第20話  晋作の才識と九一の誠実

 明治44年に大橋微笑おおはしびしょうが編集した『勤王家百傑伝』。


 これが入江九一いりえくいちを知るのに簡潔にまとまったお話出ると同時に、明治の人にどう入江さんが伝わっていたかわかる内容なので、松下村塾しょうかそんじゅくの入江九一という人を初めて知る方向けに、書き起こしてみました。

 タイトルはこのお話に合った中の、好きな一文です。


(※内容は変えていませんが、適宜、読みやすいように言葉を補ったり、漢字を開いたり、表現を現代風にしている部分があります。また、読み方は複数ある場合もありますので、これとは違うルビを振っている本もあります。気になる方は現本のほうをお読みください)


 入江九一、名は弘毅ひろたけあざな子遠しねん、通称、初め杉蔵さんぞう、後に九一と改む。

 また長州藩士なり。


 その性格、寛厚かんこう(※心が広く穏やかでおとなしく)にして、言葉少なく、親に仕えてよく孝を尽くせり、早くより吉田松陰に就いて、物学びするに、松陰大いにこれを賞し、九一は身分は軽けれど、天下の事を談ずるに、その説よく我が説と合す。


 されど、これは別に尊ぶに足らぬが、ただ尊ぶところのものは、彼が国を憂うるの心切こころせつなると、策を巡らす事の切要せつようなるとは、我がまた及ばざる所なりと言いしとぞ。


 安政六年の春、水戸中納言より密使を我藩に差し向け、引き続き、播磨の大高又次郎備前の平島武次郎など来り、藩の有司と事を議し、また大原三位重徳も、我藩の志士を召し、ひそかに事を謀られけるにぞ、一藩の人々囁き合い、行末いかにと案じ煩う頃、松陰ひとや(※人屋。罪人を閉じ込めておく建物)に入れられながら、しきりに時事を論じてやまず。


 この頃、古き弟子たちは、多く他方に行きて居らざりしが、九一ひとり尽力して、松陰が思うむね果させんと、弟・和作と共に周旋しゅうせんせしかど、事調はで却って獄に入りしが、ほどなく赦される。


 文久三年の春、これまで卒の身分なりしを、改めて士の格に取り立てらる。


 二月、朋友・杉山松介等と志すところ有て都に上るが、その頃かしこにひそみ居たる若者共、洛西等持院に安置せる、足利将軍尊氏以下三人の首引き抜き、三條大橋の際に梟木きょうぼく(※橋に首を晒したということ)し、その罪状を掲示せしに、その事、幕吏ばくりの怒りにあい、彼の若者共を召し捕われ、禁獄と為りしかば、九一すなわち同伴山縣少輔、土佐の吉村寅太郎と、三人連署して、彼らが所業は勤王憂世の真心より出でて、露ばかりも私を懐きしにあらねば、罰しないで欲しいと願い出たものの、聞き入れられず。


 間もなく朝廷より、外夷がいい打拂いの期限仰せ出されければ、久坂義助、寺島忠三郎等三十餘人と諸共に、赤間關にて戦備せんび(※戦闘準備)を修め、それより長崎に行きたるに、京都にて姉小路少将公知、難にかかりし由、聞こえしかば、いそぎ赤間關まで立ち帰り、直ちに京都に向かわんと欲せしに、折ふし高杉晋作、奇兵隊を編成せんと心を砕きいたるところ、有志の人々多くは京摂きょうせつにありて、国中無勢なるその上に、異船しきりに来寇し、如何はせんと思い居たる最中、九一の来たるに大いに力を得て、防戦の道すこぶる行届きぬ。


 この頃、世の人、晋作の才識と九一の誠実とを勤王士中の聯壁と言いあへり。


 ほどなく、また京都に上りけるに、次の年七月、ついにかの大変(※禁門の変)に及ぶ。


 九一、この時、鷹司家の屋敷にありしに、敵兵四面より寄せ来たり。今はこれまでと為りける時、久坂義助きっと覚悟し、九一に向かい、後々の事、こまごまと言い含めけるに九一も共に死なんと言う。


 義助いらって、強いて落とさしめんとしけるにぞ、九一すなわち囲みを切り抜け、かけ出でんとする折から、不運にも流れ玉が飛び来たり、ついに撃たれて、門前に斃る。


 時に年二十七。


 長州藩中、軽き身分より出て、王事に身を果たせる者、九一と吉田稔麿と、杉山松介の三人とが、その巨臂なりといはれるにける。


 寺島忠三郎、名は昌昭、この時、久坂入江と共に節に殉す。

 その人その功、決して劣らざれど、事すべて前二人に同じきもの故、遺憾ながらここに略せり。


 九一の弟・野村和作、この時、免れて、ついに志を達す。即ち野村子爵これなり。

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