第四話 「未来予知の魔法」
砂漠手前の街を目指し、我々は内陸寄りを行くことに。
寄り道をしなければ七日もせずに街が見えてくる予定だ。
初日は楽しくお喋りしながらも誰一人として警戒を怠らずにひたすら歩を進めた。日が暮れる前に遥か遠方、ちょうど目的地の方角に巨大な黒い柱か塔のような物体を視認できた。
一夜明け、空模様は初日と打って変わって重苦しい灰色に覆われていた。さらにどういうわけか羅針盤が狂うようになったので、例の黒い柱を目印にして進むことに。
木端魔獣共は我々の強さを本能で感じ取って避けているためか、三日四日五日と何事もなく経過した。
「……あれ?」
「どうしたカレン、何か見つけたか?」
「なんかさ、前にも同じ景色を見たことがあるような……」
「あー、うん」
一切危険な目に遭わず、そのせいで完全に警戒を緩めてしまっているカレンがふざけたことを言い出すようになった。
まったくしっかりしてほしいものだ。
カレンだけではなく、魔界側も三爪くらいのちょうどいい魔獣を投入してくるとか人喰い花や毒の底なし沼を配置するとかして気を利かせてほしいものだ。
ひたすら平原平原森森平原では子供が飽きるに決まっているだろうに。
「この森も前に来たと思う」
「あらそうなのぉん?」
「そりゃあ似たような場所ばかり歩いてるからなぁ」
「絶対そうだって! ……ほら! あそこに大きなバクエンタケ生えてるじゃん!」
「はいはいもうすぐ着きますからねー。静かに良い子にしてましょうねー。抱っこしてあげまちゅよー」
「いらないってば!」
――さらに七日が過ぎ、未だ街の影すら見えず。
「ねぇー、まだぁ? 一週間で着くって言ってたじゃん」
「アレンくん、さすがにこれはおかしいと思うけど」
「同感」
「うーむ……」
十三日目に突入したが我々はずっと似たような景色の中にいる。
すでに街を通り過ぎているのなら青い砂漠に出ているはずだ。
何かが、おかしい。何かが、間違っている。
「ねぇ、やっぱりここも前に来たよ。どうせみんな信じてくれないんだろうけどさー」
「オレは信じるゼ。嘘を吐いてねーのだけは分かるからナ」
「実は私も四日前に同じ景色を見た。もう少し行くと腐りかけの双樹があるはず」
思いついたことをすぐ口に出すカレンはともかく、三人の中で最も賢く思慮深いミロシュまでもが同じことを言い出した。
しかもその言葉通りに腐りかけの双樹が見つかったのだ。
よって俺はある仮説を立てた。
「もしかしたら、同じ場所を何度も回っているのかもな」
「……うわ」
「またもぎってる……」
「アレンくん大丈夫? 痛くないの?」
「慣れだよ慣れ。それと痩せ我慢」
暗くなるまで一日中、ある程度の間隔を空けて手足を植えるかくくりつけるかしながら歩き続けた。
それから三日が過ぎ。
すでに予定の二倍以上も日数が経っているのに街も砂漠も見えてこないが、代わりにあるものが現れた。
「あの骨ってまさか」
「あぁ……」
地面から生え出た歪みのない丈夫で健康的な大腿骨は誰のものか。
そう、私のです。
「決まりだな」
さらに進んでいくと、肉食獣に人気のアレン肉が次から次へと骨だけの状態で発見された。
よって、この世界には瞬間移動なる技術もないため仮説が実証された。
我々は知らず知らずのうちに同じ道を繰り返し歩いていたのだ。
「じゃあ道……というか土地が変化しているってこと?」
「それはない。俺たちが勝手にぐるぐるしているだけだ」
「でも、だいたい真っ直ぐ歩いているわよぉん?」
「酔ってもいない」
「どうして真っ直ぐだと分かるんだ?」
厚い雲に覆われているせいで太陽が見えず、羅針盤も狂っているというのにどうして北に向けて直進していると思うのか。
何が我々をそう思い込ませたのか。
何が目印となっていたのか。
「その答えはただ一つ……」
「あの黒い柱!」
勝手に目印にして勝手に信じ込んでいた巨大な黒いブツを皆で睨む。
