第五話 「悪辣なる不死者」

 ――ドゥーマン、地域によってはドワーフとも呼ばれる種族が存在する。


 それは遥か昔の神話の時代、俺が生まれた日よりも二千年以上前のことだ。

 大陸の中心に人族が集まって国を作り始め、未開の土地を開拓し文明を拡大していたころ、遅れて六大神が一柱工匠神アーチカルゴによってドゥーマンは創造された。

 

 神話では神々に武具を作り神殿を建てたりするアーチカルゴの特性を持つ彼らは、皆一様に背が低く筋肉質であり、そして手先が器用な職人である。

 しばしばドゥーマンは鉱山に籠りきりで、ツルハシを振るしか能のない種族だというイメージが浸透しているが、それは大きな誤りだ。


 ドゥーマンの特性の一つに、道具に命を吹き込むことができるというものがある。

 アーチカルゴに授けられたその力を用いて錆びない剣を作り、振動するツルハシを作り、そのうちにゴーレムと呼ばれる自動人形を作り上げて自身らの仕事を手伝わせた。

 加えて高度な数学の知識も持ち合わせており、それらを用いてより効率的で高性能なゴーレムも作られるようになっていった。

 俺の知る限り高度に発展したドゥーマンの国家では、採掘や農作業などの単純労働はほぼ全てゴーレムに任せきりなのだ。そして好きな時に家を建て、好きな時に鉄を打ち、好きな時に喧嘩をし、常に酒を飲んでいるという、酷く自堕落な生活を送っているものだ。

 だから彼らが採掘中毒者であるというのは、全く的外れな思い込みである。むしろ鉱山ではなく家に引き籠って好きな事ばかりしている労働嫌いな怠け者種族と言っても差し支えない。


