第五綴   客人と豪華な夕餉

 豪華な懐石料理をつつきながら、なんでこんなくだらないことを話しているのだろうかと、疑問におもったりもしたのだ。


「――――だから夜は星なんてみえねーんだ。月の光までかき消すネオンが、さしずめ地上の星ってとこかな。ま、だからといって夜通し寝ないでうろついてる奴なんてほとんどいねーんだけど、それでも日が変わるまで働いてるやつは結構いるんじゃね?」


 好き好んで、こんなどうでもいい話題を選んでいるわけではない。高校のクラスメートに聞かれたら十日は家にこもりたくなる。下手な失敗談よりも赤面ものだ。それもこれも、些細なことにまで聞き入る夜弥ヨミが悪いのだと責任転嫁してみる。


「時に、わらわは下界の様子を知りたい。何でもよい、話してみよ」


 むかいあって食事を取る際に夜弥がせがんできた雑談とは、漠然としすぎていて逆にこまるようなものだった。山から降りないから都会の様子をなにも知らないという夜弥に、冗談半分で話しだしたことがなぜか夜弥の気に添い、町では当たり前の光景を延々と喋り続ける破目になったのだ。


「……で、アーケード街にある喫茶店が結構うまくてよ。珈琲とか良心的な値段なんだよな。まあ、だいたい、おにぎり二個分くらい」

「ほお。して、こうひいとはどのような味わいじゃ?」

「俺がいつも飲んでるのは、ブラックにミルク入れただけだから結構苦いな。でも砂糖と牛乳ぶちこめば苦さも緩和されるぞ? 味的には、なんて言えばいいんだか。コクがあってだな……味覚つーか嗅覚で楽しむっての? こうばしい独特な香りが口に含んだ瞬間、鼻のなかに広がるんだ」


 話しながらも、次々に膳の料理をかっこむ。行儀が悪いのは重々承知だが、どれも美味しすぎて自制が利かない。白飯までえもいわれぬ甘みがあり、普段食べているのとは別物だ。

 そもそも、御頭おかしらつきの鯛なんて食卓にならんだことがなかった。「所詮は魚の塩焼きだろ」と取れない葡萄はすっぱいと決めつける狐の如く馬鹿にしていたが、やはり鯵の塩焼きなどとは味がまるで違っていた。しっとりと脂が乗っていながら弾力のある白身は、噛めば噛むほどうまみがあふれてくる。運んできた女中いわく、塩釜焼きにしているらしい。

 小鉢の焼きマツタケは薫りたかく、檸檬れもんのさわやかさがそれをより一層ひきたてた。山椒と筍の煮物も繊細な味わいで、京都の料亭を想わせる。そういえば、真心をこめて配膳された料理の彩りも、なんとなく京都風だ。


(まあ、行った事はないんだけどな)


 特に都会ではめずらしい鴨鍋は、アヤカの好みにあっていた。

 土鍋のなかで湯に通し、薄桃色に染まった鴨肉の柔らかいこと。口内で弾けるまろやかな脂に舌鼓を打てば、一緒に口に入れた九条葱の香りがふわりと広がる。肉料理が焼肉でなくてよかったななどと考えて、座敷でそんな煙臭いものが出されるはずがないと思い直す。他に好き嫌いはないが、焼き肉だけはどうにも拒食してしまうのだ。


「ってか、ほんとうまいですね、この飯」

「そう仰って頂けると、作ったかいがあります。と言っても、わたくしが拵えたわけではございませぬが、喜びは変わりません」


 白飯のおかわりを持ってきてくれたのはアヤカを案内してくれたあの女性だった。

料理を褒められて、嬉しそうに微笑む。

 会話が途切れたのが不満だったのか、夜弥が急かす。


「のう、こんびにの店員は睡眠をとらぬのか。はよう申してみよ」


 はやくはやくとねだる姿は、年相応だ。知らぬ間に唇がほころぶ。女性もおなじ心境なのか、微笑ましそうに夜弥とアヤカを見比べ、席を立とうとする。 だがふと、夜弥が彼女を引きとめた。


舞鶴まいづる、ちょお近こうよれ」


 手まねきで呼ばれた女性、あらためマイヅルは言われたとおり、そそと近づき、耳を貸す。なんだろうとは思いつつもアヤカは食事に夢中で聞き耳を立てることはしなかった。

 けれど一言だけ。

 忍び笑いとともに夜弥の唇からこぼれ落ちた言葉が、アヤカの耳朶を逆撫ぜした。


「よもや、そなた、それを知らずしてあの者を隠ノ宮に招き入れたのかえ?」


 マイヅルの表情は固く、責めるような夜弥の声は楽しげで。

 両者の感情の齟齬がどうしてか耳に障り、いつまでもアヤカの鼓膜にこびりついた。

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