第十六話 「開かずの扉」
「あらぁ! カレンちゃんいらっしゃい! コウヒちゃんも珍しいわね!」
「おばさん! あたしは親子丼二つ!」
結局、三層での調査を何の収穫もないままに終えて、ひとまず地下一層にある食堂で腹ごしらえをすることに。
先に厨房のおばさま方に注文をして、テーブルに着いた途端にカレンが文句を言い始めた。
「んもー! 何が七不思議よ! デタラメばっかじゃん!」
もしかしたら宝に関連するものが見つかるかもと、この地下王国でまことしやかに噂されている七不思議も解明していったのだ。
「ネズミの足音を別の何かと聞き間違えたってのはわかるけどさー。のぼりとくだりで階段の数が違うって言いだした人はバカなんじゃないの!? そもそも皆から聞いたのを合わせたら七不思議どころか九不思議もあるし!」
「ハハハ、七不思議なんてそんなものだよ」
「申し訳ありませんカレンさん、私の下調べが足らないばかりに」
「コウヒちゃんはどこも悪くないよ! でたらめなことを言った人はみんな覚えてるから、あたしが後で仕返しにおどかしておくから!」
どこぞの尖り顔とは違って誰に対しても生真面目なコウヒさんが自身を責め、それをカレンが必死に慰める。
それでこの後はどうしようかと話し込んでいると。
「はいおまち、親子丼の二人前大盛りだよ。それとさっき聞いたよカレンちゃん、宝探しをしているんだってねえ。何か見つけられたかい?」
おばさまが大盛りの二人前とおまけの焼き菓子をカレンの手前に置いてくれて、そのまま話に入ってきた。
「ぜーんぜんだめ。何か知らない?」
「そぅねぇー……。最下層に開かずの扉があるっていう七不思議は聞いたことあるけど、詳しくは知らないわねぇ。ごめんなさいね」
「ううん大丈夫、おばさんありがと!」
おばさまが厨房に戻ってすぐに、カレンはいただきますも言わずに山を切り崩して大きな一口をふくんだ。
そして五回と噛まずにごくんと飲み込んでから神妙な面持ちで呟いた。
「これで十不思議……」
「この分だと二十はいくんじゃないか?」
「冗談でもやめてよ。それはそうとコウヒちゃん、本当に開かずの扉はあるの? 扉の先に何があるの?」
「私もトラスア様も中を見たことはありませんがたしかにあります。それに一応鍵も持ってきています」
ジャランと音を鳴らして黒塗りの鍵束をテーブルの上に置き、それをカレンに渡した。
ひぃふぅみぃと、ぱっと見ただけでも黒い鍵は二十本以上ある。
「……鍵、多くない?」
「何を隠しているのかは知りませんが、開かずの扉は複数ありますので」
「よかったなカレン! これで二十不思議は超えたぞ!」
「よくない!」
♦♦♦
すたすたすたと、三人分の足音だけが延々と木霊する。
「ほんと誰もいないわねー」
三層までは居住区域があるので五分に一度は誰かしらと出会ったが、最下層の四層には重要な施設がなく物置同然なので本当に人がいない。
そのせいでより一層寂しい場所に思える。
なおかつ作られて千年近く経っていて当時の修繕技術を持つ者もいないので、いくらドゥーマン製の建築物であるといっても老朽化が著しい。もっとも圧力のかかるこの層は特にだ。
昼夜問わず薄暗くて空気が重く、ひび割れて今にも崩れそうな壁や天井の多い最下層を歩くだけでもちょっとした肝試しになるだろう。
「怖いのならパパにしがみついてくるといい。それか抱っこしてあげようか?」
「いらない」
「であればお嬢様、明るく歌でも歌ってさしあげましょうか? 鎮魂歌などはいかがでしょう」
「うん、よそでやって」
カレンは今、極めて真剣に探検している。
そのせいか、まるでコウヒさんの淡々とした仕事ぶりに倣うかのように最低限の言葉で断られてしまった。空気がひんやりとしているのもあって余計に冷たく感じてしまう。
「……はい」
