第四話 「ごくありきたりな勧誘」
「どうぞ」
「うむ、ごくろう」
トラスアに指示されて一旦部屋を出たコウヒが一分とせずに磁器のティーポットとコップを携えてきて、俺とカレンとトラスアのそれぞれに丁寧に紅茶を注いだ。
「今度こそ始めようか」
トラスアは湯気立つ紅茶を一口啜って喉を潤した後、口を開いた。
先程のアレはあくまで身体検査であり、何一つおかしなことはなかったということで触れずに進めることに。
「まずは改めて自己紹介からですな。私はトラスア・ダルボ。地上の国テレストで商いを生業としております。加えてダルボ家は国から爵位を貰い受けているため、君達が嫌いなお偉い貴族で違いない」
自虐気味の自己紹介をかましたので、それに笑って相槌を打つ。
「別に嫌いなんかじゃないよ。偉い人にも良い人がいるのは知ってるから」
「おお、それはまこと嬉しい言葉だ! ありがとう!」
ちょっとした冗談に大真面目に返したカレンに、トラスアは大口を開けて笑って礼を申した。
「ではこちらも自己紹介を。俺はしがないテンノのアレン。今はどこにも所属していないので、娘のカレンと当てのない旅をしています。それで娘の意向に従ってこちらの国へ寄ったところ、運悪く処刑されかけてしまいましてね。なぁ、カレン?」
「あたしが悪かったってば。でも、ああするしかなかったんだもん……」
だんだん声が小さくなっていくカレンをそれ以上責めはしなかった。
あの時の自身の言動を、他にやり方はなかったのかと反省しているのが見て取れたからだ。
たしかにカレンがしたことは正しかった。ただ、純粋な力量が伴っていなかっただけのことである。俺一人であれば間に入って庇う以外に一瞬のうちに子供を二人連れ去って消えるか、馬車を彼方へ吹き飛ばすということもできたが、まだまだ力の足りないカレンにはその選択肢すらなかったということだ。
兎にも角にも、自己犠牲の心意気は大変素晴らしく憎らしいものであったので、不死者ポイントを贈呈。
「とまぁ、気にせず話を進めてくだされ」
カレンの様子を見て何も口を出さずにいたトラスアに次に進むよう促す。
「あぁ、そうですな。……では、単刀直入に言うとしよう」
トラスアはそこでもう一度茶を啜り、力の籠った眼差しをもって訴えた。
「――我々は革命を起こすつもりでいる」
それは現存する体制を根本的に覆し、住む世界を己が良いと思えるものに変える行為。
政治に、経済に、社会に、新たな光を注ぎ込む。
そして多くの場合、流血の上にそれは成り立つ。
命を賭してでも革めるのだ。
その口はたしかに『革命』の言葉を紡いだ。
「革命、ねぇ。よくもまぁ、どこの馬の骨とも知らぬ我々に話せたものですね。あなたの叛意を密告しないとは限らないのに」
「君達親子は名も知らぬ子供を二人助けた、それも自らを犠牲にして。そのような善良なる心の持ち主が一人でも多く必要なのです。それに、熟達したテンノは嘘を簡単に見抜けると聞いたことがあるゆえ」
ならばもう全て曝け出すほかあるまい、と密林のような顎髭をさすりながら述べた。
「ねぇアレン、カクメイって?」
横にいるカレンが袖を引っ張ってきて、単純な疑問をぶつけてきた。
「きっとカレンも革命を知っていると思うよ。童話や御伽話の中で一度は見聞きしたことがあるはずだ」
「そうなの?」
「主人公や国民をいじめる悪い王様が出てくるお話があるだろう? そういう話は大抵、主人公と仲間達が協力して王様を懲らしめて、最後は仲直りするか王様をどこか遠いところへ追い出す、なんて流れのはずだ。それが革命だよ」
「あー、なるほどね」
まぁ、俺の知る現実の革命は八割方王様の首を斬るか吊るすかして終わるがな。後の二割は流刑か一生責め苦に遭わされるかだ。
仲直りなんて甘っちょろい話はまずありえない。
「それで、予定日はいつ頃に?」
未定、それか一年後などと言われたら即刻断ろう。
こんな物騒な国に一月以上留まるつもりはない。
そもそもまだ仲間入りすると決めたわけでもないのだから。