「うわっ! こっちに来るよアレン!」


 どういうわけか俺達の方へ向かってくるゴーレムもほぼ間違いなくドゥーマンが作り上げたものである。


「カレン、ちょっとアレを止めてくるから隠れていなさい」

「うん、わかった」

「いい子だ。よし、いくぞマニック!」

「……やるしかねえか」


 背中から下ろしたカレンを案内人の彼に任せ、ゴーレムを挟むようにマニックと散開する。

 するとゴーレムは俺を目で追い、体の正面をこちらに向けて人の十数倍もの歩幅で歩いてくる。

 なので一応、この場で止まってそれを待つことに。


「おい! 何してんだ!?」

「いや、もしかしたら俺と仲良くなりたいんじゃないかと思ってね」


 発声器官を持たず感情もうかがい知れないそれは俺の眼の前で止まった。

 魔法の力で赤く光る一つ目がじっと睨んでくる。


「どうも、はじめまして」


 俺が挨拶とおじぎをして握手をせんと見上げて右手を差し出すと、あちらも肥満児ほどの大きさの右手を差し出してきて、


「ぐぇっ」


 目障りな虫を弾くかのように俺を叩き飛ばした。


 それでけっこうな速さで緩い弧を描いて飛ぶ俺を、地面に落ちる前に硬い円柱が優しく受け止めてくれた。

 合わせてテンノ的受け身をとったおかげで骨が八本折れて膵臓が破裂しただけですんだ。


「おい!! 何やってんだ!! 生きてんのか!?」

「アレンーっ!!」

「おー、いてて…………あー、大丈夫だからー! 心配してくれてありがとうーっ!」


 それらをバレないように治し、口から血が噴き出さないように飲み込み、あくまで無傷であると手を振ってお答えする。


「避けろ!」


 立ち上がった時にはすぐそこにゴーレムがきていて、今度は直線的な握り拳が頭を砕かんと迫ってくる。


「おぉうっ」


 岩のような拳は左耳のすぐ側を通り過ぎて空気を押し出した。

 拳速はそこまで速くはないものの、やはり拳の表面積が大きいために慣れていないと避けるのは困難であろう。

 そしてさすがにこれほどまでに巨大だと、筋力を限界まで行使しても受け止めるのもまた困難である。

 だからひたすらに避けて避けて、避け続ける。


「マニック! こいつが俺に夢中な間になんとかしてくれ!」


 少し離れた柱の裏から様子見しているマニックに支援を求める。


「わーったよ! あとどれくらい耐えれそうだ!?」

「そう長くは持たん、次に一発でも当たればおしまいだ!」


 もちろんそんなことはない。

 やろうと思えばゴーレムを粉々にすることもできるし、飢えて死ぬまで避け続けることだって不可能ではない。だが、それをやっては後々面倒なことになる。


 あくまで今は少々腕の良い、世界全体で見ればそこまで飛び抜けてはいないいちテンノを演じきる必要があるのだ。

 だけでなく、テンノ養成機関の永世名誉首長として現代テンノの力のほどを見届ける必要もある。


「任せろ!」


 俺がいた場所の地面に巨大な拳が突き刺さり、岩石人形のバランスがわずかに崩れて隙が出来た。

 その隙をマニックは見逃さず、ゴーレムの背後から肩に飛びついて小さな鎚を手に取り、瞬時に青緑に錆びついた釘を二本打ち込んだ。

 その姿はまるで熟練したとび職人のように思える。


「アレン! 離れろ!」


 マニックは釘を打つとすぐに飛び降りて距離を取り、俺に向けて叫んだ。

 警告に従って大きく後ろへ飛び退るとすぐに、ゴーレムの右肩から聞きなれた音が生じた――


 ――ドドンッ!

 

 俺の親指を最大威力で爆発させた時と同程度の衝撃が空気が揺らした。

 マニックが打ち込んだ釘が連続して爆発し、ゴーレムの右肩が抉れ、成人男性の背丈よりも長く妊婦の腹回りよりも太い腕が千切れ落ちた。

 

「ふぅー、まずは一本っと。あと三回これをやるから頼むぞ新入り!」


 なるほど。これをあと三度繰り返して四肢をもぎ取ってしまおうと考えているのか。

 しかし、はたしてそう上手くいくだろうか。

 いやなにも彼の技量が足りないだとか頼りないと思っているわけではない。

 マニックは自身の持てる限りの力を用い、実にいい仕事をしてくれている。

 

「ん……。おい、まさか……」


 道具であるゴーレムには様々な種類があり、当然質の良し悪しもある。


 何十何百年と手入れをせずとも働き続けるものもあれば、たった一月で故障してしまうものもある。

 一度与えた命令が時間をかけて歪み、誤作動を起こす場合だってある。

 最初期のゴーレムは製作費と収益が見合わないポンコツであったと聞く。

 それでも古代のドゥーマン達はどうしても楽をしたいがために改良を重ね、高価で力ある鉱物を用いて核を作り、そこに命令を書き込み、力を注ぎこむ技術を編み出してしまった。

 核持ちのゴーレムは刻まれた命令を忘れることはなく、体が壊れたとしても自力で治すつまり再生する。

 

「嘘だろ!? 腕が生えやがった!」

 

 ゴーレムは千切れ落ちた腕を吸収し、それでも足りない量は地面から吸収して元の姿を取り戻した。

 遠い昔にこのゴーレムを作った職人もまたいい仕事をしており、マニックの策は画餅に帰したのだ。


「この釘結構高ぇんだぞ! 金返せ!」


 マニックは再度柱の裏へ隠れ、そこから悔しそうに文句を垂れる。

 そして尚もゴーレムは自身を傷付けたマニックではなく、俺だけを標的にして動き続ける。


「こいつは核有りだ! 核を壊すか取り出さない限りは止まらない!」

「その核ってのはどこにあんだよ!?」

「頭か心臓か下腹部のどこかにあるはずだ!」


 目を瞑ってでも避けられる拳をあえてすれすれで避けながら、知恵を授けてゆく。


「クソッ、三択かよ!」

「頭から体が生えれば頭に核が、胸から四肢が生えれば心臓に核がある! つまり三つ同時に切り分けて、再生し始めた部位を破壊すれば一択だ!」

「できるわけねえだろ!」


 そして再度、ゴーレムの隙を見計らってマニックが飛びついた。

 今度は背部の中心に、計五本もの釘を打ち込んだ。


「当たってくれ当たってくれ当たってくれ! 頼む神様!」


 釘を打ち込んでからすぐに離れ、マニックはうわごとのように繰り返し念じて唱える。

 あの骨董品染みた釘もまたドゥーマンが作った道具で、家屋の取り壊しや採掘、井戸や泉を掘り当てるのに用いられていたのを大昔に見たことがある。

 千年前にはもうほとんど使われておらず生産もされていなかったはずなので、現在残っているものは一本につき銀貨五枚はくだらないんじゃなかろうか。

 釘一本で安酒を十本は買えるのだ。それは神に祈りたくもなる。


 そして、その祈りが聞き届けられたのかは定かではないが――


 ――ドドドドドンッ!!


