第十四話 「猜疑」

「では、夜も更けてまいりましたので我々はこれで」

「大変たのしゅうございましたわ」


 今が夜であることを忘れさせるほどに煌びやかで賑やかなホールには招待客の半数以上が残っているが、ダルボ家は日付の変わる前に別れを告げて後にした。

 

「トラスア様、カレン様、こちらです」


 俺は給仕服のまま二人を馬車置き場まで案内する。


「はぁあー……! つっかれたぁー……っ!」

「いけませんカレン様、誰かに見られたらどうするのです。仮面もまだ外してはなりません」

「えー、もういいでしょ」

「いけません、ダメです、よしてください」

「もぉー」

「牛の鳴き真似もよしてください」

「牛じゃないもん!」


 外気に触れてすぐに、ふぁあと大口を開けて両手を伸ばして豪快に欠伸をするカレンをたしなめる。

 家に帰るまでは遠足、革命が終わるまでは令嬢だ。


「ハハハッ! まぁまぁアレン君、今ぐらいは勘弁してやってくれたまえ。カレンは非常によく頑張ってくれた、大いに私を笑顔にしてくれたのだから。君も見ただろう? ネルクのあの痴態を」

「えぇ、アレは傑作でした。……が、少しやりすぎにも思えますね。第四王子には確実に逆恨みをされていると思いますので、くれぐれも夜道はお気を付けください」

「なに、革命が終われば何もできなくなるさ」

「だと、いいのですけどね」


 それ以上は何も言わず、カレンが星空を眺めるのを眺めながら同行した。

 道中は風が冷たく人気もない静かな、やけに静かな夜であった。


 しばらくすると城外にある馬車置き場が見えてきて、ダルボ家の馬車の御者台に姿勢よく座るコウヒさんと、馬に寄りかかりながらこちらにひらひらと手を振るマニックの姿が確認できた。


「お疲れ様ですトラスア様、カレン様」

「よぉ相棒ー、しっかりやれたかー?」


 労わりの言葉と共に迎えてくれる二人のもとへゆき、トラスアとカレンを任せようとした一歩手前で何か違和感を感じて足を止めた。


「アレン?」

「どうした相棒?」

「ちょっと静かに」


 神経を研ぎ澄まし、夜の闇に紛れるものを探る。

 それでマニックとコウヒさん以外の知らない気配、三十メートルほど離れた場所から発せられる複数の潜めた息遣いを知覚。

 いずれ恨みを晴らしにくることは確信していたが、まさかここまで行動が早いとは思ってもみなかった。……いや、これが第四王子の送りつけた刺客だと決まったわけではないが。


「……あぁ、何でもない。ただの勘違いだったよ」


 すぐさま同僚のテンノ二人に狙われていることを合図し、平静を装いつつトラスアとカレンを馬車の中に押し込む。

 カレンに「夜更かししないで先に寝ていなさい」と告げてからドアをしっかりと閉じ。


「よし行け!」

「後は俺達に任せとけ!」


 馬車をコウヒさんに任せて全速力で走らせた。

 それで機をうがかっていた者達が出ざるを得ず、暗がりから次々と現れて襲いくる。

 数にして九人といったところか。


「ほいっ、ほいっ、ほいっとな!」


 まず先にコウヒさんと馬の首、それと馬車の車輪を狙って投射される無数のシューリ剣に対し、もしものために持てるだけかっぱらっておいた銀の矢ならぬ銀のスプーンを投げて全て落としていく。

 その間にマニックは俺を信じて煙幕を用いて闇に紛れ、刺客達の懐に入って乱戦に持ち込んでいるようだ。

 元々腕利きであったのをさらに特別指導で鍛えてやったので、彼らが余程の実力者でなければかすり傷の一つや二つ負う程度で済むだろう。


 よし、あと十秒と耐えれば馬車が夜の街へ消える――


「邪魔をするな! ――《アオトモレ》!」


 などと油断していたらこれまた想定外な。

 まさか魔法を使える者がいたとは。


「相棒ッ!」

「――《エヨムサボ蛇蒼炎ジャソウエン》」


 すんでのところでこちらも蒼い炎を走らせ、青い種火が馬車に着弾する前に飲み込ませた。

 それでついに俺を直接殺して馬車を追おうとする者が三人同時にかかってきたが、マニックに助太刀したいのもあったのであまり時間をかけずにサクッと意識を奪い取った。もちろん俺の得物は二丁持ちした銀のスプーンだ。


