第二話 「思考停止」

 それは紛れもない失言。

 ここ二千年で五本指に入る失言だ。 


「その娘共が仲間と言ったか?」

「そうだ」

「勇者に肩入れするのが何を意味するか分かっているのか?」

「くどいぞロジャー。何度も言わせるな」


 前言撤回する最後のチャンスをみすみす捨ててしまった。


 あぁもう知らん知らん!

 ここまで来たらもう止まれねえ!

 なるようになれってんだ!


 カレン! サリィ! そして俺の帰りを待っている全ての人達!

 少しだけ寄り道します! 御免ッ!!


「全員俺の仲間だ。誰にも手出しはさせん。それでもやると言うなら――」


 言い終える前にロジャーはハァーッと残念そうに白煙の溜息を吐き。

 変形させた龍の手を人のものに戻してから元いた焚火の前に腰を下ろした。

 空のコップを手に取って一杯くれと催促してくるので、俺も腰を下ろして注いでやった。

 ついでにケイ達のコップにも注いでやると、まだまだ訝しげに我々を注視しながらも武器を収めて座ってくれた。


「やけにあっさりしているな。戦狂いのお前なら『それでも構わん』とか言って飛び掛かってくるものかと」

「若い勇者一行だけが相手ならまだしも八十九代目勇者、二十四代目及び四十九代目魔王様とやり合おうとは思わんよ。死んでしまっては元も子もないからのう」

「あっ、おまっ!」

「えっ? 八十九代目勇者ってどういう……」

「魔王とも言ってたわよぉん?」

「早く説明して」


 思わぬ形でバレてしまった。

 当然のことながらロジャーに向けられていた警戒がそっくりそのまま俺に移ってしまう。


「身の上を明かしておらんくせに仲間とな? どれ、そういうことならワシが代わりに教えて「それ以上言うな」


 いまさら喧嘩大好きペラペラおじさんの口を塞いでも時すでに遅く。

 ケイ達の俺を見る目は同族を見るそれではなかった。


「アレンくん、ちゃんと説明してくれる?」

「あー……えぇっとぉ……」


 これはまずい。非常にまずい。

 下手な回答をしようものなら娘のカレン諸共世界の脅威として取り除かれてしまうかもしれない。

 カレンがボロを出さないように狸寝入りしてくれているのがせめてもの救いだ。


「仕方ない、全て話そう。質問には濁さず答えよう。だから力に訴えるのはよしてくれ。これはあくまで話し合いだからな?」

「……どうしてみんな私を見るの? 不愉快」


 嘘は吐き通せそうにない。

 なのでもういっそ、全てを曝け出して誠意を見せることに決めた。


「実は俺は……不死者なんだ。おんとし五千二百二十五歳のピッチピチの男の子」

「ちなみにワシは三千と九百歳」


 にわかには信じがたい発言であるが、俺が戦災龍と対等に話せていることから三人は半信半疑ながらも冗談だと笑いはしなかった。


「不死者ねぇん……? 全然そうは見えないケド」

「不死者と言っても死んだら蘇るだけの……なんの変哲もない普通の人間だよ。長く生きているおかげで少しずつ強くなって、勇者として飛び回っていた時もあれば心変わりして魔王を務めたこともあるだけさ」

「二度も魔王を務めたというのに風格がこれっぽっちもないからのう」

「うるせえやい。こればっかりは生まれつきじゃい。……ま、そういうわけでかつて何度も人類の敵だの世界の敵だのと呼ばれてきた。だけど今は何も悪いことをしていないしするつもりもないよ。可愛い娘がいるからね」

「ワシは昔のギラギラしたヌシの方が好きだったがの」

「ぬかせ」


 とにかくそれらは全て過去の話です。

 今の私は勇者様を煩わすような悪事は一切働いておりません。誓って殺しはやってません、と。

 善良な不死者であることを誠意をもって主張した。


 これでも害悪だと見做されるのなら気の済むまで百回でも千回でも殺されてやるしかない。

 客観的事実だけを述べるなら『陣営をコロコロ変えて数え切れないほどの破壊と殺戮を繰り返した』のだから、相応の報いを受けるだけだ。

 それでもいい。カレンさえ無事ならそれでもいい。

 俺だけならどうにでも殺してくれ! 何度でも殺してくれ! 首を刎ねてそこらにさらしてくれてもいい!

 そう心の中で吠えつつ彼女達の言葉を待つ。


「うん、わかった」

 

 真っ先に警戒を解いてくれたのはケイだった。

 これからもよろしくねと朗らかに躊躇いなく手を差し出してくる。


「……本当に、いいのか?」


 この問いには俺を仲間として認めてくれるのかという率直な疑問が半分。

 もう半分は『裏切りの勇者』と呼ばれたアレン・メーテウスと友好関係に陥ることにより、勇者の称号剥奪はおろか国際指名手配のお尋ね者になってしまってもいいのかという疑問で出来ている。


「昔のことは知らないけど、今のアレンくんはわたしたちを助けてくれたから。アレンくんが止めてくれなきゃみんなここで死んでたもん。ミィもグゥもいいよね?」

「アナタがリーダーでしょ。アタイもミロシュも信じてついていくだけよぉん」

「異論はない」

「二人とも大好き!」

「ウフフ」

「……暑苦しい」

 

