第二十話 「まだまだ若いもんには負けんよ」
「――《
唱えたのは闇征く者を導く言葉。
そして鮮明に浮かび上がったのはおどろおどろしい怪物の体内だ。心臓の弱い者や妄想癖の激しい者ならば、そこら中の体内構造が全身を溶かされながら泣き叫ぶヒトの姿だと錯覚して発狂するだろう。
しかしグーちゃんはそんなことよりも俺が魔法を使用したという事実に驚いていた。
「やだアナタ、ずっと隠してたわねぇ? 魔法も使えたなんて」
「優秀なテンノほど多くを隠しているのさ。何を隠したか本人でも思い出せないくらいにね」
出来ることなら魔法が使えるとはバレたくなかったが、仕方ない。
彼女が暗闇でも視える人間だとは限らないし、誤って胃に落ちて消化されてしまっても後味が悪い。
こうするしかなかった。
「こっちだ、ついてきてくれ」
♦♦♦
「おぉい二人共、揚げるぞ!?」
「いいわよぉん!」
「よォしひっぱれェ!」
「オーエス! オーエス!」
「おーえす!」
しっかり縄が括りつけられたことを確認してから、半裸の成人男性二名を乗せた小船が引き揚げられた。
「旦那もグーちゃんも、よく無事で帰ってきてくれたな! ……それでどうだった?」
神妙な面持ちで尋ねる船長に親指を立てて回答した。
どうやら俺とグーちゃんの腕っぷしを知っているとはいえ、アレを倒せるとまでは思っていなかったようで。
目をカッと開いて聞き直してきた。
「本当か!? あの化け物を退治したのか!? やったんだな!?」
「本当よぉん!」
「クラーゲンを管理する者にバレたらマズいので殺ってはいませんよ。ちょっと脳みそをかき回したり、複数ある心臓を外したりして昏睡状態にしただけなので。……あ、それはお土産です」
小船に積んである大玉がクラーゲンの心臓だと説明すると、俺とグーちゃん以外の皆が無表情になって沈黙した。
すでに距離を取っていたカレンはさらに三歩下がって鼻をつまんだ。
「ほらほら! 今のうちにさっさと通り抜けちゃうわよぉん!」
「お、おぉ」
グーちゃんが率先して自分の持ち場に行き、他の者も皆この場から逃げるように自身の持ち場へ向かった。
そして残されたのは客人である我々と、中々の存在感を放つクラーゲンの心臓だ。
「よいしょっ、と」
「待って」
俺がクラーゲンの心臓を抱えて食糧庫に運び入れようとするのをカレンが止めた。
「なんだい?」
「それいらない。捨てて」
鼻を摘んだ状態できつく言い放った。
かなり険しい表情をしているので、いつものように小難しい言葉を並べて言いくるめるのはできないだろう。だから端的にカレンを魅了する言葉を一つ。
「これけっこう美味しいよ?」
「捨てるまでアレンとは喋らないから」
あっ、これはダメなやつ。
「はい捨てます」
この場に存在するだけで毎秒カレンからの好感度を削り取る忌々しい呪物を大海原に投げ入れた。
どんぶらこどんぶらこと波に揺られて彼方へ流れていく。
いつか君を愛してくれる人の元へ届きますように。
「これでよろしいでござんしょうか」
「……まぁ、うん」
とりあえず鼻から指を離し会話を許してくれるようになったものの、距離はそのままで。
まだ何か疑念があるという顔をしている。
「なんで服着てないの? グーちゃんもだけど」
「詳しく聞きたい?」
「べつに詳しくは」
一から十までは聞きたくないと首を左右に振るカレンに全てを話した――。
「いやー、アレは初めて見る魔獣だけどかなりの難敵だったよ」
あの巨体から生み出される破壊力はもちろんのこと、推定四爪の魔獣だけあって侵入者への防衛策もしっかりしており、強酸性の体液を噴出する触手や共生する魔獣達が待ち構えていた。ちなみに上着はその際に溶けて消えた。
まさしくちょっとした要塞であった。
生半可な実力の持ち主が侵入しようものなら、すぐさま栄養分に変えられてしまうだろう。
「だとしたらグーちゃんは相当ヤバいナ。先輩についてこれたんだロ?」
「ごついが涼しい顔をして触手を捌いて魔獣を殴り飛ばしていたからね。あの若さであの練度の人間はそうそういるもんじゃない。ほとんど人外の域にいるよ」
あと二十年も経とうものなら俺と互角以上に殴り合えるだろうよ。
控え目に言っても百年に一人の才能を持った拳士だ。
「アレンがそこまで褒めるなんてよっぽどすごいんだね」
ほへぇー、と魚のように口を開けて感心なされたのは数千年に一人の才を持つ小娘だ。
この子にカラテを教え込んでまだ一年と経っていないのに、足技を不使用のアルビンと互角にやり合えるレベルに達している。
常識外れの成長速度だ。
俺のような一般人からしたら気味が悪い。
誰しも上には上がいると言うが、これを超える才能は五千年生きて未だ出会ってない。
まったく末恐ろしいものだ。
♦︎♦︎♦︎
時は夕暮れ寄りの昼下がり。
昏睡したクラーゲンの横を恐る恐る通り過ぎたのがまだ鮮明に残っている時間帯だ。
「先輩、見えてきたゼ」
独り客室の天井に張り付いてトレーニングしていたところにカレンの遣いがやってきた。
ついに陸地が見えてきたという。
「おう旦那、いよいよだ」
舵の側にはカレンと船長が立っていて、手持ちの望遠鏡を貸してくれた。
覗くとたしかに水平線の上にどこまでも広がる陸地があった。
(……アレがそうだよね? 幻じゃないよね?)
