三十八話 顔合わせする男

 滝の水が水面に打ち付ける音。その中に紛れる小鳥のさえずり。


 その中で知らない老人と組み手に打ち込む俺、ヴァイス。なんでだ?


 それは幌馬車の中での出来事。






「儂は竜胆リンドウ。あの方との約定に基づき、鬼人の里ジクデンでお主に『浸透覚しんとうかく』の極意を授けるために出張ってきた。拒否権はない。甘んじて強くなれ。」


「えっと、いろいろよくわからないんだが。」


「なに、難しく考えるでない。儂含め鬼人の里ジクデンの者たちがお主を鍛えてやる。だから強くなれ、それだけの事じゃ。」


 竜胆がまとめてくれたことでひとまず納得したが、それでも俺がやりたいようにできないことには違和感がある。

 がもともと自分の力が装備不相応だと考えていたのも事実。仮に逆らっても敵いそうにないし、ここは素直に従うとしよう。




 そんなわけで着きました。鬼人の里ジクデンです。外から見ると古き良き日本家屋の一軒家にしか見えない。しかし門を通った先には江戸の城下町のような異国情緒あふれる景色が広がっていた。


 日常生活でも味わえないような趣ある光景に見惚れていると竜胆に横っ腹を突かれた。


「何を呆けておるんじゃ。早く行くぞ。」


 その言葉のあとに案内されたのは何十メートルもの高さのある滝つぼの前だった。


「お主に伝授する『浸透覚』というのは一言でいえば知覚の極致じゃ。」


 すべての生物は聴覚、視覚、触覚、嗅覚、味覚という五感を司ることで情報を得る。しかし五感を鍛えようとすることがない。

 現実社会では五感が鈍くなっていくのを嘆くばかり。体は鍛えても五感は鍛えない。ゲームの世界ではスキルだ魔法だといって五感の拡張ばかりする。知覚範囲は広がるが、質は変わらない。

 そこで『浸透覚』では知覚範囲ではなく知覚の質に着手した。どれだけ広範囲を感知できるかではなく、一つの個体からどれだけ多くの情報を得られるかを優先する。

 それは呼吸や心臓の動きだけでなく、そこからさらに深く踏み込んで細胞一つ一つを意図すらも掌握する。細胞のない無機物であれば分子運動すらも掌握範囲となってくる。


「つまり『浸透覚』を極めればすべての流れを、目に見えない、触れてもわからない情報を掴めるというわけじゃ。これを会得すれば対峙した相手の動きや考えを読むことすら容易くなる。おっ、来おったか。」


 そういって後ろを振り向くと三人の大柄な男たちとそんな彼らを引き連れた俺と同じくらいの大きさのおじいさん。彼らには共通してくの字型に曲がってそりたつ角が二本ずつ生えている。


「思ったより早かったのう、巌流がんりゅう。」


「何せ姫からの頼みです。最大限急がせてもらいましたよ。…してそこの若者がくだんのですかい?」


「そうじゃ、用件は伝えた通り。やり方は任せるのじゃ。」


「御意に。」


 そういった一連のやりとりのあと、巌流がんりゅうがこちらを向く。気のせいだと思うが心なしか目の奥がぎらついたように見えた。


「早速で悪いがちょいと手合わせ願おう。何、彼奴のせがれならば浸透覚を掴んでおらずともそれなりにできるじゃろう。」


 そういうが早いか目の前まで大きく踏み込んでくると右拳が眼前まで迫っていた。


 この爺といい竜胆とかいうといい人の認識の外を突くのが得意なやつらだな。


 心の中でそう悪態はつくも状況は好転しない。間に腕を挟み込む余地もない。


 やばい!やられ


 ガツンッ


「ほう、間に合わないと踏んで頭突きで対応してくるとはな。」


 気づけば体が反応していた。我ながらびっくりしているが対応できただけ及第点だろう。それよりこのまま相手のペースで攻撃されるのはまずい。そこで咄嗟に鞘ごと神狼の大太刀と止水の直刀を抜き、そのまま攻撃のために振るう。


「ほう。まさか儂を斬ってしまうことを恐れ、刃を納めたままで斬りかかってくるとはな。なめられたものじゃわい。」


 そういって向かってくる刀を正面から殴って防ぎ始めた。確かに俺の振るう剣は素人の動きだが、それでも膂力は無視できるものじゃないはずだ。しかも俺の動きを事前察知している節がある。刀が届く先に拳が待ち構えているような感じだ。おそらくこれが浸透覚とやらを利用した反応なのだろう。


「やはり得物の扱いは素人。特に対人戦闘は慣れていないと見える。」


「知ってるよ!そんなずぶの素人に戦いを仕掛けてきたのはそっちだろうが

 !」


「相手のことを知るには拳を交わすのが一番早い。」


 そんな一方的な脳筋理論をぶつけながら今度はこちらの隙をもれなく突くように拳が飛んでくる。すると今度はこちらが仕掛ける余裕がなくなり、気づいた時には眼前に巌流の右拳がある状態で尻餅をついていた。


 すると一連の流れを見ていたのじゃロリこと竜胆が柏手を打つ。


「そこまでじゃ。これでお互いのことは知れたじゃろう。これで今日の顔合わせは終了とする。各自体を休め明日から修行に入るぞ。」


 そこでログインしてからのドタバタ劇はひとまずの終わりを告げる。次来た時に何をさせられるのか、シンプルに怖いしここまで俺が口をはさむ余地ないのもおかしくね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

氷帝と呼ばれた男 荒場荒荒(あらばこうこう) @JrKosakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