第六話 「寄生契約」
――妖精やら妖魔などと呼ばれる寄生虫が世界中に住み着いている。
滅多に人前に姿を現さないため存在自体がしばしば疑問視されるが、それはたしかに存在する。
妖精は豊穣神ファテイルの兄である契約神バランスシンオベロによって創造された。
そのおかげでファテイルの創造物である動植物との繋がりが強く、意思疎通が可能である。なんてことはない獣や草花と会話ができるのだ。
彼らは契約と調和を司る神の眷属として、絶滅の危機に瀕している動物や植物がいれば契約に基づいて力を貸して再興させ、逆に増えすぎて他を圧迫する種があれば減らしにかかる。
ちなみに人族は世界全体で見ればまだまだ少ないらしいのだが、一部の地域で栄えすぎて環境を顧みず他種族を圧迫するようになった時はよく土地由来の生物達と戦争になる。もちろん軍を率いて指揮しているのは妖精だ。エルフと同盟を組むことも稀によくある。
ところで、妖精はしばしば『大量の魔力を生み出し、強力な魔法を用いる』などと言われるが、これには大きな語弊がある。
たしかに彼らは大量の魔力を蓄えて無数の魔法を用い、他人に魔力を分け与えることもできる。しかし、自ら魔力を生み出すことは一切できない。
ではどうやって魔力を蓄えているのかというと、契約を結んで住まわせてもらっている相手からいただいている。つまりは宿主から吸い取っているのだ。
これを寄生虫と言わずになんと言うか。
ついでに言えばずる賢い。
契約に精通しているだけあって抜け道も知っている。自身に極めて有利な契約を結ぶのを得意としている。
なので初めて妖精と契約を結ぶ際には第三者と書面を用意して慎重にどうぞ。
「ふむふむ、なるほどねぇー」
「差別と偏見に塗れた解説どうもありがとヨ……」
「それで寄生虫くん、俺様の愛する娘に何用だね? まずは父親に話を通すのがスジというものだろう?」
あくまで毅然とした態度で、娘を狙う害虫を牽制する。
「カレンを呼びだして何をしようとしてたか正直に話せ。さもなくばその木を蹴り倒す」
「何って、話し相手が欲しかっただけサ。ついでにちょっとばかし魔力を分けてもらえればト」
自分は何も悪いことはしていませんよと、へらへらと語った。
ついでの方が本命だな。
「ねぇアレン、分けてあげてもいいんじゃない?」
「そうだな、考えてやらんでもない。とりあえずはお望みの話し相手になってやろうじゃないか。この村に何があったのか詳しく話してもらおう」
「あれは三年前のことサ――」
ご存知の通り今は戦乱の世の中なので、この村を治める国ももれなく他国と戦争をしている。
そしてこの村は規模も小さく、兵士が一人も駐留していないくらいには重要度の低い土地ではあったが、運悪く攻め込まれてしまった。
ろくに抵抗もできずに占領され、弄ばれ搾りつくされたあとで全てを焼かれた。
奴隷にでもされれば死なずには済んだが、皆殺しの命が下されていたという。
大方想像通りだった。
「もっと詳しく話すカ? オレは全部見てたからヨ」
「やめろ、これ以上カレンを苦しめるな」
妖精の話を黙って聞いていたカレンは今、とても酷い顔をしている。悲哀と義憤に塗りつぶされた顔だ。
己が三年前にその場にいたわけでもないのに感情を震わせている。
「カレン、あまり気に病むな。仕方のないことだった」
「仕方のないことって何よ! アレンは何も思わないわけ!?」
慰めるはずが逆鱗を軽くつついてしまったようだ。
「おや、そんなに憎いか? 悔しいか?」
「そうに決まってるでしょ!」
「では君は何がしたい? その悔しさで何ができる? 時間を戻して死んだ人々を救うことができるのか?」
「時間は戻せないけど、この先で助けを呼んでる人がいたら助ける!」
「つまりあの話は、仕方のないことではないのか?」
「それは……そうだけど…………ううぅ!」
少し頭を冷やして気付いたようだ。
自分の頭の中で認めたくないものをどうにか認めようとしている。
「何も感情を捨てろと言っているわけではない。カレンが最初に抱いた感情はヒトとして大切なものだ」
俯いて静かに飲み込んでいる。
「似たような話も、数段酷な話もある。今こうしている間にだって無慈悲な扱いを受けている者が世界中にいる。一人を助けている内にもう一人が殺されているだろう。それらは全て仕方のない、どうしようもないことだ。分かるね?」