普段ならばもう少しからかっているところだが、今はこれ以上しつこくしたら酷く嫌われてしまう可能性があるのでさっと身を引く。
俺にとって崩落や幽霊なんかよりよほど恐ろしいことなのだ。
我々は地図が頭に入っているコウヒさんの案内にしたがって、寄り道をせずに扉から扉への最短距離を歩き続けた。
「カレンさん、あそこを曲がった先に最後の開かずの扉があります」
「どーせ、今回も何もないよ」
これまでに全部で二十四本ある鍵のうち二十三本を使い二十三枚の扉を開けた。
そしてその全てがハズレだった。どれもこれも扉を開けた先に空間はなく、ただ堅い壁があったのみ。
それでもまだ開けた瞬間に毒矢が飛んできたり、落ちたら骨折してそこで飢え死ぬような返し付きの落とし穴がないだけマシではある。
「あーあ、人生はとても短いっていうのにムダな時間を過ごしちゃったナァー」
十連続でハズレを引いたあたりから、カレンは拗ねてやけっぱちになっていた。
もしかしたら二十四枚の扉全てが誰かがイタズラで作った偽の扉ではないかと、使える鍵が一本ずつ減っていくたびに強く疑うようになり、今ではほとんど確信に変わっているようだ。
この経験を糧に、カレンは良くも悪くも大人に一歩近づくだろう。
「宝はあったと思うよ。宝はあったけど、先に誰かが取っていってしまったのさ」
こんなこともあるさとカレンを慰め、今日はもうやめにしてみんなで美味しいものでも食べに行こうと提案した。
「そうする。これを開けたら今日はもう帰っ……」
しかし、いざ扉の前に立つとカレンの様子が変わった。
鍵穴に挿し込んだ鍵を回さずに固まっている。
「どうしたカレン?」
「……ねぇ、なんか寒くない?」
「寒いだと? コウヒさん、寒いですか?」
「いえ、特には」
コウヒさんもそうだし、環境の些細な変化に気付けるように鍛えた俺の肉体に問いかけても異常はないと答えている。
となるとカレンの頭が疲労でやられてしまったのだろうか。
「カレン、大丈夫か? 具合が悪いなら無理せず言いなさい」
「そうじゃない。この扉の向こうから、なんて言ったらいいかわからないんだけど……すごく、よくない感じがするの」
「あぁ、そういうことか」
このような反応をする者を数多く見てきたのですぐにわかった。それはしばしば感受性が豊かな人物で、女性によく見受けられた。
いわゆる「嫌な予感がする」とはまた別の「何かいる気がする」というものに違いない。
「もしかしたら開けた瞬間にバァーって出てくるかもしれないねぇ」
「変なこと言わないでよ」
「どれ、そういうことならお父さんが開けてあげよう」
怯えるカレンをさがらせて鉄の扉を勢いよく開けた。
今度こそ目に入ってきたのは石の壁ではなくがらりとした部屋とその奥に佇む祭壇、そして――
「――アレンさんッ!!」
部屋の最奥より三本の矢が視界に飛び込んできた。
「おっと、危ないなぁ」
俺は当然、ぐんぐんと大きくなるそれらが肉を裂いて食い込んでしまう前に全て掴み取った。
それらはちょうど俺の胸の高さつまりはカレンの顔あたりにきたので、やはり嫌な予感とやらは当たっていたのだ。一歩間違えれば可愛い娘の顔に穴が空くところだった。
「だ、大丈夫ですかアレンさん!?」
「ええ、なんとか」
コウヒさんは俺の無事を確認するとホッと息を吐いた。
その直後に背後からカレンに袖を引っ張られ。
「……ありがと」
時折見せる申し訳なさそうな顔で礼を言われた。
きっと冷静になって自分自身を情けないと責めているのだろう。
「なに、カレンが予感してくれたおかげさ。俺一人だったらどうなっていたことやら」
年代にもよるが、多少力をつけたからと傲岸不遜でいた頃の俺であれば対処しきれなかったかもしれない。
誰にも見られていない場所で矢が膝に刺さろうが心臓に刺さろうが特に問題はないことは置いといて、だが。
「……ところで、この部屋は一体?」
