第二十四話 「おじぎをするのだ!!」

 都市の中央通りを軍馬と歩兵の隊列が流れていく。


「バンザーイ! バンザーイッ!!」

「戦神の加護のあらんことをーッ!!」

「あなたぁ! 必ず生きて帰って来て!!」


 見送る民草からの声援を身に受け、力強い足取りは止まらない。

 その先頭で凛とした笑顔を振りまきながら隊列を率いるは、国王アルベール・リボンレイク。

 彼は十二という若さで王座に就き、それでも弱音を一切見せずに尽力してきた故に、国の誰からも愛されている。

 その背中を笑顔で見送る者もいれば、涙を流す者もいた。

 なぜなら今日の夜にでも、敵将が国王陛下の首級を掲げて都市へと踏み入れる姿がありありと想像できたからだ。


 リボンレイク王国の総人口は五万弱。

 そして志願制が用いられているため、抱える兵士の数はその百分の一にも満たない。

 対して敵軍の総数は判明しているだけでも四千強。

 勝敗は火を見るよりも明らかである。


 それでも行かなければならない。


 愛と誇りのために、

 僅かでも希望がある限り、

 この命を捨てたってかまわない。

 

 各々が戦士としての決意を強め、振り向くことなく都市を後にした。

 ……そのすぐ先で立ちはだかるは一つの小さな影。



「――止まって!!」


 

 長く尖った耳を持つ少女は精一杯両手を横に伸ばし、たった一人で通せんぼの構えをとった。 


「何だ貴様は!? そこをどかぬか!」


 お前のような子供の相手をしている暇はないのだと、臣下の一人が馬上より怒鳴りつける。

 しかしアルベールがスッと右手を上げ、それを制止した。


「カレン? どうしてここに?」

「アル! 何であたしにちゃんと教えてくれなかったのよ! ううん、今はそんなことはいいの。とにかくみんな戦場には行かないで!」

「僕達が行かないで、誰が行ってくれるというのです?」

「あたしのお父さんが行ってくれてるの!」

 

 何処の馬の骨とも知れぬ男が一人で戦っていると聞いて、いよいよざわめきが大きくなる。

 そして、仮にそれが本当であれば尚の事加勢せねば名が折れる、我々から戦士としての誇りを奪うのか辱めるのか、といった文言が次々と投げつけられた。

 しかし少女はケロッとした顔で言葉を返す。


「それも言ってたよ! すぐに名折れだの誇りだのとバカなことを言い出すって!」

「なんだと!?」

「我らを愚弄するか!」

「陛下! 捕縛の許可を!」


 いよいよ臣下の一人くらいは制止を振り切って飛び掛かりそうな空気が充満してきた。

 そんな中で少女には無数の怒気と殺気が当てられているというのに、極めて冷静な表情を崩さない。


 そして、ふぁぁとあくびをついてから、父親より言いつけられた通りの言葉を唱えた。


「――《胡蝶コチョウ羽根休ハネヤスメ》!!」


 少女の身体から目には見えない波動、魔力が流れ出し。

 それは隊列の先頭から最後尾までをすっぽりと包んだ。

 するとばたりばたりと兵士どもはその場で倒れて寝息を立てるようになり、ついには声を発する者が居なくなった。


 ただ一人を除いては。


「……な、なんで!? どうしてアルだけ眠ってくれないの!?」


 アルベールだけが、何食わぬ顔で馬上に居座ったままであった。

 

「精神を擦り減らした者を微睡みに誘う魔法、ですか……。前世で飽きるほど同じものをかけられた僕には通用しませんよ? そう簡単には擦り減らないように鍛えられましたので」


