第十九話 「化けの皮」

 拳で語り合おうと告げた矢先、マニックが前傾して腰を落とす。

 タックルでもしてくるのかなと予測する間もなく、彼の顔のあった高さから二本の矢が飛んできた。 

 

「うぉうっ!」


 パッと掴み取って見ると、二本とも矢尻にたっぷりと毒を塗られていた。


「おいおい、こんなものがもしも当たったら本当に死んでしまうじゃないか」

「だからとっておき……つったろッ!」


 言うだけはある。

 マニックの攻撃に合わせて、まるで魔法のように次から次へと多方向から矢が飛んでくる。

 もちろんそれらは魔法ではなく、からくりだ。


「その内絶対当てっから、そのまま避け続けてくれよ!」

「とするとここらへんに落とし穴……だね?」


 マニックと矢の追い込みによって目星をつけた場所を軽く踏むと、あっさりと穴が空いて真新しい鉄の杭が顔を出した。


「クソッ!」

 

 ドゥーマン達が置いていった設計図を参考にして仕掛けたのだろう。

 相棒のことだからだれにも頼らずたった一人で、三日という短い時間でやれるだけやったに違いない。

 どうすればアレン・メーテウスという世界最高峰のテンノを殺せるか傷を付けられるか、熱が出るほど考え抜いたに違いない。


「及第点をあげよう」


 だけどこちらは昨日ほとんど同じものを経験したばかりでね。

 万が一にも傷を付けられる気はしないんだ。


「一応聞いておくが、どうして俺に殺意を向ける? 何か気に障るようなことでもしてしまったかな? それとも誤解でもしていたりは」

「あぁ!? この期に及んでふざけたことぬかしてんじゃねえよ! ……でもそうか。分かった、一度だけ聞いてやる。アレン、お前は何者だ?」


 それは初めて出会った時の、俺を組み伏せた時にした質問と同じものだ。

 いや、あの時の方が冷徹ながらも幾分か優しい声色と瞳をしていた。


「またそれかい?」

「答えろよ」

「俺はアレン・メーテウス。南の島出身の子連れテンノさ」

「……それだけ、じゃねえだろ!」


 マニックのナイフを強く握る手が怒りでわなわなと震える。

 それでも精彩を欠いたりはせず、急所目がけて鋭い一撃を放ち続けてくる。


「お前の気の良さにみんな騙されてたし、俺自身もお前に何度か助けられたから相棒だなんて呼んでたけどよ、それでもずっと疑ってたんだよ! それこそお前を処刑台で見た瞬間からな!」


 そうか。

 そうだよなぁ。

 たしかに首を切断されたのを、誤魔化せはしないよなぁ。


「俺はお前の首が切り落とされるのをこの目で見たんだよ。だけどお前は生きていて、ネズミの姿で現れやがった」

「それは一子相伝の秘術ってことには」

「なるわけねえだろ! ネルクの刺客に襲撃された時もそうだ。お前は偶然青い火を打ち消す魔法を知っていた。でも本当に偶然か? 偶然にしちゃ出来過ぎじゃねえか? お前が刺客と内通してたか、実は隠しているだけで無数の魔法を使えるんじゃねえのか?」


 はい、その通りでございます。


「他にも疑う理由はまだまだあるけどよ。この大事な時期に馬鹿みてえに有能なテンノがふらっとやってきて、気前よく手助けをしてくれるなんて都合良すぎると思わねえか!?」


 言われてみればたしかに怪しすぎる。

 しかしそれだけは本当に偶然なのだ。

 事実は小説よりも奇なり、とはよくいったものよ。


「そろそろ化けの皮をはがしたらどうだ? きっちり退治してやっからよ!」

「そう、だな……。相棒には俺のことが、得体の知れない化け物が人の皮を被っているようにでも見えるか?」


 それ以外何がある、と。

 嫌悪感に顔を歪ませて斬りかかってくる。


 常人の人生何十回分もの年月を生き続けて、嫌になるほどその表情カオを見てきた。

 だからといって完全に慣れたわけでもないし、いつだって心苦しいし悲しくなる。

 俺はお前と同じ人間だ! その言葉を声と涙が枯れるまで叫び続けたこともある。


「でも、そうだよなぁ」

「何ブツブツ言ってやがる」

「言葉だけで分かり合えたら、苦労しないよなぁ……」

「ぶグッ!?」


 初めて反撃した。

 今までずっと避けるか逸らすかしていたが、懐に詰め寄ってきたところを掌で押し飛ばした。

 水平に飛ばされたマニックが背を石壁にぶつけ、こひゅうと苦しそうに息を吐き出す。

 俺はその間に意識を研ぎ澄まして一つの言葉を唱える。


「――《我々ト同化セヨメタマ・フォシ》」


 黒い靄が立ち込めて視界を覆う。

 そして俺の身体が変化を終えて靄が消え去るのと同時に、マニックの唖然とした面が目に映った。

 