「ちょうど一月後が建国記念日で盛大な祭りがあり、その日を予定しております。つまりはこの時期に君達が現れたのも何かの縁でしょうな。それこそアーチカルゴ神が我々のために遣わしてくれたのではないかと信じている」
「はは、ご冗談を」
カレンはともかく俺は絶対にありえない。
……いや、カレンもありえない。この子は神の遣いなどというものに収まる器ではない。
「だからどうか、少しの間で構わない。我々に力を貸してくれないだろうか? 無論、タダでとは言いません。君達親子を我が家で正式に雇い、革命が成功した暁には特別報酬も支払いましょう。こう言ってはなんだが、金に困っているのならいくらでも力になりましょうぞ」
「左様でござるか」
正直金に困ってはいない。
カレンと出会った日に金貸しの親分から頂戴した貴金属や宝石類を全て売れば、五年は遊んで暮らせるほどの大金が手に入るからだ。
……まぁ、それらは今現在路地裏のゴミ溜めに埋もれているのだが。
「親心に従うなら、見ず知らずの土地で娘を荒事に巻き込みたいわけがなく、それでいて若いこの時期はとにかく経験をさせておきたくもある」
革命や仇討ちを手助けして欲しいというのは、幾度となく受けてきたごくありきたりな勧誘だ。
これが一人旅の最中であれば二つ返事で了承し、ちょちょいと革命のお手伝いをして報酬を受け取り去ったことだろう。
だがしかし、今は二人旅の最中だ。それも責任を持って他人の子供を預かっているのだ。
俺の一存で決めることはできない。
「だからカレン、協力するかどうかは君が決め「――やる! あたしは協力するよ!」
まだ言い終わらないうちにカレンは了承した。
聞かずとも分かっていたことではあるが。
「おぉ! それは本当かね!?」
「ねぇトラスア、カクメイを成功させればみんな笑顔になれるんでしょ?」
「そうだとも。カレンがこの国で見てきたような悲しい顔をする人はきっといなくなる」
それは素晴らしいことだわ! と、トラスアの言葉を鵜呑みにしたカレンがニカっと歯を出して笑う。
そりゃあたしかに悲しい顔をする人はいなくなるだろうな。革命が起こると悲しむ人間は残らず消せばいいだけの話なのだから。
「アレンさんはどうですかな?」
「ええ、やりますよ。やるしかないでしょう。……ですが、娘の身の安全は保障してもらいますよ? 決して危険な目に遭わせたりは」
「もちろんですとも。ではさっそく、コウヒ君」
言われてコウヒがテーブルの上に出したのは、一本のペンと一枚の契約書だった。
そこには短期間トラスアの元で働きますとの旨が書かれていた。
職務内容、日当はいくら、休日はいつか、保障の有無なども書かれている。
「こちらにサインを」
「契約神の聖呪がかけられていたりはしないでしょうね」
「まさか。単なる形式上のものですよ。なんの強制力も持ち合わせてはいないため、嫌になったらいつ逃げてもらっても構いませんぞ」
「ここに名前を書けばいいのね!?」
真っ先にカレンがペンを取り『カレン・メーテウス』と、半分は偽名である自身の名を書いた。
一息ついて俺もペンを取り、カレンの下に名を記し。さらにその下に小さく「カレンの身に何かあればこの国の人間を半分減らす」と念を籠めて記入した。
「では、ほんのわずかな間ですが親子ともども世直しのお手伝いをさせていただきましょう」
「うむ、よろしく頼む!」
立ち上がってガッチリと握手を交わし、互いの眼に誓い合う。
そして再度座りなおして、時間の許す限り話を聞き出そうとしたその時であった。
「――た、大変だァ!」
ドタドタという忙しない足音が近づいてきたと思ったらすぐにノックもされずに扉が開かれ、見知らぬ男が血相を変えて飛び込んできた。
その男は一息もつかずに必死の形相で言葉を続ける。
「緊急事態だマニック! とにかく助けに来てくれ! それとコウヒさんはトラスア様を連れて地上の安全な場所へ!」
その言葉を聞くや否やコウヒがトラスアを連れて別の扉から出て行く。