 師匠と朝から晩まで組み合いをして、ヘロヘロになってからかけられるんですよ? ほんとまいっちゃいますよね。

 などと懐かしそうに思い出を語るアルベールをカレンは注視する。その顔にはアルベールとは対照的に、焦りの色がありありと浮かんでいた。

 一番戦場に行かせたくない相手を眠らせて留まらせることができなかったからだ。

 そしてアルベールの目から、自分一人だけでも戦地へ赴くという強い意志を感じ取れたからだ。


 しかし、一つだけ勘違いをしていた。


「ところでカレン、あなたの父君の名前は?」

「名前? お父さんの名前はアレン。アレン・メーテウス、だけど……」

「それならばきっと、僕が戦う必要はありません。それでも一緒にあの人の姿を拝みに行きましょう。さぁ乗って!」


 その名と武勇を知るアルベールには、戦う気など無かったのだ。

 それを伝えた後、カレンを馬上に引っ張り上げて馬を走らせた。




 ♦♦♦




 リボンレイクからそう遠くない平原にて、カーロモンテ公国の軍勢は陣を敷いて待っていた。

 布告した通りの日時と場所で、はたして敵の兵どもは逃げずに現れるのだろうかと、静かに待っていた。

 リボンレイクの軍勢はどれほど多く見積もっても千、対して我々の軍勢は四千を超えるのだから、都市にて籠城の構えをとっても仕方のないことだ。

 そのようなことを仲間同士で話し合っていた。

 

 いつでも戦えるように陣を敷いてから小一時間ほどが経ち、予定の時間となった。


 たとえ敵の総数が五百程度でも、無駄死にしないよう必死に戦おう。

 同胞を誰一人失うことなく勝利を収めて、大いに酒を飲み交そう。

 そのように互いを鼓舞しあっていたのに、丘陵の向こうより現れたのは――


「……は? 何だあいつらは?」

「リボンレイクの奴ら、なんだよな?」

「それにしては少なすぎる。和平の使者ではないのか?」


 一人の男と、その背後に立ち並ぶ覆面の者共。

 合わせてわずか二十一の人影であった。

 

 当然その姿を見て公国軍の誰もが疑問に思い、軽い混乱に陥った。 

 敵の王や将にしては装備が貧相すぎる。

 それどころか武器と呼べるような道具を何も持ち合わせていない。

 では何か、和平の使者かはたまた自殺志願者かと、そのような話がすぐに持ちあがった。


 そんなどよめきをよそに唯一顔を隠していない、二十人を率いてきた男が一歩出て声高に叫んだ。


「我は湖の精なり! 我が主は争いを望まぬ! この土地が血で汚れることを望まぬ!!」


 自らを湖の精と名乗ると誰が想像できただろうか。

 

「ゆえに貴様らは即刻兵を退き、故郷くにへ帰るのだ!!」


 ましてや大軍を相手に無血で撤退しろと呼びかけるとは。

 四千を超える大軍がいっときはその言葉の強さに気圧されるも、すぐに嘲笑が起こった。

 

「――静まれィッ!!」


 しかしすぐに陣の前列中央より号令が下り、全軍静止をした。

 野太い声の主はカーロモンテ公国軍が大将軍、ボルナ・ルブレフ。

 百人隊長の家に生まれ育ち、この戦乱の世で次々と戦果を挙げて成り上がってきた剛の者である。


「湖の精とやら! 難しいことは言わぬ。……我らが侵攻を止めたくば、力づくで止めてみせよッ!!」


 ゆけ! と号令一下、前列より二百の兵が我先にと駆け出した。

 同時に二十の顔隠し共も均等に分かれて駆け出した。

 つまりは一人につき十人が相手をするということになる。


「悪く思うなよ。これは戦争だ」


 多勢で無勢を嬲るというやり方にボルナは少しばかりの罪悪感を感じながらも、自らに言い聞かせて払拭した。

 そして二十と二百が接触し、


 一分と経たぬうちに二百の兵が皆のされた。


「どうなっている……ッ!?」


 まともな防具を装着しておらず、目に見える武器も持っていないからといって、暗器などを隠し持っている可能性はある。

 のされた二百人もそのことを承知で剣を振り下ろした。

 やはり多少の罪悪感は感じながらも、武功と話のタネ欲しさに我先にと全力で殺しにいった。


 その結果、一人残らず意識を奪われた。


 斬り込みや突きは全て避けられるか指先で逸らされるなどしてかすり傷さえつけられず、盾は奪われて真っ二つに折られるか、構えた盾もろとも蹴り飛ばされた。中には奪われた盾で殴られる者も。