「……うん」
「助けられるものは助ける、助けられなかったものは割り切る。それだけでいいんだよ。悔やんで止まる時間があるならその間に別の誰かを救えるはずだ。そうは思わないか?」
俺の話をまだ全ては受け入れられない様子だったが、ゆっくりと頷いて真っ直ぐな目でこちらを見上げた。
不死者ポイントを贈呈。
「……とはいっても、実はひとつだけ全てを救う方法があってな」
「えっ!? なに!?」
「国境を無くし、種族・民族間の柵を取っ払い、世界を一つにまとめあげて管理する。ようは世界征服だよ」
それから悪に属する者を間引いていけばいいのだ。
実は昔に何度か試みて、全て失敗に終わったがな。
俺一人ではせいぜい世界の半分しか救えない。裏側にいる者は見捨てることになる。
しかし今は違う。カレンがいる。この子がいればきっと成功する。世界のもう半分を任せることができる。
「カレン、お前に暗黒のパワーの素晴らしさを教えてやる。ワシとお前、親子で力を合わせて銀河系を支配しようではないか!」
握り拳を作り熱意を籠めて勧誘したが、カレンは目を細めて心底嫌そうな苦い顔で応えた。
やはり時期尚早であったか。
だがいずれは……。
「それで妖精さん、どうして魔力が必要なの?」
カレンはいいえと答えることすらせず、俺を無視して何事もなかったかのように本題へと戻った。
「この木を生かすために必要なんダ。このままだと死んじまウ」
妖精は自分の宿主にペタリと手をついて、悲しそうな顔で同情を誘う。
「ここら一帯が燃やされたとき、どうにかしてこの木だけは守ろうとしたんダ。オレが生まれてからずっと、もう五百年は一緒にいるからヨ。だけどご覧の通りサ。今はオレが持ってる魔力を分け与えて延命しているだけなんダ」
「で、三年間も分け与え続けているせいで長らく溜め込んできた魔力も底をつきそうなのか。揃って明日までにくたばるのなら供養はしてやろう」
「え!? 死んじゃうの!?」
「そうとも」
妖精の消滅つまり死の条件は一つ、全ての魔力を失うことだ。
「宿主と共に死を受け入れるか、それが嫌なら新しい宿主を探しに行けばいい。三年間も延命したんだ。そいつも文句は言ってないだろう?」
「まーそうだナ。新しい宿主……ナ」
その言葉を聞いた妖精はじっと、潤んだ瞳でカレンを見つめる。
野郎、元よりそのつもりだったか。
「あたし? うん、いいよ。宿主になっても」
「ダメだカレン! 魔力どころか生命力を全て吸い取られるぞ!!」
「んなことしねーヨ」
「とにかくダメだダメだダメだ!」
断じて許さんと、カレンを庇うように前に出る。
「だってアレン言ってたじゃん、助けられるものは助けるって。これがそうだよ」
「それは、そうだけどさぁ……」
ほんと、なんでそんなことを言ってしまったんだろう。
もう少し言い方を変えればよかった。
ただしヒトに限るとでも言っておけばよかった。
時を戻す魔法はまだ開発されないのか?
「おい寄生虫、お前は死を受け入れたくはないんだな?」
「あぁ、オレは外の世界を見たい。五百年生きて人間や獣達から話を聞いたことはあっても、まだなーんも見ちゃいねえんだ。だから……死にたくねえ」
これは嘘偽りのない本心だろう。
「ったく、仕方ないなぁ。それじゃ、さっさと契約するぞ。最初から娘に寄生させたくはない。しばらくは俺の魔力をくれてやる」
「いや、お前さんのはちょっと腐臭が酷くて食えねえヨ。まともな人間じゃないのは分かってたけど、何年生きてるんダ?」
「……五千年だよ。おいカレン、生ゴミを見るような目をやめてくれ。鼻もつまむんじゃない。臭くないから。ほら!」
前にも寄生虫共に言われたことはあったが、やはりこう、心が斬り刻まれる。
珍味だとか濃厚な味があって好きだとか言ってくれるヤツも稀にいるんだけどなぁ……。
「というわけでカレン、君に契約神の聖呪を教えてしんぜよう。だからほら、こっちきてよ」
とても嫌そうな顔をして五歩下がっていたカレンが半歩だけ寄ってきた。
正直妖精殺しの方法を教えてやろうかとも思った。
よく耐えた俺。偉いぞ俺。
「今から教える聖呪は交わしたら簡単には破れない契約の魔法だ」
「ひゃっ!?」
「悪用するんじゃないぞ」
なおも長槍の間合いを取るカレンに縮地術でピタリと詰め寄り、逃げられないようにがっしりと肩を掴んで聖呪の文言を数度耳打ちした。
