第十七話 「終の秘拳」

 煌々と輝く冠を手にとった瞬間、部屋の入り口に分厚い石の壁が現れて中と外が完全に隔てられた。

 つまるところ、俺は閉じ込められた。


「はいはーい! 大丈夫でーす!」


 耳を澄ませば壁の向こうから必死に俺を呼んで心配する声が聞こえてきたので返答する。

 もっとも、俺の声は届いていないだろうけど。


「さて……」


 冠を動かしたら作動するという仕掛けはなかった。

 つまりは俺ではない何者かが作動させたということだ。

 カレンの言葉を信じていないわけではなかったが、これでこちらに敵意を向ける何かがいるのだと言い切れる。


『何度目だ、愚かなヒトの子ヒューマンめ』


 そして俺にもようやく、その声が聴こえるようになった。

 耳を通して聴こえるというよりは頭の中に直接語りかけられているといった方が正しいのかもしれない。


『今すぐそれを元通りに戻せ』

「いやだと言ったら?」


 冠を被ってから返答すると、またしても何かの仕掛けが作動し。

 大きな振動と共に入り口から祭壇までの細い足場を残して床が消え、底にあるものが目に入った。


『お前のような貪欲で卑しい人間が何人もやってきたが、皆悉くそうなった』


 所狭しと生やされた鉄の杭と、それに突き刺さって息絶えたであろう無数の人骨。


「おぉ、こわいこわい。これを返したら許してくれるのかい?」

『考えてやらんでもない』

『ダメだ、今すぐ殺せ。汚らわしい手で我々の傑作に触れただけでも許されない』

『いいや、飢えと渇きで死に晒すのを待て』

『それも違う、自ら死にたいと乞うまで痛めつけろ。殺すのはそれからだ』


 途中から他の怨霊も自分の意見を主張するようになった。

 しかし生前が頑固なドゥーマンだからか、全くと言っていいほど協調性がない。

 唯一合致している点と言えば、最終的には俺を殺すということだけ。


「あのー。外で娘が待っているんで早く決めてもらっていいですかね? ……うぉっと!?」


 部屋の左右に無数の穴が開き、そこから矢が次々と放たれる。

 どこにこれほどの矢を貯めておいたのか、軽く二千は超える数が射出された。


 どうやら俺の軽口が聞くに堪えないようだ。

 だからといってそう易々とタマを取らせるつもりはない。


『これは驚いた』

『アレを受けて生き延びた人間は初めてだ』

『お前は本当に人間なのか』


 俺に襲い来る全ての矢を避け、叩き、掴みきると、生者がするのと同じようにあらぬ疑いをかけられた。


「あれだけやったんだ。もう一本も残っていないだろう? さぁ、俺を出してくれ」

『まだだ』


 またしても振動する音が鳴り出し、今度は残っている細い足場と祭壇さえもが収納されてゆく。

 そしてついに指先一つ置ける足場すらなくなってしまったので、仕方なく天井に張り付いた。


『こやつ、脆弱な人族とは思えない身体能力を持っておる』

『まるで獣だ』

『だが、いつまで耐えられるか見物だな』


 すぐに限界がきて死にかけの虫のように落ちると思っているのだろう。

 だからその期待を裏切るように、目いっぱい天井を動き回ってやった。ついでに掃除もしてやった。


『馬鹿な! もう十分は経つぞ!』

『それにその動き、一体どんな魔法を使っているのだ!?』

 

 何百年と同じ場所に漂っているだけで大した刺激を味わってこなかったのもあるせいか、怨霊共は驚きを隠さない。

 

「後はそうだな、手品でも見せてあげようか。タネを見破るのに二百年はかかるはずさ。どうだ?」


 退屈を吹き飛ばすのを提案すると、例の振動音と共に収納された床と祭壇が現れて、再び元通りの状態に。

 やれやれ、ようやく諦めてくれたか。

 しかしどういうわけか、俺が降り立ってしばらくしても入口を塞ぐ壁が動く気配はない。


「さぁ早く、入口も開けておくれ」

『最後に、我々の最高傑作をもう一つ紹介してやろう』

『お前を逃がすのはそれからだ』

『せいぜい足掻くがいい』

「かぁー……っ」


 俺が大きな溜息を吐いている間に再び祭壇が壁に収納され、代わりにあるものが現れた。

 

