各々(2)

 エルフの森の天空庭園での魔女裁判だなんて、しかもそこの司会だなんて、

 不本意以上にココネにとっては慣れてない、あまりにも慣れていない嫌な大役で――それに、犬というのはがんらいそういう役目には向いていないはずなのだ。

 犬は、案内しない。

 犬は、盛り上げない。

 犬はただ主人や懐いた相手のそばにうずくまって背中を見せて、撫でられているのが、もっともふさわしいのである。


 でもいまココネは二つ足で立って魔王の席を遠く見ている。はべらせる女は、――すでにエルフの女王さまが、いる。


 ココネは青空の色に染まったイレブンのフェアリーならではの羽の、背中を、見つめた。

 見慣れているはずのイレブンの羽。

 ものごころついたときから近所にいた、幼なじみ。あそこの妖精一家でももっとも最年少であった小さな妖精、イレブンのことを、ココネだってたいそう、かわいがっていたものだった。



 あの日故郷が焼けた日にはイレブンの羽も赤黒く染まっていた――



「……うっ」


 ココネは目を見開き、口もとを、両手で抑えた。

 だが、遅かった。



 びちゃびちゃびちゃあ……と、今朝もらった、――エサが、ちゃんとぐろぐろどろどろに消化されて、吐き出されていく。

 溢れる。

 エルフたちが困ったような曖昧な笑みで、でも手も差し伸べずにただそこから、去ってゆく。

 これからはじまる催し物を楽しみにしている賑やかなざわめき。



「……あー。あーあーあー」

 自分よりもずっと小さなイレブンが、やってきた。

 慰めるでも、さするでもない。ただ、そこにいる。



「……なにしてんですかココちゃんさあ……こんなの、また、お仕置きじゃん……。

 ……あー。ああ。そうだ。だったらイレブンもいっしょに吐いちゃったり、しちゃおうかなあ――」



 ――イレブンはそんなわけのわからないことを言うと、口に指を突っ込んで、無理やりに吐いた。

 ……強制的な嘔吐は、魔王との旅がはじまってから、イレブンも覚えたし、――ココネも覚えさせられたのだ。



 空中庭園というのもたいそう、眺めがいいもので。

 それはそうだ。――ここは賢いいきもの、エルフたちがつくった、

 夢のごとき――古文書の錬金術の夢のごとき、空中庭園なのだから。



 トレディアは知っている。

 この空中庭園の秘密を。

 トレディアは、エルリアの側近だ。

 とても、ちかしく。

 したしく。




(だから私は、私だけが側近のなかでこの庭園の"コア"なるものを――)



 それは、いわば、赤く脈打つ心臓。

 いきているがごとき、



(……宝石の、ルビー)




 まさか、この巨大な空中庭園――もとい、コロシアムが。

 そんな、……小さな血の涙のようなしずく一滴、そのような宝石で、できあがっているとは、




(……思うまいよ、)




 ところでトレディアには考えていることがあった。

 というのも、くる客くる客つまり、くるエルフくるエルフ、



(でかいなあ……)



 乳の部分が、――でかくて。



 トレディアは鎧のなかとはいえ貧相な自分のそれを見下げた。



(……ふだん、私はほとんどエルリアさまのそばのおそとに、でない。

 だからだろうか……)




 ――そんなところに種族の秘密が隠されているなどと、たしかに――賢さの生き物、エルフたちは、考えないのかも、……しれない。

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異世界転生虐殺クロニクル -審判- 柳なつき @natsuki0710

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