「おい新入り、さっそく仕事だぜ」
「了解。カレンは危ないからトラスア様について……」
その場で足踏みなんかしてすでにやる気満々でいるカレンを見て、安全な方へ行けと言うだけ時間の無駄だと思い諦めた。
「……俺の後ろからは出るんじゃないぞ?」
「わかった!」
「おい、早くいくぞ! こっちだ!」
両腕を横に広げた程度の幅しかない通路を駆ける。
報せにきた男もマニック同様テンノであり、この地下通路の構造を熟知しているため流水のように進んでいく。
俺は二人の背後をピッタリと追従していく。
そしてカレンはといえば、不慣れな場所でテンノの速度についてゆくことなどできず、明らかに遅れていた。
「カレン、乗れ」
「……うん」
「しっかり掴まってろよ。舌を噛まないように気を付けるんだぞ」
さすがに迷宮のような地下通路で置いてけぼりにされて泣かれてしまっては胸が痛いので、今だけは背負って連れて行くことに。
それを見てマニックが呆れたような苦笑いをする。
「おいおい、本当に同じ人間かよ。どうしてそれでついてこれんだ」
「これはとある地方に伝わる運び屋の走法でね。ある程度の重りを背負えばむしろ速度が増すんだ。ちなみにカレンは人の何倍も食べる子なのだが、不思議と標準的な重さでね」
「せ、成長期なの! アレンのバカ!」
「ハハッ」
俺とカレンのやりとりを聞いて、一月の間俺の先輩となる尖り顔の角刈り男が目を細めて笑う。
一見すると彼は気の良い兄ちゃんではないかと思えるが、れっきとした暗部者であり、少なく見積もっても任務のために三人は殺しているはずの血生臭い人間だ。
「楽しくやってるところ悪いが、そろそろだぞ。気を引き締めておけよ、マニック」
「……おう」
同僚に軽くたしなめられて即座にマニックの眼に力が入る。
いつ命を捨てても構わないという覚悟の心に一呼吸で切り替えるあたり、腕利きであることは間違いない。
「んで、何があったんだ? 敵襲か?」
「信じられないかもしれないが、遺物が動き出した」
「…………マジかよ。というか動くのかよアレ」
マニックの反応からして、地下でこそこそやっているのがバレて襲撃されることなんかよりもよほど想定外の出来事であるようだ。
遺物とやらが一体何であるかは新入りである俺とカレンには知る由もない……が、ドゥーマンの創りし地下王国に眠る遺物となると、やはりアレだろうか。
「ねぇ、遺物って何なの? 何が動いてるの?」
「まぁ、言葉で説明するよりは見た方が早い。それにもうついたぞ。ここだ」
やけに長く急な階段を下っている途中でカレンが尋ね、それから間もなく目的の場所へ到着した。
マニックが階段を下り終えた先にある両開きの扉を開け、そこから地上に出たのかと思えるほどに強めの光が溢れてくる。
「……うぉっ、本当に動いてら」
一足先に入って確認したマニックが呟いた。
俺とカレンも目を擦りながら扉の先へ行くと、そこには直方体の空間があった。それも歩いて一周するのに五分はかかってしまいそうな相当に広いものが。
天井までの高さも軽く五メートルは超えており、それを支えるように計算された極太の円柱が何本も生やされている。
それでも多くの人間はこの空間にいたら崩落して生き埋めにならないかと不安に思うことだろう。
「アレン! 何あの大きいの!」
「……あぁ、あれはだね」
カレンが指差す先、この空間の中央には頭頂が天井近い巨大なものが存在していた。
何百年もの間座していた台座を離れて歩き回っているそれは人型で、岩のような体つきをしている。ようなとは言うが、実際に半分以上は岩や粘土で構成されているはずだ。
創り主亡き今も自身に施された命令を遂行するため、赤く光る一つ目をぎょろぎょろと回し、ズシンズシンと地を踏みならして徘徊する。
そう、あれこそはドゥーマンが丹精込めて作り上げた自動人形。
「ゴーレムだよ」
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