 靴を履き、

 鎧を身につけ、

 剣を手に持ち、

 後ろ髪を結った、

 六本腕と一つ目のつちくれ人形ゴーレム


「あらら、よくできていますこと。作るの大変だったでしょ?」 

『大変なんてものではない』

『二十年の年月を要したのだ』

『完成を待たずに一人二人と死に絶え』

『最後はワシ一人で作り終えた』

「ほーん……」


 そういうことなら、折角だし相手をしてあげよう。

 死んだ時から成長が止まったままの、ガキのお人形遊びに付き合ってやろうじゃあないか。


「しっかしこれ、本当に動くのかい?」


 こちらが構えていても何もしてこないので、ゴーレムの核でもある瞳に触れようとした寸前、


「ぬォッ!?」


 蒼い瞳に赤い光が灯り、六本の名剣が閃いた。

 それをなんとか、俺の身体に傷が付く間一髪のところでなんとか避けることができた。


「これはちょっと、遊べそうにないかなァ……」


 そう、避けざるを得なかった。

 普段なら刃物など避けずに筋肉を固めて受け止めたり折ったりするのだが、今回はそれが通じそうにないのだ。

 怨霊共の最高傑作は、生半可な戦士の剣を折り盾を割り鎧ごと骨を断つ力と技を有している。


『どうだ!』

『恐れ入ったか!?』

「あぁ、恐れ入ったよ。無傷では済まなそうだ。一体どうやってこんなものを?」

『幾人もの名のある剣士に協力してもらい、彼らの剣技を写してある』

『与えた命令はただ一つ、目の前の人族を殺せ、だ』

『そして初めに斬り捨てたのは、これに剣技を写させた愚か者らよ』

「道理でねえ」


 上等な教育を受けたゴーレムは僅かにでも間合いに入った瞬間に反応する。

 それも防御用の腕を最低二本は残して斬りつけてくるのだ。

 二足歩行二本腕の知的生物が望む「もっと腕があればなぁ」という馬鹿げた願いを叶えてしまった結果がこれだ。

 さすればどうなるか。


「うーむ……隙の一つもありゃしない」


 それはもうめちゃくちゃ強い。

 まだ「背中に目があればなぁ」という願いが叶わなかっただけマシと言えるかも。


『どうしてまた天井に張り付いている?』

『さっさと降りて戦え、そして死ね』

「いやぁ、ちょっと作戦会議を」


 これがまだ肉と魂を持った相手であればなんとかできる。

 視線で誘導する、錯覚を見せる、フェイントをかける、無理な体勢に持ち込ませる、などして一本ずつ着実に腕をもぎ取ることが可能だ。

 だが、焦りも緊張もないゴーレムには駆け引きが通じない。

 間合いに入った抹殺対象を仕込まれた動作で斬る、ただそれだけを何ものにも惑わされずに忠実に実行してくるのだ。

 そも、腕を何本もぎ取ろうが核が残っている限りは何度でも再生する。

 ついでに言えば関節も三百六十度回る。


「素手で戦うのは無理があるのでは?」


 正直な話、この部屋には魔封じの類は一切施されていないので、魔法を使えば簡単にゴーレムと壁を壊すことができる。

 だけどそれは最後の手段だ。

 俺と同じように何百年とこの部屋で待っていたのだから思いにこたえてあげたいし。

 第一に、台無しにしたせいで逆恨みされてこの先しばらく纏わりつかれる、なんてことにはなりたくない。


『早く降りてきて戦わぬか!』

『いつまでそうやって逃げるのだ!?』

「はいはいごめんよ、もうちょっと考えさせておくれ」

『もう五分と考えているではないか』

『そうやって逃げ続けるというのなら我々にも考えがある』

『お前を殺すより先に扉の向こうで待っている者共に仕向けてやろう』


 その言葉の通り、入口の方から壁が現れた時と同じあの振動音が聞こえた。

 俺が何度頼んでも開けなかったくせに。


「分かった分かった! 戦いながら考えるよ!」


 なので仕方なく降り立ち、再び無数の剣撃を避け続けることに。


『そろそろお前からも繰り出したらどうなんだ?』

『結局そうやって同じ事の繰り返しか』


 丸腰でゴーレムを停止させる方法はまだ一つしか考え付いていない。

 しかしそれをせざるを得ないようだ。


『退屈だ』

『あぁ、いい加減飽きた』

『もう扉を開けてしま「黙って見ていろ。次で終わりにする」

 

 覚悟を決め、ゴーレムから最も離れた場所へ飛び退り、構えを取る。


「シュー、コォー……シュー、コォー……」


 特殊な呼吸法を用い、必要な部位へ血液と酸素を送り込む。

 九割を脚に、そして残りの一割を頭に。


「さぁ……来い」

 

