第十八話 「特別稽古」

 隅の見えない暗い部屋。

 強めの夜風が窓をガタガタと鳴らしている。

 それでベッドに横たわる少女が怯えることがないように、枕元に置かれたランプが小さく優しい橙色を放つ。


「アワレ! 無数の感染体に囲まれたトリニティが『私を見捨てて逃げて!』と涙を堪えながら叫び声を上げ、周囲の感染体を巻き込んで爆散! それでも大した数を減らせず、なおも地を覆いつくす感染体を前に誰もが諦めかけたその時、不思議なことが起こった!」


 そして俺は本当の親が子供にしてあげるのと同じように、良い夢を見れそうな物語を朗読する。


「ナンテコッタ! 三節棍を握りしめてただ絶望していたノヴァの身に、はちきれんばかりのボイドエネルギーが宿ったのだ! 第四の力で感染体を爆発四散させ続けるノヴァは、何かに憑りつかれたかのように『ループを讃えよ』と虚ろな瞳で唱え続け…………おや、これからが山場だというのに」

 

 読み聞かせて十分と経たずに寝息を立て始めた。

 なのでそっと毛布をかけて、カレンの目に入ってしまいそうな前髪をかきわけてから、小声でおやすみを告げて静かに部屋を出た。


 極力音を立てずに廊下を歩き、がらりとしたエントランスを通って正面玄関から屋敷を出る。

 屋敷を出て真っ先に目に入ったものは歪んで揺れる月を映す池と、しゃがみ込んで池を覗き込む尖り顔の男だった。


「すまん、待たせた」

「おう」


 マニックは両膝に手をついて立ち上がり、こちらを見ることなく歩き出した。 

 三日三晩顔を見せなかったと思ったら、昼にやってきて半ば強引に約束を取り付けられたのだ。

 

「んじゃ、いくか」


 テンノらしい素早い足取りでアーチカルゴの像が祀られている小屋へ入っていく。

 そして像の後ろにある地下へと続く蓋を開けてさっさと降りてしまった。


「おい、地下で飲むのか?」

「あぁ、とっておきの場所があるんだよ」


 とっておきという言葉に多少引っ掛かりを覚えたが、折角用意してくれているのだからあれこれ聞かずに黙ってついていくことに。

 地下一層から二層へ降り、そして二層から三層へ降りる階段の途中で足を止めた。

 そこはまさしく昨日見つけた隠し扉の場所で間違いなかった。


「ここだ。よーく見とけよ」


 やはりマニックは窪みに手をかけ、それを押し開いた。


「ほぉー……おん?」

「なんだ、その妙な反応は?」

「いやぁ、昨日この隠し扉を見つけたんだけどね。コウヒさんがこの先は墓所だと」


 しかし隠し部屋の中に棺ましてや骸などはどこにも見当たらない。


「あー、そんなことを言ってたのか。……いやまぁ、間違いじゃねえけどな。昔ここに住んでいたヤツの棺はあったわけだし。……ま、座って待ってろ」

 

 入れ入れと隠し部屋に押し込められ、座れ座れと部屋の中央にある丸テーブルの席につかせられた。

 マニックは俺を固定すると、さらに奥の隠し扉を開けて酒を取りに行った。

 

「ふぅーん……」


 テーブルの端に頬杖をついて見回す。


 部屋にはマニックの仕事道具や空の酒瓶が置いてある以外に私物らしきものは見当たらない。

 年季の入った作業台や工具、壁に所せましと貼られている設計図やらは元いた住人の物だろう。

 いかにもドゥーマンの職人らしい部屋だ。


「色々考えてあるなぁ」


 設計図には動く床や壁などの仕掛けや、対人用の効率的な罠であったりが記されている。

 もちろん多種多様なゴーレムの設計もあった。


「ずいぶんと開発熱心なこと……でェ…………」

 

 その中から見つけてしまった。目に留めてしまった。

 どこかで見た覚えのある六本腕の、できることなら今は思い出したくないゴーレムの画を。


「いや、きっと見間違えだ。そういうことにしておこう」


 それでも一応、二度とあんなものが作られることのないように、後で設計図を取って焼いてしまおう。

 あれは中々に恐ろしい代物だった。

 場合によってはあのゴーレム一つで国が滅ぼせるくらいの恐ろしいものだった。


「しっかし、遅いなぁ」


 早く酔って忘れてしまいたいことばかりなのに、マニックは中々帰ってこない。それに、


「なんだか急に、眠くなってきたなぁ……」


 知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろうか?

 俺は不意に襲い掛かってきた猛烈な眠気によってテーブルに顔を押し付けられ、瞼を下ろされた――




 ♦♦♦




「……さすがに眠ったか」


 ほっと一安心したのか、足音を立てず酒の一本も持たずに戻ってきたマニックの心拍数が下がっていく。


「わりぃな相棒、せめて楽に殺してやるからよ。恨まないでくれよ」


 それだけを告げて、ただ一度の逡巡なく、酒瓶の代わりに握ったナイフを俺の首筋に突き立てる――


「――残念でした」


 もちろん、こんな簡単に勝ち星を献上する気はないのでそれを掴み取った。


「ッ!? はァッ!?」


 俺が掴み取ったナイフを部屋の隅に放り投げてから立ち上がると、すでにマニックは距離をとって別のナイフを構えていた。

 それでも動揺だけは全く隠せていない。

 心拍数も先ほどの二倍以上に膨れ上がっている。

 

「やぁやぁ、どうしたんだい相棒? そんなにサツバツとしてさ。悩みがあればいつでも相談に乗ってあげるよ?」

「……なんで、起きてやがる。象でも一息吸えば眠るっつうのに」

「というとやっぱり、君の仕業だったか。おかしいと思ったんだよ」

 

 一度身体を休めれば、一週間は睡眠を取らずとも普段と変わりなく動き続けることができる。そのように鍛えてあるのだ。

 大方無色無臭のとっておきの眠り香でも焚かれたのだろう。


「それでどうして眠っていないかって? それは慣れっこだからさ。対処法を誰よりも知っているんだ」


 俺のことを財宝を守る龍か何かだと勘違いしているのか、麻痺させるなり眠らせるなりして動きを封じようと試みる輩が非常に多い。

 しかもそれらは実際有効な手段である。

 俺を眠らせてぐるぐる巻きに縛ってセメントに浸し、それに魔封じを施して海の底か地の底にでも沈めれば数十年は容易に封印できる。

 ほとんど同じ方法で千年間も封印されたのだから間違いない。


 一体全体千年前に何があって封印されてしまったのかは知らないが、それ以外で眠らされそうな時には頬をつまんで肉を千切り取るなり血を抜くなりして対処してきた。

 そして眠気を感じたら死ねばいいという最適解にも辿り着いて。

 わずかでも不自然な眠気や痺れを感じたら、すぐさま脳みそか心臓を爆破してきたのだ。

 今回も眠りに落ちる前に心臓を破裂させた。


「小細工は通用しねえってか、バケモンがよ」

「ふふふ、そういうことだ。となればあとは……分かるだろう?」


 マニックの震える脚を一瞥してから尖り顔をじっと見つめる。

 それで分かったのは、言葉での和解が通じそうにないということだけ。

 今すぐに逃げろと本能が警告するのに抗って、刺し違えても俺を殺す覚悟を決めているようだ。


「特別稽古の時間だ。さぁ、拳で語り合おう」

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