第十五話 「出航」


 ドンドンドン、ドンドンドンドンと、まだ起きて部屋にいるうちにドアが雑に叩かれた。


「はいはい、今開けますよっと……うぇっ」


 ドアを開けた途端に強い臭気が入り込んでくる。

 それは目の前で鼻息を鳴らす男のもので違いない。

 さては徹夜で飲んだな?


「あんたがっ! あんたがそうなんだな!? あの人の子孫か!? それとも友人のか!?」

「ええっと。あの人の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の息子です」


 嘘です。

 あの人には孫も、ましてや息子もおりません。

 私があの人です。

 とは今さら言えないのでこのまま通す。

 

「そんで、わざわざここに来たってことは目的地は……」

「魔界まで。……行けます?」

「昼過ぎには出航だ。それまで好きにしてくれ」


 先祖の面影の残る男は勢いよく親指を上げた。



 少し早めの昼食とちょっとした日用品を買い込んでから港へ。

 大小様々色彩豊かな船が所狭しと並ぶ中で、自分達が乗る予定のものはすぐに見つけられた。


「どうだカレン、これがキングパスタ号だ」

「はー! おっきいー!」


 全長が四十メートルほどにもなる大型の木造帆船。

 老朽化した部品の修理や組み換えなどで元々の素材は一つも残っていないだろうが、小麦色一色に塗装されたキングパスタ号は昔見た時とほとんど変わっていなかった。


「おう旦那! もうちっとだけ待っててくれ!」

「何か手伝いましょうか?」

「いやいや、大切な客人に手伝わせるなんていけねえ。部屋で楽にしていてくれ」


 本当に残りは点検だけだからと言われたので、お言葉に甘えて客室で荷を下ろした。


「ほらアレ、女の人が働いてるよ!」

「ほう、珍しい」


 三人で客室の窓から眺めていると、黒髪を短く切りそろえた中性的な子が金槌片手に甲板をくまなく点検していたので目で追った。

 彼女が何かに気付いて町の方へ手を振ると、食事処で働いていたミーちゃんとグーちゃんがやってきて船に乗り込んだ。どういうわけかグーちゃんはフリフリの給仕服を着ている。

 さらに野生の勘ともいうべき何かでグーちゃんがこちらに気付き、目をギラギラと輝かせて投げキッスを飛ばしてきた。


「……アレは獣だナ。背後を取られたらやられるゼ」

「だろうな……」


 今からでも鋼鉄のパンツを買いに行くべきだろうか。


 しばらく景色から目を離して荷袋の中身を整理していると、出航の準備が整ったので一度甲板に集合してくれとドア越しに呼ばれ。

 すぐに手に持っていたものを置いて出ると第二マストの根本で四人が並んでいた。


「早くても半月はかかる船旅になるからな。互いに名前くらいは覚えておかねえと。俺はシモーネ・サンニーニ。キングパスタ号の六十三代目船長だ! そんで今回命を張ってくれる船員達が」

「ケーちゃんです!」

「ミーちゃん」

「グーちゃんよぉん!」


 大おじぎ小おじぎ投げキッスと続いたのでこちらも一人ずつおじぎで返していく。


「ケーちゃんは整備士でミーちゃんは航海士。グーちゃんは料理人だが頼めば何でもしてくれる。……正直な話、俺がいなくてもこの三人がいりゃあ航海は成り立つくらいに優秀だ」

「んもぅ褒め過ぎよぉっ! 後で身体を癒してア・ゲ・ル」


 バシンバシンと、かなり大きな音を鳴らしてグーちゃんが船長の背中を叩く。骨にひびが入ってないだろうか。


(なぁ先輩、この三人普通の人間じゃねえゾ)

(あぁ、分かっている)

 

 不思議なこともあるものだ。

 グーちゃんミーちゃんだけでなく、ケーちゃんからもただならぬ力を感じる。

 三人の素性についてはおいおい聞いてみるとしよう。


「アレンです。この度はどうぞよろしく」

「カレンです! よろしくね!」


 こちらも名前だけの自己紹介を簡潔に済ませ、それじゃあまたと客室に戻ろうとするのをミーちゃんが止めた。


「待って。それは何?」


 彼女はカレンの肩に乗っている鳥を指差して言った。

 ラクサの部品は全て本物の鳥のものと交換してあるのだが、まさか気付いたのか?


