第6話 予感


「おぉ!着いたな…とりあえず昼にするか」

「あっちにテーブルもあるしね。倭古さん?」


 山の中腹にある湖に無事着いて、休憩用のテーブルに二人が向かう。何というか、まぁ。

(そんなものよね…)

 考えすぎだったかもしれない。私が居た時代から姿形変わらない生き物がいる、だなんて眉唾物だ。

 朝陽がリュックから大きなお弁当箱を取り出す。一人分とは思えない。向かいの朔は何も出そうとしないから、そういうことだろう。

(なんて言うかこの二人も…)

 もどかしいというか、何というか。

(一応、探りだけは入れようかな…お願い)

 風が私の脇を通り抜ける。安全の確保はしておくべきだろう、やっぱり。




「で、来たわけでどうするんだよ」

「取り敢えず課外活動レポートが書けるように写真撮っておかなきゃ?」

 適当だな、と思わず思ってしまう。朔らしくないようにも思えた。まだ朝陽に比べれば朔との付き合いは短い。クラスにいるとき今よりも少し寡黙だ。それでも学級委員らしく、リーダーシップも取っている。どちらかと言えば真面目な部類の彼だ。これが朝陽の言う、ブームが来ている状態なのだろうか。

(まぁでも…)

 深入りしないなら、それでいい。朔は到着したことで満足しているようでもあった。

「倭古さんも唐揚げ食べる?」

 お弁当箱が差し出される。頷けば私のお弁当箱の蓋に一つ唐揚げが置かれた。

"朝陽君のお母さん、料理上手いのね"

「そう?ありがとう」

 倭古のメモを見て何故か朔が笑う。朝陽が苦笑した。

「これ、作ったのは朔だぞ…こいつ室内系趣味は網羅してるから」

 朝陽は荷物持ちだけだったらしい。思わず朔を見る。

「料理は得意なんだ」

"後は?"

 朝陽の言う"室内系趣味"が気になってメモを置く。

「後は…編み物とか、パッチワークとか…パソコンも得意だよ」

「こいつ、結局根は凝り性なんだよ…百人一首とか全部覚えたタイプだから」

 なるほど、と頷く。勉強の余裕が出来たら、料理を覚えようと思っているのでいろいろ聞けるだろうか。パソコンも知識として父が操作をするのを見て知っているだけであふ。何せ、ローマ字入力なるものから覚える必要があったのである。





 空になった弁当箱を、朝陽はリュックに詰めて顔を上げた。視線の先では倭古がうきうきと湖の水面をカメラで撮影している。朝陽が持ってきたデジカメに、興味津々とオーラを放った倭古に操作を教えれば意気揚々と撮影に向かった。それを微笑ましく朔と見守った。

 電車にしろ何にしろ彼女は何にも始めての反応をする。記憶喪失の人間なんて、それこそアニメだけの印象である。彼女の父の言うとおり何もかも始めて、というのは驚きだった。分かっていても、だ。

(倭古って記憶喪失ってか…タイムスリップ…転生してきたみたいなことあるんだよな)

 朔はすんなり受け止めているようだが、思わずそう勘繰ってしまう。勿論そんなこと、無いだろうけど。知識は不足している彼女だが、信念や気配りなんかはちゃんとしている。それこそ、それなりの人生経験がちゃんとあるようでそこが記憶喪失で何もかもリセットされたようには思えないのだ。

 彼女が根っからのそういう人間であるのだとしたら、立派すぎやしないか。

「あれ…」

「朔?」

 机の向こうで、朔が立ち上がる。後方の森を見上げていた。

「どうかしたか?」

 朝陽の言葉に振り返らず、朔の身体が揺れる。スッと背筋が凍った。





 カメラで水面を撮っていると首もとにふわりと風を感じた。山の様子を探っていた風の文字通り風の知らせである。

『倭古、変な所がある』

(変な所?)

『不自然な洞窟があったの。奥に行けなくて』

(洞窟…)

 一度カメラをしまって地図を広げて場所を聞く。示した場所は急斜面の一角。確かに洞窟が出来るには不自然な地形である。勿論、歩道からも外れる。曰く"立ち入り禁止エリア"になるのだろう。

 無視する事も出来る。朔の話を信じるなら被害は出ていないのだろう。だが特徴が似ているのもあり知ってしまった以上は見過ごすことも出来ない。まぁ、探るにしても朝陽と朔がいる今は無理だ。

(出直すか…)


「朔!」


 聞こえてきた朝陽の声に振り返る。歩道の柵を乗り越えて森の中に進む朔を朝陽が追いかけていた。

(朔君?)

 朝陽は少し悩んで柵を跨いだ。慌てて駆け寄る。柵を跨いだ所で振り返った朝陽と目が合う。

「倭古、朔が…いきなりフラッと…」

 説明してくれる朝陽に一つ頷いて、顔を前に戻す。朔はどんどん進んでいるので、これ以上離されたらまずい。朝陽も分かったのだろう、駆け足になる。

「倭古は戻ってろよ。連れてくるから」

 朝陽は言うが、首を振る。二三歩、先を行った朝陽が朔の腕を掴まえた。

「おい、朔!」

「え、あ…関口…」

 きつめの朝陽の声に漸く朔の足が止まる。追い付いた倭古と朝陽を見比べて、あれ…と呟く。

「どうしたんだよ、いきなり…」

「いや…何か…行かなきゃって…」

 朔は不思議そうに首を捻っている。

(…呼ばれた?)

 思い起こすのは姫様を守っていたあの日々。そもそも倭古達が姫の護衛としていたのは、姫を外敵から守ること。その外敵は、倭古が殺られた村の外の者だったり、自然災害でもあり、当時はまだいた妖怪…もののけの類いだった。彼らはとても賢く、狙うべき人を見分けていた。

 それだけ、姫様は狙われることが多かった。怪鳥の目撃証言が出た時も、姫の存在に気付かれる前に討伐しようとコウとケイさんは動いたのだ。

 もし…朔が姫様の血を持っていて狙われたのだとしたら、呼ばれたのだとしたら。朔が行こうとしていた方角は風が教えてくれた場所の方角と一致していた。


「とにかく、怒られる前に戻ろうぜ」

「そうだね…」

 朝陽に言われて振り返る。すぐに朔を掴まえられたから、振り返れば歩道の柵が見えた。もう少し奥に進んでいたら危なかったかもしれない。

「倭古さん?どうかした?」

 言われて首を振る。洞窟を見に行きたいが、二人を連れてはいけない。


「どう?」

「取り敢えずレポートは書けそうだな」

 下山して、カメラを確認してる朝陽と朔。二人を視界に入れながら、メモを作る。

「倭古さん?」

 せこせことスマホを動かしていることに気がついた朔がこちらを見た。

"寄るところが出来たので、ここで帰るね。出先で父に拾ってもらうから"

「大丈夫?着いていこうか?」

"大丈夫 すぐそこだから"

 スマホを見せて、二人にお辞儀する。歩きだした私の背中から朝陽の声がかかる。

「気を付けろよ!」

 ありがとう。勿論、気を付けますとも。道路を渡って、一つ曲がる。朝陽と朔の視界から外れたところで、歩道橋を見つけたので登ればちょうど先程まで居たところが見えた。少しして二人が駅に向かって進み始めたのを見送って、歩道橋を降りる。

 ここからは、一人で良い。私はもう一度登山道に足を踏み入れた。


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