 密集しているときは味方同士で頭をぶつけるように誘導され、軽い足かけでドミノ倒しのように転ばされ。

 そのようにしてあっという間に二百の先鋒隊が地面と平行になった。


 なにも彼らが舐めてかかっていたとか調子が悪かった、根本的に弱かったからというわけではない。

 彼らはこの戦乱の時代を生き抜いてきた、どこに出しても恥ずかしくないつわものであることに間違いはないのだ。

 ……ただ、その程度の実力では《戦地に招かれざるアンウェルカム》と呼ばれた男と、彼の魂無き死体を相手取ることなどできない。

 それだけのことだ。


 公国軍に少しの考える時間を与えてから、二十体の傷一つない屍と一人の不死者が前進を始めた。


「笛を鳴らせ!! 全軍展開! 包囲し殲滅せよ!! 特にあの湖の精を名乗る男を打ち倒した者には百人隊長の地位が授けられん!!」


 百単位で攻めて逐一撃破されてはすぐに兵が逃げてしまう虞があるため、今からでも全軍でかかるべきとの判断が下された。

 アレンとその死体はといえば、特に逃げるそぶりもなく、むしろ自らその包囲の只中へと潜り込んだ。

 雑兵と戦うことを避け、将とそれに次ぐ位の者のみを狙って指揮系統を崩し敗走させるという手もある。

 ……が、一人残らず恐怖を刻み込んで、二度とリボンレイクへ攻めることなどできないようにするために、アレンはそれをしなかった。

 幾重にも包囲されたので、それらを渦のように飲み込んでやろうと決めたのだ。


「いい連携だ! だが遅い!」


 四方から同時に突き立てられた槍を纏めて奪い取り、木の枝を折るかのように膝で全て折っていく。

 

「お前ら! 一旦引け!」

「ハリネズミにしてやる!」


 背後からの呼びかけに応じて槍兵達がアレンと距離を取ると、すぐさま八方から矢が放たれた。

 長弓による弧を描いた曲射と、弩による高威力の直射が一人の人間に対して逃げ場のないように襲い掛かる。

 しかし、アレンは逃げなかった。

 降り注ぐ無数の矢をその場で躱し、躱しきれないものは叩き落とすか指の間で挟み取った。


「ど、どうなってんだよありゃあ……」

「放て!」

「止まることなく放ち続けるんだ!」


 際どく狙っても躱されるのだから数で押せばよいと、矢をつがえるのと放つ速度が増した。


「フハハ、そんな小手先の技術が俺に通じ……痛ッたァ!!」

 

 それが功を奏したのか、ついにアレンの足の甲に鏃が突き刺さり、悲鳴が上がった。


「ただでさえ身体が鈍っているというのに……。年寄りを、労わらんかぁっ!!」


 叫びながら一瞬うずくまって刺さった矢を無理矢理抜き、刹那、獣の如き瞬発で追撃の矢を潜り抜けた。

 時速にして六十キロメートルを超える速度で駆け出したアレンが狙うは、休むことなく矢を放ち続ける者共であった。


「ひぃっ!?」

「く、くるな! くるなーッ!!」

「止まれェ!!」


 それを守ろうとする兵士達を、怒り任せの悪質タックルで吹き飛ばしてゆく。


「よこせ!」


 矢を放った者を一人残らずギロリと睨みつけて飛び掛かり、


「こんな物騒なものを使うんじゃない!」

 

 奪い取った長弓をことごとく真っ二つに折り捨て、奪い取った弩も同様に使用不可能な状態に。

 そんな光景を見てしまったがゆえに百を超える兵士、特に弓を扱う者が命欲しさに逃げ出した。

 二十体の覆面死体についても四肢の一つとして失うことなく、五百弱を転がしていた。


「これ程とは……」


 馬上より見渡し、ボルナは顎肉をつねりながら唸り声をあげた。

 あと千もやられたら間違いなく他の全ての兵士が逃げ出し瓦解する。

 それまでにどうにかしてアレを打ち倒さねばならんと考え、指でクイとして背後に控える者達を呼びつけた。


「旦那ァ、やっとオレらの出番っすか?」

「うっわ、こりゃひでえや。俺達がいなかったらどうするつもりだったんで?」

「無駄口を叩くな。それよりもあの男をやれるのだな? そのために貴様らには法外な賃金を……」

「へいへい、任せときなって。いくぞテメエら!」


 将軍の立場にある者に向かって馴れ馴れしく振る舞ったのは、半年前より雇われた流れの傭兵部隊である。

 彼らは皆が戦場での戦い方を知る魔導士であり、リボンレイクに攻め込む契機となったここ数度の戦勝は、その神秘の力によるものも大きい。


「オラァ! どけや雑魚共!」

「オレたちが助けてやっから邪魔すんじゃねーぞ!」

 