まだどんな罠があるのか分からないので、我々は皆あくまで外から見える範囲を覗くだけにとどめていた。
「私は今初めてこの部屋の存在を知りましたし、おそらくトラスア様もこの部屋についてはご存知ないかと思われます」
本当に長い間循環されていない空気が漂っているし、それに何十何百年と人の出入りした痕跡が一切ない。
あの祭壇が何に使われていたのかは知る由もない。
それでもただ一つだけ、分かることはある。
「ねぇアレン、あれって……」
「純度のほどは分からないけど、あの輝きは間違いなく金だね。高価な宝石ばかり嵌め込まれているし造りも精巧だ」
祭壇の上で一際目を惹く黄金の冠が輝いていた。
それはまるで峰から顔を出す太陽のようであって。
誰も使ってない今では宝と形容するほかない。
つまり宝探しというカレンの目的が果たされたのだ。
「……よし、取ってこよう。カレンはここでコウヒさんと待っていなさい。何が起こるか分からないからね」
「うん、わかった。……でもあれ、取っていいの?」
「誰にも知られず愛でられてもいない宝なんて死んでいるようなものさ。近所の子供が作った花の冠の方がよっぽど価値がある」
そうカレンに断言して、部屋に足を踏み入れる。
石橋を叩くように、床に落とし穴はないか体重を乗せると作動する仕掛けはないかを足で念入りに探り。
矢の射出されそうな怪しい穴はないかと部屋の全ての面の隅から隅までを視て。
嗅覚を鋭くしてどこからか毒気が漏れ出ていないかを感じ取り続ける。
魔法の類は一切使わずに最大限の用心をして、祭壇までの一歩一歩を踏みしめる。
もっともここまでせずとも一番安全で手っ取り早い方法はある。それは宝の冠だけを残して部屋を罠ごと粉微塵に破壊するというものだが、コウヒさんがいる手前できはしない。
それで結局、十メートルほど進むのに何分も時間をかけて祭壇の前にやってきた。
「ふーむなるほど……下弦造りに薄羽叩き、千波彫りまで施してあるか」
触れずに至近距離で冠をまじまじと鑑賞して、それが紛れもなく本物の宝であると。
ドゥーマンの優れた金細工職人の手による逸品物であることを確信できた。
「ではそろそろ、いただこうかな……いや」
宝の置かれた祭壇に何の仕掛けもないことを確認して持ち上げようとする前に、カレンの方を向き直って再度尋ねる。
「そういえば、まだこの部屋には『何かがいる』のかい?」
「……うん」
カレンは少し躊躇ってから、さらに言葉を続けた。
「…………さっきよりも嫌な感じがする。とても、怒ってるような」
「ああ、それはまずいねぇ」
命が絶える瞬間を看取り続け、そもそも俺自身も数え切れないほど死を経験し、誰よりも死と密接に過ごしてきた。だというのに、未だにそういった感覚が全くと言っていいほど培われない。
ある場所で人が死んだかどうかなんて、死臭や骨なんかの物理的な痕跡からでしか知り得ない。
なのであくまで推測でしかないが、この国で迫害されながら朽ちていったドゥーマンの怨霊か何かが住み着いているのだろう。
「ま、怨霊なんぞせいぜいものをずらすくらいのことしかできないさ」
生身の人や獣の方が何十倍も恐ろしい。
肉を持たぬ怨霊なんぞにできることなどそよ風を吹かせたり枯れた小枝を折ったり、肩を軽く押すくらいしかないのだから。
……だが、それだけで十分だとしたら?
ほんの僅かな衝撃を与えるだけで精巧に動く仕掛けがあったとしたら?
「というわけでカレン、お父さんはちょっと話をつけてくるから。心配しないで待ってなさい」
「え? それってどういう――」
――ズシン、という質量の大きな音。
ひとときの別れを告げた直後、突然天井から下ろされた壁によって二人の姿が視界から消えた。
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