第七話 「よければ目玉も」
「――さてラクサ君、我々と行動を共にするからにはルールを守ってもらう」
新人を受け入れて早速、真面目な話に切り替える。
「現在の最優先目標は魔界へ赴いてガエルを見つけ出すこと。そして最終目標はカレンの両親を見つけ出すことだ」
極めて困難で何年かかるか分からない、それこそうん百年とかかるかもしれない課題だ。
「俺はカレンを安全に両親の元へ送り届けると約束した。旅の危険を少しでも取り除くには、むやみやたらと目立たない方がいい。もちろん、余計なことに首を突っ込むのもだ」
まぁ、この子に波風の立たない生活を送れというのは酷なものであるが。どうせどこに行こうと何かしらやらかすし、仮にカレンが何もせずとも向こうからやってくる。
そんな俺の目を受けて当の本人はばつの悪そうな顔をする。
「当たり前のように妖精を連れて歩く少女がいたらどうなるか、分かるだろう?」
「あぁ、オレ達を敵視する人間ってのは多いからナ。それなら人前ではこうやって嬢ちゃんの中に隠れて「それだけは認めない」
カレンの方へパタパタと羽ばたくのを摘んで止めた。
「いきなり何すんだヨ! オレはトンボじゃねーゾ!」
「まだ完全に信用したわけじゃない」
妖精というのは不思議な生き物で、触れることはできるが重さを持たない。
さらに相手が受け入れさえすれば中に入る、つまり憑りつくことができる。
そうして内側から語りかけられ惑わされ、破滅するか操り人形に成り果てた者を何人も見てきた。寄生虫と揶揄されるだけあって悪霊なんぞよりよほどタチが悪いのだ。
カレンはまだ幼く柔らかで、見聞きしたものの影響を受けやすい時期にある。
賢しい者の手にかかればいとも簡単に白にも黒にも染められてしまう。
「だからダメだ。よほどのことがない限りカレンの中に入ってはならん」
「へいへい、わかりましたヨ。それで、どーすんダ?」
「器を作ってやろう。仲の良かった動物なんかはいないのか? もちろん人間でも構わない」
「そうだナ……」
俺よりは短いがそれでも五百年はある記憶を探り始めた。
すぐに思い付いたらしく手をポンと叩いた。
「もう十年も昔になるかナ。村の子供でこっちから出ずともオレに気付ける子がいてヨ。いい話し相手だっタ」
「どんな子だったの? 男の子? 女の子?」
「名はルダ、女の子ダ。嬢ちゃんほどじゃねえけど魔法の才があったナ。オレが魔法を教えてやると、一年間で三つも修得したんだゼ!?」
「ほう、それはすごいな」
間違いなく天才だ、十年に一人の才能だ。
是非とも我が魔法学院に入学してもらいたい。
今も生きていればの話ではあるが。
「……ま、そのせいで軍服共がやって来て連れてかれちまったんだけどヨ」
「そうだろうな。ではその子そっくりの器を作ろう。記憶を見せてくれ」
「いや、それはいイ。ルダがまだ死んだと決まったわけじゃないからナ。代わりにそこの木の根元を掘り起こしてくレ」
言われるがまま掘り起こすと鳥の骨が見つかった。
頭蓋骨と首の骨は切り離されているが、ほぼ全身の骨が残っている。
「ルダには人間の友達はほとんどいなかったが、オレみたいな妖精に好かれるだけあって動物の友達は多かったヨ。中でもその鳥が一番ルダに懐いていて、連れていかせはしまいと軍服に引っ付いて殺されちまったんダ」
「可哀そう……」
「あぁ、哀れだな。もう少し後先考えることのできる脳みそがあれば生き長らえたのに。小ぶりだったばかりに……」
「なんでそんな言い方するの!」
「……それで先輩、いけるカ?」
「これだけ骨が残っていれば問題ない。すぐに作ろう」
腰を下ろし、地面に粗布を敷き、そこに骨を置いて。
「二本もあれば十分か」
右脚を切って生やし、もう一度切って生やす。
それと胆のうを五つほど抜き取っておく。
「なぁ嬢ちゃン。この男はいつもこんなことをしてるのカ?」
「……そうだよ」
「こんなのと一緒にいて、頭がおかしくならないのカ?」
「……もうおかしいかも。少しずつ慣れてきてるし」
「カレン、暇ならば葉っぱをたくさんとってきてくれないか? 鳥の羽根のような細長い奴をね。もちろん一から最後まで見ていたいのならここにいてもいいが」
すぐに取ってくるー! と、この場から逃げるように走って行った。
「さーてと、いっちょやりますか」
一呼吸して職人時代を思い出しつつ作業を始める。
脚肉から切り取った肉をそれぞれ鳥の部位になるように加工して、親指と小指のやすりでなめらかに。
二本指の彫刻刀で溝を彫り、薬指の錐で穴を空け、そこに骨を組み合わせて縫合。
この隙間なくグチュっと組み合わさる瞬間がたまらなく気持ちいいのだ。
「いやいやいや、ちょっと待てヨ! どうなってんだその手!? 魔法とは違うよナ!?」
鳥の骨にムネとモモ肉を付けた辺りで、工具と化した俺の手についてつっこまれた。
「あぁ、これは貰い物だな」
「貰い物だっテ?」
「遠い昔の話サ――」
二千歳を迎えてすぐ、千年前に約束した通りにアイツが現れた。
