第五話 「用法容量は守るのだぞ」

 吸血鬼の国を発ってしばらく無言で森の中を歩き、座りやすそうな木の根を見つけたので休憩をとることに。


「三年かぁ……。まぁ、死んでいるだろうな」


 腰をかけた時につい、小さなため息と共に心の声が漏れてしまった。


「えっ? 今、なんて!?」


 冗談だよねとばかりに、カレンが聞き返す。


「今から探しに行こうとしている人物はほぼ確実に死んでいる。骨の一本すら持ち帰れないかもしれない」

「なんでそうだって決めつけるの!? ほら、迷子になっているだけかもしれないじゃん!」

「吸血鬼というのは暴虐神が対エルフ用に創造した優秀な魔人で、背中から蝙蝠のような翼を生やして飛ぶことができるんだ。それにもちろん視力もいい。他の感覚もね。だからそう簡単に迷いはしないよ」


 特にガエルは仲間に余計な心配をさせるのを嫌う。何かあれば必ず一報を入れ、それから責任を果たして戻ってくる。

 三年間も時間があったのに何一つ連絡がないということはつまり、そういうことだ。


「だからせめて、我が友がどういう生涯を歩んできたかだけでも聞いてほしい。彼は国を守護していただけではなく、秩序を守るためにも尽力してくれていた。世界のバランスを保つために力を奮い、時には抑止力として働いていた者の損失は、多大な影響を……何だ?」


 じっとこちらを見つめる物言いたげな碧い瞳と目が合った。


「なんで、なんでそんなに平気でいられるのよ。悲しくないの? 大事な友達だったんでしょ?」

「悲しいし悔しいさ。実を言うと心の底から怒っている、腸が煮えくり返っている、憤懣やるかたない。嘘じゃない、本当だとも。しかしそれを表に出したところで死人が帰ってくるわけでもなく、年長者としての威厳を損なうわけにもいかないのだ」

「イゲンだかなんだか知らないけど、こんな時くらい吐き出してもいいんじゃないの?」

「…………では、お言葉に甘えさせてもらうよ。すぐに終わらせてくるから」


 カレンを置いて先に進み、偶然あった獣道に入る。

 しばらくして少し開けた場所を見つけ、そこで服を全て脱いで小指を切り落とし、心臓に穴を空ける。

 そして切り取っておいた小指から蘇生して服を着る。


「ノヴァク・グルテンムリー……と」


 たった今生産した新鮮な死体の胸にその名を刻んで、手頃な木に吊るす。

 準備は整った。


「森にお住まいの皆様すみません、今から少しだけ騒ぎます」


 あらかじめお詫びをして深呼吸。

 心と体に許しを与える。

 何重にもかけた理性の錠前を外す。

 ブクブクと煮え立つものが蓋を吹き飛ばし、生き物の醜い暗黒面を曝け出す。


「ああああああああああああぁアアアアアアアアアァッ!!!」


 吊るした肉に拳を叩き込む。

 何度も何度も、必殺の拳を打ち込む。蹴りと頭突きも入れる。

 しかし肉を弾け散らさず、少しずつ押し潰すように加減して。


「ノヴァク! ノヴァク! ノヴァク! ノヴァアアアアアアアアアアアアク!!」


 忌むべき者の名を決して忘れることのないように叫び散らす。

 手を刃に変え、無数に切り刻み刺し通す。


「あんたが……ッ! あんたが憎い!!」


 俺はガエルを、頼れる親友であり可愛い弟だと思っていた。愛していた。


「必ず貴様の行動に責任を取らせる!!」


 俺の親友を奪っただけでなく、親友の愛する者達の命さえ奪うという大罪。

 ついでにサリィを泣かせたことも含めて、絶対に許さん。

 空の果てのそのまた向こう、はるか彼方の銀河系まで逃げようと追いかけて償わせる。


「骨の一本、血の一滴すらも残さず消し去ってやる! ――《掌念爆砕ショウネンバクサイ》!!」


 ほとんど原型の残っていない肉塊を締めに爆破。

 騒いだお詫びに血と肉の栄養分をこの土地にプレゼントだ。


「……ふぅーっ! スッキリした……ァ……」


 来た道を戻ろうと振り返ると、酷く引きつった顔の少女と目が合った。

 例えるなら、思春期の子供が夜中に起きて両親の営みを目撃してしまった時のような顔をしている。


「……もしかしなくても、見てた?」


 恐る恐る尋ねると、少し間を置いてからこくりと首を縦に振った。

 

