各々(1)
観客たちがずらずらと空中庭園コロシアムに入ってくる。
魔女裁判をするというたいそうな事態。
その事のほんとうの深刻さを、エルフィレーナの人間たちは、まだ、知らない。
トレディアは考えていた。トレディアはエルリアのいと高き席、このコロシアムをずらり見渡すことのできるその席を守護するために、騎士のなかでも貴重なポジションとして控えるように警備をしながら。
しっかりした銀色のトレイでできた女騎士の装備に身を包み、天使女王であり長であり自身を拾い育ててくれた、救世主である、エルリア。いつでもにこやかな笑顔で、下の者でしかない自分にもいつも優しく、よくしてくれた。挙句の果てには、「ほんとうは優秀者しかなれないはずの」トレディアを、エルリアおんみずから、自分つきの警護の騎士になりなさいと言ってくれた。森の奥の繭のお城に置いてもらえるだけで幸せで、お城を追い出さないでいつもあたたかい環境のなかで、――ふわふわの綿毛のようなみどりのなかで育つことができただけで身に余る幸せだった。
幸せだった。幸せだったし、嬉しかった。
捨て子だった自分からすれば。「なぜだか知らないけれど、」捨て子だったエルリアからすれば。――ふつうエルフは幼きものを捨てるなどということなどしないのに、「なぜか」。
エルフたちは集団のなかでは平和だし、エルフィレーナはただの森ではなく賢森というだけあってやはりみな深い知性をもつ。穏やかで、争いは好まない。
「警備なんてほんとうは必要ないはずなのに」。トレディアだって、ずっと、そう言い続けてきたんだけど――
(まさか。エルリアさまが。まさか――)
アラタにしなだれかかるエルリア。
あんなもの、見なければよかった。いや、でも、エルリアさまは自分がおまもりせねば。
ふたつの気持ちがトレディアのなかで燃え盛っている。天秤のようにぐらついて、火山のようになっている。
アラタにしなだれかかるエルリア。
(……あんなこと私だってやってもらったことないのに。ふれさせていただいたことなど――ないというのに)
感謝や歓び、そしてときめきでしかなかったはずの心は、――熱量はそのままに変質してきている。ドロリと、醜い色に。
その気持ちのぶん、いくらかある種のパラメーターがグググと上昇していることに――いまのトレディアは、気づいていない。
★
ロリ幼女ボイスで、その羽を透き通らせるようにしてあたたかい日の青空の色でぽかぽかあたためながら、
そうやってたくさんのエルフィレーナの賢森のエルフたちを次々と、それこそ宇宙の地球の日本におけるサービス業における接客業、そんなごとしで案内をしながら、
そもそもなんで魔女裁判なのかといまさらのようにイレブンは考えている。
(……エルフなのに。おかしいですよね)
エルフは知恵と成熟の生き物。
そんなことくらい、フェアリー族であるイレブンは、知っている。
魔女。
それは、この世界ではずっとずっとレジェンドでしかなかった存在。
いや。伝説――というよりもむしろ、まぼろし、と言ってしまったほうが近いのかもしれない。
(むかし、むかし、……と。母さんや姉さんたちよく言ってたもんです。
魔女という存在がいて――魔女は、とても、いけなかったと。
いけなかったから……このほのぼの平和な青空の世界には存在しないんだよ、って。ねえ。言ってましたよね――『だからイレブンの羽はいつでも青空なんだよね』って――)
母さん。姉さん。
十人の、家族。
あの燃え盛る漆黒の業火に焼かれた。
ずきり。
あ。……つらい。
キャアキャア歓声めいた声を出しながら、
まるでなにも知らない幼く愚かで哀れなエルフの下位互換種の、しかもそのごく幼い幼体のようなふりして、
ついでに隣にいる犬っ娘ココネ、犬ココの面倒も見たり相手にしつつ、
イレブンは、いつでもなにかをうかがっていなければならない。
それでも、……ちょっとどうしようもなさがおかしいほどに襲いくるいまは、
適当にココネの頭をはたいて耳を無理やり、引っ張った。
「……なっ、なにするのおチェアちゃん、痛いよお……」
「ふん。痛く引っ張ってんだからそりゃ痛いでしょうよ。……アンタが災厄をもってこなけりゃサンタレーナはああならなかったのにね。長老さまもそこは見誤りましたか」
イレブンはぷいとそっぽを向いて、そこにエルフの家族連れがいたからまた笑顔に戻った。
ココネが、どうにかこうにかで泣き喚くのを抑える顔で、それでもイレブンの背中を苦しそうに見ている。
(……母さん。姉さん)
たしかにイレブンはすでに十九年の時を生きている。
だがそれは――フェアリー族にすれば、人間で言えばまだごくごく五歳程度の少女にすぎないのも、たしかだ。
それでも。それなのに。
イレブンの羽は、きょうも透明に青空をうつしている。
『だからイレブンの羽はいつも青空なんだよね』
そう、言われて、誇らしげに見上げた瞬間頭を撫でてもらったことを、未来永劫のごとしに抱いてきのうをきょうをきっとあすを、どうにか、いきている――魔王の椅子役になりながらも、それが、……この幼くも賢くなにかに目覚めたばかりの、気高い妖精だった。
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