 日常生活ではまず見ることも聞くこともない連続した爆発によって、ゴーレムの分厚い胸に大きな風穴が空けられ、


「……おっ」


 砂煙が収まっていく様を棒立ちで眺めていたら、何か球のようなものがコロコロと転がってきて俺のつま先に当たった。

 海の深みにも似た色で半透明のそれを拾い上げると同時に、ゴーレムの眼から光が消え、保っていた形を忘れて崩れ落ちた。

 

「やった、のか……?」


 マニックが柱の陰から顔だけを出して半信半疑で睨視する。

 関節部の結合が外れてただの岩と粘土に分かれたそれは、どれほど待とうが人型を形成し立ち上がることはなかった。

 

「ウォオオオッ!! やった! やったぞォオオオーッ!!」


 しかと倒したことを確信したマニックが真っ先に両の拳を握りしめ、雄叫びをあげた。

 それからカレンと連絡係の彼も大手を振りながら走ってきて。

 さらに全方位から、この空間にいくつもある扉の隙間や物陰、さらには天井に張り付いてじっと見守っていた者達が姿を現して駆け寄って来た。


「うえぇっ!?」


 彼らが最初からいたことを全く察知できずに驚き焦るカレンを追い越し、俺とマニックを大勢で囲んでもみくちゃにし、宙へ放り投げた。

 彼らの気の済むまで俺もマニックも胴上げをされ、軽く三十回は宙を舞ってから地に下ろされた。


「やるじゃねえかマニック!」

「見直したわよ!」

「お前すげえよ! 顔尖ってるのに!」

「顔尖ってるくせによくやれたな! ちびらなかったか!?」

「チビってねぇよ! それと顔が尖ってるのは関係ねぇだろ!」


 まず先に全員、数にして優に百人を超える人々がマニックを囲んで称賛の言葉をかけた。……やはり顔が尖っているのが彼の魅力のようだ。


 一通りそれが終わると、集団はまるで一つの生き物であるかのように蠢いて今度は俺を取り囲んだ。


「あなた凄いわね!」

「すげえ度胸してんな! どうやったらあんなのをずっと避けれるんだ!?」

「私に手取り足取り教えてくれないかしら?」

「アンタみたいな凄腕が仲間になってくれて嬉ションしそうだ!」

「正直な話、こそこそ後ろから攻撃してた尖り顔よりずっといい仕事をしてくれてたぜ!」

「おい! 誰だ今俺の悪口言った奴! その口に釘打ち込んでやっから出てこい!」


 次々と浴びせられるお褒めの言葉を聞いて、いつの間にか俺の真横に立っていたカレンがまるで自分の手柄のように自慢げな顔をする。女の子らしくない腕組みをしながら「あたしが育てたのよ」とでも言いたげな顔だ。

 そうしてマニックがされた時間の倍以上ちやほやされていると、マニックがパンパンと大きく手を打ち鳴らして声をあげた。


「お前らまだ休憩の時間じゃねえだろ! 各自持ち場に戻れ! 散れ、散れー! ……それとラトー、お前はそのゴーレムの後片付けをしとけよ」

「はぁ!? 何で俺が!」

「嫌ならその締まりのワリィ口に釘を打ち込んでやってもいいんだぞ」


 一応は指導する立場にあるマニックの命令を受けて「やっぱ見損なったわ」「褒めて損した」「ちびったくせによ」などと皆一様にぶつくさ言いながら散ってゆく。

 ついでに俺を褒めつつマニックを貶した彼には、総重量が五トンはくだらないゴーレムの亡骸の清掃が言いつけられた。

 案外大人げない部分もあるものだ。


「いきなり囲んじまってすまねぇな。アレが俺達流の歓迎なんだ。悪く思わないでくれ」

 