 無機質な殺人兵器が一歩、また一歩と寸分違わぬ歩幅で近づいてくる。

 そして躊躇なく間合いに踏み入れると、真ん中の二本腕が俺の胴を真っ二つにせんと剣を振るう、


「ダァッ!!」


 より先に地を蹴り懐へ飛び込む。

 疾風よりも速く。


 それに対してゴーレムは凄まじい反応速度を見せた。

 下の二本腕を振るい上げて俺の両腕を斬り落とし、上の二本腕で自らの核を守ろうとしたのだ。

 ……だが、もう遅い。


 とくと見よ、アレン真拳奥義――


『馬鹿なッ!?』


 両目をギュッと瞑り奥歯が割れるほどに食いしばるのと同時に、意識が飛びそうなほどの強い衝撃が額から後頭部へ流れていく。

 苦痛に堪えてその場に立ち続けたが、また別の痛みが襲ってくることも、体が切り離されて軽く感じることもない。

 それで全てを確信し、ゆっくりと瞼を上げて。



「――ついの秘拳、星砕き」



 核である一つ目が割れて崩れゆくゴーレムを看とりつつ、技の名を告げた。


『信じられん……!?』

『我らの、最高傑作が……』

『終の秘拳だと!? 今のはただの頭突きだろうが!』

「その通りさ」


 五千年もの月日をかけて硬化した頭蓋による星砕きただの頭突きは鋼も砕く。

 長命の者達の世界では常識だ。


「さて……と」


 どすりと、残骸の前に腰を下ろして胡坐をかく。

 床に手をつかずに、というよりも手を生やしていないのでつけられないまま語り掛ける。


「これで、全部……だね? 君達に残っている手はもうないはずだ」

『……そうだ』

「そろそろ、輪廻の船に乗るべきじゃあないか? もう、満足しただろう」

『まさしくその通りだ』

『我々の負けだ、ヒトの子よ』

「俺もそう長くは持ちそうにないんだ。折角勝ったんだから、情けない死に顔は見せたくないなぁ」

『最後に一つ、名を聞かせてくれ』

『あちら側で同胞達に自慢できるように』

『お前がドゥーマンとして生まれ変わるよう、アーチカルゴ様に進言するために』

「……アレン。ミリベ島のアレン……だ……」


 彼らが口をそろえて『またどこかで会おう』と言うのを聞きながら、目の前が黒く染まってゆく――




「――うぅ……ん」


 失血で時間をかけて死ぬよりも、心臓を破裂させて死んだ方が早いのでそうした。

 それで元通りに生えていた手をついて起き上がり、

 

「怨霊の皆さーん! もういませんかー!? …………よし」


 彼らが本当に旅立ったことを確認。

 どうにか俺が不死者であることを隠し通せた。

 もしもバレていたら今頃は何人もの口うるさい怨霊に纏わりつかれていたかと思うとぞっとする。


「これで一段落っと……んん!?」


 また、何かの仕掛けが作動したようだ。

 今までに何度も聞いたズズズという振動音とは違う、ゴゴゴという音が部屋の奥から聞こえてきた。

 それはまるで雪崩のような音だなぁと思った矢先、崩落が始まった。

 

 あぁ、なるほどなるほど。

 俺の亡骸を誰の手にも渡らないように部屋ごと埋葬してくれるというわけか。

 お気遣い感謝いたしますテメエらまとめて蛆虫に生まれ変われ。


「クソッたれがァアアッ! シュー、コォー……シュー、コォー……」


 生き埋めになるのが先か、扉を開くのが先か。

 生き埋めはイヤだ生き埋めはイヤだ生き埋めはイヤだ。


「ヌォオオオオッ!! 星砕き星砕き星砕き星砕き星砕きィーッ!!」


 もう二度とあのような思いはしたくないと、無我夢中で入口を塞ぐ壁に頭を打ちつける。

 俺が確実に壁を砕き抉っている間にも部屋は狭くなっていく。


「……よっし!」


 ついに壁が崩れて鉄の扉に手が届き。

 俺はそのまま扉に体当たりして飛び出した。


「はぁ……はぁ……っ」

「アレンさん!!」

「アレン! 大丈夫なの!?」


 膝に手をついて汗と血を顎から垂らしていると、すぐ側から俺を呼ぶ声がした。

 

「ただいま、戻り……ました」

「アレンどうしたのそれ! 頭から血が出てるよ!! 中で何があったの!?」

「そのままじっとしていてください! すぐに手当てしますから!!」

「い……いえ大丈夫です。ちょっと転んでしまっただけですので」


 俺は呪われた部屋から無事に帰還したのだ。

 部屋から出る直前に、天井から崩れてきた瓦礫で右足を持っていかれただけなので極めて無事だ。


「それよりもほら! カレンにプレゼントだ!」


 深く問い詰められる前に持ち帰ってきた宝をカレンの頭にかぶせた。


「おぉ! やはりカレンにはピッタリだ!」


 カレンが小顔なせいでちっとばかしサイズは合っていないが、とてもよく似合っている。

 この子が大人になって、いつか国を治めている姿がより一層ありありと想像できる。


「……ほんと? 似合ってるかな?」

「はい! 大変お似合いですよ!」


 俺とコウヒさんに褒められて、偽の扉を開け続ける苦行をしていたことなど忘れて上機嫌になってくれた。

 

「それはそうとアレン」

「ん?」


 カレンが一瞬だけ鋭い目つきをみせて。

 そして俺をコウヒさんから離れたところへ連れてきて、小声で問い詰めてくる。


(これを持ってきてくれたのはうれしいけど。本当に、ほんっとうに危ないことはなかったんだよね?)

(……あぁ、大丈夫だよ。転んで頭を怪我しただけさ。何も心配することはない)

(へぇ、そうなんだ。……じゃあなんで、袖がきれいに無くなってるの?)


 なるほどそうきたか。それを指摘するか。

 これは参ったなと、ふぅと息を吐いてからはにかんで答えた。


(…………転んで両腕取れちゃった)

(取れるわけないでしょ!)

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