よくよく考えれば都合の良すぎるそれとの距離は、初めて目視した時とほとんど縮まっていない。
こちらが進むのに合わせて距離を取っているとでも言わんばかりに。
「というわけでカレン、ちょっとこいこい」
「うん?」
しかと確かめてもらうため、カレンにとある聖呪の文言を耳打ちした。
「やってもいいの?」
「許可する。やっておしまい」
すぐさまカレンは深呼吸して集中。
「闇が満ち、日が喰われしとも其は絶えじ。貴方は光の父祖なれば、つくばう子らに差し伸ばせ、
強力な言葉が即座に承認された。
カレンの両手が眩く発光して見えなくなる。
そこで狙いを違えないよう、背後からしっかりと腕を支えて黒い柱に向けてあげる。
「よしいいぞ。……やれェ!」
「――《
いかづちほどに眩い光がカレンの全身を包み込んでもなお膨れ上がり、一気に解き放たれる。
象をまるまる飲み込めるほど極太で、それでいて歪みない一筋の奔流が遥か遠くの雲海を貫いた。
しかし惜しいことに光線は黒柱に触れず、その少し右を通っていた。
「どうしよう! 外れちゃった!」
カレンが姿勢そのままに首から上を歪めて本気で慌てる。
ずいぶん久しぶりに冷や汗をかくのを見た気がする。
「その光は君の手であり剣だ。自分で消したいと思うまでは勝手に消えないから安心しなさい。……薙ぎ払え!」
「うん……それぇっ!!」
腰を捻って勢いよく、戦斧を振り回すように横薙ぎ。からのツバメ返し。
「やったカ!?」
「カレンすごーい!」
柱は真っ二つに引き裂かれた。……がしかし崩れることは無く、二秒とせずに元通りになってしまう。
「なんで!? このっ、このっ!」
何度真っ二つにしようが三つに斬ろうが星型に斬ろうが、すぐに元通りになってしまう。
それでもカレンは無我夢中で振り回し続け、二百回斬った辺りでついに膝に手をついた。膝の裏から地面に光が照射される。
「アレン! もう分かってるんでしょ!? 早く教えてよ!」
「それじゃあ一から説明しようか。我々は《ドンスタ現象》に遭遇している。今はその初期状態だ」
ドンスタ現象とは暴虐神から生まれた悪意の一種だ。
現象下に立ち入った者を迷わせ、惑わせ、狂わせて殺す恐ろしいものである。
具体的には我々がされているように方角を見失わせ、移動する目印――今回は黒い柱だが大木や城、何かの像の場合もある――を出現させて追わせ、次第に幻覚幻聴を味合わせ、狂って正常な判断ができなくなったところで魔獣に襲わせる。それか飢え死にさせる。
ドンスタ現象下の土地に好き好んで訪れるのは魔人の中でも相当な実力者か自殺志願者だけだ。
「もう少しで我々にも幻覚が見えてくるだろうね。多人数だからきっと同士討ちさせるようなのが来るだろうなぁ……」
「待って。それじゃああの柱も」
カレンは再びブンブンと光線を振って切り崩そうとしながら尋ねた。
「あれは正確には幻覚じゃない。あの柱は空間投影という高度な技術なんだよ。要するにカレンがしているのは光で光を斬っているだけさ。ちなみにその光、直視し続けたら目に悪いけどそれ以外は暖かいだけで物を斬れたりはしないよ」
「えぇ!?」
「たしかに四十度強はある」
「冬に使えるわねぇん」
「ねえカレン、これずっと出しっぱにしててよ。すごい暖かいから」
「えぇ……」
ケイ達に群がられ、自身が暖房器具として扱われるのを嫌がったカレンはすぐに光を消した――。
♦♦♦
体内時計がちょうど正午を指したので昼食を提案し。
まだ十日分は残っている食料を切り崩して腹を拵えた。
「ごちそうさまでした! それでこれからどうするの?」
「とにかく方角を知りたい。羅針盤が狂った今、頼れるのは星の光だけだ。一度でも太陽がどこにあるかを確認できればいい。というわけで我こそはという人ー」
雲の上まで行って直接見るか雲を消し飛ばせる者を募った。
一応天候を操る聖呪がありカレンなら難なく行使できるだろうが、絶対にやらせはしない。