「……やっぱし、バケモノだったじゃねえか」


 今回は全身ではなく頭と手と足を変え、そして尻尾を生やした。


「覚悟はしてた……けどよ。なんだよ、それ。竜……だよな……?」


 室内なので人間大の大きさで、飛膜も生やさずにしておいたが、マニックはそれが何かを理解した。

 あの日飲み込んだ亜竜の心臓が、未だ血肉となって残っていたおかげで変化できた。


「そうだと言ったら?」

「なおさらここで、てめえを殺……」


 殺意と使命感を激しく燃やすマニックが振るうナイフを避けも逸らしもせず竜の手で受け止める。

 するとそれはポキリと容易く折れてしまった。 


「罠でも何でも、使ってみるといい」

「言われなくても、そうするに決まってんだろ!」


 無数の矢を全て受け、マニックが投げてくるシューリ剣や工具も全て受け、さらには自ら落とし穴にも落ちた。

 しかし亜竜の鱗にはせいぜいかすり傷しかつかず、踏みつけた鉄の杭はぐにゃりと曲がってしまった。


 相棒は俺なんぞよりよっぽど物覚えがよく優秀な人間だ。

 同い年であったならば俺の勝てる部分など頭の形の良さくらいしかない。

 けれど、そんな優秀な人間が必死になって編んだものを意に介さず、尾の一振りで壊し尽くせるくらいに竜たる存在は脅威である。

 龍モドキや二流などと揶揄される亜竜といえど、一般人からすれば竜や龍などとそう変わらない。


「いやぁ、せっかく俺のために準備してくれたというのに悪いね。脆過ぎたんだ。雷撃なら効くだろうから、手を擦って静電気でも起こしてみなよ。十分くらいなら待ってあげるぜ?」

「は…………こりゃ、どうにもならねえ……」


 歪んだ顔、

 竦んだ足腰、

 闘争心の欠落、

 怖けた臭いの汗、

 筋肉のこわばり、

 制御できない鼓動、

 そして、諦めの声色。


 人間の何倍も高性能な五感を得たおかげでより鮮明に感じ取れる。

 もう彼は、俺に勝とうとも勝てるとも思ってはいない。


「…………しゃあねえな」


 フッと、マニックの緊張が解れた。

 俺はその緩み方をよく知っている。

 生への執着を捨てた愚か者が幾度となく見せてきた腹立たしいものだから。


 こちらを見てニヤリと笑ったマニックが素早く金槌を手に持ち、躊躇いなく自身の腹を打つ――


「ぐァッ!」

 

 それだけはさせまいと、俺は竜の尾を振って手から金槌を叩き落とした。

 そのまま尾を上半身に巻きつけて拘束し、動きを止める。


「何ッ、すんだてめえ! 離せ!」

「それはこっちの台詞だ。お前は今、――命を捨てようとしたな?」


 マニックの服の腹部を裂いて取ると、裏側にはやはり大量の釘が張り付けられていた。

 俺を巻き込んで自爆するつもりだったのだろう。


「そうだよ! ワリィかよッ!?」

「あぁ悪い。そんなことをされると俺の目覚めが悪くなる。なによりそれは俺の専売特許だ。他のいかなる者にも許されない」

 

 命を捨てることだけは禁じ、俺はマニックを拘束から解き竜の変化を解いた。


「なんのつもりだよ。さっさと俺を殺すなり食うなりしろよ」

「そんな物騒なことをするわけがないだろう? それよりもほら、俺が最初に言ったことを思い出してみろ」


 もうこの場には使える武器も罠も残っていない。

 残っているのはそれぞれの肉体のみ。


「拳で語り合「――なめんなッ!!」


 俺が言いきるまでもなく、本気の拳が右頬に叩き込まれた。

 それでわずかに硬化するタイミングがずれたが、まぁ、少し痛いくらいで問題はない。


「ッてぇ! 鉄柱とすり替わったんじゃねえのか!?」

「クク……悪くはなかったぞ。次は俺の番だ」


 痛めた右拳をさすっているマニックに縮地術で間合いを詰め、想定外の一撃をがら空きの横っ腹に打ち込む。


「…………ぐ……ぁ……ッ」

 