「どこら辺から?」

「……木に吊るすとこから」

「うん、ほとんど最初からだね」


 いやまあ、こっそり見に来ていたカレンに気付けなかった己が悪いのだ。

 普段なら気付くものにも気付かなかった。

 憎悪と憤怒に飲まれるのはやはり恐ろしいものだ。


「このように暗黒面に浸ると視野が狭くなり、感覚を鈍らせてしまうので、用法用量は守るのだぞ。若さゆえに怒りっぽいカレンは特にだ」

「いくらなんでも、アレンみたいな怒り方はしないかな……」




 ♦︎♦︎♦︎




 三日かけて森を抜けるとちょっとした山脈が立ちふさがり。

 さらに三日かけて山脈を越えた、その先にあったものは。


「あれってさ……村、だよね?」

「あぁ、村だねぇ」

「なんか、焼けてない?」

「あぁ、焦土だねぇ」


 田畑は全て焼け焦げ、家々は瓦礫となり黒色と灰色で埋め尽くされた暗い景色が広がっている。

 ……あ、人骨見っけ。


「火事でもあったのかな」

「火事はあっただろうけど、自然に起きたのか人為的に起きたのかは行ってみないと分からないな。もちろん父としては寄らずに迂回をオススメするがね。人骨もあっ「うん、早く行こう!」


 そういうわけで山を下って廃村にきてしまった。

 何の臭いもしない村の中をこれといったものを探すわけでもなく見て回る。

 ほぼ全ての家が倒壊しているが、この村で一番大きな建造物であろう礼拝堂だけは外壁を残して建っていた。

 火災で屋根の抜け落ちた礼拝堂に、さらなる崩落の危険があるからとカレンを外に残して入っていく。


「……どう? 何かあった?」

 

 二十分ほど礼拝堂の中を調べていたが、カレンは入口前でじっと待っていた。

 先ほど道端に転がっていた人骨を見てしまった手前、不安そうに尋ねてくる。


「いいや、何もなかった」


 本当はあった。


 老若問わず、ひとまとめにされた何十人もの人骨が戦神像の前に転がっていた。

 死んでから燃やされたのか、燃やされて死んだのかは分からないが、殴打されたり剣で貫かれたような穴が骨に空いていたので他殺であることだけは間違いない。

 ボルトイカスピードは彼らを助けてはくれなかったようだ。


「あまり長居する意味はないだろうし、そろそろ行こうか?」

「あっ。あたし、もうちょっとだけ見てきていい?」

「あまり遠くには行くんじゃないぞ。こわーいアンデッドに遭って絞め殺されてしまうかもしれないからね」


 まぁ、いくら他殺されたとはいえある程度の魔法の才があるか、または明確な意志と並外れた執念がないとそうそうアンデッドに成り果てはしないので大丈夫だとは思うが。


「さて、と……」


 それでもやっぱり心配なので、一呼吸ついてからこっそりとついていく。

 

 カレンは生存者がいないことは分かっていながらも探し回り、ほったらかしの骨を見つけてしまった時はその都度穴を掘って埋めていた。

 そんな様を陰から見守っているとカレンの動きがピタッと止まった。


(まさか、気付かれたのか……!?)


 しかしカレンはこちらを向きはしない。

 かわりにまるで友達に呼ばれたかのように、軽い足取りで村の外へ出ていく。

 今はスッカスカで緑一つないものの、かつては草木の生い茂る林だったところへ踏み込んでいき、一本の大木の前で止まった。


 さすがに様子がおかしいので急いでカレンの元に駆け寄る。


「どうしたカレン?」

「なんかね、この木に呼ばれたの」

「なんだと?」


 不思議そうに首を傾げるカレンを横目にぺたぺたと樹皮に触れ、少し皮を剥いて調べる。

 一帯の木々はもれなく焼け死んで炭と灰と化している中で、この大木も半分以上炭となって枝葉を残していないながらも辛うじて生きていた。


「まだ声は聞こえる? 自分を何者だと名乗ってた?」

「ううん、もう何も聞こえない。けど妖精って言ってたよ」

「あぁ……そういうことか」


 おおよそのことを理解した。

 はぁ、と少し大げさに溜息を吐いて。

 すぅ、と深く息を吸い込む。


「おいゴルァ!! 出てこい! 許可取ってんのか!?」


 死にかけの大木に前蹴りを打ち込んで揺らした。

 しかし何も反応はない。

 カレンはビクッと震えてから固まった。


「うちの娘に何用だァ!?」


 だから少々出力を上げて、百度も蹴れば大木が折れて倒れるくらいの力でスジモンキックを続けることにした。

 宿主と共にくたばるか、それが嫌ならばさっさと姿を現せ寄生虫妖精め。

 この俺様を通さずにカレンとお話をするなんて勝手は許さんぞ。


 そして――。

 木の根っこが何本か千切れ、幹に足の形の凹みができ、ミシミシと軋む音が鳴り出した辺りでソイツは姿を現した。


「分かっタ! 分かったかラ! もうやめてくれヨォッ!!」


 情けない叫びと共に目の前に現れたのは半透明の浮遊体。

 みすぼらしい葉のような服を纏った羽つきの小人。

 間違いない、妖精だ。

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