第四話 「隠し事」
月が欠けて満ちるのはあっという間で、別れの時がやってきた。
「アレンさーん! またきてくれよなー!」
「あんたの血、すげえ旨かったぜ!!」
「カレンちゃんも元気でねー!」
城の手前から国の出口まで、俺とカレンを見送ろうという人が列をなしていた。
あまり人里に出ることがない彼らに世界各地で仕入れてきた土産話を語ったり、腕肉の配給をしたり血を好きなだけ吸わせていたら、昔と同じように受け入れてもらえたのだ。
一人ずつハグやら握手やらをしていって、蟻の行進するような速度でようやく壁の外に出ると。
「楽しかったよサリィ、フロリアン」
美の擬人化とも言える吸血姫と彼女を支える紳士然とした吸血鬼。
最も俺とカレンをもてなしてくれた二人が待っていた。
「本当に行ってしまわれますの? うぅっ、寂しいです寂しいです。寂しすぎて死んでしまいます」
「こらこら、千歳にもなってウソ泣きをするんじゃない」
やはりガバっと胸に飛び込んできたサリィを最後だからと好きにさせる。
気の済むまで抱きしめさせてからそっと離した。
「おじ様さえよければ、好きなだけいてくれて構いませんのよ? カレンはそうね……私の下僕になるというのなら置いてあげてもよろしいですわよ?」
「これでさよならだし、本気でケンカする?」
「指二本でぎっちょんぎっちょんにしてさしあげますわ!」
カレンとサリィの仲睦まじいやり取りもしばらくお預けとなる。
一月の滞在とはいえ、とても良い羽根休めになった。
これで思い残すことなく嵐の中へ突入できる。
「じゃあそろそろ、行くとするかな。十年もしないうちにまた寄らせてもらうよ」
「はい、いつでも待っておりますわ」
「良き旅を。お身体にも気を付けてください」
「あぁ、そうそう。最後に一つだけ聞いておきたいんだけどさ――」
おおよそ見当はついているが、誤魔化すことのできないように不意を突いて尋ねる。
「――ガエルに何があった?」
サリィの身体の軸が一度後ろに傾き、フロリアンの目が毛の太さほど細まる。
何か隠し事があるようだ。
「……やはり、おじ様に隠し事なんて出来ませんわね。いつから気付いておりましたの?」
すぐにサリィが白状した。
「んー、夫人が殺されたって聞いた時からかな。ガエルは人一倍責任感の強い男だからねえ」
自身の不在時に最愛の妻を殺されたとなっては千年間は引き摺るはずだ。
極力サリィを一人にしたりなどせず、この国の守護者としての責を全うしようとするはず。
たった数日の外出も躊躇うに違いない。長旅などもってのほかだ。
「それに俺がガエルの名を出した時の周りの反応も考えれば、何かあったんじゃないかとね。君達だけではどうにもならないようなことが。話してくれるかい?」
サリィはこくりと頷いたが、すぐには言葉を紡がない。
よほど辛い話なのだろう。
今度こそ嘘泣きではなく、本当にえずき涙ぐんでいる。
「私がお話しいたします」
見かねてフロリアンが口を開いた。
「あれは三年前のことでした――」
フロリアンは感情を抑えながらも、まるで昨日の出来事であるかのようにつらつらと語る。
それは勇者ケイが四将の一人、黒騎士アンディを討ち果たして消えたという詩が流行り出した頃だ。
この国に魔界からの使者が訪れた。
『お初にお目にかかります、吸血鬼の王よ。私は四将が一人、ノヴァク・グルテンムリーでございます』
その者は悪い噂の絶えない魔人で、知的さと不気味さを兼ね備えていた。
もっとも、人族の宿敵である魔王とその重臣たる四将に良い噂のある者などいないのだが。
『何の用だ? 亡命したいのなら力になるが』
『いえ。すでに存じ上げていると思われますが、四将であり我が友でもあるアンディが敗れてしまい、空席が生じました。そこでどうか助力を願いたい』
『四百年前にも断ったが、記録に残ってはいないのか? 人族の土地に住まわせてもらっている身でそのような勝手はできん。せっかく来てくれたところ悪いが、話がそれだけなら帰ってくれ』
魔人側についたことによって人族の恨みを買い、同胞たちを危険に晒すことなどできはしないと当然ながら断った。
『では、また』
意外にもノヴァクはしつこくより頼みはせず、むしろ不気味なくらいあっさりと引き返した。
彼が踏み歩いた場所にあった草花は、足の裏に口がついているかの如く貪られていたという。
そして事件が起こった。
ノヴァクが去ってから七日間、毎朝一人ずつ吸血鬼が死体で発見されたのだ。
それも必ず体の一部が欠損していた。
一人目は両脚が無く。
二人目は両腕。
三人目は胴体。
四人目は首から上が。
五人目は全身の皮を剥ぎ取られていて。
六人目は皮と骨は残っていたが肉が無く。
七人目の犠牲者はガエルとフロリアンに次ぐ力を持った二千歳の警備隊長であり、二百本以上ある骨を全て抜き取られた状態で発見された。
