第十二話 「愛を力に変える魔法」
「ドーモ、アクライン・ランドランナーと申します」
まずはおじぎだ。
五歩の距離を取り、数秒間腰を曲げて頭を下げる。
五歩の距離と言っても飛び道具持ちの彼女にとっては必殺の距離だが、こちらが隙を晒している間にかかっては来なかった。
だからといって、おじぎを返してくれたわけでもない。
「悪いね。ワタシの生まれた国じゃあ、それをするのは敗北を認めた時だけでね。……いつでもかかってきな」
負けるまでは頭を下げる気はないと、仁王立ちでこちらの全体像を静かに見据えていた。
ならば無理矢理にでもさせてやろう。
アレン一刀流奥義、おじぎ結び――
初手で決めるつもりで踏み込んだ。
脚の筋力を解放し、縮地術も用い、横薙ぎ。
――結果として、刃は脇腹に届く前に義手に弾かれ、ケラの口角が上がった。
「フフ……」
ケラが歯を見せて笑うのと同時に、折れた刃先が地面に突き刺さる。
「……なるほど」
おじぎをした位置よりも後ろに飛び退いて刀身を見るも、新しく刃先が生えていたりはしなかった。
「これでも一応、達人なんですけどね」
自分で言うのもなんだが、俺は達人の中の達人だ。
長年かけて培った技術により鉄で鉄を斬るのは当然のこと、木の剣で岩を割り、鉄の剣で鋼を斬ることができる。
だからあの硬そうな義肢に守られようとも、この切れ味抜群な鋼鉄の刀でまるごと斬っておじぎをさせるつもりでいた。
しかしそれは叶わなかった。となると……
「その義肢はまさか、
「ご名答。作られていると言うよりは貼り付けられていると言った方が正しいがね」
希奇鉱は世界各地で見つかる希少な鉱物だ。
鉱山で掘り出せることもあれば、畑に農作物と共に生えていることもあり、朝起きたら枕の隣に置いてあったなんて話もある。
ちなみに以前叡智神に問い掛ける聖呪を使わせて調べたところ、この世界とは別の遠い星々のものだとの答えが返ってきた。
とにかく硬くて希少な鉱物なのだ。
これを斬るには最低でも
「ほらどうした!? かかってこないのならこっちからいくよ!」
本人の性能かそれとも義足に仕掛けがあるのか、あの巨体で並の吸血鬼よりも素早い踏み込み。そして乱舞。
三分の一が無くなった刀でなんとか受け流してはいるが、質量の大きな拳と足にかすっただけでも肉が抉れ、もろに当たればミンチになってしまいそうだ。
それだけじゃない。
「……馬鹿な。今のを弾くだと?」
もちろんこちらも守りに徹するだけではなく、僅かな隙を見出して刀を振るう。
それらは人間にとって見てからでは反応できない速度であり、予備動作も全く見せていないというのに、ケラはまるで未来予知をしていると言わんばかりに弾くのだ。
フェイントだって通じない。
少しずつ刀身が短くなっていく。
「君は本当に人間か? 人の思考を読む妖魔か何かでは?」
「そんなんじゃないさ。実は昔雷に打たれたことがあってね。それからはこう、ビビッとくるんだよ」
「そういうことだったのか」
雷に打たれて生き残った者が電気にまつわる不思議な力を手に入れたという話を、ごくごく稀に耳にすることがある。
さらに知り合いの学者から聞いた話では、人の体内には魔力と共に電気が流れているという。ゴーレムが魔力で動くのと同じように、人間は電気で動くのだと。
まず初めに電気が流れ、後に筋肉が収縮・拡大し、最後に身体が動く。
俺は筋肉の動きを見て先読み染みたことができるが、ケラは電気の流れを感じ取って予測ができる。
「だからお前の動きは丸見えさ」
しかしいくら丸見えだとはいえ、しっかりと反応して的確な動きができるのは本人の才能と修練によるものだ。
「これはもう、認めるしかないな。君はイイ女だ」
「お前こそ。ここまでワタシを昂らせたヤツは他にいないよ」
少なくとも俺の身体一つで勝てる相手じゃあない。
正確には、この女のスタミナと精神力が続く限り、不死者の力や魔法に頼らないで倒すのは不可能に近い。
見事なり。
「じゃ、そろそろ決着を付けようか。それと先に謝罪しておくよ。俺は今から卑怯な手を使う」
