第十二話 「愚かで臆病な生き物」


 革命予定日まで七日を切ったその日の夜、俺とカレンそしてトラスアは城内の大ホールに立っていた。


 大理の壁と天井に囲まれたホールは屋敷のエントランスの十数倍も広く。

 金色の輝きを放つシャンデリアがいくつもぶら下げられ。

 ホールの端ではオーケストラが舞踏曲を奏で。

 いくつも配置された巨大なテーブルの上には色とりどりの料理や果物があり、所作からして品のある人々が談笑しながらそれらを時折つついていく。

 つまるところパーティーである。


 我々にとって七日後は歴史が変わる革命の日であるが、そうでない者にとっては毎年定期的に催されてきた建国祭の日だ。

 今日は例年通りその成功を願って、国中の貴き者がパーティーに招かれてきた。

 もちろん大貴族ダルボ家として入城したのはトラスアとその娘のカレンだけであり、使用人の俺は呼ばれていない。

 だからいつも通りに城働きの給仕に自由を与えて夜の街へ放流し、俺が代わりに働いてやることに。 


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 自ら人口密度の少ない場所に行き、そこでスリのように人の目を盗んで一口サイズの食べ物を啄む少女に声をかけた。

 他にも同じ歳くらいの子は何人もいれど、あのような行動をする長耳の子は一人しかいない。


「いえ、えっとその、なにも…………って、その声はアレンね。驚かせないでくださるかしら」

「いくら仮面を付けているからとはいえ、バレないようにやってくださいよ」

「……ねぇ、この仮面鬱陶しいんだけど外しちゃダメ?」

「いけません」

 

 客人だけでなく給仕や奏者を含め、この場にいる全ての人間は仮面で目元を隠している。

 なんでもこの場だけは普段の上下関係やしがらみを取っ払って無礼講で楽しもうという、代々続く伝統に乗っ取っているらしい。

 ……まぁ、ある程度見知っている相手や有名人であれば誰が誰だか判別できるだろうがね。


「ご覧くださいお嬢様。あちらが第一王子、あちらが第二王子、あちらが第三王子、そしてあちらが」

「第四王子ね。あの屈辱、決して忘れはしませんわ」


 次から次へと国の重要人物達を指差してゆく。

 今が男盛りの彼らは全て、七日後に殺すことになるかもしれない人物だ。


「さらにあそこでトラスア様と談笑しておられる方が」

「あの感じ……もしかして王様かしら?」

「その通りでございます」


 隣に立つトラスアを半分に割った程度に細い彼は、俺がテンノとして最も調べ尽くした男だ。

 このパーティーの主催者であり国の統治者であるフリス・ラトロンその人である。

 

「国王様は今年で五十八歳、身長百七十五センチメートル、体重六十キログラム、足の長さは二十六センチメートル」 

「へぇ……、そこまで調べたのね。褒めてつかわすわ」

「背中にほくろが四つ、趣味は乗馬、好物は白身魚、好きな女性のタイプは情熱的なひと」

「うわ……、どこまで調べたのよ。というかどうやって」

「寝姿勢は基本右向き時々うつ伏せ、最近の悩みは白髪が目立つようになってきたこと。そして――」



 ――トラスアの実の兄である。



「……本当、なの? だって二人は全然似てないし、そもそもトラスアは王族じゃないし」


 衝撃の事実に動揺したカレンが役を忘れ素に戻る。


「この国の歴史についてはすでにご存知ですね?」


 元々は地上にのみ国があった千年ほど昔のこと。ドゥーマンの一氏族が俺と同姓同名の何者かのせいで故郷から逃げ込んできて地下に国を作り住みついた。

 地上の国も成立してからまだ百年と経っておらず発展途上であり、ドゥーマンはこの地に住まわせてくれた人族に対して恩があるので快く発展の手助けをした。

 人族のために優れた道具を作り与え、頑丈な防壁や城を建て、他所からの征服者に抗うためにゴーレムまで製造した。

 人族もドゥーマンに作物を分け与え、同じ国民として認めて手厚く保護し酒を振るった。

 そうして持ちつ持たれつの友好関係が形成され、二百年近く平和で穏やかな時代が続いたという。


 だが、どこからか亀裂が入った。

 原因は不明だが、突如として関係が悪化の一途をたどり始める。


 何か疫病が流行したのを元は部外者であるドゥーマンが持ち込んだことにしたのか、毎度毎度喧嘩で負けて酒を奢らされるのに嫌気がさしたか、はたまたドゥーマンの技術力としもべであるゴーレムに恐怖したのか。

 もしかしたら裏で糸を引く者がいたのかもしれない。

 そしてついには地上の国民感情が「このままではドゥーマンに国を乗っ取られてしまう」でまとまった。


 そうなったらもう早いものだ。


 ドゥーマンを締め付ける法律ができ、そのうち純粋な人族以外が地上を歩くことはなくなり、物流も遮断されて地下の国からも出て行かざるを得なくなった。

 地上の人々は目先の不安が消えたと思って喜んだが、それはすぐに後悔に変わった。

 老朽化していく建築物を元通りにはできず、発展が止まるどころか後退し、他国に攻められてもドゥーマン製の上質な武具はほとんど残っておらずゴーレムを出陣させることも当然できない。

 全盛期は十倍もの版図を持っていたのだが、今となってはその中心部だけが辛うじて残っているのみ。

 