彼には一枚の手紙が持たされていて、そこには「封魔大陸でお待ちしています。なるべく早く、お一人でいらしてください。他の者は必要ありませんので」といったことが書かれていた。
『では、参るとしよう』
『ガエル様! これは罠です! 行ってはなりません!』
『お父様にもしものことがあれば私は、私は……』
罠以外のなにものでもないと誰もが止めようとした。
しかしガエルは止まらない。
一人目が殺されてから警備を強化したにも関わらず、第二第三と犠牲者が出てしまったのだ。
ここで無視すればどのような手を打ってくるか容易に予想がつく。
ガエルは俺に似て臆病者で寂しがり屋で、これ以上愛する人達に死んでほしくはないのだ。
『サリィ、いい子にしているんだぞ』
『……はい、お父様』
『フロリアン、サリィを頼む』
『は、命に代えましても』
『他の者も注意を怠らずに……ってオイオイ、みんなしてそんな深刻な顔をしないでくれ。三日もすれば戻ってくるさ』
そして一人旅立った。
『フロリアン……』
『信じて祈りましょう。もっとも、私達は魔界を捨てた身ですから祈る神はいませんが』
『そう、ですわね。でも……とても、とても嫌な予感がしますの――』
サリィの嫌な予感は見事的中し、三日どころか三年経った今でもガエルは帰ってこない……と。
「なるほどねぇ」
これは困ったことになった。
「勝手なお願いだとは分かっております。ですが、私にはおじ様しか頼れる人がいませんの! ……どうか! どうかお父様と私を助けてください!!」
サリィは恥も外聞もかなぐり捨てて、その綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして懇願する。
俺の手を取りぎゅっと強く握りしめる。
「もちろんだとも。ガエルには話したいことが沢山ある。誰に頼まれなくとも行くつもりだ。必ず行くつもりではあるのだけど……」
サリィを視界から外し、ずっと黙って聞いていたカレンの方を向く。
「あー……。悪いがカレン、君の親探しより先にサリィの親探しをしても……いいかい? それで、魔界に行くからにはちょっとばかり拳を使った話し合いもしなきゃで、とても危険だからここに残ってもらうことになるけど……」
「両方はダメ」
「というと?」
「あたしを置いていくなら先にあたしのパパとママを見つけてきて。あたしを連れていくならその泣き虫のパパを探してもいいよ」
二択を迫っているようで一択しか残されていない。
サリィとずっとボードゲームに興じていたせいか、詰める技術が上達してしまった。
「しかしなぁ」
これから向かうのは悪名高き魔界だ。とても恐ろしくて危険な場所なのだ。
それこそ三度の飯より戦いが好きで、枕の上で死ぬより血の海と屍の上で死にたいとほざくような魔人と凶暴な魔獣が跋扈しているのだ。
自然環境だって中央大陸と比べて劣悪で、弱者を殺しにかかってきているようなものが多い。
俺一人では君を守ることはできないかもしれない。
などと言おうとしたが……
「ふふんっ!」
腰に手を当て準備万端覚悟完了魔獣でも魔人でもなんでもかかってこいという、活力に溢れた目で見つめられては何も言い出せなかった。
「というわけで、俺とカレンで魔界観光をしてくるよ」
「これ、一つ貸しだからね!」
「おじ様……カレン……」
サリィは両袖でごしごしと涙を拭い、それから紅潮した顔で微笑んだ。
「待っていてくれるね? さすがに千年はかからないからさ」
昔してあげたのと同じように、乱れた前髪を手櫛で梳いてからぽんと頭を撫でる。
「はい! いつまでもお待ちしておりますわ!」
「それではこちらをどうぞ。もしものことがあればとガエル様が用意していたものになります」
必要に応じてご使用くださいと、頭の大きさほどの水筒を渡された。
ポンッと栓を抜けば水ではない鉄臭さが鼻につき、陽で照らすと赤黒い液体が満たされていた。
あらためて嗅覚を研ぎ澄ませるとそれがガエルの血であると確信できた。
「お守り、というわけにはいきませんが役に立つかと」
「たしかに、どんなお守りよりも効力があるよ。ありがとう」
「なになにー? ……うげぇ」
横から覗いてきたカレンがとても嫌そうな顔をする。
そしてじりじりと、天敵と出会った野生動物のように後退りしていく。
「ほ、ほら! 早く行こうよ! こんな不気味なところからおさらばしよ!?」
「それじゃあ、行ってくるよ。またね」
「おじ様もカレンも、どうか無事に帰ってきてください。……まぁ、カレンは魔獣に食べられてしまっても構いませんけど」
「サリィの泣き顔ちゃんと覚えたから! あとで絵を描いて送るからね! 楽しみにしててよ! べぇーっ!」
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