「殺し合いに卑怯もクソもないさ! ワタシを殺せるものなら何でもやってみな!」
「――《
刀身のほとんど残っていない魔法刀を捨てて駆け。
そこら中に落ちている所有権の無くなった武器を手当たり次第に引き寄せ、手に持ったそばから投擲してゆく。
「卑怯な手っていうのはそれかい!?」
毎秒二つの武器を投げつけ距離を取って駆け回る。
「それがお前の飛び道具ってことだね」
ケラはまるで子供の遊びに付き合ってあげているかのように笑みを浮かべ。
希奇鉱の張り付けられた義肢で飛んでくる武器を全て弾きながら、少しずつ俺との距離を詰めてくる。
そして、とうとう終わりはやってきた。
「ふんっぬぁッ! ……クソッ!」
重さが二十キロ近い戦鎚を全力で投擲しても弾かれ、次に引き寄せた二つの武器は柄しか残っていなかった。その次も、そのまた次もだ。
ケラは弾いた際にほとんどの武器を壊していたのだ。
逃げるように駆けずり回ってなんとかまだ使えそうな剣を見つけて手を伸ばした刹那、彼女が獰猛な牙をチラリと覗かせ、
それが罠だと気付いた時にはすでに指先が触れていた。
「ぎゃヒっ!」
バチリという弾けるような痛みが手から全身に奔った。
思考が途切れ、筋肉が硬直。
よって生まれたのは一秒にも満たない隙だったが、強者には十分すぎる時間だ。
「ワタシの勝ちだ!」
ケラは全義肢から礫を放って俺の脚に無数の空洞を作り、義足に仕込んであるバネか何かで瞬発。
一瞬下ろした瞼を上げた時には目の前に。
「つ・か・ま・え・た」
「イギィイイイイイッッ!!」
子供を抱え上げるように俺の脇を掴んで同じ目線に持ち上げ、放電。
先ほど剣に触れてしまった時より数段強い痛みが全身を蝕んでいく。
「頭がスッキリしただろう?」
「ぁ……ぐっ……」
意識を保っているのがやっとだった。
下は蜂の巣のように穴を空けられ、ほとんど感覚すらも残ってはおらず。
上は内側を電撃でズタズタにされてろくに拳も握れない。
これを満身創痍という。
「ワタシをこんなにも楽しませてくれた礼だ、楽に逝かせてやるよ。最後に言い残すことは?」
バチバチバチッと、毛の逆立つイヤな音を義手から鳴らし。
己こそが勝者であると決定付けて悦に浸る。
「……実に、見事。俺の求める世界……には、君のような力ある者が……。一人でも多く必要、なんだ……。今からでも、遅くは……ない。心を入れ替えて、共に……歩もう……」
息も絶え絶えに、心からの勧誘を行った。
しかし彼女はそれを聞いて心底つまらなそうな顔で首を横に振るう。
「それが遺言でいいんだな?」
奇跡の一つでも起こって改心してくれないかと願ったが、やはりダメだったか。
ならばもう、妹の元へ行ってもらうしかない。
「……じゃあ、もう一つ……だけ」
ケラのへその前にゆっくりと手を伸ばし、ぽつりと呟く。
「――《万ニ有リシハ因ミノ力ヨ》」
「それはどういうつもり……ウッ!?」
再び彼の魔法を唱えて三秒とせず。
俺を持ち上げていたケラの腕がだらんと落ち、それから仰向けにばたりと倒れた。
「な……何をした!? どうして、ワタシの腹に穴が!」
ケラは歯を喰いしばって起き上がろうとするが首が動くのみで、それより下は死んだように固まっている。
「これだよ」
今度こそ勝負は決したため、不死者の力を用いて体を修復して立ち上がり。
そして、ケラを背後から貫いて俺の手のひらに突き刺さったものを月光に照らした。
「それは……ワタシが最初に折った刀の!」
「そう、引き寄せるついでに君の脊椎を貫かせてもらった。これが卑怯な手さ」
「それにお前、どうして立っていられる!? 脚に空けた穴がどうして塞がっているんだ!?」
「あぁ、それはね」
俺が毎度おなじみの実演をすると、ケラは喰いしばっていた歯を緩めて脱力した。
「所詮ワタシは、この国で威張っていただけか」
「君なら魔界でもやれたさ。一度たりとも俺の心臓に手の届く人間はそういない。いてたまるか」
「……そうかい」
「さて、君はもうじき死ぬだろう。しかし、遺言を残しておじぎをする時間は十分にあるよ」
悔い改めるも改めないも勝手だが、潔くおじぎをするのだと提案すると。
