第三話 「ケジメ」
「となるとこうか? それともこうか!? いや、こうだな!?」
上下逆さまにしても左右を反転しても、陽の光に透かしても何も変わらない。
「ならばこれだな? ――《
「ちょっとちょっと何してるの!?」
「《
指を発火させて炙り出そうとしたところで地図を没収され、首から下を氷の柱に閉じ込められた。
なぜだ?
「この地図すごい高いんだって! 燃やしたりしたら怒られちゃうから!」
「大丈夫? もしかしてまた頭のおかしくなる毒草でも食べたりした?」
本気で心配してくれているケイの目と酔っ払いを見るようなカレンとミロシュの目が突き刺さる。
一体俺が何をしたというのだ。炙り出しが間違っているだけでその地図には何かしらの仕掛けがあるのだろう?
少なくとも今描かれているのは偽装されているはずだ。
「では早く仕掛けを解いてくれ」
「そういうのはないよ? この地図はたしかえっと……なんだっけミィ」
「それはドゥーマン製の魔法の地図。極めて正確」
「……これが、正確だと?」
もう一度地図を手に取り端から端までまじまじと見つめる。
やはり大陸の輪郭は俺の記憶にあるものと相違ない……が、中身が違い過ぎる。
魔獣の住まう大森林が砂漠と荒野へと脱色されており、その逆もまた然り。
三つ子の大山脈が双子に減っているかと思えば、大平原に山々が生えていて。
魔界で最長の河川が半分の長さになり、国一つ入る巨大な湖が蒸発してぽっかりと穴が空き。
些細な変化から目に見えて分かる大規模なものまで、頭の中で広げた地図とは半分以上異なっている。半分以上だ!
千年も経っているのである程度の地形変動は想定していたが、ここまで様変わりするとは信じがたい。
「その地図は記憶にある建物や景色がどこにあるかを示してくれる。試してみれば?」
「そうさせてもらおう」
俺はまず始めに古巣でもあり観光名所でもある建築物を記憶の戸棚から取り出した。
それは神代から現代に至るまで増築改築を施された巨大な城であり、俗に「魔王城」と呼ばれている魔界の中枢拠点だ。
武骨な外観を鮮明に描写し、中に入ろうと扉に手をかけたところで、地図のある一点がさながら一等星のように光り輝いた。
記憶が正しければ魔界の中心からいくらか北東の地点にたしかに魔王城は位置している。
「どうアレンくん? そこで合ってる?」
「合っているとも。だが、これだけではな」
次に思い浮かべたのは俺の知る限り魔王城に次いで巨大な要塞だ。
幾度も侵攻を耐え抜き、魔界に秩序と平和をもたらし続けた防衛の要である。
しかし、いくら待てどもいくら鮮明に思い出そうとも地図は光らなかった。
「ほれ見ろ! やはりこの地図は間違っているではないか! どこも光らんぞ!」
「ほんとだ、光ってないね。これはどうなのミィ?」
「ならアレンの知る建物はもう存在しない」
「存在しないだと? ハハッ、何を馬鹿なことを。いいか小娘、コヤチカ要塞は約三千年前に建てられたが俺の知る限り一度として取り壊されたことは無い。せいぜい城門を破壊されて侵入を許した程度だ」
「はぁー」
彼女の目には俺がボケ老人にでも映っているのだろう。
ミロシュは面倒くさそうに溜息を吐いてから深く息を吸い。そして――
「――《
唐突に一つ言葉を唱え、土で固めた小屋を造形した。
「まずこの家を思い浮かべて」
言われた通りに見て覚えて頭の中で描写する。
すると地図上では我々の現在地である南東端の一点が光り輝いた。
「――《
用済みとばかりに小屋は跡形もなく吹き飛ばされた。
築一分も持たなかった。
「もう一度思い浮かべて」
見たばかりで色合いや影までハッキリと焼き付いているものを虚空に映し出す。
しかし地図に反応は無い。
どれだけ鮮明に描こうとも輝きは……しない。
「理解できた?」
「……そんな、嘘だ。俺の要塞が……別荘が……。みんなでつくったおうちがぁぁぁ…………」
理解はしたさ。
理解はしたが納得はできない。
だからせめて他はと、二十個ほど思い出深き処の生存確認を急いで――
「やだぁ……こんなのいやだいやだいやだぁ! ひかってよぉ! あぁぁ……うわあぁぁん!!」
――約半数が応答せず。
ついにぼくのこころがいじょうをきたしてしまった。
「ちょっとミィ! どうするのこれ! ねぇ大丈夫? アレンくん大丈夫!?」
「カレン、ラクサ。早くこれをどうにかして。いくらなんでも幼児を老人に戻す魔法は教わってない」
「どうにかしてって言われても……。ほっとけば勝手に治るんじゃない?」