「なっ、なっ、なんでそんなデタラメな武器でっ!?」

「世界最強のコックだからさ。料理の腕は未だ世界で百位にも入れないがね」


 ついでに動揺している魔法使いも一発殴って落として相棒の下に駆け付けたが、特に手痛い反撃を受けることなくすでに鎮圧を完了していた。


「わりぃ、全員やっちまった。そっちは?」

「みんな気を失ってはいるが生きているよ」

「さすがだな。……つーか相棒、お前魔法まで使えたのかよ。どうして教えてくれなかった?」

「いやいや! 使えるといってもアレだけさ。あの魔法だけを偶然大昔に教わったんだよ。だから本当に運が良かった」

「……そりゃすげえな」




 ♦♦♦




 近場にある廃屋に気絶している四人を運んで縛り、側には五つの死体を並べて。

 今一度きちんと拘束したかを確認してから頬を叩いて目を覚まさせた。


「ん……、ヒィッ!? し、ししし死んでるッ!! ……あぁ! そうだ私は!」


 全てを受け入れたテンノ達が静かに諦観しているのに対して、改めて現状を認識した魔導士だけが命欲しさに騒ぎ立てる。


「頼む見逃してくれ! 私は宮廷魔導士だ! 金ならいくらでも払う! だから!!」

「はいはい、君には最後に聞くから今は黙っててくれるかな? 夜だし近所迷惑になるだろう? それともこの先ずっと喋れなくした方がいいかい?」


 人気のない場所を選んだとはいえあまりうるさくされても困るので、脅しつけて一旦静める。


「というわけで、ぼちぼち話してもらおうかな?」

「全部話してくれたら十日後には生きたまま家に帰してやるよ。俺も鬼じゃねえ」

「鬼じゃねえだ? ハッ! 五人も殺したくせによく言うぜ!」


 至極真っ当な意見である。


「まったく、どうしてくれるんだい相棒?」

「し、仕方ねえだろ!? やるかやられるかだったんだからよ! ……んでよ、話す気はねえか? 拷問も何もしねえから」


 マニックは男の前でしゃがみこみ、目線を合わせて問いかける。


「こんなところでネズミとウジに喰われながら死にたくはねえだろ? あと三分待つから言う気があったら言ってくれ。口裏合わせができねえように一人ずつ別室で聞くからよ」

「誰が言うかよ! てめえもくたばれッ!!」


 そのままペッと吐き出された唾をマニックは首の動き一つで避ける。


「あぶねぇな、何すんだよてめ――」


 マニックの意識が一人のテンノに向いたその瞬間、残りの二人がそれぞれすぼめた口から何かを射出した。


「おっと!」


 俺は咄嗟にその内の一つ、マニックの首筋を狙って飛ばされたものを二指で掴み取る。

 針だ。

 それをポキっと折ると唾液ではないものが滴り落ち、わずかに触れていた指が痒くなった。


「……含み針か」

「クソッ……化け物…………め」


 最初からすでに覚悟はできていたのだ。

 自身も服毒し、俺を虚ろな瞳で見つめながらすぅっと眠るように灯火を消し。

 残りの二人もすぐに後を追って事切れた。……だけではすまなかった。


「あ……が……っ。くる、し……。いやだ、死にたく……ない……」


 たった一人残された宮廷魔導士様も口封じに毒の含み針を刺されていた。

 マニックとは逆方向の彼に向けて放たれるのが見えてはいたが、俺の未熟さゆえに守ることができなかった。


「相棒、得物を貸してくれ。今はスプーンしか持っていないんだ」

「あぁ……」


 だからせめてもの詫びに、何分と苦しませずに楽に逝かしてやらねば。


「すまない」

「う……」


 一言の謝罪を添え、魔導士の目を手で覆い隠しながらその心臓を貫いた。

 その直後に口から弱々しい息と血を吐き出し、そして静止した。


 結局、誰一人として口を割らすこともできずに死なれてしまった。


「俺が殺した五人はきっちり処理しとくわ。残りは任せた。終わったら飲みにいこうぜ」

「……そうだな」


 腕の立つテンノであるマニックは、その手で五人を殺し残りも目の前で死なれてしまったというのに特に落ち込むこともなく手短に告げる。

 それから五つの死体を二度に分けてどこかへ持ち運んでいった。


 完全に辺り一帯から人の気配が消えるのを待ってから、あまり世間様には見せられない俺なりの後片付けを始めることに。


「ふぅー……。失敗しませんように……」


 まずはマニックに唾を吐いた男の亡骸に、切に憐れみながら一つの魔法を唱える。


「――《ニクキヲハナスナ穴底深アナゾコフカクヘ》」