 防御もできずモロに受けたしまった相棒は口をパクパクさせてその場に崩れ込む。

 貫いたり殺したりしてしまうことのないように二割以下の力で殴ったが、現代人には少々辛かったかもしれない。


「んじゃ、しばらく反撃しないであげるから、気の済むまで好きにやってみな」


 軽く挑発してマニックのやる気を引き出す。

 おかげで常人ならあと五分は身動き一つできないであろうものを、床に拳を打ちつけながら立ち上がった。


「こんのッ……バケモン、がァッ!!」


 奮い立つマニックに先ほどまでの冷静さはない。

 ただがむしゃらに、意地になって、俺の顔と腹を蹴りを混ぜつつ殴り続ける。


 そのように好き勝手に打たせ続けて、合計で拳を六十六発、蹴りを八発打ち込んでから、相棒は大層悔しそうな顔をして仰向けに倒れた。


「なんであんなに殴られて、ピンピンしてんだよ。お前の身体は何で出来てんだよ」

「何って、君と同じもので出来ているさ。それで、満足してくれたかい?」

「……あぁ、何も思い残すことはねぇ。コウヒとトラスア様にも、俺が革命前日に戻らなかったら延期するように伝えてあるからよ。お前の思い通りにはさせねえぞ。……そういえば、一つやり残したことがあった。コウヒに思いを告げてねえや」

「ほう、ようやく本音を」

「最期なんだ、嘘は吐かねえよ。あークソ、普通に結婚して、普通に死にたかったなァー! チクショウ! もっと旨い酒を飲みたかったーッ! コウヒー! ガキの頃からお前が好きだったーッ!!」


 俺としては何一つ、殺したりましてや美味しくいただくなどとは言っていないのだけれど、勝手に死を悟って心の声をぶちまけている。

 これはこれで面白いのでそのままにしておこう。

 それにそろそろ来るはずだし。


 トットットッと、駆け足で階段を下りる音が聞こえてくる。

 それはだんだんと大きくなって止まり、次いで隠し扉が開かれ。


「マニック! アレンさん!」

「ンなッ!?」


 あの冷静なコウヒさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「アレンさん! マニックの身に何が」

「逃げろコウヒ! コイツは人間じゃ「いやぁ、こんな時間に呼び出してすみませんねコウヒさん」


 ピィピィうるさい男の口を塞いでコウヒと話す。


「なんか彼、さっきからずっと俺のことを化け物だのとって食われるだのと狂ってしまったみたいで」

「は、はぁ……?」

「そこでコウヒさんの愛の力があれば治るかな……なんてね、《石子イシゴ》」

「はい? えっ!?」

 

 魔法で部屋の壁や床、天井に至るまでの石材たるものを思うがままに操る。

 即席で作った石の座席に抵抗する術を知らない二人を座らせて、逃げ出せないように手首足首を石で縛り付けた。


「やっぱり、魔法も自由に使えるんじゃねえかよ……!」

「アレンさん、これは一体……?」

「おいアレン! 俺のことはどうしてくれたっていいから! 魂だってくれてやる! だからコウヒには何もしないでくれ!!」

「魂ってそんな、死神じゃないんだからさぁ」


 現状を全く理解できていないコウヒと、どうにかしてコウヒだけは助けてもらおうと、マニックが無駄にもがいたりはせずに言葉だけで必死に訴える。

 もちろん俺は不平等なことはしたくないので、二人一緒に味わってもらうつもりでいるがね。


「コウヒさんもこの尖り顔に何かしら吹き込まれたせいで俺を怪しんでいるでしょう? だから二人には特別に正体をバラしちゃおうと思いまーす! 本番当日までわだかまりがあってはいけないしね!」


 さて、どこから見せてあげようか。

 初っ端から刺激の強い場面はやめておいた方がいいかな。 


「さぁ身体の力を抜いて。心を落ち着かせて。今から見る全てを受け入れる覚悟を決めて。そうでないと、本当に狂ってしまうかもしれないから」


 少しでも怯えが和らぐように安らぐツボを圧して優しく忠告して。

 身じろぎもできない二人の額にそっと手を置く。


「どうぞゆるりとご覧あれ、不死者アレンの過ぎし日を――」

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