どういうわけかケラは不敵な笑みを浮かべた。
それは根拠のない自信や意地っ張りとは違う、確信を持った笑いで。
「この後に及んで敗北を認めないのは、負けず嫌いを通り越して見苦しいと思うんだがね」
「ワタシの敗北だって? …………いいや、引き分けだよ」
二度と起き上がることのできない状態で何訳の分からぬことを言っているのだと、俺は極限まで眉を寄せてみせた。
まだ何か秘策があるのかもしれないと油断せずに。
「上を見な」
言われた通りに夜空を見上げると、星々の間で赤い光が妖しく点滅していた。
視力を上げて目を凝らし、雲よりも上空にあるそれが直径五メートルほどの無機質な球体であると分かった。
「アレは何だい?」
「
「君の死体だけを消してくれるのかい?」
「この国の半分……とまではいかないが、三分の一は道連れにしてくれるだろうさ。なんたって動力はあの賢者の石なんだから」
五感のほとんどを遮断して魔力だけを感知するために研ぎ澄まし。
はるか上空に浮かぶ球体からとてつもない魔力を感じ取れた。
どうやらこの国の三分の一を消し飛ばすという言葉はハッタリではないようだ。
「うーん、久々だけど届くかなぁ……《
右腕に魔法の矢をつがえ、視力を最大まで上げ、夜空に発射。
照明や狼煙代わりにも用いられる光輝く矢が闇を切り裂き天高く昇ってゆく。
そしてついに、球体を平面の的とすれば十点満点中八点の位置に命中し、
「えー、ダメなのアレ?」
鉄を軽々貫く魔法の矢は、大量殺戮兵器をドーナツに変えることなく霧散した。
「無駄だよ。アレはワタシの義肢を作った魔導帝国から大枚叩いて買ったものさ。ちょっとやそっとの魔法じゃ通用しない。直接ハンマーで殴りでもしないと傷一つ付けられないだろうよ」
「ほぉ……ん」
お前こそ遺言を残したらどうだ?
そのように返してきたケラに目を向けながら、俺の脳内大議会は一つの決定を下した。
「……おい! どうして服を脱ぐ!?」
まずは着ているものを全て脱ぎ捨て、
「まさか、こんな時にこんな死にかけのデカい女を慰み者にするつもりか!?」
ケラの穴空き腹に跨がる。
ここで初めて彼女が恐怖の感情を露わにした。
「君の大切なもの、俺にくれるかい?」
「気狂いめ! …………だが、好きにしろ。お前になら何をされてもいい」
「それじゃ、もらっていくよ」
「なっ……ぐぁアッ!?」
覚悟を決めたケラから大切なもの、つまり機械仕掛けの両腕を抜き取った。
泣き叫ぶ女性の声を無視しながら、俺も両腕を切り落として装着する。
「一体……何、をッ!?」
「ありがとう。君の腕、よく馴染むぜ」
ケラから少し離れ、ただ一言礼をして深呼吸。
極めて正確に魔法を用いるため集中。
世界から自分以外消えてしまった。
自分の吐息と鼓動の音すらも。
「――《
唱えたのは最も慣れ親しんだ言葉。
これは思い入れの強さに応じて所有物を爆発させる、ロマンティックな言い方をするならば『愛を力に変える魔法』だ。
ヒトの皮の内側には複数の臓器、そして二百を超える骨と六百を超える筋肉が内包されている。
その全てに役割があり、一つとして欠かせないものだ。
俺は彼らと五千年もの間付き添ってきたので、一つ一つにあだ名をつけるくらいには愛している。
小指の一本で家を倒壊させ、この身を残らず捧げることによって城の三つ四つを更地にできる。
その爆発力をもって真上に飛翔。
足の裏から順繰りにへその下まで爆破し、足まで生やしてからまた繰り返し。
遠い世界にはロケットやジェットなどといったものがあり、俺がしているのと似たような方法で音より速く飛ぶのだとアイツが話していた。
ならばこの技はロケットタックル……いや、ロケットパンチとでも名付けようか。
技の名前を決定した時にはすでに音を追い抜いて、三つ数える間もなく接触する距離に。
(……頼むぜ)
鋼よりも硬い義手が音よりも速く衝突するその瞬間、
目の前が真っ白になり、
たしかな熱を感じた。
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