 これは一般には禁術に指定されている、どころか存在すらもほとんど知られていないものだ。

 死人の強く恨む相手を死人自身に報復させるという、卑劣で重苦しく倫理観に欠けた魔の法である。二千と三百年前にこの魔法を編み出した俺自身もつくづくそう思う。

 しかしながら製作当初はそうは思わなかった。

 当人以外にまで伝染する、殺し殺されの復讐の連鎖というものをこれ以上見たくないが故に編み出したのだから。


「……そうか。君は誇り高いテンノとして生き、誇り高く死んだか。その顔を覚えておこう」


 一人目は不発……いや、発動はした。服毒して死んだはずの人間が一度目を開きはしたが、起き上がりはせずにすぐに目を閉じた。

 二人目と三人目も同様であった。


 どうしてそうなったかって?


 それは誰も恨んでいないからさ。

 自分を殺した相手も、自分を殺した相手の下へ送り込んだ主人も恨んでいない。幼い頃から己はただの道具であり、余計な私情を全て捨てるようにと教育されてきたのだろうよ。

 

「でも、君は違うよな? 魔法の才能ある人間として生き、夢も希望もあったはずだ。それを愚かな主人のせいで吹き飛ばされたのだから強く恨んでいるはずだ」


 哀れな魔導士の手にテンノの一人が所持していた短剣を握らせ、立ち上がるよう強い念をこめて唱える。

 すると彼はぱちりと両目を開き、生前と変わらぬ姿と動作で立ち上がり、自分の手に剣があることを確認するやいなやこちらを向き、

 

「ぐっ…………カハッ!」


 何も言わず俺の左胸に深く刃を突き立てた。


「そう、だ……。それで、いい」 


 薄れゆく意識の中で、彼がテンノの死体から新たに剣を取って出ていくのを見届けることができた。




 ♦♦♦




 再び目を覚ますと魔導士の死体はやはり消えていて、俺の胸に刺さった短剣も柄だけが残っていた。


「君達も次はもう少し長く生き、幸せな死に方をするのだぞ」

 

 三つの死体から全ての水分を奪い取ってカラカラにし、肉も骨も全て砕いてさらさらの粉にして、それらを夜風に運ばせた。

 さらにこの近辺に訪れた人間が不気味に思うことのないよう、死臭を消しておく。


 全ての処理を終えた後で、約束しておいた場所と時間にマニックと再び顔を合わせた。

 相棒からはちょっと鼻の良い人間なら気付くくらいの、濃い血と泥の匂いがする。血抜きして埋めたのだろうか?


「そっちも全部終わったか?」

「おう、バッチリだぜ……って、どうしてそんな酷ぇツラしてんだよ」

「俺はそんなに酷い顔をしているか?」

「相棒でもそんなに悔しそうで悲しそうな顔をするんだな」

「あぁ……。死んでいった者達のことを思うと、やはり哀れに思えてな」

「おいおい! 相棒がいなかったら俺は今頃死体の山に積まれてるぜ? むしろ笑って喜ぶところじゃねえのか?」

「だが、俺があと少し速く動けて俺の手足があと少し長ければ、魔導士の彼ぐらいは救えただろう」


 俺が少々欲張りな発言をしたせいで、二人して黙りこくることに。

 いくばくかの間を空けて、再びマニックが口を開いた。


「そうそう。さっき飲みにいくっつったけどよ、ちょっとやることができちまって今夜はいけねえわ。とにかくあの礼は後で必ずすっからよ。期待して待ってろ」


 俺に疑問を投げかける隙も与えず一方的に告げると、屋敷とは逆の方向へ走って闇の中へと消えていった。


「忙しないやつだな。……しかしあれは、そういうことなのか?」


 一流のテンノである彼は平静を装っていながらも。

 あの日俺を組み伏せた時と同じ、得体のしれないものへの不信感と警戒心を抱いていたように見て取れた。


「……ダメだ、心当たりが多すぎる」


 どうしてそのように感じてしまったのかは次会った時に直接聞いてみるとしよう。

 俺としては良好な関係を築いてきたつもりだが、一体いつどうして亀裂が入ってしまったのかは全く見当がつかない。まだ綻びに気付けただけよしとしよう。

 五千年生き続けたおかげである程度は他人を見透かすことができるようにはなったが、いつでも正確に読み取れるというわけではないのだ。それができたら俺の死亡率はぐっと減るだろうに。

 


 翌朝になってネルクが魔導士に刺殺されたという報せを耳にし、それを肴にして飲もうとマニックが嬉々として誘いに来るものだと思っていたのだが、彼は来なかった。

 どころかそれから三日三晩、一度もあの尖った悪人面を見ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る