような姿をしていた。

 胴体と翼は一体化していて、下側に黒いセラミックパネルみたいなものがびっしりと張り付けられていた。3か所から車輪が降り、巨大な胴体を支えていた。


 胴体の後ろには巨大なロケットエンジンのノズルが3個生えていた。




「このシャトルで行くけどな、少し準備する」


 少佐が車を運転しながら言った。


「こういうのって、勝手に飛ばしていいのか?」


 俺は巨大なシャトルを見上げて言った。


「本当はダメだけど、あたしの上司はもういないんだよ」

「いない?」

「この辺の起きている管理者の中で、あたしが1番偉いってこと」

「マジか」

「だから気にしなくていい。それにプロメと2人で今までに何回も宇宙には上がってるんだ」

「そうなのか」


 車は巨大な飛行機の近くにある小さなプレハブ小屋みたいなところに向かった。近づいてみると、2階建ての立派な建物でプレハブではなかった。

 車はその建物の前に停まり、少佐は中に入って行った。ついて来てもいいと言うので俺たちはついて行った。


 俺たちは少佐の後ろにくっついて建物の2階に上がった。

 2階には小さな管制室のような機械が並んだ部屋があり、俺たちが部屋に入ると機械の電源が入ってチカチカと光りはじめた。


 2階の窓からは、巨大な倉庫に置かれた巨大なシャトルの全景がよく見えた。

 巨大な倉庫には高い天井に鉄骨が張り巡らされ、そこにはクレーンが何個も固定されていた。

 倉庫の床には、壁際に大きなコンテナがいくつも置かれ、運搬用の車も何台か停まっていた。


 少佐が何かの操作をすると、車が入ってきたのとは逆側の壁がスライドして大きく開いた。

 巨大なスライドドアの後ろに隠れていた暗い空間が口を開けたが、暗くてほとんど何も見えない。


 その暗い空間から、天井のレールを移動するクレーンが、白い丸い筒を吊るして出てきた。

 クレーンはその大きな筒をシャトルの真上まで持ってきて止まった。シャトルの胴体ぐらいの太さだった。

 続いてシャトルの胴体の上が左右に開き、その白い筒は胴体の中に下ろされた。シャトルは筒がセットされると開いた背中を閉じた。


「あれは燃料だ。あとは足を下げて終了だ」


 少佐がそう言うと、シャトルを支えていた足が縮み、シャトルは床にぺったりと着いてしまった。


「いいのか?」

「何がだ?」少佐が不思議そうな顔をした。「行こう。乗り込むぞ」


 俺たちは車に戻り、シャトルの横まで移動した。1か所シャトルから梯子が降りている場所があり、そこで車を停めた。


「自分の荷物を持って降りてください」


 プロメの指示に従って俺たちが車から降りると、車は自動運転で離れた位置に移動した。

 俺たちは荷物を担いで梯子を上り、ぺったりと床に腹を着けたシャトルに乗り込んだ。


 シャトルの中には操縦席があった。ジャンボジェットのコクピットのように計器類が並び、操縦席のシートが2つ並んでいた。

 操縦席の後ろには太い手すりが床から出ていて、後ろの空間とを分けていた。後ろの空間にはシートが左右に2つずつ、それが2列。8人が座れるようになっていた。客席なのだろうか、操縦士2人に客8人ということなのだろうか。


「壁に収納ボックスがあります。モコソを外して荷物に入れて、荷物を収納ボックスに入れてください」

「モコソ外すのか?」

「はい。それが終わったら、シートに座ってベルトを締めてください」


 俺たちはプロメの指示に従った。2人の帽子型モコソはそのままだった。

 壁を見ると、太い手すりのようなパイプがいくつもあり、その隙間に収納ボックスのフタがあった。俺たちはそこに荷物を入れ、扉を閉めた。


 少佐とプロメが操縦席に座り、俺たちは後ろのシートに座って頑丈そうなシートベルトを締めた。

 ベルトは両肩と腰と、股の間から通し、へその上でロックした。ロックするとベルトは自動で強く締まり、身動きが取れなくなった。


「股間が・・・」

「うるさい軍曹」


 少佐は計器類を忙しそうに操作していた。


「おっぱいが潰れるんだが」

「うるさいマリー」


 テルルが言った。


 ズズズズ、体に振動が伝わってきた。操縦席の窓から外を見ると、シャトルが横滑りして移動しているようだった。

 シャトルは壁に開いた暗い空間まで移動した。ガツン!シャトルが何かに固定された音と振動があった。

 横の巨大な扉がゆっくりと閉まり、シャトルは真っ暗な空間の中に閉じ込められた。操縦席の計器類が暗闇に光っている。


「うお!」


 俺たちの座っているシートがウィーンという音と共に変形しだした。


「おちつけ軍曹」


 イスは縦に真っすぐに伸び、俺たちは強制的に直立の姿勢にさせられた。足の下には床があるが、股間のベルトで足には体重がかかっていない。


「なんで立つんだ?」


「ひ・み・つ。」少佐が言った。


 窓の向こうの暗い空間に、緑の小さなライトが点灯した。緑のライトは徐々に増え、遠くまで真っすぐに伸びてゆく。長い一直線のトンネルが闇の中に現れた。


「行くぞ!」


 少佐がそう言った瞬間、グン!とシャトルは加速した。さらに、グン!グン!グン!と何回もシャトルは加速していく。髪の毛が引っ張られ、顔の肉が引っ張られ、胸が強く押され、息をすることが出来ないほどの加速力が体にのしかかった。

 前に乗った真空超特急という列車以上の加速感があった。シャトルはさらにグングンと加速していく。


 グォン!体に違う方向の力が一瞬加わった。


「上昇中!」少佐が大声で言った。


 少ししてグィン!と回転するような力が体に加わった。


 シュン!いきなり静寂に包まれた。ガタガタと悲鳴を上げていたシャトルのボディーの音が止まった。

 次の瞬間、ジュボォォォォォという振動と共に、シャトルはもう1度加速した。


「燃焼終了まで3,2,1、終了!」


 シャトルはまた静寂に包まれた。


「軍曹をジェットソン!」


「何? ジェット・・・?」


「なんでもない」少佐が言った。


「終わったのか?」


「ああ、宇宙だ。お疲れ様」


 汗が玉になって俺の目の前を浮いていた。




 

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