 ケイは快く同意してくれた仲間にそれぞれ抱きついた。

 姉御肌のグリゴールはケイを妹のように受け入れ、ミロシュは嫌な顔をしつつも引き剥がそうとはしない。

 何年もかけて深めた絆というのが見て取れる。


「そういうわけだから、わたしたちを案内してくれる? 一応地図はあるけど魔界に来るのは初めてで分からないことだらけだから」

「あぁ分かったよ! 連れてってやるよ! どうせ後戻りはできねえんだ、連れてきゃいいんだろ!」

「ありがとう!」


 再び差し出された手を今度こそ握った。

 

「アレンくん、カレン、それとラクサくん! 短い間になるか長い間になるか分からないけど、みんなよろしく!」

「よろしくね!」

「なるべく早く安全に終わらせてくれよナ」


 ここに史上八度目となる勇者と不死者の同盟が結ばれた。


「げにおそろしや。ヌシらがこの地から去るまで穴倉にでも籠っておくかの。そいじゃワシはこの辺りでお暇「まだ帰るには早いぞロジャー。せっかく来たんだ、夜が明けるまでペラペラしてもらおうか――」




 ♦♦♦




「……で、ぜんぜん寝てないの?」 


 焚火を再利用して朝食を済まし、荷袋を背負って歩き出した直後に。

 半開きの寝ぼけ眼を擦りながらカレンが言った。


「そうだよー」

「もしかしてずっと話してたの!?」

「うん」

 

 カレンは日を跨ぐ前に眠ってしまったが、我々は一睡たりともしていない。

 情報を寄越せとは言ったものの、聞いていないことまでラファラファラッファラッファペラペラペラペーラとしゃべり倒す老害の相手をしていたらついに朝を迎えてしまったのだ。

 おかげで魔界の情勢やら目ぼしい人物やら、ほとんど機密情報に近いことまで詳しく知れたのだが……ヤツはそのうち風呂掃除中に背中から刺されるのでは?


「アレンはいいけど……みんなは大丈夫なの?」

「わたしたちはほら、忙しくて寝れない時が多いから慣れちゃった。一番長いので五日くらい寝れなかったこともあるよ」

「アタイは極力徹夜は嫌よぉ? 寝不足はお肌の大敵だもの」


 人並外れた身体能力を持つケイとグリゴールはともかく、人並みどころか虚弱寄りのミロシュでさえ一日二日は睡眠を取らずに問題なく活動できる。

 それは徹夜や無休が当たり前に感じてしまうくらいに勇者の仕事が苛酷であるからだ。個人的には二度とやりたくない職業五位以内、知る前と知った後で見方の変わる職業三位以内に入る。

 どうもカレンはそこら辺を考えようとせずに浅はかな憧憬から勇者を志望している節がある。

 なのでいかに苦しく魂をすり減らす仕事であるかを骨身に刷り込ませ、「あたしもいつか勇者になりたい」などとは二度と言えなくしてやろう。


(ラクサにも協力してもらうぞ。これはカレンのためだけではない、君自身のためでもある)

(……分かってるヨ)


 カレンには勇者などという前途多難な道を逸れ、健康で文化的な最低限度の生活を営んでもらう。

 極端なことを言うなら世界一幸福な国の姫様にでもなってもらおう。据える方法は次から次へと湧いて出てくる。

 もちろん姫様でなくとも魔法学院で教鞭を取らせるのもいいし、華の都でお菓子屋さんを経営させてもいいな。

 くくく……どう調理してやろうか……。

 

「ねぇ、アレンくんってもしかしてちょっと」

「……うん、ちょっと頭がおかしいのよ。よくああやって独りで笑ってるもん」

「かなり気持ち悪い」

「言い過ぎだってミィ。たぶん年相応の悩みとかがあるんだよ」


 先を行く三人の小娘がちらちらとこちらを見ながら小声で話す。

 全部聞こえているぞ。

 もうちっと年長者を敬え。


「ごめんなさいねぇアレンちゃん。あの子達に悪気はないのよ」

「なに、気味悪がられるのは慣れているさ」


 いくら表面上は仲間になったとはいえ、そう簡単に心の底から信用してもらえないのは当然だ。

 今はまだいてもいなくても変わらない薄気味悪いお兄さんだと思われてもいい。

 ……だが、それもすぐに必要不可欠で大変ありがたい存在に変えてやろう。

 なにせ俺には五千年分の知識と経験があるのだ。第二の故郷である魔界のことだって人族の中では誰よりも熟知しているつもりだ。

 俗に言う『頼れる大人』とやらを体現しようじゃないか!


(先輩のやり方、拝見させてもらうゼ)

(うむ、存分に学ぶがよい)


 栄光への第一歩としてまずはペラペラぺーラと魔界の地理について解説し、休養と観光を含めた最適な道筋を割り出してあげないとな。


「おーいケイ、地図を見せてくれ」

「地図はえっとこの辺りに…………はいこれ!」

「どれどれ――」


 お偉いさんから支給されたであろう、手触りが良く染み一つない最高級の羊皮紙で作られた地図を広げる。

 地図いっぱいに描かれているのは馴染みのある封魔大陸の輪郭。

 その内側を目にした途端思考が停止し、情けない言葉が漏れ出た。


「なにこれボク知らない」



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