 愚か者らは元の小国と変わらないまでに縮小してようやく、自分達の首を絞めていたことに気付いたのだ。


「で、それとどう関係あるわけ? ドゥーマンはみんな出て行っちゃったんでしょ?」

「一言で申しますと、先祖返りでございます」


 人族とドゥーマンの権利が平等で関係も良好であった時代、多少の貌の違いはあれどヒトである両者が惹かれ合い結ばれることは当然あった。そしてそれは王族だろうと例外ではなかった。

 そのせいで世代が進むにつれて薄くなってはいるものの、王族であれば体のどこかにドゥーマンの血が流れている。


 わずかにでもドゥーマンの血が流れていれば、その特徴を多く発現する可能性がある。

 トラスアはまさにそれなのだ。

 

「なるほどね。でも、それなら」

「それならどうして王族ではないのかについてもお話しします」


 トラスアが十歳になって明らかに背丈や骨格、筋肉の付き方が人族のそれとは違うことに自身も周囲の人間も気付いてしまった。

 しかもそれは誰が見ても人族ではなくドゥーマンだと断言するほど濃く発現した。

 さすればどうなるか。

 それはもう盛大に疎まれる。

 ……いや、庶民であれば疎まれたり虐められる程度で済むだろうが、こと位の高い一族においては命に危険が及ぶ。

 存在するだけで家名に傷をつけてしまう者を放っておくわけがないのだ。

 事実、過去に王族でドゥーマンの血が濃く顕れた者のほとんどが、若くして不審死を遂げるか消息が途絶えている。

 トラスアもそうなってしまう前に先王である父親によって、信頼ある家つまりダルボ家に養子に出された。


「……ばっかじゃないの」

「その通りです。人族は愚かで、そして臆病な生き物なのです」

「あたしもう、いくね」


 カレンはまるで自分が味方になってあげるからと言わんばかりにトラスアの側につき、屈託のない笑顔で務めを果たした。




 ♦♦♦




 まだまだ宴は終わらない。

 

 カレンとトラスアはあまり自ら動かず、次から次へとやってくる上流階級の方々と軽い社交辞令を交わしてゆく。

 最初は誰しもカレンの髪色と耳の形に奇異の目を向けるが、仮面の上からでも分かる可憐さとうわべだけは完璧に取り繕っているのもあって、それはすぐさま好意的な感情に転換される。


「なんとまぁ! よくできた娘さんですこと!」

「さすがはハーフエルフ、噂にたがわぬ美貌ですな」

「私の息子をもらってくださらない?」

「いやいや、どうかワシの孫と」


 賞賛と求婚、見合いの誘いが降りかかる。

 息子や孫の嫁にどうかと言うだけならまだしも、中には歳が三十以上離れているというのに自ら結婚前提のお付き合いを申し出る者も。

 カレンはそれらの誘いを「まぁ! それはなんて素敵なお言葉でしょう! ……ですがワタクシはまだまだ未熟な身でございますのでお受けすることはできません」の定型文でやんわりと断っていく。

 それでも粘る相手には「次回お会いした際に心変わりされていないのであれば、必ずやお受けいたしますわ」と期待させて受け流す。


 まるで行列のできる屋台のように次から次へと人が流れてゆく。

 しかしながら、その流れを堰き止める者が現れてしまった。

 その者は三度お受けできないと言われているのに一向に諦めない。


「ですから、今すぐにというのは」

「我の妻となれば一生遊んでくらせるのだぞ!? なんたって我は王子なのだから!」

「そう言われましても……」


 そう、第四王子ネルクだ。

 地位や身分を明かさないために仮面をしているというのに、構わず自分の権威をだしに使う。

 身体は大人のそれながら、だだをこねる子供にしか見えない諦めの悪さ。

 なんでも第一第二第三王子を厳しく育てた国王が後悔し、反動で溺れるほど甘やかしてしまったという。

 そして苦労の一つも知らないままに成長を続け、自由気ままに権威を振り回す怪物が完成した。


「のうトラスア! 我に娘をくれぬか!? もちろんお前には褒美をとらすぞ!」

「私は娘の意志を尊重します。どうぞお好きに口説き落としてください」

「だそうだ! なんならまずは互いを知るまでの間、式をあげずに付き合いから始めるというのはどうだ!?」


 なんともまぁ図太いものだ。

 それに自ら死刑宣告した相手に求婚しているとは欠片も気付いていない。

 周りでカレンとネルクのやり取りを見ている人々も酷く呆れているが、誰も我関せずの姿勢で止めに入ろうとはしない。

 止めようものならどうなるかを知っているからだ。赤子の頃からほとんど成長しない癇癪とワガママによって壊された者達を見てきたからだ。


 だが、それもじき終わる。


 同志達の中には、もし革命が失敗しようとも第四王子だけは必ず殺すと息巻いている者が数多くいるのだ。

 たとえ自分が許しても、他の誰かが許さない。

 たとえ他の誰かが許しても、自分だけは許さない。

 己の粗末な欲望を満たすために罪のない他人を傷つけてきたのだから、その報いは当然受けることになる。

 地の果てまで逃げても必ず誰かが復讐を果たす。


 だからあと少しだけ、好き勝手にするのを見逃してやろう。


「ならダンスはどうだ!? 我と踊ろうではないか! きっと楽しいぞぉ! なぁ! なぁ!?」

「……わかりましたわ」


 そこまで言うならと、ついにカレンが根負けした。

 しかし俺は気付いてしまった。

 淑女らしい柔和な笑みを浮かべているものの、瞳の奥では怒りの炎が燃え上がっていることに。

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