 魔導士らがアレンの下へやって来ると同時に、今まで死に物狂いで立ち向かっていた兵共がさっと身を引いた。


「いよぅ、初めましてだな。ずっと見てたけどよ、あんたつえーなァ」

「やぁこんにちは。君達は見たところ、魔法が使えるようだね?」

「そこまで分かってんなら話は早えな……《烈炎咆唸レツエンホウテン》」

「《逆氷柱サカヅララ》」

「《オドレヤ石童イシワラベ》」


 ある者は口から灼熱を放射し、ある者は複数個の礫を操り、またある者は地面より貫かんと凍てつく大棘を生やし。その他諸々の神秘の力が用いられた。

 生身の人間が喰らえば原型が残らないような、それこそ魔獣を殺すために用いられる魔法が、たった一人の武器すら持たぬ男に向けて唱えられる。

 しかしアレンはその全てに笑みを浮かべ、まるで子供の遊びに付き合っているかのような穏やかな顔をして避ける、避ける、また避ける。


「なめやがって! 《ムスベヨカラグサ》ァ!」


 どんなに威力のある技だろうと、当たらなければどうということはない。当たらなければカエルの小便、子犬の砂かけと同じである。

 そのようになめられていると思い込んだ魔導士の一人が束縛の魔法を放つも、冷静さを欠いたためにそれは乱れた。

 しかし偶然にも、その乱れによってアレンの意識外より緑が絡まり、右足をガッチリと捕らえた。


「ありゃりゃ、これはまずい」

「今だ! やれ!!」


 二度とない好機である。

 魔導士は皆、全身全霊を注いで各々の有する最大火力の魔法を唱えた。

 甲冑を丸ごと焼き焦がす火炎の大玉、牛を真っ二つに裂く風の刃、大岩を貫く鋼の槍、触れたそばから肉を溶かす毒の息吹。

 極めて殺傷力の高い魔法が四方八方より放たれ――



「《風刃一閃フウジンイッセン》《紫電シデンケロ》《業炎憎魂ゴウエンゾウコン》《アダツイバイワオトリヨ》」



 ――全て相殺された。


 それも八人が放ったのと全く同じものがぶつけられた。

 彼の者は一切噛まずに四つを高速詠唱し、口頭での詠唱が間に合わない四つは両手の親指と人差し指にて綴り、計八つを同時に放っていたのだ。

 

「ふぅー……。なんとか誤爆せずに済んだわい」

「う……うそだ……」

「一体なんなんだよテメエ!?」

「人間じゃねえ!」

「失敬な。俺はれっきとした人げ……うむ、我は湖の精なるぞ」


 自称湖の精は、茫然自失とした魔導士達がこれ以上何も仕掛けてこないのを見て、荒縄よりも強度のある束縛から力づくで抜け出した。

  

「まぁいい。君達の実力は十分把握した。ハッキリ言おう、君達は三流だ」

「オレらが三流……だとォ!?」

「まず理由の一つとして、礼儀がなっておらん。魔法使い同士の殺し合いは礼に始まり礼に終わるのだ。格式ある儀式は守らねばならぬ」


 アレンは持論を展開しながら右手を天に伸ばし、とある言葉を綴ってから腕を振り下ろし、そして命令した。



「――おじぎをするのだ!!」



 その言葉が耳へ入ると同時に、魔導士らに指一本動かせないほどの圧力がのしかかり、無理矢理にお辞儀の体勢に曲げられた。

 そのまま一切抵抗できずに地面に押しつけられ、揃って失神した。


「君達が雑魚と愚弄した兵卒共はこの程度で落ちはしないぞ? ……って、聞こえちゃいないか」


 アレンは魔導士らを三流と評するも、彼らは決して無能ではなく、軍にとっては貴重な戦力に違いない。

 たった八人ながら、三爪の魔獣を屠った経験だってある。

 ただ、今回ばかりは相手が悪かった。

 たった一人ながら、五爪の魔獣を捕食した経験がある男に挑んだのがそもそもの間違いであったのだ。

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