 各々が扉を開けて出て行ったり、この広い空間でゴーレムが動き出す前に行っていた訓練が再開されたのを確認してから尖り顔をこちらに向けた。


「なに、慣れているさ。ところで怪我人はいないのか?」

「おーいレクスー、怪我人はいねえのかー!?」


 自身の訓練に戻っていた連絡役の彼、レクスに問いが投げつけられた。

 それに対して、ゴーレムが動き出して皆即座に避難したから怪我人は一人もいないとの答えが返ってきた。


「それにあのゴーレム、もしかしたらだけど誰も襲う気はなかったような……。いや、新入りが襲われているからそれはないか。勘違いだ、気にしないでくれー!」


 …………どうか、どうか勘違いでありますように。


「だそうだ。他に何か気がかりはあるか?」

「いや、他は何も。……あぁそうだな、これをあげるからこの地下王国の成り立ちを教えてほしい。いつ頃どうやって出来たのかだけでも構わない」


 青藍の核を軽く放り投げながら頼んだ。

 マニックは驚きの表情を浮かべながらもしっかりと核を掴み取った。


「本当にいいのかよ!? あれはどう見てもお前の手柄だろ。正直俺一人じゃ何もできなかった。それにお前、手を抜いて全く力を出して……」

「おっと、それ以上は言わなくていい。なに、今のところ金には困っていなくてね。酒と釘代の足しにでもしてくれ」


 ふらふらっと歩いて訓練の様子を見学しつつ、なんてことはないと伝える。

 俺が高価な核に執着心のかけらも持ち合わせていないことを感じ取ったマニックは、それ以上何も言わずに核を懐にしまい、それから語り始めた。

 

「ゴーレムに詳しいくらいだからすでに分かってるかもしれねえが、この地下王国は俺達が作ったわけじゃねえ。この土地へ逃げてきたドゥーマン達が作ったものだ」

「逃げてきた?」

「そう、逃げてきた。元々は西にドゥーマンの大国があってそこで暮らしていたらしいんだが、千年ほど昔に突如として恐ろしい征服者が攻め込んできてな。そいつと三日三晩戦った末に結局は攻め落とされたんだとよ。しかもそいつはエルフでも魔人でもない、ただの一人の人族なんだと。信じられるか?」


 そんなことが本当にあったのかよと、首を小さく横に振る。


 とはいえ、よかったよかった。

 ここ二千年はドゥーマンとやり合った覚えはないので、俺ではない何者かの仕業だろう。

 しかしそのような猛者が本当にいたとして、一体誰なのか。

 俺の知人・友人でないことを祈るばかりである。


「んで、完全敗北したドゥーマンの生き残りは国を捨てていくつもの氏族に別れ。その内の一派がこの国へやってきて、地下に王国を再建したんだ。今は地下にこんな空間が存在していることすら知らない人間がほとんどだが、昔は地上の国とも仲良くやってたらしいぜ。……あぁ、思い出した。征服者の名前はたしか、アレン・メーテウスだ」

「ブフゥーッ!」


 さも当たり前のようにマニックの口から出た名前を聞いて、吹き出さずにはいられなかった。

 ……いやほんと、全く記憶にないんですが。


「……そういや、お前もそんな名前だったな」

「あーハイハイ、アレン・メーテウスさんね。よく言われるんだよねーそれ。ちょっと名前が同じだからってさー、ほんといい迷惑だよハハハ。……な、カレン?」

「う、うん。そうそう! メーワクメーワク!」

「ま、そりゃそうだよな」


 カレンに素早く目配せをして、どうにか上手く誤魔化すことができた。


「もしもお前がその征服者だったら今何歳だよ? 人間じゃねえだろ? って話になるしな。釘を打ち込んで頭を吹き飛ばさなきゃならねえもんな。それにそんな化け物が大人しく断頭台に連れて行かれるわけもねぇわな」

「アハハ……」


 今ここで頭を吹き飛ばされては困るので、なるべくマニックの顔を見ないようにしてゴーレムが乗っていた台座に近づく。

 そして台座の周りをぐるっと一周して、千年前に彫られたであろう文字列を見つけた。

 それは古いドゥーマンの言葉で、たしかにこう書かれていた。


『悪辣なる不死者アレン・メーテウス来たる日に、必ずや我らを守護するであろう』


 一度目を瞑ったまま深呼吸をし、そうしてもう一度刻まれている言葉が一言一句変わっていないことを確認したのち、黙ってその部分を抉り取った。


 器物損壊罪? 遺産への冒涜?

 そんなもの知ったことか。

 後世の人間が見て気分を害すような言葉を彫ってあるのが悪い。


「……ねぇー、パパ?」

「うっ」


 悪い顔をしたカレンが詰め寄ってきて、俺の耳元でささやいた。

 それはまるで袋小路にネズミを追い詰めた猫が勝利を確信し、楽に殺してあげるからと降伏を呼び掛けたような甘い声音だった。

 実に悔しいが、俺に逃げ場はない。完敗だ。


「蜂蜜パン、三十個でいいな?」

「やったぁ!」

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