「おーい先輩、大丈夫カ? あっちの川で顔でも洗ってきたらどうダ?」
「…………うん、あらっでぐる……」
♦♦♦
「先ほどはお見苦しいものを見せてしまい大変申し訳ない」
川に頭を一つ流してから戻り、腰を直角に曲げて深々と謝罪した。
「ちょっとびっくりしたけど全然大丈夫だから! 頭をあげてよ」
「まだだ。もう一つ謝らなければならないことがある」
脳みそを新品にして冷静になり、その事実を受け止めてきたのだ。
とても恥ずかしく情けないことだが言っておかねばならない。
「俺にとってここは不案内な土地になってしまった」
魔獣も少なく治安も良い、極めて危険性の低い最適で快適な道を行くつもりだったがそれができない。
今の俺はちょっとばかし顔が利いて生態系に詳しいだけのただのカカシに成り下がった。しかもその知識は千年前の古いものだし顔なじみだってほとんど死んでいる。現代では銅貨十枚の価値すらない粗悪な肉袋、それがアレン・メーテウスだ。
「本当にすまない」
これはケイ達だけに向けた謝罪ではない。
かつて俺を《決して錆びない羅針盤》《極星》《流星の智慧》といった大層な二つ名で呼んでくれた人々に対してだ。
今現在はその異名を名乗る資格はないが、何十年何百年かかろうとも必ず取り戻す。必ずだ。
「ぐっ……」
「えっ? アレンくん!? なんで!?」
「ケイ、もう見ない方がいいよ。たぶんキモいから」
誓うと共に最大限痛覚を敏感にさせて右の小指を斬り落とした。
まだ痛みが残っているうちに小指を拾い上げ、骨ごと咀嚼して飲み込む。
「あの……本当に大丈夫?」
「ケジメだっけ? 気がすんだ?」
「うむ」
しかし慣れとは恐ろしい。
以前は目を塞いで背を向けていたカレンも、今では冷や汗一つかかずに冷めた目で一連の流れを見ていた。
「では気を取り直して進もう。あぁそうだケイ、もう一度地図を見せてくれ」
「……あっ、うん。地図ね」
まだ先ほどの衝撃から回復できていないケイが一拍遅れて地図を広げてくれた。
我々がまず目指すのは魔界の北西部ローランゼンフトゥだ。そこはかつて森林地帯だったが、最新の地図には緑がほとんど残っておらず代わりに青く染められている。
これは暴虐神の涙で着色されたと謳われる、魔界特有の
「ずいぶんとハゲたというか、砂漠化が進んでいるようだが……一体何が」
「それはねぇん、ラファーダルのせいよ。ローランゼンフトゥを治めるカレが砂漠化を進行させているって話」
ぴったりと左後ろをついてくるグリゴールが口を出した。
「知っているのか?」
「アタイのひいじじが当時最強の拳士で、大戦でラファーダルとやり合ったのよ。ま、負けて見逃されたんだけど。ラファーダルはアタイのブチ破るべき壁の一つよぉん」
「なるほど、それで調べたのか」
「そっ」
意外な因縁を同時に知れたので話を先に進めることに。
「とりあえず現地点から砂漠手前のこの辺にある街まで行って補給するとして。このまま真っ直ぐ行ってもいいだろうか?」
残念ながら昔あった一本道が三本道に増殖していたので、俺の運が人並み以下だということも併せて伝え判断を委ねる。
「うーん、わたし達も全然分からないし……」
「この中で一番運の良い人に選ばせればいい」
「それは名案ねぇん」
「オレも賛成ダ」
そして俺とラクサとケイ達は揃って同じ一点を見た。
「あ、あたし?」
「これ貸してあげる。使って」
言いだしっぺのミロシュがずっと背負っていたドゥーマン製の魔法の杖をカレンに渡して手ぶらになる。
「えっと、何の魔法を唱えればいいの?」
「魔法を唱える必要はない」
「じゃあ、これってまさか」
杖にはゴーレムの核にも用いられる最高級の宝石がはめ込まれていて、とても高価で貴重な杖であるはずなのだが……まさか運任せの棒切れ代わりに使われるとは製作者も微塵も考えていなかっただろう。
「……いくよ? 本当にいいんだよね? この石割れない?」
「早くやって」
「えいっ!」
手を離すだけでいいのに、カレンは緊張のあまりちょっと浮かして放り出した。
勢いをつけて杖は倒れ右側を指した。ちなみに宝石にはヒビ一つ入らなかった。
「はい……これ。貸してくれてありがとう……」
「ん」
「それじゃあ、こっちの道でいいかね?」
「うん、それでいこう! しゅっぱーつ!」
「……しんこー」
後に我々は、二度と運任せはしないと決意する――
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