(あぁ、間違いない)
あれこそが魔の巣食う土地、我が第二の故郷でもある封魔大陸だ――。
空がアカネ色に染まりきる前にキングパスタ号は陸地へ辿り着いた。
すぐさま中央大陸のものと相違ない砂浜に舷梯が下ろされる。
「荷物はそれだけか? 何か要り物があれば好きに持って行ってくれても構わないが」
「大丈夫ですよ」
わざわざ全員で船から降りて見送ってくれることに。
今生の別れというわけではないが、ここまで命を懸けて送り届けてくれた船長に握手と熱い抱擁を。それと渡し賃代わりの宝石を気付かれないように忍ばせた。
カレンの方は“なぜか”馬鹿でかいリュックを背負っているケーちゃんとグーちゃん、リュックではなく杖を一本だけ背負っているミーちゃんにそれぞれ別れのハグをした。
「それで旦那、どれくらいここにいるんだ? 帰りの船が必要だろ?」
「お気になさらず。帰りの便は竜でも拾いますから。……では」
またいつか会いましょう、と。
後腐れなく別れを告げた。
「またねーっ!!」
カレンが後ろ歩きをしながら縮んでゆく皆に手を振る。
しかし、船長以外の三人の大きさが途中から変わらなくなった。
「……あれ? サッカク……じゃないよね?」
残念ながら錯覚ではない。
ニッコリと笑顔を張り付けた二人と無表情の一人が一定の距離を空けてついてきている。
なるほど、安全なところまで送り届けてくれるのだな。……うん。
「カレン、ちょっといいかい?」
「え? なに?」
カレンを持ち上げて横抱きに。
「ふぅー……。舌を噛むんじゃないぞ」
「ちょっと! どういうこ――」
――夕陽に向かって駆け出した。
百秒後だ。
百秒後に太陽は完全に沈む。
「ねぇ、いつまで逃げるのよ? 誰も見てなくてもこの格好は恥ずかしいんだけど……」
軽く一時間、距離にして五十キロ弱は走り続けている。
「ラクサ、奴らの様子は?」
「オレの見間違いじゃなければピンピンしてるゼ。呼吸一つ乱れてねえナ」
「……そうか」
信じられないことに、彼女達は人の身で俺の走りについてきている。
しかもケーちゃんは大きなリュックを背負いつつ、さらにミーちゃんを横抱きして走っているのだ。
さすがは
「ここまでにしよう」
このままでは彼女達に負けると認めたわけではない。
認めたわけではないがこれ以上は本格的に夜になって危険だし、発汗も抑えきれなくなる。それだけはマズい。カレンの好感度を下げてしまう。
そう自分に言い聞かせて三人を迎えることにした。
「んもぉ、逃げることないじゃない。失礼しちゃうわぁん」
「ねー。まぁ、いい運動になったけどさー」
「……不愉快」
俺がカレンをそっと降ろして振り向いた時にはすぐそこに来ており、怒っているわけではないが不満げな顔で文句を垂れた。
「みんなこんなところまできてどうし「カレン、ちょっと下っていなさい」
もしも何かあった時のためにカレンを下がらせてラクサに任せる。
言葉を間違えれば人外三人と戦うことになるかもしれないからだ。
「やぁやぁ皆さん。こんなところまで見送っていただき感謝します。それで、私達に何か言い忘れたことでも?」
何をされても反撃できるように感覚を研ぎ澄まして三人に網を張る。
ただそれに少しばかりの殺気が含まれているせいで、彼女達も臨戦態勢に入った。
空気がピリッと張り詰める。
「えっと、わたしたちは二人に――」
――ぐぅぅ、と。
我々が神経を尖らせて会話している外側で、カレンが一際大きな腹の音を鳴らした。
「……ごめんなさい」
「あー、話しの前にまずは食事だな。準備をするから手伝ってくれ」
♦♦♦
カレンが最後の串焼きを一気に食し、串を焚火に投げ入れた。
「ごちそうさまでした!」
互いが味方か敵かも分からないまま、船にいた時と同じ感覚で焚火を囲い食事を済ませてしまった。
もちろん食事中に敵対しないための言葉をいくつも考えておいた。
「……あっ、そういえば何か話があるんだよね。あたしのことは気にしないで」
カレンが妙な気を遣って体育座りのまま少し下がる。
隠す気のない狸寝入りまでして輪の外に出た。