「覚えたな?」
「うん」
「お、覚えたってオイ! お前さんじゃなくてその子が聖呪を使うのカ!? 本当に大丈夫なのかヨ!」
不発はともかく、誤発で異形になったり歪んだ契約を結んでしまうのは勘弁してくれよと、先程木を蹴って出てきた時よりも動揺する。
俺はうんともすんとも答えずにニヤリと笑ってみせて、カレンと妖精から距離を取った。
「た、頼むぜ嬢ちゃん……信じるからナ……」
「任せて!」
分かる、分かるよその気持ち。
俺もカレンと出会ったばかりの頃は信じられなかったし信じたくなかった。
しかしどんな魔法を教えてもその場で習得するか、「あたしこの魔法知ってるかも」などと宣うのを目の当たりにしてきた。
だからこの子にとって魔法を覚えるのは、二桁の足し算引き算を解くくらい簡単なことなんだと受け入れた。
「……よぉし」
カレンは背筋をしゃんと伸ばして妖精と向かい合い、深呼吸。
碧い瞳がきらきらと輝いていた。
揺るぎない自信に満ち溢れていた。
事実それは魔法を使用するにおいては大事なことである。
カレンはいつも、知らず知らずのうちに正解の道を選んでいるのだ。
「いくよ!」
「……お、おウ!」
「――光在るゆえ影が差し、影の差すゆえ光在る。草木無くして土肥えず、土肥えずして草木無し。ゆえに汝――我が働き手となりて、ゆえに我――汝が拠り所となる」
そこで詠唱を止め、額と額を合わせる。
こうすることで契約内容を話し合って最終決定をするのだ。
かつて見届け人として契約に立ち会った際には、当事者間で話がまとまらなかったのか丸一日額を合わせ続けて結局中断したこともあった。……が、そんな心配をよそに二人は百秒とせずに額を離した。
カレンが妖精に支払う日給は一日に生産する魔力の二十分の一まで。
妖精はカレンの幸福を最優先にすること。
これら二つは絶対で、あとは好きにしろと言っておいたのだが、どうせ仲良くしてねくらいの甘っちょろい契約しか交わさなかったのだろう。
「かたや地の底かたや
カレンと妖精の胸から握り拳ほどの球が現れ出て、頭上へ移動した。
ふわふわと浮かぶそれらはどちらも光を放っており、輪郭のぼやけたものだ。
妖精のものは緑色で淡い光を放ち、カレンのものはつい目を細めてしまうくらいに眩しくて力強い黄金の輝き……小さな太陽とでもいうべきものだった。
「……流石だな」
契約神の聖呪においてしばしば現れるこの光る球は
五千年生きて数多くの契魂を見てきたが、ここまで強烈なものは未だかつて見たことも聞いたこともない。
「ねぇアレン! このまま続けていいの!?」
「あぁ問題ない、締めなさい」
予想外の事態にカレンは一時動揺するもすぐに平静を取り戻す。
己がどれほど強大で末恐ろしい存在なのかをいつ自覚するのだろう。
「……汝、同意するか」
「同意する」
「――《
その言葉により二つの契魂は混ざり合って、というよりはカレンの契魂が妖精の契魂を飲み込んでさらに強い光を放った。
それから二つに分かれ、再び二人の胸の中に戻っていく。
まさしく契約は結ばれた。
「まさか、本当にできちまうとはナ……。嬢ちゃんからとんでもねえ量の魔力が流れ込んでくるゼ……。これで二十分の一ってどうなってんだヨ」
カレンから魔力を、つまりは生命力を供給されたことにより、半透明で消えかかっていた体がはっきりと見えるようになった。
ついでにみすぼらしかった葉の服が、どこぞの部族の長が祭事に着るような派手やかで仰々しい衣装に変わっていく。
贅沢だな。
「当然だ。我が娘は千年に一人の選ばれし者なのだ。お辞儀をするのだ。それでカレン、話し合いの時間が余りにも短かったがこいつと何を結んだ? どうせ私と仲良くしてねとかなんとかではないのか?」
「ううん、違うよ。あたしだけじゃなくて、アレンとも仲良くしてねって約束したの」
「……フン、甘ちゃんめ」
やれやれと呆れていると目の前に来てスッと右手を差し出してきた。……ので、好きにしろとこちらも右手を放り出す。
小さな手で小指だけを掴まれた。
「オレはラクサっつうんだ、よろしく頼むぜ大先輩。仲良くしてくれよナ?」
「カレンの味方でいるうちは仲良くしてやらんでもない」
こうして旅の道連れが増えた。
賑やかになるだろう。
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