その時の俺は絵を描き楽器を爪弾き、筆を振るい喉を震わせ、いわゆる芸術たるものに没頭していた。
そして何か欲しいものはあるかいと聞かれ、少し迷ってから答えた。
『器用になりたい』
ヤツは微笑んで頷き、前にもやったように黒い煙で俺を包み込んだ。
そして煙が消えた後で芸術的な発想や閃きが起きることはなかったが、指がおかしなことになっていた。
具体的に言えば左手の小指から右手の小指にかけて、小さな筆から段々と大きな筆になっていた。
『何だこれは?』
『手を好きな道具に変える力を君に与えた。練習すれば足でもできるようになるよ。試しにやってごらん』
言われた通りにやってみると、思うがままに手が道具に変化した。
しかしあくまで芸術用の道具だけで武器には変化できなかった。
『たしかにこれはいいものだ、感謝する。それでもう一度聞くが、何だこれは?』
俺は器用になりたいと言ったはずだが。
道具を上手く扱えるようになりたいと言ったのだ。
道具が欲しいとも道具になりたいとも言ったわけではない。
『その力があればいつでもどこでも練習ができるだろう? 努力は裏切らない、アレン君が好きな言葉の一つだ』
『才能をくれと言えばよかったか?』
『才能があったら君じゃない』
ではまた千年後に会おう、と。
高笑いを木霊させながらどこか遠い場所へ去って行った。
二度と来るなと叫んだ声はたぶん届かなかった。
「……というわけだ。ほらこの通り、弦にもバチにもブラシにもなる」
「お……おぉ、すげーナ……」
血も涙も流さない妖精が、いたく同情した目を向けてくれた。
骨に肉をつけ終えたら、脚肉から剥ぎ取った皮で包んで縫合。
眼窩には圧縮した俺の目玉を嵌めて、クチバシをやすりがけして。
羽根を挿し入れるための穴をいくつも開けているとカレンが帰ってきた。
両手で葉の山を持ち、ズボンの両ポケットもパンパンに膨らんでいる。
「これくらいでいい?」
「うん、ありがとう」
バサーっと持ち前の葉をまとめて粗布の上に落とす。
ポケットの中に詰めたものも全て。
「うわ、本当に鳥の形になってる……」
「丸焼きにして食べるかい?」
「ゼッタイにヤダ!! そもそも鳥肉じゃないし! それよりもこの葉っぱどうするの? 羽根代わりにするにしても毛がないしバレるよ?」
「毛ならあるじゃないか。ここに」
「あー……」
指をカミソリに変えて頭髪を全て剃り落としていく。
一度剃っただけでは足りなさそうなので、すぐに伸ばしてまた剃り落とす。葉の山より大きな山ができるまで繰り返した。
「あとは葉の色が隠れるくらいに髪を貼り付けて羽根を作り、それを穴に挿していくだけだが……カレン、手伝ってもらうぞ。ラクサ君もだ」
「……うげぇ」
「仕方ねぇナ……」
なぜだろう。
俺はカレンに嫌われないよういつだって清潔にしているし、そもそもほとんどが生えたてほやほやで新鮮な髪なのに、二人は汚いものを触るような顔をする。
なぜだろう。
しかし結局それがどうしてかは解明できないまま、カラスのように真っ黒い鳥が完成した。
「これで終わり?」
「最後の仕上げだ。真っ黒な鳥は不気味であまり良い印象を与えないからな」
絵具代わりに用意していた胆のうをまとめてしぼり、黄褐色の液体を鳥にかけていく。
満遍なく着色するために追加で胆のうを五つもぎ取り、鳥を裏返しにしてかける。
「うん、これだけやればいいかな」
「こっちの方がイヤな色してるんだけど」
「大丈夫さ、時間が経てば黄緑色になる」
何はともあれ、これで今度こそ完成だ。
「あぁ、なんということでしょう! あれほどみすぼらしかった鳥の骨が、匠の手によって生前と変わらない美しい姿に!」
「元々は青かったし、人間と同じ部位なんてなかったけどナ」
「生前と変わらない美しい姿に!」
「……ありがとヨ」
これ以上付き合ってられるかと、ラクサが鳥の器に入り込む。
まずその場で何度か羽翼が可動するかを確かめて、それから勢いよく飛び立った。
あっという間に木の高さを超え、上空をぐるぐると旋回。
カレンは大口を開けてその様を見上げていた。
「強度はどうだった? どこかポロリしそうなところは?」
ゆるやかに下降して着地を成功させたラクサに問う。
「普通に飛ぶ限りは壊れる心配はなさそうダ」
「それはよかった。乗り心地の方はどうだね?」
「乗り心地も悪くねーが……ただ……」
「ただ?」
「すげぇ臭ェ。先輩の魔力が残っているせいでもあるが、この中にいると何年も野晒しにして乾かした腐肉を牛乳に浸けて、それを半日煮込んだようなような臭いガ……」
「そのあたりはしばらく我慢してくれ。少しずつ本物の鳥の部位と取り替えてあげるから。それか……」
すでに大きく距離を取っていたカレンの方を向いて。
拒絶されることは分かっているが聞くだけ聞く。
「カレンの両脚と髪の毛を分けてくれないか? よければ目玉も」
「ゼッッッッタイにヤダーッ!!」
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