「この鳥はね、あたしのペットで」

「ペット? 妖精が?」


 あのカレンが上手く嘘を吐いたのも虚しく、最初から見破られていたようだ。

 どう取り繕えばいいのか分からず、石のように固まって目で助けを求めてきた。

 そこでこりゃ仕方ねえナと、俺が何か言うより先にラクサが鳥の身体から飛び出て答えた。


「そうさ、オレはカレンと契約した妖精だヨ。名はラクサっつうんダ。五百年以上生きる大妖精様だぞ敬え小娘」

「あらやだ妖精ちゃんだったの!? かんわいぃっ!」


 グーちゃんが豪腕を伸ばして捕まえようとするのを避けながらラクサはさらに続ける。


「次は嬢ちゃんの番ダ。お前さんが只者じゃねえのは分かってんダ。あだ名じゃなくてちゃんとした名前と生い立ちを話しナ」

「教えない。個人情報だから」

「ナッ!?」

「ミーちゃんも意地悪ねえ。教えてあげたっていいじゃない。ねえケーちゃん?」

「うん、わたしの本当の名前はケ「――《ナンジジャナレバ蜷局トグロケヨ》」


 余計なことは言わんでいいとばかりに二人の口を魔法で塞いだ。

 あの流れるような口封じは相当慣れている、つまりは何度もやるはめになったということだ。彼女が三人の中で一番の苦労人だろう。

 計らずとも彼女達の関係性が垣間見れた。


「あー……それじゃ、お互いのことをよく知れたようなんで出航するぞ。してもいいよな? ……いくぞ野郎共ォ! 覚悟は出来てるかァーッ!!」

「ぉ……おー」

「んーっ!」

「……」 


 口を塞がれていたり動揺していたり興味がなかったりできちんと返事をする者はいなかったが、船は魔界へ向けてたしかに進み出した。


 


 ♦♦♦




 八方から聞こえる波のさざめき、船首が掻き分ける水の音、潮風に吹かれて帆がバタバタと歌う。

 それと時折聞こえる海鳥の鳴き声と魚の跳ねる音。

 無風状態でもなければ海の上というのはほどほどに騒がしいのだ。

 目を瞑っていようが飽きることはない。

 

「飽きた」

「どうしてそんなこと言うの? まだ出航して十分も経ってないよ?」


 しかし残念なことに子供というのは飽きやすく、小さな変化というものを好き好みはしない。

 一つとして同じもののない波のうねりや雲の満ち欠けを眺めているより、一度見てしまえばそれで終わりの構造物なんかをマジマジと観察している方がよっぽど好きなのだ。

 だからさっきから袖をぐいぐいと引っ張って船を探検しよう探検しようと言ってくる。


「ほら、あの帆の皺が笑ったり泣いたりしている人の顔に見えないかい? あそこの海面も」

「……そうかなぁ?」

「ならそうだ、景色を切り取って絵を描いてあげよう。どこにしようか?」

「別にいいよ。アレンの絵って上手いけどさー。なんかこう、心にくるものがないっていうかさー?」

「…………どうしてそんなこと言うの?」


 俺の純粋な心が大きく抉られて崩れたので、これ以上の説得を諦めて探検とやらに同伴することに。


「アレン早く! こっちこっちー!」

「……元気だしてくれヨ。オレは先輩の絵、いいと思うゼ」


 瑞々しい黄緑色の鳥が涙を流さずとも憐れみ深く励ましてくれた。

 信頼度を上昇。

 不死者ポイントも贈呈。


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