どうもあの聖呪は使用者への負荷が強く、とてつもない疲労感が襲ってくるというのだ。実際に俺の目の前で唱えた者は例外なく三日以上寝込んでいる。
だからダメだ。
「ん」
誰もいないのならば俺が雲の上まで飛ぶつもりだったが、すぐにミロシュが小さく手を挙げた。
「いけるのか? 誉れ高き暴食の賢者様よ」
「千年眠っていたお爺さんに最新の魔法を見せてあげる」
ミロシュはふらっと立ち上がり虚空を見つめる。
一瞬にして心を整えた。
「――《
「ほぉ……」
口頭での連続詠唱、そして六本指での同時筆記によって八匹の小魚が生まれ空へと泳いでいった。
何食わぬ顔でやっているがそれは俺が千年かけて辿り着いた境地だ。いくら同じ魔法だとはいえ、四桁歳未満の……百にすら届かない小娘がしていい芸当ではない。
やはりこの娘も傑物か。
「それでそれで!?」
「次はどうなるの!?」
「後は待つだけ」
カレンとケイが興味津々で聞くも、ミロシュは私の仕事は終わったと再び腰を下ろした。
そうしてミロシュ以外の全員が空を見上げて数分経ってからようやく変化が現れた。
「んー……? ねぇアレン、アレ見える?」
「あぁ、何か見えるな」
一面の灰色に八本の蒼い筋が浮かび上がってきたのだ。
はじめは蜘蛛の糸よろしく辛うじて見えるか細いものであったが、伸びるにつれて太くなってゆき、先頭にいるものがハッキリと分かるようになった。
やはりというべきか、灰の海を縦横無尽に泳いで蒼を掘り起こしているのは先程ミロシュが放った小魚である。
もっとも、今では鯨などよりよほど大きくなってはいるが。
「なるほど、水気を食らって成長しているのか」
「そう」
「良い魔法だ」
この魔法があれば子供からの人気と評判を底上げできよう。
後で練習しておかなくては。
「あっ! 太陽あったよ!」
「となると北はあっちだナ」
「急ごうか。もうあまり時間がないぞ」
曇天が無惨に食い荒らされたことにより、陽の光が我々の目に届いた。
二週間近く見ていないだけでこれほど眩しく感じるものだったか。
「それにしてもすごいねミロシュの魔法! うちのアレンを弟子にしてあげてよ」
「弟子はとらない」
勝手に弟子入りを申し込まれて、勝手に拒否されて、鼻から脳みそが出るほど悔しい。悔しいが二人は俺より高みにいるのだ。
片方は俺が一つも使えない聖呪を自在に使えて、片方は俺の知らない魔法をいくつも知っている。
いつかぎゃふんと言わせてやる。……いや待てよ、案外すぐにでも――
「アレンくん今何か書いた?」
「あぁ、ちょっとね」
杞憂かもしれないが、俺は俺の出来ることをしておいた。
「そういえばあの魚はどうなるの? ずっと雲を食べ続けるの?」
「それはない。そのうち落ちて…………あ」
どうやら杞憂ではなかったようだ。
水を吸ってぶくぶくと太った魚が自重に耐えきれずそれぞれ墜落していた。
しかもそのうちの一つが運よく我々の頭上にも降ってきて、
「――《霜ヨ積……えっ?」
ミロシュが間に合うかどうかの魔法を放つ前に結果が出た。
巨大魚は落下しながら三枚におろされて勢いを殺され、それから空中で静止した。
こんなこともあろうかと、風の刃とまな板を設置しておいたのだ。
「一丁あがりだ」
「……いつの間に」
若き大魔法使い様が疑るような、信じられないものを見るような目をこちらに向ける。
対して俺は鼻を鳴らして答えた。
「そんな大それたことではない」
この中で俺にしかない持ち味は年の功亀の甲龍の鱗、つまり脳みそに刻み込まれた無数の経験だ。
そこから染み出たものこそが経験に裏打ちされた気遣い……種も仕掛けも知らぬ者がこぞって『未来予知の魔法』と騒ぎ立てる技能だ。
「これこそがジジイの知っとる古い魔法じゃよ。お気に召したかの?」
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