「それじゃあさっきの続きを。まずこれだけは先に言わせてもらうが、俺は君達と敵対するつもりはない。あの勇者一行とやり合うのは三度死んでも御免だ」
「えっ? 勇者一行!? ケーちゃんたちが!!?」
それはもう狸寝入りですらない。
「あはは、バレちゃってたかー」
「もしかして、ケーちゃんがケイでグーちゃんがグリゴールでミーちゃんがミロシュってこと!?」
「そうよぉん」
「ん」
カレンはこれまでの言動を照らし合わせて彼女達が本当に勇者一行であると認めた。認めざるを得なかった。
そして膝に顔をうずめて再度沈黙。
「……それで、あの勇者御一行様が我々のような下賤な民に何用でしょうか?」
「うん。わたしたちと一緒に来てほしいんだ」
「一緒に!?」
「カレン、寝るか起きるかどっちかにしなさい」
もう次からは何も突っ込まないことに決めた。
「噂で聞いてるとは思うけど、あの大戦の後に休養期間を取ったのよ。行方不明なんて言われてるけどねぇん」
「だけど偉い人たちがさー。休んでないで魔界へ征伐しろってうるさくて」
「あー、なるほど」
俺が生まれる前から変わらない制度ではあるが、勇者というのは単なる称号に過ぎない。
多くの場合、中央大陸の主要国が集結した議会によってそれと相応しき者を選出するのだ。
もちろんそこには自国から勇者を排出しての国威発揚や、軍事力として我が物にしたいといった思惑が複雑に絡まる。勇者絡みの戦争紛争は数え切れないほど起こっている。
稀に各国首脳の大半が賢い時があり、内紛を起こすまいと一致団結する。
魔界の勢力か世界の敵認定された国や個人に対してのみ、勇者の力が用いられる。いわば国家公務員ならぬ世界公務員だ。
そのような忠犬に対するお偉いさん方の本音はこうだ。
『魔界へ征伐して、四将の一人でも倒してから討ち死にすればよい』
大型犬が放し飼いにされているのならば自分に牙を剥く前に死に絶えてくれ。
揃いも揃ってそう願っている。
なんとも酷な話だ。
「三年も無視してたらさすがに怒られて『勇者の称号を剥奪する』なんて言われちゃって。そしたらちょうど二人……と一匹? が魔界に行くっていうから後押しされたんだ」
「つまりは我々のせいで死地へ向かうはめになったと?」
「そう簡単に死んであげるつもりはないわよ? 乙女が運命のヒトと出遭う前に死ねるわけないでしょ?」
「申し訳ないと思うなら責任、取って」
「ミィの言い方はちょっとした冗談だけど……一緒に来てほしいのは本当だよ! きみたちが悪いヒトじゃないのは分かるし、みんなでいけば楽しいしね!」
ケイのあっけらかんとした言葉に両脇の二人は黙って頷いた。
カレンも腕組みをして神妙な面持ち、というか師匠面をして頷いている。
「あっ、もちろんテンノの任務が忙しいっていうなら無理にとは言わないし、わたしたちに手伝えることだったら手伝うよ!」
「話はよく分かった。ところで今の四将の名は?」
「四将? えっとたしか…………お願いミィ」
「黒騎士アンディ、咆哮する狂気ノヴァク、青土の王ラファーダル、そして――」
――ビュオオオッ!!
ミロシュの声に知り合いの名は無いかと集中していたその時、急な突風に見舞われた。
思わず皆が目を塞ぎ、砂埃の落ち着くのを待つ。
そして再び目を見開いた時。
運よく焚火は消えておらず、ちゃっかりと輪の中に紛れ込んできた何者かを照らしていた。
「やぁ、お邪魔だったかね?」
見た目だけは壮年のロン毛パーマ男が胡坐をかいて焚火に当たっている。
それを見てカレンとラクサは固まり、勇者一行は瞬時に飛び退って臨戦態勢に。
(せっ、せせせ先輩ッ!! なんだよこの化け物ハ!!)
(……昔の知り合いさ)
かつて部下であり上司であり同僚でもあった彼のことはよぉく知っている。
こやつは三千年以上も四将の座に就いているしぶとい男だ。
五爪指定の誰もが怖気づく魔獣でもある。
その名は戦災龍――
「まーだ討伐されていなかったのか、ロジャー」
「まだまだ若いもんには負けんよ」
《第三章:因果応報の不文律 前編完》
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